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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一二話、その1

 第一二話、最後の夏の花火。


 エーデルワイス団が決意表明した日の夕方、ニュースでジェネシス彗星への核攻撃が行われたと報じられた。破砕には成功したが粉々になった破片が地球に降り注ぐという、九割九部は大気圏で燃え尽きるが残りは地表に落下する可能性が高いという。

 その間に破片は落ちてくることはなく、熊本市内も電気が一部復旧した。しかし、その日から今まで抑えられていた理性が失われたかのように世界各地でパニックや暴動が起こっていた。

 八月二九日、隕石群落下の影響で江津湖花火大会は中止確実の噂が出たが、なんと一日順延の今日となった。もしかすると実行委員会の中にもエーデルワイス団がいたのかもしれない、そういう噂が流れてたが本当かどうかは重要ではなかった。


 その日午前中、鷹人は美由、和泉の三人で翔お兄さんの墓参りに来ていた。

「翔お兄さん、やっとわかった気がするよ。あの時、自分の命をかけてまでした意味を、最後の時間を美由――いいや、僕たちを導いていくためだったんだ……あなたの残した言葉は、今も……いいえ、この先もきっと導いていくでしょう」

 鷹人はそう呟いて八月の終わりの空を見上げ、ここで翔お兄さんに救われたことを思い出す。ここでエーデルワイス団の物語が動き出した、地方大会、火の国まつり、海水浴、コミケ、みんなでいろんなことを経験し、いろんな所へと出かけた。

 少し遠回りしてしまったが美由に最期の言葉を伝えることができた、美由は汗だくなって翔の墓石の掃除を終えた。

「綺麗になったかな? 翔お兄ちゃん……この夏休み、今まで一番楽しくて充実した夏休みだったよ……中学の頃とは考えられないくらい、笑ったり泣いたり……時には喧嘩もしたけどね」

 その顔は一回り成長し、芯の強い優しい女の子の顔になっていた。和泉は容赦ない陽射しと照り返しの中さえも心地良く感じてるような表情だった。

「翔さん……結局あなたは最後まであたしのこと、見てくれませんでしたね。でも、あなたのことはずっと忘れません……あの短い夏の日々を」

 和泉は侘しげに微笑みながら合掌した。

 ここに来るのもあの日以来だと、鷹人は巨大な積乱雲に目をやる。喜代彦、中野さん、翔お兄さん、ありがとう……もうすぐみんなの所に行くかもしれない、それは夏休みの終わりかもしれないし、何十年後かもしれない。

 ここにはもう来ることはないかもしれない。鷹人は振り向くことなく、墓地を後にして車に乗ってランドクルーザーを発進させると、和泉は訊いた。

「今日はみんな、何して過ごすの? やっぱり江津湖花火大会?」

「はい、まだ時間ありますので、あたしは妙ちゃんと学校で前夜祭の準備に行きます」

 助手席に座る美由がハキハキと答えると和泉は少し躊躇いながら訊いた。

「ああ、エーデルワイス団解散前夜祭ね……あたしも来ていいかな?」

「勿論ですよ、和泉さんもエーデルワイス団の仲間ですから! あっ、鷹お兄ちゃんは戻って零ちゃんとデートだそうです」

 美由は冷やかすような口調で言うと、鷹人は少し恥ずかしい気持ちになる。いくら公認カップルとはいえ恥ずかしい、和泉は赤信号で停車させると興味あり気な表情で後席に座る鷹人を見る。

「あらあら、最後の夏休みに恋愛成就させた上に花火大会のデート……青春ね! 妹のこと、頼んだわよ」

「……はい!」

 鷹人にはその最後の台詞が、まるで遺言のようにも聞こえ、重い責任を感じながら肯いた。

 

 お昼前になり、墓参りを終えた鷹人は市電に乗って辛島町電停へと向かう、窓の外を見ると既に復旧作業が始まって撤去された瓦礫を積んだトラックとすれ違った。

 途中で慶徳校前で降りて後は辛島町まで歩く、この前の隕石群で慶徳校前、辛島町の間に落下して今も復旧作業中だ。歩く間に容赦なく照りつけられる暑い陽射し、これを感じることはもうないのかもしれない。

 辛島公園に入ってふと足下を見ると、自然としゃがむ。

 一匹のセミが足を閉じてアスファルトの上で仰向けになり、動かなくなっていた。鷹人が触れても動かず身を委ねてるかのようで、そっと街路樹の根元――そこは丁度一匹が入るくらいの窪みがあった。

