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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一二話、その2

 音楽室のピアノで和泉は完成した曲を演奏を行い、その都度手直しをしてはまた演奏をするのを繰り返していた。マンションではタブレットPCでやっていたが、やはり高校の頃にやっていた方法の方が体に馴染んでいた。

「よし……」

 何度目かのテスト演奏を終えると、ようやく納得のいく形になった。開けた窓から生暖かい風が吹き付ける音楽室、和泉は机に置いてあったスポーツドリンクを飲んで喉を潤し、一息吐くとスマートフォンに小型マイクを繋いだ。

 和泉は録音を開始すると完成した曲である『最後の夏の歌』を演奏し、歌う。

 和泉の歌声は美しいソプラノ歌手のように柔らかく、透き通っていて、それでいてどこか悲しく寂しげで儚い歌声だ。彼女のピアノの音色と歌声が、どこまで聞こえたかはわからない。

 六分程度の演奏を終えて録音を止めると、風通しをよくするため開けっ放しにしていた扉から拍手と共に温かい笑みを浮かべた高森先生が入って来ると。和泉は苦笑しながら立った。

「聞いてたんですか?」

「ええ、素晴らしい曲です……この歌、合唱部の発表で聞きたかったわ」

「あの時のあたしだったら、もっと悲しい曲になってましたよ」

「そんなことはありませんよ……一番の過去を悔いての悲しみ、二番に決意を固め、成し遂げようとする意志。三番は遠い過去の記憶の中にいる者たちへの思い。そして最後はこれから未来を担う子達に託すメッセージ……そんな気がするわ」

 高森先生は目を閉じて今聞いた曲をゆっくり頭の中で、リピート再生させて聞いてるかのように、あるがままの感想を言うと、和泉は安堵の笑みを浮かべた。

「高森先生に伝わったのなら、きっとあの子たちにも伝わると信じています」

 和泉は窓の外、クレーターのできたグラウンドに目をやる。落ちてきた隕石の破片は既に回収されてどこかの研究機関に送られたが、クレーターの周囲には立ち入り禁止のテープで囲まれてそのままだった。

「最後の日の夜……この音楽室、使っていいですか?」

「ええ、勿論ですよ。何か……サプライズ、でもあるんですか?」

 高森先生は「サプライズ」をぎこちない口調で言う、昔から横文字が苦手なのは相変わらずかと思いながら訊かれた和泉は答える。

「そうですね……この歌を聞かせようと思っています、今言えるのはそれだけです」

「わかりました、これ以上は訊きません」

 高森先生は肯くと、和泉は胸を撫で下ろした。


 音楽室を出ると、前夜祭の準備は一段落したらしく、生徒たちの姿はさっき見た時よりも少ない、すると妙子との声が体育館に響く。

「和泉さーん! やっと見つけたわ! みんなで花火大会行きましょう!」

 和泉を見つけた妙子はステージから飛び降りて、駆け寄って来た言い放った。

「あら美由ちゃんたちと一緒じゃないの?」

「桐谷君、零ちゃんとデートですし、三上君は野球部の人たちと徒党を組んで行きました。あたしは美由ちゃんと織部さんがいますけど、和泉さん一人で行くんですか?」

「えっ? まあそうだけど」

「じゃあ、あたしたちと行きましょう! 最後の夏の終わりに独りっきりの花火なんて寂しいじゃないですか! エーデルワイス団は誰一人、独りぼっちにさせません!」

 妙子の真っ直ぐで澄み切った真剣な眼差しは、大人の女性としてではなく一人の仲間として見ているような眼差しだった。そうか、自分は一人ではないんだと実感した時、和泉は嬉しくて熱いものが込み上げてきて、大きな心を持った小さな女の子を抱き締めた。

「ふぅあっ! 和泉さん!?」

「ありがとう……妙子ちゃん、最後の時をあなたたちのために尽くすわ」

 ふと震える声で和泉は気付いた。今しかない今を、限られた時を下の世代のために尽くそうとしてること。その生き方は翔の生き方そのものだった、あたしは今、翔さんと同じ気持ちになった。

