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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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最終話、その4

 放送を終えると、和泉はすぐに撤収する。ここも安全ではない、だが空から降ってくる彗星の欠片を凌げる場所はどこにもない、冷戦時代に作られた核シェルターでも難しいだろう。

「川西君! 中島さん! これを!」

 和泉はタブレットPCからUSBメモリを抜き、それとポケットからキー取り出して手渡した、驚いた表情で庄一は和泉を見る。

「これは?」

「あたしの車とキャンピングカーのキーよ、同じ物あたしも持ってるわ! もしあたしが駄目だったら……あの子達を守ってあげて!」

「わかった! 任せろ!」

 庄一は託されたものを受け取って肯くと、翼は心配そうに訊いた。

「あの! 空野さんは!?」

「あたしは他によさそうな所に逃げるわ、一ヶ所に纏まって全滅するよりはマシだと思うの、頼んだわよ! 急いで!」

 和泉が急かすように言うと、庄一は翼の肩をポンと叩いて目を合わせると行くぞと顔を動かす、翼は和泉を心配そうに、あるいは名残惜しそうに見ながら音楽室を出て行った。



 流星の数はどんどん増えていき、いつここに落ちてくるのかわからないのにも関わらず、妙子は呑気にやれやれと思いながらの表情で腕を組む。

「この滅亡を生き残れって、どうしろと言うのかしら?」

「呑気なこと言ってないで逃げるぞ! ほら、また落ちてきた!」

 一輝は青白い顔でキョロキョロと鶏のように見回してると、遠くで欠片が落ちてきて爆炎を上げて鈍い音が響いた。美由は危機的状況下にも関わらず落ち着いた様子だ。

「みんなここを出よう、どこか安全な場所があるはず!」

 そう、美由ちゃんの言う通りここよりマシな場所があるはずだと、妙子はみんなを見ると零と鷹人は顔を合わせて肯いた。

「そう、僕たちはここに残るよ」

「私も鷹人君と残るわ、一ヶ所に纏まって全滅するよりはマシだと思うよ」

 零も肯いて言うと美由はたちまち動揺する。

「そんな零ちゃん鷹お兄ちゃん! ここにいたら危ないよ!」

「じゃあ美由ちゃんは残る? あたしは止めないよ」

 残るのも行くのも美由の意志だと、妙子は正直に言うと一輝は残酷な言葉を突き付けた。

「真島、お前が決めろ。だがこの先、死ぬのも地獄、生きるのも地獄だ。どの道俺たちは地獄に墜ちる、今すぐ決めろ」

 美由は唇を噛んで妙子の手を取った、そうだそれでもいいんだよ美由ちゃん。

「零ちゃん……鷹お兄ちゃんのことお願いね!」

「任せて!」

 零はウィンクして親指を立てると、一輝は鷹人に幼馴染を託す。

「鷹人、幼馴染を頼んだぞ!」

「ああ! 勿論だ。美由を頼む!」

「任されたぜ、行くぞ!」

 一輝に急かされて妙子は美由と一輝を連れて階段を下りる、どこか安全な場所は? どこに行けばいい? そう思ってた時だった。

「君たち! ここにいたのか!」

 川西庄一だ、恋人の翼も一緒だったけど和泉さんの姿はなく美由は訊いた。

「川西さん、和泉さんは?」

「彼女は大丈夫だ! 来い、良さそうな場所を知ってる!」

 庄一の目は鋭く、翔さんに似たオーラを放っていて、翼は手招きして走り出す。

「ついてきて! 大丈夫、庄一さんを信じて! この人元フランス外人部隊で戦場帰りだから生き残るのが上手いのよ!」

「それで、どこに逃げればいいんですか!?」

 一輝が訊くと庄一は答える。

「グラウンドのクレーターだ! あそこは一度落ちてる、少なくとも飛んでくる破片は凌げるはずだ!」

 なるほど翔さんもきっとそんなこと言いそうだと、妙子は美由と微笑みを交わしてグラウンドに出た。



 鷹人は零と一緒に給水タンクのある屋根に上り、ヘリに座る。

「綺麗な流星群ね。あれ全部彗星の欠片だなんて」

 零は星空に降り注ぐ流星群にしばし見惚れているようで、鷹人はその横顔に見惚れていた。

「ああ、やっと二人っきりになれたような気がする」

「あの夜以来ね、私そのつもりだったのに鷹人君寝ちゃって、寝顔可愛かったわ」

 それで鷹人はドキッとした。コミケ最終日の夜は零と同じ部屋になり、ドキドキして一緒のベッドになったまではよかったが、いい匂いとぬくもりで安心感に満たされて寝落ちしてしまった。

