第一一話、その2
衝突は三一日の深夜じゃなかったのか!?
全国瞬時警報システムが発動して、西日本を中心に小さな、しかし多数の小さな彗星の破片が落下してくるという。
空を見上げると、不気味なほど静かな曇り空だった。そして大津波警報のようなサイレンが鳴り響き、それに混じって何か聞こえる。
かなり大きなものが徐々に近づいてくる、背筋がゾクゾクと嫌な予感がした瞬間、東の空から雲の天井をぶち破って翼の折れた大型旅客機――あろうことかエアバスA380だった。
左翼の半分が折れてコントロール不能になり、目視で時速一〇〇〇キロを超えて住宅街に突っ込む直前、本能的にその場に伏せた。翔お兄さんが鍛えてくれたおかげで爆発の衝撃に晒されるのを最小限に抑え、ヘルメットを被ってたのも幸いだった。
爆発と同時に衝撃波が襲い、更に轟音が鷹人を襲う。コントロール不能になった墜落機は明らかに音速を超えていた。
爆炎の熱を感じながらゆっくり立ち上がると、燃料や建材等のいろんな物が燃える臭いが鷹人の鼻を突き、戦慄させる。あそこにはどれだけの人が……と震えてるがそんな暇はない! 彗星の先遣隊が隕石として落下してくる!
とにかくみんなと合流しよう! セロー250を起こし、跨って4サイクル単気筒OHCエンジンを叩き起こすと、文句を言わずに一発で始動。
エンジンをフルスロットルで回すと、また雲を突き破って南から北に向かって隕石が落ちてきた。
爆炎が上がるほどじゃないが凄まじい轟音だった。カーラジオできっと警報が出たんだろう、国体道路を走っていた車の殆どは道に寄せてハザードランプを点滅させて停車、外の様子が気になるのか降りてる人もいた。
それが邪魔で邪魔で仕方なく、鷹人は警笛を鳴らしながら国体道路を制限速度ギリギリで爆走、止まったら自分の頭上に隕石が落ちてきそうな気がしてならなかったが、交差点で停車すると家に急いでるのか猛スピードで走る車が横切る。
隕石に潰されるか? 車に撥ねられるか? どっちがマシだと、鷹人の顎から冷汗が滴り落ちる。信号が青になるとスタートダッシュでアクセルを全開、信号を青で突っ切ると前を全速力で走っていた中型トラックと信号無視してきた乗用車と出会い頭で激突! 信号無視してきた乗用車は吹っ飛ばされながら回転する。
恐らく運転手は即死だろう、回転しながら血が飛び散るのが見えた。
隕石が破壊したのか、九州自動車道を渡る陸橋が落ちていて鷹人は瞬時に判断を下して急加速、制限速度等知った事かと言わんばかりに中型トラックを追い越すと、坂道をジャンプ台にして飛び越えて着地。衝撃を上手く吸収して減速するがいくつかの隕石が市内のほうに向かっていた。
みんな、無事でいてくれ!
「みんな早く! 校舎の中に入って!!」
玲子先生が急かしてる間にも隕石が落ちてきて、どこかに落ちる。一輝は妙子と本田と一緒に入り、階段の踊り場に固まって本田は顔を上げて見回すと一輝を見て言い放つ。
「まだ死にたくないぞ!!」
「神様にでも祈れ!!」
一輝はそう言うしかない、妙子は震えながら泣いていた。
「そんな……どうしよう、美由ちゃん……零ちゃん……桐谷君……大丈夫かな?」
「井坂、あいつらを信じろ!! 信じてやるのがエーデルワイス団だろ!!
一輝は怒鳴り散らして諭す、不安なのは一輝も同じだった。次の瞬間、デカイ地震が来たかのように校舎全体が激しく揺さ振られ、ガラスというガラスが割れて、みんな悲鳴を上げた。
一輝は校舎が倒壊するんじゃないかと、思いながら妙子と本田を庇った。
校庭に落ちた隕石は小さかったが、極超音速で地面に激突した衝撃波で激しく揺さ振られ、校舎全体のガラスが粉々に割れた。幸い飛び散ることはなく、崩れ落ちるように床に散乱しただけで済んだ。
「大丈夫ですか高森先生!!」
尻餅ついた和泉はすぐに立ち上がり、避難誘導を終えて戻ってきた直後に衝撃で転んだ高森先生の所に駆け寄る。
「私は大丈夫です、空野さん怪我はないですか?」
幸い怪我はないようだが、高森先生は呆然とした表情でゆっくり立ち上がって外の光景を目の当たりにする。
「こんなことが……やはり……あの噂は……私は生徒たちに何を言えば……」
「高森先生!! 窓から離れてください!! まだ落ちてきます!!」
次の瞬間には校舎、いや大地が激しく揺さ振られた。どこかに大きな隕石が落ちたのか、だとしたら数十秒から数分後には巨大な熱波か津波が来ると和泉は背筋が凍るのを感じながら、みんなをすぐにでも助けに行きたい気分だった。
さっきから地震のように何度も短く強い揺れが起き、地下駐車場の階段で崩落するんじゃないかと美由は歯を噛み締める、零はその場でへたり込んでガタガタと怯え、動けなくなっていた。
「だ……駄目……これ以上、地下に行ったら……出られなくなっちゃう」
「零ちゃん、立って! ここはまだ地下一階よ!! ここ三階まであるから、大丈夫よ!!」