「それじゃあ、一度帰って浴衣着ようか!」

「はい、火の国祭りの時は着れませんでしたかね! 早く行きましょ!」

 妙子の言葉で和泉は肯いた。翔さん、彩さん、最後まで見ていてください。



 昼食のステーキを食べた後、零は食べ足りなかったのか終業式の日にランチを食べた紅茶の喫茶店でホットサンドを食べていた。

 それからは町を歩き回り、途中下車して歩きながら市電に乗って健軍まで来ていた。

 健軍商店街を抜けて、鷹人は零と手を繋いで歩き、あの日のことを話していた。

「それで一緒に買い物してた時、スマホが鳴ったの……あの時、美由がいてくれたおかげで助かったわ。すぐに辛島公園の地下駐車場に逃げたの……私、怖くて縮こまって鷹人君助けてって何回も心の中で呼んでいたわ。そしたら美由の顔が豹変したのよ、まるでそうなんて言うかな? 戦争映画に出てくる鬼教官みたいあの……」

「ハートマン軍曹みたいな感じ?」

「そうそう、それよ。美由のおかげでまた鷹人君とこうやって手を繋ぐことができた」

「うん、僕の方からも美由に感謝しないと」

 鷹人はあの日、そばにいればよかったと負い目を感じる必要はなかったんだと、安堵する。辺りはすっかり暗くなり、停電の一部は復旧したがまだ市内のいくつかの箇所では復旧してない所もあるという。

 途中の屋台を見つけると零は嬉しそうに言う。

「ねぇねぇ鷹人君、屋台で何か買おうか?」

 まだ食うのかよ! 太るぞマジで! 内心ツッコミながら鷹人は笑ってごまかすと、零は不満を露にして「ぶーっ」と頬を膨らませる。

「鷹人君、まさか食べ過ぎて太るなんて思ってないよね?」

「いやいや零、人間ある程度体重は必要だ。それに食べた分だけ消費すればいい……ここに来るまで結構歩いたし大丈夫だろう」

 それに太ったら俺がケツを叩いて運動させればいいと、内心付け加える。

 会場に到着するまで鷹人は焼き鳥二〇本を零と一緒に食べたが、焼きそば、お好み焼き、フランクフルト、たこ焼き、コンビニの唐揚げを零は幸せそうに食べ尽くす。鷹人は幸せそうに食べる姿に逆に引いていた、なにしろ焼きそばを食べ終えた時点でギブアップしたんだが、零はまだ食べると言わんばかりに豪快に買って食べていた。

 その間に鷹人はコンビニで五〇〇mlペットボトルの野菜ジュースを買う。

「ねぇ鷹人君、半分貰っていいかな?」

「ああ、いいよ」

 鷹人は今買ったばかりの野菜ジュースを渡すと、零はキャップを開けて躊躇いなく口に付ける様を意識しながら見つめるが半分の二五〇mlを一気飲みした。

「ぷはぁあっ美味しい! はい鷹人君、ありがとう」

「あっ、ああ」

 鷹人はドキドキしながら口に付けて一口飲むと、零は耳元で囁いた。

「間接キスだね」

「ごぼふっ!! ごほっ!! ごほっ!!」

 それで噎せて咳き込み、零は慌てて背中を優しくさする。

「うわぁごめん鷹人君大丈夫!!」

「ああ、大丈夫……意識し過ぎたかも」

 咳が治まって呼吸を整え、酸素を肺に行き渡らせた。会場に到着すると予想以上に人が多く辺りもそろそろ暗くなってきた時だった、スマホを見ると一輝たちや美由たちもどこかにいるらしい。

