最終話、その2
日が沈みやがて最後の夜がやってくる。今夜は晴れで周辺地域はまだ停電が続いてることもあってか星がより一層輝き、明かりは学校の自家発電機で賄ってるらしいという。
エーデルワイス団のメンバーたちにジュースや、ウーロン茶が行き渡ったのを確認すると優乃が音頭を取った。
「そ、それじゃあみんな! エーデルワイス団に!」
「人類の滅亡に!」
妙子が叫ぶとみんなが笑う、和泉は笑って庄一と翼は苦笑、先生たちは苦虫噛み潰したような表情になって和泉はいい気味ねと思った。
「か……乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
乾杯を交し合うと、妹と乾杯を交わす。
「零、乾杯!」
「乾杯! あっという間だったわ……今までさ、あっという間に過ぎる夏休みは何回もあったけど……今年は本当に特別な夏休みだったわ」
あたしもよ零、エーデルワイス団を立ち上げ、翔さんの最期の意志を確かめるためにここに戻って当初は影から支援するつもりだった。でも、気が付いたら仲間の一人として認めてくれた。
「あたしにとっても……特別な夏休みだったわ」
いつも明るく元気で前向きな妙子ちゃん、こんなにも弱いあたしを受け入れてくれて本当にありがとう。
翔さんの後ろでオドオドして、臆病で甘えん坊の美由ちゃん、優しいだけじゃなくて芯の強い子になったわね。翔さん喜んでるわ。
あたしに仄かな思いを寄せてくれた一輝君、ごめんね最後の夏に惑わせちゃって、でもあなたのような純情な男の子、好きだよ。
鷹人君、あなたの真っ直ぐな眼差しは翔さんに似てきたわ、零のことお願いね。くれぐれも無茶したり、一人で抱え込んじゃ駄目だよ。
零、もう早まるような真似をしちゃ駄目だよ。あなたはもう一人じゃないんだから、鷹人君や友達がいるんだから。
そしてここにいるエーデルワイス団のみんな、ちゃんと楽しい夏休みは過ごせた? 楽しいばかりじゃないこともあったけど、この夏に育んだ絆を大切にしてね。
「お姉ちゃん? 泣いてる?」
零の言葉で和泉は気付いた、いつの間にか涙が零れていて慌てて拭う。
「やだ! あたしったら……なんで泣いてるのかしら?」
「零、持ってきたよ」
ハンカチで拭ったところを鷹人がバーベキューで焼いた肉と野菜をはみ出さんばかりに持って来ると、零は屈託のない笑顔になる。
「ちょ――鷹人君貰い過ぎよ、そんなに食べれないわよ」
「ええ花火大会の時、これの四倍くらいは食べたじゃない」
鷹人は紙の皿を置くと、和泉は意地悪するような笑みになってみんなに聞こえるように言った。
「鷹人君、零って実は大食いなのよ」
「ちょっとお姉ちゃん言わないでよ!」
零はあたふたして頬を赤らめながら困惑すると、地方大会で活躍した本田が大声で冷やかしの言葉を浴びせた。
「桐谷! 家計の管理はお前がやれよ!」
「そうだそうだ! 零は食べることが好きで気を抜いたらお腹が大きくなるぞ!」
一輝も加わると、妙子や美由たち他のメンバーたちも言いたい放題で言う。
「ヒューヒュー! やっぱり熱いね!」「零ちゃん泣かしちゃ駄目よ!」「二人とも絶対に幸せになれよ!」「結婚式呼んでくれよ!」「リア充ビッグバンしろ!」
好き放題言葉を浴びせられ、零は顔を赤熱した鉄板のように赤くなってると鷹人は盛大に叫んだ。
「うるさいぞお前ら! 零が沢山食べてお腹が大きくなる前に……俺が零のお腹を大きくするわ!」
「もう、鷹人君なんてこと言うのよ! この馬鹿!」
零は蒸気を噴き出しながら鷹人の背中をバシバシ叩く、次の瞬間には黄色い悲鳴に変わると、すかさず玲子先生が介入してくる。
