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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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エピローグ

 エピローグ


 一輝はヘルメットに作業着姿で瓦礫の撤去作業に汗を流していた。

「おいみんな、そろそろ休憩にするぞ!」

 現場監督兼社長の声が響くと一輝は一息吐いた。一輝は卒業後、本田駿の親父さんが経営する建設会社に就職して復興の仕事に就いていた。勿論本田も一緒だった。

 これまでは自分のために生きてきた。二学期、誰かの役に立つ仕事をしようと本田に話すと、それがどういう訳か本田の親父さんの耳に入り、面接に来いと誘われてそのまま決まってしまった。

 一輝は作業員が敷いたお座敷に適当な場所に座ると、本田もクタクタになった様子で戻ってきた。

「お疲れ三上、どうだそっちは?」

「まだまだ山のように残ってる、そっちは?」

「まだまだだよ、これいつになったら終わるんだ?」

 本田が愚痴を零すと社長兼父親が聞き逃さず、ヘルメットを被ってるにも関わらず拳骨をかました。

「終わるまでだよ!! 愚痴言ってる暇があったら手を動かせ!!」

「痛っ!! ってえな親父!!」

「おめえが勉強も仕事もせず野球ばっかしてるからだよ!」

 それで社員たちの豪快な笑い声が響く、仕事は死ぬほどキツイが楽しい現場だと、一輝は微笑みながら見てると、見知らぬ女性が差し入れを持ってきた。

「お疲れ様です、差し入れ持ってきました」

 誰だろう? ショートカットにそばかすだが整った顔立ちの素朴な女性だった、すると本田が何食わぬ顔で言った。

「おう、姉ちゃんありがとうな!」

「姉ちゃん!? お前姉がいたのか!? 初めて知ったぞ!!」

 一輝は驚きの声を上げて立つと、本田はお茶を飲みながら首を傾げる。

「あれ? 言ってなかったっけ、俺四つ上の姉がいるって」

「初めましていつも駿がお世話になってます、姉の美千代みちよです」

 美千代はペコリとお辞儀しながら浮かべる笑顔はとても可愛らしかった、ぎこちない口調で挨拶を交わすと彼女は「それでは」と去って行ったが、包容力に満ちた笑顔が離れなかった。

「お前、美千代に惚れたな」

 社長はニヤニヤしながら言うと社員たちが豪快に笑い、誰かが指笛鳴らした。たった一人を除いて。

「なに……姉ちゃんは渡さないぞ!! 三上!?」

「ちょっと待て本田!! 俺が一目惚れしたなんて言ってねぇぞ!!」

「いや、顔に書いてあるぞ!! 一目惚れしましたって!!」

 それで一輝は苦笑した、おかくしておかしくて一輝は堪え切れずに声を上げて笑ってしまった。

「……くくくくっはっはっはっはっ!」

「何がおかしいんだ?」

「いや、つくづく俺も人のこと言えねぇと思ってね!」

 それで本田は首を傾げた。好きな気持ちが筒抜け、俺も人のこと言えないな。



 妙子は東京八王子のアパートで図書館から作曲に関する本を借りて読んでいた。

「うーん……なるほど、わからん!」

 思わずもう投げ出したい! という気持ちに駆られた。でも和泉さんの夢、諦めたくなかった。あの日、二学期が始まって早々、決意表明した。

 和泉さんの夢をあたしが引き継ぐと。

「あの、井坂さんこんなに本積み上げて猛勉強ですか?」

 高校生になった夏那美が、感心した様子でやってきた。

「うん、作曲の勉強……大学の勉強だけじゃ足りないと思ったから」

「凄いですね、でもどうして音大に?」

「あたし決めたの、エーデルワイス団代表の和泉さんが残した歌、聞いた?」

「はい……綺麗な歌声だったですね」

「でしょっ! あの人の歌、動画サイトに残ってるわ」

「ええ、私も聞きました。もう会えないって思うと……」

 夏那美は悲しげな笑みを浮かべながら窓の外を見ると、妙子は彼女の手を握った。

「大丈夫よ夏那美ちゃん! あたしがいるから!」

「あ、ありがとうございます、井坂さんどうするつもりなんですか?」

「うん、それであたし和泉さんが歌った『最後の夏の歌』……アンサーソングを作ろうと思ってるの! それで……エーデルワイス団の復活! いいえ、新しく作ろうと思ってるの!」

