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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一二話、その3

 同じ頃、和泉はキスツスの浴衣を着て妙子、美由、優乃と健軍商店街を抜け、水前寺江津湖公園に来ていた。

 空いてるベンチに座り、その瞬間を待っていた。

 妙子は赤色で黄色の菜の花の浴衣で明るく、元気な妙子にピッタリな浴衣で和泉は思わず口元を緩める。手にはりんご飴を持っていた。

 美由は薄緑にマリーゴールドで彩られた浴衣は穏やかで、優しい美由そのものを表している、相変わらず髪留めには彩さんの形見の赤い髪留めをしていて時折、わた飴を口に運んでいる。

 優乃は黄色にエゾギクの浴衣だ、美由によればこの前から彼氏が行方不明で未だに連絡が取れないという、彼女は細高エーデルワイス団のまとめ役で文芸部の子たちもここに来てるという。

 ところで頭に付けてる狐のお面どこで手に入れたんだろう? 話に夢中になったせいかイチゴ味のカキ氷が溶け始めていた。

 妙子と美由は優乃にこの夏休みの思い出を話していた。

「――火の国まつりに行った翌日が茂串海岸へ一泊二日で行ったの、そこで桐谷君と零ちゃん付き合うことになったんだって、みんなで祝いの言葉を贈ったわ!」

「妙ちゃんあれはどちらかっていうと冷やかしだよ」

 美由は苦笑して言うと優乃はクスリと笑みを浮かべると、真っ暗な空を見上げる。

「私も一学期にエーデルワイス団を作って美咲君や文芸部のみんなと旅をしたわ、旅行部に看板を建て替えようかなって思うくらいにね。富士山に登ったり、湘南江ノ島、小笠原諸島、屋久島に沖縄本島や石垣島、それこそ美咲君が真っ黒に日焼けするくらいにね」

 優乃は両足をブラブラさせながら懐かしげに言う。

 和泉は三人の話しを聞いてる間、この子たちに救われたことを実感する、自分の高校生活がどれだけ無味乾燥なものかを思い知らされ、青春コンプレックスに苦しめられた。

 いつの頃からか自己暗示をかけて何もかも忘れてしまい、小学生の時に別れた友達の顔も声も忘れていてもう思い出せない。だけど、和泉はエーデルワイス団と過ごすことで、青春を取り戻すことができたような気がした。

「和泉さん、この夏休み楽しかったですか?」

 美由が和泉の顔を覗き込み、迷わずに肯いた。

「ええ、楽しかったわ。多分人生で一番楽しい夏休みよ」

「ええ? 和泉さん社会人なのに夏休みですか?」

 妙子は意地悪な笑みでからかうと、和泉は微笑みを返そうと顔を上げる。

「いいじゃない、大人が夏休みを欲しがっちゃ――」

 和泉の言葉が止まった。数メートル先に懐かしい顔が見えた。

 無意識に立ち上がり、亡霊のようにぎこちない足で歩み寄る。まさか、忘れたはずの顔、もう成長して顔立ちは変わってる顔なのに、彼女は確信していた。

「和泉さん、どこに行くんですか!? もうすぐ始まりますよ!」

 美由が慌てて立ち上がって追いかける、それに気付かず和泉は忘れたはずの幼馴染の名前を読んだ。

川西庄一かわにししょういち君?」

 身長一八五センチ以上の肩幅の広い長身、整った前開きの髪と彫りは深いがスッキリした顔立ち、鋭くも丸い目はワシミミズクのような佇まい。逞しい体格と紺色の浴衣姿がよく似合い、現代に蘇った侍のような風貌だった。

「君は……空野和泉?」

 川西庄一はただただ驚いてるような表情だった、当然だろう。男女三人ずつの友達グループを作り、一緒に夕暮れまで遊んだ幼馴染で、あの日さよならも言えずに姿を消してしまった。そして再び今、自分の前に現れたことに驚いてる、それは和泉も同じだ。

「庄一さん、お友達ですか?」

 隣に立っていた舌足らずな女の子が振り向いて訊く、小柄でセミロングの丸く滑らかな黒髪に童顔と大きな瞳の女の子だ。ピンク色にナデシコの浴衣姿がとても愛らしくて妹さんかと思うくらいだった。

「あっ……初めまして、空野和泉です。久しぶりね……川西君、ごめんね。みんなの前から姿を消して」

「ああ、当時の僕たちではどうにもならなかったんだ。責めるつもりはないよ」

 庄一は重苦しい表情で言うと、美由の声が響き渡った。

「ああーっ!! ゆめみちゃん!?」

「えっ? ええっ!? 嘘!? あの時の仔猫ちゃん!!」

 お互い驚きながらも、嬉しそうな表情を露にしていて和泉はぽかんとした。あの二人どこかで会ってのかと、庄一も同じような顔をしていた。

「庄一さん、この娘ですよ! コミケで迷子になった!」

「そうか、これも何か縁だろう。行ってこい!」

 庄一は穏やかな笑みを浮かべながら、背中をポンポンと叩くと、彼女は美由と嬉しそうに再会を喜んで友達に紹介して挨拶を交わす、そういえば川西君は子どもの時は奥手で恥かしがりや、泣き虫で甘えんぼな性格だったね。

