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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一一話、その3

 翌日、市電は一部区間は復旧工事のため運休となって鷹人、零、一輝は自転車で登校、妙子と美由は市電に乗って運休となってる区間は降りて歩き、また乗って学校へと向かった。


 妙子は美由と登校して始業時間少し前に一組の教室に入ると、予想はしていたがやはり何人かの生徒が頭や腕に包帯を巻いてたり、姿のない生徒もいる。すると妙子たちの恩人である織部優乃が駆け寄ってきた。

「井坂さん! 真島さん! よかった……無事だったのね」

「織部さんも無事でよかった、大丈夫だった?」

 妙子も安心した口調で言うと、美由は何かを察してるようで複雑な表情をしていると、優乃は俯いて声を震えさせた。

「守屋さんが……昨日の夕方、倒壊したマンションから遺体で見つかったわ」

「そんな……守屋さんが」

 妙子はなんて言っていいかわからなかった。人一倍真面目で頭のお堅い同級生で、エーデルワイス団を毛嫌いしてたけど決して嫌な奴ではなかった。優乃はコクリと肯き、美由も唇を噛んでいた。

「もう一つ、美咲君と昨日から連絡がないの! 学校にも来てないって、家にも行ったけど車がなくて……どこかへ行ったまま帰って来れてないの! どうしよう井坂さん、美咲君まで死んじゃったら……私もう……どうすれば」

 優乃は泣き乱すと美由は両手を肩に乗せ、強い眼差しで優乃の目を見る。

「大丈夫、いざと言う時はお互いに助け合う。それがエーデルワイス団でしょ?」

「織部さんは一人じゃないし、一人にさせないわ。あの時言ってくれたじゃない! 仲間もいるしあたしたちにだって頼っていいのよ!」

 妙子はあの時のことを思い出して言葉を返すと、優乃はボロボロ溢れる涙を拭うと、再びあの時の精悍な笑みを浮かべるが、不安な気持ちは拭えておらず見栄を張ってるようにも見えた。

「ありがとう、美咲君が生きてるの信じるわ……でも……もし、違っていたら……」

「その時は妙ちゃんの胸の中で泣いていいよ」

 美由の言葉は優しかったが、妙子は思わず「えっ!?」と出た。

「ちょちょっと美由ちゃん! あたしほら、こんなに胸がないし、フラットトップレシーバーよ!」

「でもね、温かいのよ」

「美由ちゃん……ごめんね織部さん、美由ちゃ――うわっ、織部さん?」

 優乃は二人にすがるように抱き締めた。妙子は困惑して、美由は覚悟を決めたような目で優乃を見つめた。

「ありがとう井坂さん、真島さん……もう少し、頑張るわ」


 始業時間になり、先生が来るとどこのクラスも重苦しい空気に包まれた。いつもと変わらないように振舞う先生たち、犠牲になった生徒のために泣き崩れる先生もいた、高森先生がそうだった。

 全校集会が開かれ、その後はガラスの破片の後片付けだった。


 臨時の登校日が終わるとエーデルワイス団のメンバーは三年二組の教室に集まった。特に話し合うことはないのに、みんな食欲も湧かず座っていて妙子は呟いた。

「桐谷君のクラス……どうだった?」

「行方不明が三人……死亡が確認されたのが二人」

 鷹人は重苦しい口調で俯いたままだ、零と一輝にも訊く。

「零ちゃんと三上君のクラスは?」

「……一人行方知らず、四人が死んだ」

 一輝は辛うじて聞こえるくらいの声で言うと、零も俯いたまま呟いた。

「……私たち、みんな死ぬのかな?」

「こうなることは……薄々気付いて、覚悟してたつもりなのにね……」

 美由もうずくまったままボソボソとした口調で言う、そういえばあの時もそうだったよね。ここで夏休みをどんな風に過ごそうかって、わくわくさせながら話してた時に守屋さんたち課外授業を受けてきた人たちと、高森先生が入って来てそれで全部否定されたんだっけ? あの日があまりにも遠い。

 それも、そうか? もう二度と戻ってこないから当然だもんね。そして帰りは今みたいにみんな口を開こうとしなかった。妙子はあの時のように重い口を開いた。

「なんかさぁ、思い出すわね。みんな覚えてる? 期末テストが終わった後の放課後」

「うん、覚えてるよ……あの時零ちゃんがヒステリック起こして、それからみんなで喧嘩して鷹お兄ちゃんがキレちゃって……あたしはただ泣いてたわね、一ヶ月前のことなのに懐かしいわね」

 美由は肯き、懐かしげに微笑むと一輝も同じように笑みを浮かべた。

「喧嘩と言えばさ……鷹人、お前と河川敷で殴り合ったよな? 途中からお前に殺されるかと内心ビビッてたぜ」

「そんなに僕ってヤバかった? それ以上に和泉さんがあんな凄い形相になるとは思わなかったよ」

 鷹人も苦笑すると、零は窓の外に視線をやる。

「この夏休み本当に楽しかったわ……本気になって笑ったり、泣いたり、時には喧嘩したり……夢中で、燃えるような恋もしたわね」

 零は少し照れ臭そうに鷹人に視線をやると、鷹人は頬を赤らめながら肯き、一輝が冷やかす。

「ヒューヒューやっぱり今年の夏は熱いね!」

「ホント……熱いわね、まだ終わってないのに……」

 あの時もそうだった、まだまだこれからって時だったね。妙子の心が折れてしまいそうだった時……沈黙の教室に扉の開く音が響いた。

「井坂さんたち! ここにいたのね、探したわ!」

「お……織部さん? そうだ、織部さんのエーデルワイス団はどう?」

 妙子はあの時とシンクロしていると感じていた、そして優乃はこの後こう告げた。

「それなんだけど、これから一緒に来てくれる?」

 あの時もそうだった、バラバラになりそうだったみんなを繋ぎとめてくれた。妙子は目の色を変え、席を立ち上がってみんなに言った。

「行こう、みんな! 織部さん、体育館裏だよね!?」

「ええっ、ついてきて!」

 優乃はあの時と同じ、いいえそれ以上に一皮剥けて更に精悍な笑みで肯いた。



 みんなの帰りが遅く、心配になった和泉は車を出して細高へと行き、校舎に入ると廊下で高森先生がやつれた表情でボーッと窓の外を眺めていた。六〇過ぎにも関わらず四〇前半の容姿を保っていたが急に老けてしまったようにも見えた。

「高森先生! あれから大丈夫でしたか?」

「空野さん……私は今まで生徒に……今を我慢すれば将来必ず報われるって……教えてきました……それが……こんなことに……私は……間違っていたんでしょうか?」

 高森先生の凛とした声はもうなく、力ない声で和泉は唇を噛んだ。誰も悪くない、これは東日本大震災や熊本地震の時のような自然災害で止めようもなくどうしようもない。和泉は首を横に振った。

「いいえ、高森先生は間違っていません……誰も悪くないんです。どうしようもなかったんですよ……誰もあの噂が本当かどうかなんて確かめようもなかったんですし、かと言って……どうすることもできないんです」

 でも、まだあの子たちのためにやれることはある。和泉は残された時間にできることを考える、あの子たちのために何ができて何をすべきか? それはあの子たちが決めることだ。

 そう考えていた時、職員室の扉が開いて玲子先生が出てきた。

「高森先生、体育館裏で生徒たちが集まってるそうです」

「……夏休み前の時みたいにですか?」

「はい、今大神先生も向かっています……あの子たち、何を考えてるのかしら? もうすぐ世界が終わるかもしれないのに」

 玲子先生は独り言のつもりなのか、苛立ってる様子だった。

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