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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一話、その4

 テスト期間が終わり、答案用紙が返却されると妙子は血の気が引いて顔面蒼白になっていた。

「ま……まぁ、妙ちゃんにしては頑張った方だと思うよ」

 美由も苦しまぎれの笑みを浮かべる。五教科成績全て赤点ギリギリセーフだったがこれではエーデルワイス団の活動が著しく制限される可能性が高くなる。

 これでは進学はFラン大学ぐらいしか行けない、それどころか親に就職活動を迫られて人類最後の夏休みは疲弊し切った敗色濃厚の就活戦線に徴兵される可能性もゼロではない……絶対に嫌だ! でも滅亡しなかったらどうしよう? そう考えてると、美由は天使のような悪魔の囁きを耳元で囁く。

「妙ちゃんは九月に世界が終わると信じてるんだよね? それに比べてテストのことなんか気にする必要ないと思うよ」

 妙子にとっては天使のような囁きだった、そうだ! あたしには美由ちゃんという味方がいる! 思わず目頭が熱くなりそうだった。

「ありがとう、美由ちゃん! あたし! 美由ちゃんのために頑張るから!」

「う、うん……速めに方針決めた方がいいよ、みんなに放課後集合するように伝えておこうか?」

「うん、そうね……でも、もう少し最終確認の時間を与えてあげよう」

 妙子は肯いた、自分は考えるよりもまず行動だが美由のように自分に合わせてくれる人はそうそういない。残された時間はもう二ヶ月もないが、見方を変ええればまだ二ヶ月弱もあると考えよう、何事も前向きに考えていかないとリーダーは勤まらない。


 放課後、午後五時少し前の三年二組の教室には誰もおらず、妙子と美由しかいない。

「よお、待たせたな……零も連れてきたぜ」

 最初に一輝と零が入ってきて、零は妙子を見るなり微笑んで手を胸のくらいの高さまであげて振ると、妙子は恐る恐る訊いた。

「えっと……空野さんもエーデルワイス団に入るの?」

「うん、よく考えたけど……やっぱり最悪のケースを想定したらこれが一番いいかなと思ってね。正直なところ、まだよくわからないの」

 零は複雑な表情で言うと、最後の一人である鷹人が決意を込めた表情で入ってきた。

「俺は歓迎するよ、仲間は多い方がいいし困った時に助け合うことだってできる」

「ほほう……桐谷君かっこよく登場してくれるじゃない!」

 流石美由ちゃんの従兄だと妙子は感心する。

「エーデルワイスの花言葉は『大切な思い出・忍耐・勇気』だ。エーデルワイス団を作った人はきっと……俺なりの解釈だけど『周囲の雰囲気や空気に流されず、自分の強い意志を持って周囲の冷たい視線や冷たい言葉を耐え忍び、今のために行動する勇気を持ち、自分たちの大切な思い出を作る』こんな思いを込めたんだと思う」

 そんな思いが込められていたんだと、妙子の胸から何かがこみ上げてくるような感じがした。鷹人はメンバーしかいない教室の教壇に立って話す。

「それに調べたけど戦前戦中のナチスドイツに俺たちぐらいの人たちがいた。ヒトラー・ユーゲントに参加することを義務付けられ、厳しく統制された生活に嫌気が刺した人たちの集まり……それが、エーデルワイス海賊団。他にもスウィングボーイやモイテンと似たような組織がいた、みんな自分たちなりに今を大切に過ごそうとしていたんだ。だから空野さん、今しかない今のために今を一緒に駆け抜けよう! 俺たちと!」

 鷹人の目は零に熱く、真っ直ぐ見つめている。妙子は鷹人の口癖を何となく知っていた。

 普段一人称は僕なのに本気になると俺になる、妙子は零のことが好きなんだなと思わず口元がニヤけそうになったが、ここはリーダーらしく振舞おう。

「空野さん、歓迎するわ! あたしたちはもう仲間よ!」

「えっ、うん……よろしくね、みんな」

 零はぎこちない微笑んで肯くと、妙子は嬉しさが込み上げる。鷹人は教壇を降りてさりげなく零の隣に立つと、鷹人は妙子に促した。

「これで五人揃ったよ井坂さん、始めよう! 俺たちの……最初で最後の物語を」

 クサイこと言いやがってこの野郎! でも妙子は嬉しくって仕方なかった! 妙子は教壇に上がって負けじと気を引き締めた。

「さあてメンバーが揃ったところで! この教室を拠点に活動開始よ! えっと……まず、どうすればいいんだっけ?」

 妙子は全然考えてなかったことに気付くと、教室内は笑い声で満たされた。

 くぁーっ恥ずかしい! 考えるより行動するタイプの妙子の欠点が露呈してしまった瞬間だった。美由は笑いながらも挙手して意見を言った。

「えっと、九月までにみんなで何をしたいか意見を募った方がいいと思います。あたしは八月に東京ビッグサイトで開催される、最後かもしれないコミケに行きたい! みんなにあんなに楽しいイベントがあることを知って欲しいの!」

「OK美由ちゃん、幸い三上君や桐谷君は体力がある! 空野さんは……炎天下とか暑さは強い方?」

「えっ? うーん外に出るのは好きだけど」

「そんじゃ決まり!」

 妙子は黒板にチョークを取り出して大きく堂々と「コミケ参加」と書いた。

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