「あの……私も協力します!」

 夏那美は力強く笑みを浮かべると妙子は嬉しさが溢れ、思いっきり抱きついた。

「ありがとう夏那美ちゃん! 一緒に頑張ろうね!」

「は、はい!」

 夏那美はまんざらではない様子だった、そういえば最近あいつの話しを聞いてない。

「そうだ、達成君とはどうしてる?」

「相変わらずですよ、大学で友達が沢山できたみたいです。今度……みんなで夏コミに行こうって約束したみたいですよ。前より明るく、笑ってくれるようになりました」

 それで夏那美は嬉しそうに抱き返しながら苦笑する。

「男ばっかりでむさ苦しくて、二次元にしか興味ないって人ばかりですけどね」

「会ったことあるの夏那美ちゃん?」

 妙子は興味を抱いて訊くと、夏那美はちょっと目を逸らして躊躇った口調になる。

「はい……えっと、高校生って言った途端……達成君に嫉妬の目で見たり、罵声を飛ばしてましたよ」

「リア充爆発しろとか、捕まっちまえロリコンとか、おまわりさんこいつロリコンですとか言ってなかった?」

 妙子がニヤけて言うと、夏那美はクスクスと笑った。

「言ってました」

「それじゃあ音大の友達紹介しようか? 結構肉食系な人たちが勢ぞろいよ!」

「ええでも絶対キョどりますよ。全員童貞とか言ってましたし」

 妙子はしばらくの間勉強を忘れ、会話を弾ませていた。



 美由は朝食を食べ終え、自室に入ると一様の寂しさを感じながらPCを起動させて執筆作業に入った。ここいたみんなは旅立ってしまったが、同時に新しい同居人もやってきた。

「美由ちゃん、紅茶を淹れたわ」

「あ、ありがとう優乃ちゃん。あっ、スコーン? どこで買ったの?」

「下通で買ったのよ、それなりに高いけどとても美味しいわ」

 優乃とは一緒に暮らしながらそれぞれの大学に通うことになった。一緒に暮らしながら美咲の帰りを待つという。妙ちゃんがあたしを支えてくれたように、今度はあたしが優乃ちゃんを支える。

 そう決めたのだ。

「それより美由ちゃん何を書いてるの?」

「うん、エーデルワイス団の記録。翔お兄ちゃんたちが残した物で、和泉さんが見つけてくれたの……だから、あたしたちも記録を残すの」

 和泉の使ってた部屋で見つかった金属の箱、それは夏休み中に玲子先生や高森先生と見つけた物で、その中にはMDとそのプレイヤー、記録したノート、思い出の写真があった。

 ノートは半分は組織図や記録が書いてあって、残りの半分は見つけた後輩さんたちが書いたものらしきメッセージや思い出の写真が貼られていた。

 美由は残されたMDの一つを取る、自分の記憶だけじゃなくみんなと話して執筆するつもりだ。完成はいつになるかわからないが、二ヶ月間のことだ決して簡単ではないが難しく考える必要もない。

「ねぇ美由ちゃん、あとで聞いてみてもいいかな?」

「うん、でも長いわよ。一年生の五月から卒業式の日まで残してたの」

 初めてMDで聞いた時、美由は兄の肉声が聞けた嬉しさと、初々しい兄の声に微笑みが零れ、幼い頃の和泉さんと会ってたことに驚いたのを覚えてる。

「凄い、美由ちゃんのお兄さんたちのエーデルワイス団……どんなのかな?」

 優乃は羨ましそうに微笑みながら机に立てかけた翔の遺影を見つめる。美由も前より増えた立て写真を見つめた、翔の遺影の周りに三つ。

 一つは和泉を撮った写真で生前の最後の一枚だ。悲して儚くてそれでいて美しい笑顔だった。あの日発見された時は既に死亡していたが、安らかに眠るような顔を浮かべていた。

 きっと、何か最期の最後で何か奇跡が起こったんだろう。

 一つは翔の部屋を整理して出てきた初代エーデルワイス団四人の写真、ボロボロだったが大事に持っていたんだろう。

「きっと、かけがえのない思い出だったと思うよ……」

 美由は微笑みながら立て写真を手に取る。

 日付は高校三年生の夏休みの時期で、空港で撮ったんだろう退役したFEAのボーイング747をバックに四人が写っていた。

 柴谷太一は柔和な笑みで右手でピースして、中沢舞は屈託のない笑みで太一に抱きついていた。神代彩は母性的な温かい笑みで翔と恋人繋ぎしてるせいか、ほのかに赤らんでいる、そして翔は背筋を真っ直ぐにして硬い表情だが、安堵の笑みを浮かべているようにも見えた。

 そして美由は付け加える。

「……あたしたちが駆け抜けたあの夏のようにね」

 そして優乃が微笑んで三枚目を見る。卒業式の写真、五人で仲良く写っていた。

 美由は泣いて腫れぼったい顔だが、満面の笑みで妙子と肩を組み。妙子は顔をぐしゃぐしゃにしながら一生懸命笑っている。一輝は誇らしげに卒業証書の筒をテニスのラケットのようにカメラに向けていた。零は照れ臭そうにピースサインしていて、鷹人も屈託のない笑みを浮かべていた。

 全てを書き上げることができたら、また元の場所に戻して後輩たちに伝説として伝えるつもりだ。美由たちのエーデルワイス団の思い出とともに。



 卒業後、災厄の影響で就職も進学も決まらないまま卒業した生徒は半分、鷹人と零もその中に入っていた。途方に暮れていた所、庄一と翼に「当てのない放浪の旅に出ないか?」と声をかけられたのだ。