 このセミは雲一つない空を見上げながら魂は天に召されただろう、残った亡骸は固いアスファルトよりも、土に抱かれて朽ち果てていった方がいいのかもしれない。鷹人はそう思ってセミの亡骸を窪みに置くと、零との待ち合わせ場所に向かった。

「お待たせ、先を越されちゃったね」

 零は華やかな浴衣姿でやってきて、自然と鷹人の心臓の鼓動が速くなる。零は白い浴衣姿で赤い帯、髪は結んでヒナギクの髪留めで彩られ、鷹人は思わず照れ臭くて目を逸らしそうになるが、しっかりと焼き付けよう。

「ううん、待つ間も楽しみ方の一つだから」

「それコミケの時でも言ってたね」

 無邪気に微笑むとお腹が鳴った、二人とも同時に。

「行こうか、まず何か食べよう。お腹空いたでしょ?」

「うん、また……あそこに行こうか、初デートの時食べた」

「下通のステーキ屋さん?」

 鷹人はわざと通るような声で言うと、零はギクッとした。

「やっぱり食べたいんだ」

 鷹人はニヤけて零の頬をプニプニと突くと、不機嫌そうに頬を膨らませて肯いた。



 その頃、一輝は前夜祭の準備で荷物運びの仕事を終えると、本田は因縁を感じたかのようにに首を横に振りながら言った。

「それにしてもまたこのイベントに参加することになるとはな」

「前にもあったのか?」

「実はな、中学三年の頃夏休みに丁度この時期、学校で一泊するイベントやったんだ……提案したその時の友達が四月の事件で、学校にガソリンを撒いて火を点け……仲間と一緒に焼け死んだ……馬鹿なことしやがって……可愛い彼女や友達もできたってのに」

 そのニュースなら一輝も見たことある。大量自殺事件の日の夜、校舎に火を点けた四人の生徒が遺体で見つかった。焼け残った所持品から、その高校に通う生徒と判断されたという。

「そうか、あいつら……世間に抗議の念を込めたんだろうな」

「どういうことだ?」

「これは鷹人から聞いたんだが、焼身自殺というのはそのインパクトから命と引き換えにした抗議として行われてる。例えば一九六九年、旧チェコスロバキアの大学生ヤン・パラフはソ連侵攻の抗議として焼身自殺。最近で言うならチベット人による中国共産党の弾圧に対する抗議として僧侶や尼僧が行ってる……あいつらは、何を考えて死んだのかはもうわからないが」

「そうだな、もしかしたらあっちで訊きだせるかもしれないな」

「縁起でもねぇこと言うなよ。あいつらの無念、俺たちが晴らすんだ」

 それがエーデルワイス団だ。と一輝は自分に言い聞かせた、すると本田は悪戯を思いついた悪戯小僧そのままの表情になってニヤけ顔になる。

「なあ、せっかくこれからリア充を脅かしまくろうぜ! 特に浜田の奴をな!」

「えっ? 浜田が……どうして……まさか! 彼女作ったのか!?」

 ここでどうしてピッチャーの浜田が出てくるんだ? と一輝は首を傾げてすぐに仮説を立てて言うと、本田は力強くゆっくり肯いた。

「ああ、あいつめ地方大会の応援の後……野球部のマネージャーと付き合い始めたんだってよ! おかげでバッテリー組んでる橋本の奴、マジ泣きしてたぞ」

 なるほど、あいつ何気にルックスはいい方でモテるしな。しかし、小学生の頃から組んでいた橋本にすればガキの頃からの相方を取られたという、気の毒な気持ちはなんとなくわかる気がした。

「そんなにショックだったのか……そういえば浜田の姿はないのはまさか?」

「ああ、あいつ今日彼女と江津湖花火大会に行くってよ」

「あ……あいつもかよ」

 一輝は思わず苦笑すると、本田率いる元野球部員たちがまるで起動した殺人ロボットのように目を光らせ、手を止めて顔を上げて殺意と嫉妬に満ちたオーラを放った。この光景前にも見たことがあるような気がする。

「あいつも、ということはまさか桐谷と空野もか?」

「ま、まあ……そんなところだ。浜田の奴、火の国祭りの時には聞き捨てならんと言った癖によぉ」

 本田はうんざりしたような口調になる、ならやることは決まってると一輝は笑みを浮かべて顔を上げた。

「それならさぁ、俺たちも行かないか? 江津湖花火大会」

「よしみんな! 人類最後の夏を過ごそうとするリア充どもに鉄槌を下すぞ!」


「「「おおーっ!!」」」


 おいおい、なんか違った形で解釈してないか? 一輝は苦笑するしかないが、ここは傍観者に徹することにした。こんなのことしたらエーデルワイス団のみんなと敵対しかねないと。

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