最終話、その1
最終話、最後の夏のエーデルワイス。
和泉は行く途中で庄一と翼を拾い、学校に到着するとすぐにランドクルーザーを降りて機材を音楽室に運び込む。もう既に生徒たちが集まっている。もし、零たちが自分がエーデルワイス団の代表だなんて言ったらどんな顔するんだろう?
和泉は表情を曇らせたまま、準備を終わらせた。これでいつでもやれる。
「ありがとう川西君、中島さん。今夜お願いね」
お礼を言うと庄一は頼もしそうな笑みで肯き、翼は「はい!」と元気良く肯くと翼は興味津々な様子で見回す、初めての共学校でドキドキしてるのかもしれない。
「庄一さん、学校見て回りましょうか!」
「こんにちわ、あら和泉さんのお友達?」
玲子先生が入ってきて庄一を見た途端改まった口調になる。
「初めまして、川西庄一です」
「中島翼です」
二人とも礼儀正しく挨拶して玲子先生に珍しそうに見ると、和泉は紹介した。
「綾瀬玲子先生よ、この学校の先生をしていて翔さんの同級生よ」
「真島さんの!? あの私は彼と一緒に仕事したことがあります。あなたのこと、彼から話しを聞いてました」
庄一は戦場で一緒だったことは伏せて言うと、玲子先生も驚いた表情になる。
「まっ、真島君が!?」
「ええ、なんでも真島さんのグループとクラスメイトたちで全面戦争を繰り広げたり、無免許でバイクを乗り回したり、理事長先生の車をレンガでスクラップにしたり、大型トラックに挽かれても翌日何食わぬ顔で登校してたりして、豪快で愉快な人だったとか」
庄一は涼しい笑顔で言うと、玲子先生は思い出したくない話をされたのか「あわわ……」と震えて次の瞬間には瞳に憤怒の炎を燃やしていた。
「あんにゃあろう……余計なことペラペラと……」
和泉は笑うのは堪える、さっきまで表情曇らせたのが馬鹿みたいだと思うくらいに。庄一は首を傾げると、玲子先生は改まった表情になって高校時代のことを話す。しかも攻め入った様子で庄一は引いていて、それを間で見てる翼は「むーっ」と頬を膨らませている。
そして玲子先生は話しを一区切り終えたところで聞いた。
「あの、独身ですか?」
「はい、独身ですけど……恋人がいますので」
庄一は少し戸惑った様子で翼に目をやると、翼はぶりっ子のように振る舞う。
「あたしです! 庄一さん年下の女の子に甘えちゃうロリコンさんなの!」
「ぷっ! うふふふふっ!」
「なぁっ! てっきり従妹の女の子かと……和泉さん! 何笑ってるんですか!?」
玲子先生は驚きと平静を装ってるが黒い笑顔を浮かべていて、和泉は堪え切れずに噴き出した。庄一は満足げな小悪魔みたいに笑う翼に言う。
「こ、こら翼! 変なことを言うんじゃない!」
「ええだって庄一さんお人好しで泣き虫でヘタレの甘えん坊さんだから」
「は、恥かしいこと言うんじゃない!」
あたふたする庄一に和泉はまた堪え切れずに笑う。
「変わってないわね川西君、泣き虫で甘えん坊さんなところは」
「へぇロリコンで泣き虫でそれでいて甘えん坊、男としてどうなの?」
玲子先生はすっかりドン引きして、さっきの期待してた表情から一変、軽蔑の眼差しで見ていた。和泉は本質的に変わっていない幼馴染に微笑んだ。
「何を笑ってるんだ和泉!」
「ごめんごめん、本質的なところは変わってないなってね」
和泉は微笑みながら首を横に振った。
「遅いぞ二人とも! 寄り道でもしてたのか? 速く来いよ!」
一輝は校門に出て二人乗りでやってきた鷹人と零を急かす。今度は自転車二ケツか、本田や玲子先生が聞いたら嫉妬の炎を燃やすな、鷹人は自転車を加速させて一輝は校門の真ん中をくぐるように立ち回る。
「鷹人、すまんが真ん中を通ってくれないか?」
「何かあるのかい?」
「いいからいいから……よし、みんな今だ!」
鷹人は一輝に言われるがまま通過しようとすると、合図した。その瞬間、校門の陰に待ち構えていた細高エーデルワイス団+飛び入り参加した生徒たちが、合図と同時に蛇口を全開にしてホースを斜め上に向けて放水アーチを作った。