「桐谷君! 不純異性交遊は許さないってあれほど言ったでしょ!?」
「僻みですか玲子先生!?」
一輝が叫ぶと、玲子先生が叫び返す。
「あのねぇ! 学生の頃に恋愛できなかったら一生後悔するわよ!」
それはおおいにわかるが、嫉妬するのはあまりにも大人気なさ過ぎると和泉は腕を組むと、一輝も大声で言う。
「俺なんかこの夏失恋しちまったよ!!」
「それも年上のお姉さん相手にね!」
美由が叫び「おおーっ!」とみんなが興奮したような歓声を上げると、和泉が笑いを堪える。わびしげな顔をした本田が勢い良く肩を手に乗せた。
「辛かっただろうな、三上! 俺も可愛くて、優しくて、面倒見のいい女の子、特にでっけぇおっぱいの女の子と付き合いたかったぜ!」
それって零のこと? 和泉は表情を引き攣らせる。健康な思春期の男の子なのはわかるけどおおぴらに言うのはどうかと、すると鷹人は立ち上がって言い放つ。
「本田君! いやみんな聞いてくれ! 一輝はそっちの気があるんだ! 証拠として東京に行った時、出会ったイケメンの男子と熱い一夜を過ごしたんだ!」
それで妙子と美由を含めた一部の女子生徒と玲子先生はタガが外れたかのように黄色い悲鳴を上げ、暴走する。
「きゃああああBLよ!! BL!!」「イケメンの男子とベッドにきゃあああっ!!」「ねぇねぇ三上君どっちだと思う? 受け? 攻め?」「正に真夏の夜の――きゃあああっ!!」「ちょっと……三上君不純異性交遊ならまだわかるけど、同性だなんて」「ホモォ……」
そして追い討ちをかけるかのように零が叫ぶ。
「因みに一輝君は……受けでーす!」
今度はみんなが興奮状態になる、意味分かって言ってるのかしら? 一輝はわなわなと震えてると、背後から本田が再び肩をポンと叩いて試合の時に見たとは違う意味で真剣な表情だった。
「そうだったのか、三上――いや一輝、この前言ってた市来って奴のことだろ? 俺はそんな奴に三上を渡さないさ!」
「お前ホモかよぉ!? 俺はノンケだぁっ!!」
「俺はノンケだって構わないで喰っちまう人間なんだぜ」
いかん……いかん! 危ない危ない危ない……明らかに表情から見てガチよ! 和泉はもはや苦笑するしかなく、一輝は擦り寄ってきた本田に抱きつかれていた。
「やめろ! なんで俺は男に好かれるんだ! おい、どこ触ってんだ……アッー!」
そうして騒いでる間にも時間はあっという間に過ぎて、解散の時間である二二時になった。学校にはここで朝を迎える生徒を残ることを、特例で許可したという、これもあの噂による最悪の事態を想定していたのかもしれない。
和泉は家に帰る高森先生と玲子先生を校門で見送る。
「それでは私たちはこれで失礼します……和泉さん、あの子たちをお願いね」
「はい、もしあたしが駄目でも川西君がいます……彼、危険な仕事で中島さんと遠距離恋愛をしてましたので、生き残る方法を知ってると思いますので」
「そう、明日またここで会いましょう」
玲子先生は真っ直ぐとした眼差しで言うと和泉は肯き、高森先生も険しい表情だったがそれは唐突だった。
「空野さん、どうか……どうか――あの子たちを……お願いします!」
高森先生は裏返った声になって口元を押さえ、全身を震えさせてボロボロと涙が溢れていた。和泉は唇を噛みただ「はい」と肯くしかなかった。
一輝は悟り切った表情で本田たちと挨拶を交わす。
「浜田の奴、彼女とここに残るつもりだってよ」
「いいさ、自分の意志で残ると決めたんだ。明日、寝坊するなよ!」
一輝が言うと橋本がニヤけて言った。
「お前が言うなよ! 明日絶対学校来るよ……大神も来るといいんだけどな」