「ねぇ鷹人君、わたあめ一緒に食べない?」

「ああ、そろそろお腹も落ち着いてきたし食べようか」

 鷹人はわたあめを一つ買うと、二人で一緒に頬張ると鷹人ははにかんだ笑顔になる。

「なんかちょっと恥かしいね」

「ええ、でも漫画みたいじゃない……あっ、鷹人君ちょっと動かないで」

「えっ?」

 鷹人の頬についたわたあめを人差し指で取り、そのままペロッと舐め取った。

「ほっぺについてたよ」

「あ、ああ……ありがとう」

「なに照れてんのよ鷹人君、可愛い」

 零は二ヒヒと笑みを浮かべて頬を指でぷにっと突いた。鷹人は頬を赤らめながら目を逸らして恥らう。

「こ、こんなの、一輝や井坂さんたちに見られたら恥かしいよ」

「もう見てるぜお二人さん」

 前の方から一輝の声がしてまさかと、思いながら顔を上げるとすぐ目の前に一輝がニヤニヤしながらスマホを構えて立っていた。しかも男子数人と徒党を組んで、傍から見ればナンパしにやってきたグループにも見えるのかもしれない。

 零はあたふたしながら激しく動揺した。

「か、一輝君! そ、それに本田君たちも!? ど、ど、どうしてここに!?」

「いや、最後だしみんなで行こうって」

 一輝は邪魔して申し訳なさそうな表情で言う。本田は性質の悪いチンピラのように馴れ馴れしく鷹人に歩み寄ってくる。

「よお……お前が桐谷か、応援に来てくれてありがとうな、それには感謝するぜ! だがな一つだけ許せないことがあるんだ」

 そう言うと、女子マネージャーの子を連れた一人を除く元野球部員たち六人くらい、ぞろぞろとガラの悪い演技をしてるのが見え見えな様子で歩み寄って取り囲む。

「おい馬鹿!! みんなやめろ!!」

 一輝は止めようと必死で制止すると、元野球部員――確か橋本が涙ぐみながら覚悟を決めたように言い放つ。

「止めるな!! 俺たちはな……マネージャーになってくれなかった空野さん、俺は……俺たちは空野さんが好きだったんだ!!」

 そういえばこのメンバー同じ中学校だったなと鷹人は思い出す。確かに可愛くて性格のいい女の子だから、恋をする男の子が他にいてもおかしくない、自分もその中の一人だったのだから。

「そう、俺たちは抜け駆けしないって協定を結んだんだ! それを桐谷、お前がいとも簡単に破ったんだ」

「いや協定を結んだ覚えないし、僕は完全に外野の人間だったから」

 鷹人は立てた右手を左右に振りながら否定すると、一人の元野球部員が声を上げて掴みかかってきた。

「桐谷鷹人! 覚悟ぉぉぉおおおっ!!」

「よせえええぇぇぇっ!!」

 一輝の制止も虚しく、鷹人は瞬時に動いた。一人目を最小限の動きでかわして地面に叩きつけると、そのまま二人目に投げ技を決める。三人目を地面に引き倒し、背後から襲ってきた四人目を一瞬で拘束すると、五人目に叩きつけた。

