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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一二話、その4

 そして花火大会はクライマックスを迎える、数年前の大ヒット映画のテーマソングだったが、鷹人、零、一輝、美由、妙子、和泉、そしてここに来ている人々はみんな目に焼き付けようとしていた。

 夜空に咲く花火は一瞬で咲かせては消え、咲かせては消えて行く、それはまるで夏にしか咲かない儚い花そのものだ。

 咲いた花はいつかは必ず、散っていく、花火の種は甲高い音を響かせながら夜空という苗床に向かって飛び、轟音と共に大きく花を咲かせて散り、消える。

 消えた花火は二度と戻らない、それは四月の事件と先日の災害で犠牲になった命が二度と戻らないように、見てる人の中には亡き人を想って涙をこぼす人もいた。

 遠い夏の夜空に最後の花火が消えると、花火大会終了の宣言が出されて惜しげもない拍手がいつまでも、いつまでも鳴り止むことはなかった。



 和泉は妙子の胸の中で精一杯泣き続け、目は赤く腫れぼったい顔になったがその瞳は満たされていた、そして決心した。

「川西君、最後の日……予定ある?」

「ああ、翼と過ごすつもりだ。それで、頼みごとでもあるのかい?」

 随分と察しがいい、でも頼まれたら断れない性格だし翼さんに悪いことはできない。それでも力はあった方がいい、交渉のカードがある、唯一にして究極の切り札が。

「妙子ちゃんたち、ごめん先に帰ってて!」

「あっ、はい! それじゃみんな帰ろうか」

 妙子は素直に肯いて二人を連れて帰る、和泉は妙子に感謝すると和泉、庄一、翼の三人だけになった。

「あの、庄一さんに何か……あるんですか?」

 翼が躊躇いがちに言うと、和泉は申し訳ない気持ちになる。一人でできないことはないが、できれば手伝ってくれる人が欲しい。

「中島さん、ごめんね。あなたの恋人さんを使って、実はねあたしの学校……私立細川学院高校でエーデルワイス団解散前夜祭に来て手伝って欲しいことがあるの、川西君には縁もゆかりもない学校だけど」

「僕はいいがどうする翼? あんなことを言ってるが?」

 庄一は年下の女の子に判断を委ねると、右人差し指を立てて唇に当てると決意の表情を見せた。

「あたし、ずっと女子校しか行ってませんから……前から共学に行ってみたいと思ってましたのでいいと思います!」

「ありがとう中島さん、川西君も……優しくてお人好しなのは変わらないね」

 和泉は無邪気な笑みを浮かべると、庄一は複雑な表情を浮かべて言った。

「そうだな、でもそのお人好しだったおかげで……翼と出会うことができた。翼、君の前で言うのもなんだが――いや、やはり――」

「初恋の人だったんですね」

 翼がハッキリ言うと、庄一は辛くて申し訳なさそうな表情になって肯いた。

「ああ、そうさ……でも思いを振り切ることができたよ。和泉には他に好きな子がいたんだ」

 庄一の言う通り、和泉は当時影浦翔のことが好きだった。でもみんなはもういない、残ってるのは庄一だけだろう、三人は歩き始めて会場を後にする。

 帰り道、和泉は周囲を見回しながら会話を盗み聞きする輩がいないかを確認したうえで話す。四月の大量自殺事件のこと、夏休みを過ごした時のこと、驚いたことに庄一と翼は他の仲間とコミケに来ていた。

 もしかしたら仲間、あるいは本人とすれ違ってたのかもしれない、しかも翼は美由と会ってまた会う約束を交わしていたという。そして思わぬ場所で再会したこと、庄一はフランス外人部隊を辞めた後、南アフリカのPMCで働いてたが彗星騒ぎをきっかけに休暇を取り、日本に帰ってきたという。

 お互いの近況報告が一段落したところで翼は訊いた。

「あの、お手伝いってどんなことをすればいいんですか?」

「学校の音楽室で二三時に生放送をするのよ、各動画サイトにね」

 和泉の言葉で庄一は立ち止まった。

「ちょっと待て! その時間帯は確か……」

 その顔は驚愕と動揺、そして戦慄が入り混じっていた。なんて鋭い勘なのかしら、川西君変わったわね。戦場を生き延びるために培った勘が働いたのかもしれない。

 すると、翼も肌で感じたのか大きな目を見開いて震えた。

「まさか、空野さんって……もしかして」

 和泉は微笑んで一度目を閉じ、そして開いた。それはどんなに過酷な運命を、苛烈な非難を、そして冷酷な意志と覚悟を背負う者の目と豹変し、不敵な笑みを浮かべた。


「そう……私、空野和泉はエーデルワイス団代表よ。解散前夜、全てを話して解散を宣言するわ。そうして初めて私の目的は果たされる……それが、代表としての責任よ」



 花火大会が終わり、八月三〇日は美由を除いてそれぞれの実家で家族と最後の日を過ごした。最後の日である八月三一日は本来登校日だったが、先日の緊急の登校日により振り替え休日となっていた。