「あの子……中島翼なかじまつばさとは四年前に知り合ったよ。遠距離恋愛してたんだが、今年の夏はずっと傍にいると決めたんだ」

「へぇ川西君、女の子どころか男の子にも自分から声をかけられなかったのに?」

 和泉は懐かしそうに微笑む、庄一は三つ年上でリーダー格だった――米島隼人よねしまはやとの後ろについていった内気な男の子だった。

「それは昔の話だ。君がいなくなった日……残された僕たちは泣きながら必死で君の事を探した。そして喧嘩することが多くなり、僕は小学校卒業後みんなと離れ離れになって高校卒業後、フランスへ渡った……辛い思い出から逃げたかった。影浦翔かげうらかけるとは戦場で再会したよ」

「戦場って――川西君まさか!」

「そう、僕はフランス外人部隊の兵士として、戦場に行った。翔とは戦場で再会した。戦いながら医者をやっていて、卒業後に医師免許を取ったら医大の教授についていって海外に行き、そのまま戦場の医者になった……これが、その時の写真だ」

 庄一は懐からボロボロの写真を四~五枚取り出すと、一枚目は楽しそうに三人で写っていて、三人目は意外な人物だった。その三人目に和泉は驚愕した。

「翔さん!? どうして……影浦君と川西君と?」

「真島さんを知ってるのか!? 彼は傭兵で翔の護衛役をしていた。もっとも、翔も銃を握って戦った。敵味方問わず治療したり、敵の砲撃に晒されながら敵の少年兵のために野戦手術をしたこともあったよ」

 庄一は懐かしげに、だが数え切れない程の死線を潜り抜けてきた人にしか出せない精悍な笑みを浮かべていた。

 やがて花火の打ち上げが始まり、和泉は花火の光でくっきりと浮かぶ写真をめくり、何度も何度も見直す。翔の幼い日々を思い出が花火が夜空に光るごとに蘇り、それと共に涙が一滴、また一滴と落ちる。

 三人とも砂埃や血がこびりついた服に突撃銃を持ち、眩しい笑顔を浮かべていた。

 庄一は国連軍の青いヘルメットを被り、フランス陸軍の野戦服を着てもう退役したFAMASを持っていた。

 真島翔はプレートキャリア等を装備してキャップを被り、両足にもポーチ類をつけてカラシニコフ突撃銃を持っていた。

 二人に挟まれるように影浦翔は灰色単色のボディアーマーにチェストリグ、ヘルメットを被り、ウエストポーチを複数括りつけ、護身用のカラシニコフのカービンモデルを持っていた。

「真島さんはもう亡くなったと聞いてる、翔も四月の事件で持ち込んだ拳銃で自殺した……PTSDで苦しんで、生きてるのはもう僕だけだ。和泉?」

 庄一は肩を落として夜空を彩る花火を見る、和泉は翔さんに選ばれなかった理由がようやくわかった。

「ねぇ川西君……翔さんと影浦君……」

「ああ、二人とも仲が良かったよ。まるで兄弟とまではいかないが、似た物同士という感じだった。息もピッタリだったよ」

 庄一がそう言うと、それで抑えていたものが崩れて膝を曲げ、写真を抱き締めるようにし、嗚咽を漏らした。

「翔さん……ごめんなさい……あたし……翔さんのこと……見てなかった……翔さんを通して、影浦君を見ていたの……決して……追いつけることのない……幻を……翔さん、ごめんなさい! 最後の時まであなたに迷惑をかけていたの……ごめんなさい」

 影浦翔と真島翔はどこか似ていたのだ。初めて真島翔と出会った時に見た一目惚れしたのは、真島翔を通して影浦翔のファントムを見ていたのだ。

 自己暗示で忘れたつもりでも初恋の男の子のことは忘れていなかったのだ。


「僕の代わりには誰もいないように、誰かの代わりなんて僕にはできない……君や、美由のことも」


 あの時の言葉の意味がようやくわかった、自分がいかに愚かだったのかを。ふと誰かが和泉の肩に手を乗せていた、顔を上げると心配した妙子は涙を浮かべて美由はそっとハンカチを差し出していた。

「妙子ちゃん? 美由ちゃん?」

 ハンカチを受け取り、涙を拭くと今度は美由と妙子の温かい優しさにまた溢れてきそうだった。美由は首を横に振って強い意志の篭った言葉で言い放つ。

「誰も、誰も和泉さんのこと……悪く言えませんよ、いいえ! あたしたちが言わせないわ! 和泉さん、ずっと悲しみを引き摺って忘れようとして、苦しみ続けたんです!」

「和泉さん、泣きたい時は泣いていいんですよ。あたしたちと花火が和泉さんを守りますから……だから、一人で泣かないで」

 妙子はしゃがんで小さな体で和泉を抱き締め、顔を胸に埋めて今度は声を上げて泣いた。今度は自分の過ちの大きさではない、妙子と美由の温かい優しさと、自分は独りぼっちではないこと、こんなに声を上げて泣いたのはいつ以来だろう?