 勿論自衛隊に行こうかと考えたが、いつまた彗星の欠片が落ちてくるかわからない。

 彗星の欠片は落下せず軌道上に留まってる物も多くあり、いつ落ちてきてもおかしくないという、零と鷹人は話しに乗ることに決めた。

 そして計画と資金稼ぎのため卒業後しばらくは復興事業のバイトで貯め、今日を迎えた。

 最初の行き先はヨーロッパになる。鷹人は羽田空港国際線ターミナルで出国手続きを終え、搭乗時刻を待っていた。資金はそれなりにあるが、バックパッカーのように不便な旅になるという。

「過酷な旅になるから覚悟しててね」

「戦場を渡り歩いた僕としては楽な方だと思うよ」

 翼はウィンクして微笑み、庄一は苦笑しながら真逆なことを言っていたが、両方信じることにした。最初の行き先はドイツのフランクフルトで降りて、そこからヨーロッパ各地を放浪するという。

 ターミナルには既にアイゼンフォーゲル航空の747-8が離陸の時を待っていて、鷹人はスマホで写真を撮っていた。

「やっぱり飛行機好きなんだ、そんなに珍しい?」

「そりゃあそうさ、四発エンジンの大型機は絶滅寸前なんだ」

「それじゃあ撮っておこう、大きいわね。なんか巨大怪獣みたい」

 零もスマホを出して撮影する。あの日和泉さんがエーデルワイス団の代表者と知った時、どんな気持ちだったんだろう? 目を輝かせる横顔を覗きながら言う。

「零……和泉さんのこと」

「気にしてないわ、もういないのは悲しいけど、今は感謝してるよ」

「えっ?」

「お姉ちゃん、辛い青春時代を送ったから……私たちに託すことで、自分の青春を取り戻したかったのよ」

 零はガラスに手を触れ、少し俯き鷹人はそっと手を肩に乗せようとすると、勢いよく振り向いて朗らかな笑顔で手を差し伸べる。

「さ! もうすぐ搭乗時刻だから、行こう!」

 それはあの時、中学の頃の体育祭で一緒になって手を差し伸べた時の笑顔、そうだ僕はあの時恋をしたんだと、鷹人は懐かしげに微笑んだ。

「どうしたの?」

「あの時と変わってないなって」

「あの時って?」

「僕が、君に恋をした時」

 そう言って鷹人は腰に腕を回し、抱き寄せて柔らかい唇に触れた。

「ん……」

 零は驚いて目を見開いていたが、ゆっくりと抱き返して次第にお互いを求めて四肢が絡み合い、鷹人の胸元に零の豊満な乳房がつぶれる、奮い立つ興奮を必死で抑えながら自分の口の中に零の舌が入ってきた時だった。

「コラァ桐谷鷹人! あんた高校卒業して早々公衆の面前、しかも私の前でキスなんていい度胸ね!!」

 咄嗟に話すとお互いの口から糸を引いていた。ヤバい……最悪だ。

「お二人さん今のキス、ガチでエロかったぜ!」

「ぐぬぬぬぬ、破局しろ破滅しろ爆発しろ」

 しかもコミケで会った佐久間直人はニヤニヤしながらスマホを構え、加藤一成は嫉妬、憎悪、軽蔑の眼差しで見ていた。っていうか二人とも生きてたんだ。

「れ、玲子先生……どうしてここに?」

 鷹人は血の気が引いて生きた心地がしなかった。

「丁度、台湾に行く所だったのよ。それにしても今の――」

「わ、私たちもう卒業しました!! だ、だから、鷹人君と一緒に旅して、キスしたり……エッチしてもいいじゃないですか!!」

 顔を真っ赤にして盛大に裏返って零の声が国際線ターミナル内に響き、そして沈黙が流れる。聞いてた日本語のわかる外国人たちは指笛鳴らし、声援を送っていた。

「ほほう、あ・な・た・た・ち――」

『ご案内申し上げます。ただ今よりアイゼンフォーゲル航空八三一便、羽田発フランクフルト行きのお客様を機内へのご案内を開始いたします』

 玲子先生が悪鬼のようなオーラを放って言ってる途中でアナウンスが流れ、零とアイコンタクト。逃げるぞ! 理解したのか零は肯き、鷹人は零の手を握って搭乗口へと走った。

「待ちなさいあんたたち!」

 玲子先生の制止を振り切って逃げる、鷹人は零と駆け落ちしてるみたいで、楽しくて楽しくてしょうがなかった。零もそうに違いない、楽しそうで無邪気な笑顔が何よりの証拠だった。

「さあ、行こう!」

「離さないでね、鷹人君!」

 零の笑顔はとても眩しく、あの時と変わらない輝きだった。

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