 その日の朝は一度美由のマンションで集まって部屋の大掃除、それで窓を全開にして蒸し暑く、汗だくになり午前中を費やしたが、お昼前の時間帯に和泉と美由がキンキンに冷えたソーメンを振舞ってくれた。

 最後の日の前夜祭へと向かう。最後の日は快晴で遠くには入道雲が聳え立つ、終わり夏の空がこんなにも美しいとは。

 妙子と美由、一輝は三人で市電に乗り、和泉は運ぶ物があるということでランドクルーザーに乗るという。すると零はもじもじしながら肩をつんつんとした。

「ん? どうしたの零……」

「あのね鷹人君、ちょっとやってみたかったことあるの、お願いしていい?」

「うん、どうしたの? いきなり改まって」

「……鷹人君、自転車漕いでくれる? 駄目なのはわかってるけど、一度……一度やってみたかったの!!」

 まるで零とは正反対の内気な女の子が、精一杯の想いを告白してるようだった。鷹人はすぐに察して顔を真っ赤にして肯いた。

「あ、あれか! わかった……その代わり上手くいくかどうか、わからないから」

 鷹人が自転車に跨ると後ろに零が乗る、振り向くと荷台に跨って完全に当ててくるスタイルだった。まあ横に座るというのは零にはちょっと似合わないかもと、背中に意識が集中する。

「意識してるでしょ? 鷹人君のえっち」

「い……行くよ」

 鷹人は重いペダルを漕ぎ始める、やっぱり二人分の体重がかかると重いが大丈夫だ問題ない、いつものルートは信号が多い、スピードに乗ったらブレーキの制動距離が伸びてしまう。

「零、いつもと違う道行くよ」

「うん、鷹人君に任せるわ」

 ギュッとされると余計なことで判断が鈍りそうだった。鷹人はいつもと違うルート――白川河川敷に沿って走るルートを選んだ、スピードは控えめに出してるが零は気持ち良さそうだった。

「ナイス判断よ鷹人君! 最高、青春ものみたい!」

「いや、僕たちは――俺たちはもう青春物語の登場人物さ、みんな主人公のね!」

「なにそのメタ発言! 風が気持ちいい!」

 零はゆっくりと両手を鷹人の肩に乗せ、そしてゆっくりと立ち上がる。

「タイタニックポーズはしないでよ、即ブレーキだからね!」

「わかってるわよ、これでも二人乗り初体験なんだから」

 僕は零を欲望と本能に任せて押し倒して初体験したい! 思春期の衝動を解放したい欲望と抑えないといけないという葛藤を感じながら自転車を漕ぐ、でも考えてみると自分はこんなにも幸せな今を過ごしてる。

 零が座り、しっかり鷹人にしがみつくと背中に柔らかく心地良い感触。

 葛藤するくらいならこの時を感じよう! この今を精一杯! 容赦ない陽射しと照り返すように暑い地面、全身から噴き出る汗、酷使して悲鳴を上げる肺と心臓、吊ってしまいそうな足の筋肉、湿った風を切って走る疾走感、蝉たちの鳴き声、そして背中には好きな女の子の大きなおっぱい!

 むにゅっとしてて、もにゅと柔らかくて、温かくて、気持ちよくて、もう最高!

 うん……最後の一つで台無しにしてしまったような気がするけど。

 それでも、感じるもの全てが美しく、眩しく輝き、何もかもが愛おしい! 鷹人は心の底から叫びたいという衝動に駆られた。

「ちっく生! 夏休みなんて終わるんじゃねええぇぇっ!」

「私も! もう一回夏休み過ごしたああぁぁぁい!」

 零も一緒に叫んでいた、同じ気持ちでいられることがこんなにも嬉しい。夏休みなんて終わらなければいい、それは毎年何度も思っていた、だけど今年はそれ以上だ。


この夏がずっと続けばいいのに!



 そして人類最後の夏の夜がやってくる、エーデルワイスの花はもうすぐ散る。

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