「ああ……そうだったね、なんかごめん」

「いいのよ、鷹人君がそれだけ純情だってことよ」

 鷹人は頬を赤くしながらモジモジすると、またどこかで流星が落下して爆音が静かに響いた。あそこにいた人たちは間違いなく助からないだろう、せめて一緒に死ねるようにと鷹人は零に寄り添って抱き寄せた。

「ねぇ零、死ぬの怖い?」

「うん、でも鷹人君と一緒なら……むしろ残して死んだり残される方がもっと怖い」

「そうか、僕はこの滅亡を自然の摂理だと思ってる、恐竜が滅びたようにね。でも死んで土に還れば……それは地球の一部に還って眠ることになる。人類が滅びても、地球が無事ならそれでいいと思う、この星は何度も滅亡してるんだ。オルドビス紀、デボン紀、ペルム紀、三畳紀、白亜紀……そして現代、そのたびに長い時間をかけて新しい世界を作り出していった……零はどう思う?」

「そうねぇ私、大人になんてなりたくないと思ってたの。大人なんかになるくらいならって……だから四月に手首を」

 零の左手首の傷口に鷹人はそっと触れる、生々しい傷跡だ。浅く切り刻んだものではなく、躊躇いもなく深く、一撃で切り裂いた後だ。

「でもね、ある意味よかった。こうして鷹人君が助けてくれたから、それに今日と言う日を迎えられて、大人たちに大声に出して言えるわ。ご愁傷様ってね」

「見たか……あんたたち大人の思い描いたちっぽけな未来は断ち切られ、世界はあんたたちの代で終わりだ……ざまあみろ!」

「それ鷹人君の言葉じゃないでしょ?」

「ああ、喜代彦と中野さんが死ぬ間際に残した言葉さ!」

 鷹人は胸を張って言うと、立ち上がって地の果てまで届かんばかりに叫んだ。

「見たか!! これが世界の終わりだ、ざまあみろっ!!」

 鷹人は微笑みながら座ると、零も微笑み、流星群はやがて流星雨となり、九割九分は綺麗に輝かせながら燃え尽きる。残りはどこかに落ちてそのたびに夜の町を照らす、時折消防車や救急車のサイレンが聞こえた。

 すると零は深呼吸して顔を赤くして言った。

「鷹人君、ねぇ……もし生き残ったらさ……私と一緒に作ってくれる?」

「作る? 何を?」

 鷹人は何を作るんだろう? 新しい世界? それには大きすぎる、すると零は痺れを切らしたかのように裏返った声で言った。

「あ、赤ちゃんよ! 鷹人君と私の赤ちゃん!」

「ええっ!? あ、赤ちゃんって」

 鷹人は思わず零を改めて舐めまわすように見る。強靭でしなやかそうな肢体、大人びて色っぽい顔立ちになっていて特に唇は柔らかそうだ、ハッキリとわかるほど大きな乳房、そんな彼女に子どもを作ろうなんて言われたら、たちまち押し倒してしまいたいという衝動に駆られそうになる。

「ほ……本気なのか!?」

「そ、そうよ! 新しい世界を担うのは新しい命だと思うの、それに私と鷹人君の子なら強い子に育つわ!」

「でも高校生で妊娠って……」

「そ、卒業してからでも遅くないでしょ! それにポストアポカリプスの世界にそんなこと言ってられると思う?」

「ごもっともだけど……順序ってのあるだろ」

 鷹人は有無を言わせずにゆっくり顔を引き寄せると、零は目を閉じてキスを交わす。何度も、何度も、この時がいつまでも続いてくれれば……鷹人は零を好きではなく、愛してるという言葉に変わっていた。

「ねぇ……死んだら、絶対にまた生まれ変わって一緒になろうね」

「勿論さ、俺たちはずっと一緒だ」

 鷹人と零はおでこをこつんとくっつけた。



 窓の外を見ると夥しい数の流星が降り注ぎ、所々に落ちた場所には火の手が上がっていた。今頃市内は逃げ惑う人々で阿鼻叫喚の地獄絵図と化しているだろう、和泉は幽鬼のような冷たい笑みを浮かべていた。