鷹人は咄嗟にブレーキをかけようとしたが間に合わず、アーチの下をくぐる。
「えっ!? ちょっと待ってぶわっ!」
「冷たい! ちょっと何するのよ!」
零もビショビショになってしまい、髪もブラウスにひっついてしまった。
「あっはははははっ! これで七組目だ! この夏休みに彼氏・彼女できた奴には放水アーチで歓迎だ!」
ホースを持った本田が高笑いしながら言ってると、鷹人があっさりホースを奪って一輝はマズイと血の気が引くような気がした。
「俺たちは記念フライトでやってきた飛行機か!」
鷹人は至近距離から本田に水をぶっかけ、零もブラウスが濡れて下着が透けてしまうのも構わず、反対側にした妙子のホースを奪う。
「覚悟しなさい妙子!」
「ちょちょちょ零ちゃん! 待ってうわぁあああ冷たーい!」
妙子はビショビショにされて蛇口を回した美由は見捨てて逃走を図り、それを見てる間に一輝も水を被ってしまった。
「ぶぁああああっ! 鷹人! やめ――やめろゴボボッ!」
一五分後、一輝は鷹人と部活動生が使う体育館付近のシャワールームから出てきた。
「それで、時間までに……遊び倒そうとして冷やかしをしてたって訳?」
「ああ、ちゃんと着替えの下着と制服を持ってくるようにって書いてあっただろう?」
「確かにそうだけどまさかぶっかけることはないだろう?」
鷹人は不満げに言うと一輝は右手を立てて謝ると、改まった口調で言った。
「ありがとうな、この夏休み楽しかったぜ」
「いや僕は……君の幼馴染の女の子好きなっちゃって」
「何白けたこと言うんだよ! 零が待ってるんだろ!? 行けよ!」
一輝はニヤけて言うと鷹人は複雑な表情になり、零のいる教室へと向かった。一輝はしばらくの間校内を歩く、思えばあっという間の夏休みだった。野球の応援したあいつらに報いるために色々やった。海や東京にも行けたし、新しい友達もできた。
テニスコートを見ると、部活で練習してる生徒はおらず、代わりに楽しそうに部室から引っ張り出してきたテニスボールとラケットで遊んでいる。そういえば始めたばかりの頃もそうだったなと思わず口元が緩んだ。
教室にはそれぞれのエーデルワイス団のメンバーたちが楽しそうに笑ったり、時にはお互いに感謝の言葉や亡くなったメンバーを想って涙する奴もいた。
廊下は走るなという決まりなんてどこ吹く風と言わんばかりに鬼ごっこしてる生徒とすれ違い、グラウンドには野球したりサッカーで遊んでる生徒もちらほらいた。
よかったなみんな、いい夏休みを送れてよ。一輝は心からそう思い、そして感謝していた。
そして日が暮れると、美由はみんなから離れて沈む太陽を眺めていた。もう生きて太陽を拝むことはないのかもしれない。
「美由ちゃんどうしたの?」
「えっ? ああごめん妙ちゃん」
「ねぇねぇ美由ちゃん、この歌もしかしてさあ、和泉さんじゃない?」
「えっ? 和泉さんの歌?」
美由が首を傾げると妙子はスマホにイヤホンを繋いでいて片方の耳に挿すと、ニコニコ動画でREVENGER(復讐者)という動画投稿者で日付は昨日の夕方だった。動画説明欄には彼女もエーデルワイス団で作詞作曲し、最後の夜に歌う生主だという。
「この『最後の夏の歌』これ絶対和泉さんだと思うの」
妙子が動画を再生させるとハッとするほど美しい歌声だった、こんなに綺麗な歌声をしてたんだ。今まで沢山のボーカロイドや歌い手さんの歌を聞いていた、でもこんなにも悲しくて儚くて美しい歌声は、まるで人魚姫のようだった。
気が付くと、美由の頬から涙が伝う。
「綺麗だね、妙ちゃん」
「うん、でもこの歌本当に和泉さんだと思うの……ほらここのメロディ……この前音楽室から聞こえたわ」
「みんなにも教えようか!」
「そうだね、和泉さんにはバレてないフリしておく?」
妙子は耳打ちすると美由は満面の笑みで肯いた。