橋本は溜息吐く。そうだ大神先生は玲子先生と高森先生を信頼して一度は来ると言ってたが、家族に反対されたため、悩んだ末来ないと決めたという。
それが先生の選択ならと尊重せざるを得なかった。
「それじゃ、あいつらが待ってるから、じゃあな!」
「おう! また明日!」
「じゃあな! 三上!」
本田と橋本はいつもと変わらない顔で、学校を後にして行った。
優乃は最後まで寂しくない夏休みを送れたことに感謝していた、美咲が行方不明になったのは悲しかったが、まさか今度は自分が助けられるとは思わなかった。
「それじゃあ井坂さん、真島さん、私……もう帰るから」
「うん、織部さん……美咲君は絶対に帰ってくるよ」
美由の言葉がこんなにも頼もしいとは思わなかった、妙子も少し大人びた顔でポンポンと背中を叩く。
「大丈夫よ織部さん、あたしたちがちゃんといるから」
「ありがとう……二学期になったら、文芸部のみんなで美咲君を探すわ……私のエーデルワイス団はそれで初めて解散させるつもりよ」
「うん、その時はあたしたちも手伝うわ」
妙子の言葉が嬉しくて涙が溢れそうだった、でももう泣かない。美咲君を見つけるまでは泣かないから、優乃は満面の笑みで言った。
「ありがとう、それじゃあ……また明日!」
鷹人は夜の校舎、階段を一段一段上るごとに心臓の鼓動が速まっていた、最後にやり残したことがある。あの日以来、屋上には上がっていないのだ。
登校日の時、校舎の三階にある階段の踊り場、今では立ち入り禁止のテープが張り巡らされてそこへ続く扉も施錠されているが、そこに行かないといけない。
「大丈夫よ鷹人君……私がいるから」
「うん……凄く寒気がして、怖いけど……行こう」
鷹人は深呼吸して零と手を繋ぐ、覚悟はできている。後は勇気だ、どんな勇気かはわからないけど、一人じゃない……それでもやっぱり怖い。鷹人の全身から脂汗が噴き出て熱帯夜なのに、真冬にいるようだった、目を閉じてしまいそうだった時。
「鷹お兄ちゃん、大丈夫よ」
「桐谷君、零ちゃん。二人だけじゃ不安だから来たわよ」
美由と妙子がいつの間にか来ていた、そして一輝も来た。
「お前が背負ってるトラウマ、一緒に背負うよ」
鷹人はみんなの顔を見る、そうだ零だけじゃない。エーデルワイス団の仲間がいる、もう言葉はいらない。鷹人が肯くと、みんなが肯いて鷹人は一歩一歩、ゆっくりと踏み締め、一輝は絶えず声をかける。
「その意気だぜ鷹人、俺たちにも最後にやり残したこと……お前のトラウマと一緒に向き合うことだ! 和泉さんも、やり残したことがあるようにな」
「和泉さんが? どういうこと?」
鷹人は訊くが、美由は真っ直ぐ前を向いたまま力の篭った言葉で言う。
「いずれわかるわ、今はみんなで屋上に上がるのよ!」
そうだ、今は……速まる自分に言い聞かせろ! 大丈夫だ! 泣いてもいい、みんながいる! 和泉さんが言ってた、誰一人欠けてはいけない。それがエーデルワイス団だ、もう今しかない今のために! 喜代彦が言っていた。
今を精一杯楽しく生きる……それが未来を託すことにも繋がることを!
鷹人は呼吸を整え、心拍数を整え、心の準備を整え、覚悟を決めて重い扉を開けた。
和泉は庄一と翼の助けもあってセッティングは予定より早く終えた。生放送開始まで、三〇分を切っていた。
翼は三台のノートパソコンを操作しながら各動画サイトに接続し、いつでも開始できるようにしてくれた。
庄一はカメラの状態をチェックとテストを行っていた。もう言葉を交わす必要はなく和泉は二人にアイコンタクトを取った。
いよいよ、エーデルワイス団最後の時がやってくる。