「ふふふふふふふっ……この世界は簡単には終わらないでしょうね、何故なら新しい世界には必ず古い世界を懐かしむ年寄りたちが現れる……足を引っ張るどころか、古い世界の復興に必死になるでしょうね……そして都合の悪いものや記憶を必死で揉み消し、改竄し、あたしの記録も消しにかかる」

 和泉は自分自身が消えることをもう恐れていなかった。今日、決して少なくない人々の記憶の中に、自分の存在を植え付けたのだ。今日残した動画は既にUSBに残し、庄一にも託していた。

 古い世界の復興と新しい世界の創造、どちらにも今の人間にはインターネットというツールなしではできない。

 それがこの世に存在する限り、和泉の記録はネットの世界に存在し続ける。

「けど……エーデルワイスの種はもう既に蒔かれた、芽生えるのも時間の問題よ! それに人はもうインターネットなしでは生きられない、この世に存在する限り! あたしの存在は人々の記憶に残り続ける! そう! もう誰も、エーデルワイスの花を摘み取ることはできない!!」

 和泉の冷たい笑みが窓に写る、恐ろしくも美しい笑みで見たものを凍りつかせてしまいそうなほどだった。

「エーデルワイスの根が滅ぶべくして滅ぶ古い世界を蝕み、滅亡が止めを刺す! そして新しい世界に種が蒔かれ、やがて花を咲かせる! みんな……新しい世界は……あなたたちのものよ!!」

 和泉の絶叫と共に流星は校舎の一部を破壊し、音楽室を吹き飛ばした。


 そして世界は九月一日を迎え、エーデルワイスの花は散り、種は蒔かれた。


 一体どれくらい時間が経ったのかしら? 和泉は薄れ行く意識の中で考えた。体が動かない、流星が隣の教室を直撃して音楽室を吹き飛ばし、和泉を壁に叩きつけて剃刀のような破片で全身をズタズタにした。腰は本来ありえない方向に曲がり、そこから下は感覚がない。

 脊髄や全身の骨は砕け、破片で体中の至る所を切り裂かれ、破片が右目に刺さって潰され、鮮血で血みどろになっていた。呼吸は苦しく、肺に血が溜まってるような感覚で意識も少しずつ薄れていく、辛うじて左腕を動かせるくらいだった。

 上空を飛ぶヘリコプターがサーチライトを照らしながら飛んでいるが、ヘリ特有のエンジン音が聞こえない、聴覚もやられたのだ。

 これで……よかったのよ、もうすぐあたしも……地獄へ墜ちる。

 辛うじて見える左目の隅に誰かが入ってきた。誰だろう? また誰かが入ってくる、足音が聞こえる。耳は聞こえないのに幻聴かしら? ぼやけた視界の中ではっきりとその姿が見えた。

 長い黒髪の美しい女性と鋭い眼光の男、ずっと前に亡くなった彩さんと翔さんだ。

 真島翔はしゃがんで生前、滅多に見せなかった優しく温かい笑みで労ってるようにも見えた。

 彩さんもしゃがんで頭を撫でる、駄目よ。あたしは翔さんを見ていたんじゃない、翔さんを通して翔君のファントムを追っていたのよ! あたしの行く先は地獄よ! 和泉は涙を滲ませながら首をゆっくりと横に振る。

 それでも彩はあの時と変わらない、優しい笑顔で言った。

「いいのよ、寂しかったんでしょ? 翔君も同じだったのよ」

「そうだ……すまなかった。もうすぐ、夜が明ける……」

 翔の穏やかな笑みが徐々にハッキリしてくる。東の空が明るくなってきた、日の出を見ることできた和泉は何故だかとても嬉しかった。

 太陽は眩しくて眩しくて、目が眩むほどだった。まるであの子達の夏休みのように、そうか、それが青春の輝きというものかもしれない。

 一滴の涙が和泉の頬を伝い、朝日に反射して滴り落ちた。

 朝日があんなに綺麗だったなんて、和泉は左腕を伸ばすと、翔と彩が二人で優しく手を握る。二人の不思議な温かさと、安らぎを感じながらゆっくりと、和泉は目を閉じた。

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