 打ち上げ花火は和泉の嗚咽をかき消すかのように、夜空に咲いていた。その一発一発がエーデルワイス団の夏休みのように、儚く夜空に花を咲かせては散っていった。



 やはり花火は間近で見るのに限る。花火は視界を覆いつくさんばかりに咲かせ、太鼓に会心の一撃でぶっ叩いたかのような爆音を響かせる。

 鷹人と零は手を握り合ってお互い言葉を交わさず、夜空を華麗に咲いては消え、咲いては消える花火を見上げながら、夏の始まりを思い出していた。

 思えば七月、あの時蝉の鳴き始めを聞いた時、地上に出た蝉たちは最後の時を過ごすために鳴いていた。僕たちは地上に出た蝉と同じなのかもしれない、この夏休みは本当に素晴らしかった、まるでこの夏を過ごすために土の中を生きてきたようにも感じる。

 花火が消えた瞬間、零は訊いた。

「ねぇ鷹人君……今、どんなことを考えてる?」

「この夏休みのことだよ、今まで過ごしてきた夏休みの中で一番短く感じた」

 そして花火が甲高い音を鳴らしながら空に上がっていく、それは喜代彦や香奈枝、翔お兄さんの魂が天に召されるかのようだった。そして一瞬の命の花を咲かせる花火は夜空を輝かせて、やがて消える。

 インターバルに入ったんだろう、零は愛くるしい笑顔を鷹人に見せる。それがとても愛おしくて愛おしくてしょうがなかった。

「あっという間だったね鷹人君。地方大会の応援……私のことを巡って一輝君と殴り合いの喧嘩したし」

「まぁね、言っておくけど奪い合いじゃなかったよ」

「わかってるわ、決勝戦で暑い中みんなで熱くなって喉が張り裂けるくらい応援して、そして泣いたよね」

「うん、野球の試合見てよかったよ。あんなに苦しめた八代第一商業、甲子園一回戦で敗退した時は呆然としたよ……甲子園にはどんだけ化け物がいるんだよって」

 鷹人は苦笑すると、零も微笑んで肯く。

「ホントね、鷹人君の方からデートに誘ってくるなんて……鷹人君が私のことに恋心を寄せてるのは知ってた、精一杯勇気を振り絞って誘ってきた時の顔よく覚えてるわ」

「なんか恥かしいな、もう一度やれって言われたらできる自信ないよ」

「またまた、火の国まつりの時に鷹人君、泣き虫の甘えん坊さんでそれでいてキザでかっこいい時もある。私にとっては未だに謎の少年って感じよ。無茶もするし」

「あっ……あの時はごめん、せっかくのデートだったのに」

 あの時は本当に無茶をしたと思う、せっかくの初デートを台無しになってしまった。それでも零は笑いながら首を横に振った。

「でもね、今では大切な思い出よ。海に行って泳いで花火で遊んで、飛行機に乗って東京でコミケに行った……楽しくて、泣いたり、笑ったりできて、本当によかった!」

 零の声は裏返ってる、思い出すとかけがえのない思い出でいっぱいなんだろう。でも終わりのない夏休みなんてない、終わらせなければいけないのだ。

「鷹人君、ありがとう! あの時エーデルワイス団に誘ってくれて、私のことを好きになってくれて、本当にありがとう!」

「僕の方こそ、エーデルワイス団に来てくれて……最後の夏休みを一緒に過ごしてくれて……ありがとう!」

 鷹人は零に感謝してもし切れない程、感謝の気持ちでいっぱいだった。

「ねぇ鷹人君、最後の日の夜は絶対に一緒にいて、一緒に朝を迎えよう。どうしてか……わかる?」

「……わかるよ、一緒なら死ぬ時も生き残った時も……一緒でいられる」

「うん、私ね……最後の日を生き残っても鷹人君が死んだら、私……今度は頚動脈を切って死ぬから」

 その声が真剣で本気なのは訊くまでもなかった。

「初デートを誘った日、僕に悪戯したみたいに?」

「急所だって教えたの鷹人君よ」

「僕だったのか……じゃあ、もし零が死んでも僕が後を追うとは限らないとしたら? 他の女の子とくっついちゃうかもよ」

 鷹人はハッキリと残酷な言葉を突きつけた。零ははっとした顔になり、泣きそうな声になる。

「そんなこと考えたくないよ! 私は……私は……ごめんなさい。悪いこと言っ――」

「いや、僕も悪かった。君の言う通りだ……死ぬ時は一緒に死のう」

 鷹人は零を抱き締めて謝り、誓いの言葉を告げた。もし生き残ったら……その時はその時だ! 温かく汗ばんだ匂いがする、それが生きている証でお互いドキドキしているのがわかる。

「うん、約束よ鷹人君……八月三一日の夜は……一緒に朝を迎えよう」

「ああ、勿論だ。生き残ったらまた一緒に学校に行って……また夏を迎えよう」

 零は満面の笑みを浮かべると、花火の打ち上げがまた始まってお互い体を寄せ合って鷹人は零の背中に腕を回して肩に乗せると、零は鷹人に身を委ねていた。

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