 最後の一人である本田は一瞬で拘束して首絞めにかかった。

「おごごごごご……ぐびが」

「連続CQC……やめろ鷹人! 死んでしまうぞ!」

 一輝の言葉で鷹人は本田を解放すると、その場で四つん這いになって荒い呼吸をして他の五人も立ち上がる。


「なんだこいつ、滅茶苦茶強いぞ」「柔道かレスリングでもやってるのか?」「ありゃまるでCQCだ」「どこで誰に鍛えてもらったんだ?」「殺されるかと思った」


 呼吸を整えて立ち上がった本田は訊いた。

「はぁはぁ、桐谷お前何を習ってたんだ?」

「ああ、こいつ元陸自で特殊作戦群出身の従兄に鍛えてもらったんだって」

 代わりに一輝が答えると、零も気まずそうに思い出したかのように言う。

「ああ、そうそう一年生の頃に南アフリカで元特殊部隊? の将校さんにも鍛えられたって言ってたよね?」

 元野球部員たちの顔から血の気が引いて真っ青になる。

「三上!! それを先に言ってくれよ!! 俺たち殺されるかと思ったぞ!!」

 さっき止めるなと言っていた橋本が泣きそうな顔をしながら言った。

「いや止めるなって言ったのお前らだろ」

 一輝は苦笑していた、周りの人たちの視線もあって鷹人はどうしようとオドオドしてると零は鷹人の手を引っ張る。

「鷹人君、場所を変えよう」

「ああ、うん!」

 鷹人は胸をドキドキさせながら零に引っ張られてその場を後にした。

 そういえば零の手を引っ張って逃げることはあっても、引っ張られるなんてことはなかった。好きな子に引っ張られるのってこんなにドキドキするなんて、鷹人は恥かしいけど嬉しい気持ちだった。

 公園の奥深くにまで入り、間近で見られる場所に着くと打ち上げまでギリギリまで間に合った。

「ねぇ、この夏休みでどれくらいの人が私たちみたいに恋人同士になったのかな?」

 言われて見ればと鷹人はスマホを見ると、ネット空間では最後の日々での明暗が分かれていた。

 ツィッターやSNS、バッカニアを見ると、以前から最後の日々をみんなで過ごして夏休みの終わりを楽しもうとする人たち。エーデルワイス団がその急先鋒だが、それには加盟せず自分たちなりに過ごす個人やグループもいる、ナチス政権時代のエーデルワイス海賊団に類似したモイテンやスウィング・ボーイのような人たちだ。

お互いつかす離れずの距離を保ちながら意見交換したり、時には助け合ったりしている。大人たちのサポートが期待できない、小中高校生のグループは特にそうだった。添付された写真を見ると、みんな眩しくて楽しそうな笑顔で今を輝かせていた。

 この人たちもきっと僕たちのように楽しいことばかりだけでなく、悩みがあったり、心の傷を抱えたり、時には喧嘩もしたこともあり、その度にみんなと一緒に乗り越えたのかもしれない。

鷹人は自然と口元に笑みを浮かべていた。

「それはわからないけど、どんな物語を描いたんだろう?」

 そう言うと、零は繋いでる艶かしく手を絡ませ、鷹人の腕に乳房を押し当ててスマホの画面を覗き見する。鷹人はギョッとしてポーカーフェイスを保とうとする。

「ふぅん、きっと私たち以上に不純異性交遊したんじゃないの?」

「そ、それってどういうこと?」

「わかってるくせに……どれくらいの人が、エッチしたかってことよ……鷹人君、さっき私がお腹をさすった時、私のお腹を大きくしたいって思ったでしょ?」

 零はニヤけて鷹人の耳元で、健康な思春期の少年の理性を破壊する甘美な声で囁く。鷹人はたちまち顔を赤くして動揺すると、あのニカッとした笑顔になる。

「ああ鷹人君赤くなった、可愛い!」

 頬でプニプニと指で突く、それが最近は好きになってきた。好きな女の子に弄られてると、変なのに目覚めてしましそうだった。

 しかし、楽しいばかりではなかった。行動を起こしたくても、年配者たちの圧力に屈してしまい最後の日まで受験勉強や仕事だと嘆いてる人も多くいた。後悔、憎悪、諦念、嫉妬、憤怒等様々な負の感情をネット空間で爆発させていた。

 零は哀れみの目でスマホの画面を見つけて言った。

「なんか可哀想だよね……最後の日まで仕事とか塾だとかって言ってる人たち」

「うん、でも僕たちにできることはもうないよ。僕たちは……周囲の雰囲気や空気に流されず、自分の強い意志を持って周囲の冷たい視線や冷たい言葉を耐え忍び、今のために行動する勇気を持ち、自分たちの大切な思い出を作る……という選択をした結果にこの夏休みを得たんだ……何も言うことも言えることはないよ」

 鷹人はそう言ってスマホをポケットに仕舞う、打ち上げの時間はそろそろだった。

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