美由は必死に恐怖を押し殺し、励ます。危機的状況下に陥った時こそ、落ち着いて冷静に、翔お兄ちゃんから教わったことで至極当たり前のことだが、いざ実際に遭遇すると難しいことを痛感する。
「さあ立って零ちゃ――」
「きゃっ!!」
言い終わる前にまた強い揺れと轟音が響き、零は悲鳴を上げ、砂煙の壁が押し寄せて美由は咄嗟に零を庇った。たちまち美由はアスファルトの砂塗れになり、まさかと思いながら美由は通路から駐車場に顔を出すと隕石がすぐそこに落ちて大穴を空けていた。
地中貫通爆弾!? いやそれ以上だ。美由は零の所へ戻り、灰色の砂塗れになった零の手を掴んで立つよう促す。
「零ちゃん立って、もっと深い所へ逃げるよ!!」
「駄目立てない……動けないよ……」
今まで見せたことのないほど弱気になる零、この状況では無理もない。でも立ち上がらないといけない、美由は歯ギリして豹変させた。
「弱音を吐いてる暇があったら立て零!! 鷹お兄ちゃんを残して死んだら、あたしがあの世の、地獄の底の更にその下に叩き落してやる!!」
「えっ?」
「えっじゃないわよ!! ぼーっとしてる暇あったら立て!! 零!!」
美由は零を噛み殺しそうな形相で零は呆然とした表情で怯えながら立つと、美由は手を引っ張って階段を駆け下りた。
大地が上下左右に揺れ動き、まるでデカイ地震が来たかのようだ。鷹人はブレーキをかけて減速して停車させると、なんとか転ばずに済んだが直撃した隕石で倒壊したマンションに道を塞がれている。
もしかしたら、橋も落ちてるのかもしれない。どこに行く? こんなことなら今日のみんなの予定を訊いておくべきだったかもしれない。
どこへ行く? 学校? 美由のマンション? 行く先は……どこだ? 鷹人はすぐに決めて美由のマンションに決め、九本寺交差点を直進した。
この災害は南九州を中心にして四国南部、和歌山、伊豆半島、湘南地域に隕石群が降り注ぎ、数分で止んだがその数分間で想像を絶する被害が出た。
九州に限って言うなら熊本市以南の各都市に隕石が落下し、特に南さつま市に落下した直径数十メートルの隕石は直径約一キロ、深さ約一五〇メートルのクレーターを形成し、加世田の町を跡形もなく消滅させた。
半径一〇キロ以内は焼き払われて二〇キロ以内――つまり枕崎市、南九州市は何もない荒野になってしまい、辛うじて壊滅寸前で済んだ指宿市は孤立して陸路での救援に行くのは困難となった。
衝突時の衝撃は地震を起こし、震度七クラス、それも二〇一六年の熊本地震以上の揺れが鹿児島市を襲い、古い建物や耐震偽装していた建築物は次々と倒壊、隕石群襲来の混乱もあって夥しい数の死傷者が出てしまった。
交通機関の影響も今まで経験したことのない程、深刻なものだった。
まず南九州の各種幹線道路や九州自動車道のあちこちにクレーターができて通行止めとなり、鉄道でも同様被害が出てJR鹿児島本線、豊肥本線、三角線、九州新幹線、肥薩オレンジ鉄道等が不通、あるいは運転の見合わせとなった。
一方、空の便でも各地の空港が被害を受け、飛行中の旅客機が隕石に当たって墜落した旅客機や離陸滑走中、あるいは着陸中等、容易に進路を変更できない状態で隕石の雨に晒されてクラッシュした機体もいて、全便欠航となった。
福岡、大分、長崎空港は辛うじて被害を免れたが熊本空港、宮崎空港、那覇空港等に向かっていた旅客機はダイバートした。
各インターネット、電話回線も九州にいる家族や友人、恋人の安否を確認しようとたちまち人々が殺到し、一瞬でパンクして不通となった。
美由のマンションは無事だったがみんなはどうだろう? 鷹人は自動ドアの前に立つが開かない。停電してるのだと判断すると強引に手動で開け、最上階まで階段を駆け上がり、鍵は開いてた。
扉を開けると、美由が安堵した表情で駆け寄ってきた。
「鷹お兄ちゃん!! 大丈夫だった!?」
「ああ、他のみんなは?」
「みんな無事よ、だけど電気が止まっちゃって……ベランダにあった蓄電池式のソーラーパネルと翔お兄ちゃんの部屋にあった防災グッズとか引っ張りだしたから多分……大丈夫だと思うけど……復旧の目処が立ってないんだって」
「そうか、みんな無事でよかった」
鷹人は家に上がると、電気を食うエアコンはOFFにしていて窓は全開にしてる。
「鷹人君! よかった無事だったのね、早く零を安心させてあげて!」
「勿論です!」
和泉はタブレットPCで情報を集めている。
「桐谷君、大丈夫だった!?」
「俺の言った通りだ! ここから先、節電生活になるぜ!」
妙子と一輝は必死こいて手回し発電機でスマホを充電していた。
「二人とも、これで充電してるの?」
鷹人は手回し発電で充電してる二人を見る、二人とも汗だくで一輝も一定のペースを保ちながら言う。
「ああ、ソーラーパネルのバッテリーを使うわけにはいかねぇ。当分の間お風呂も使えない!」
「お風呂も使えないなんて最悪よ、一輝君汗臭いし」
「お前なぁ! 俺はこれでも運動は欠かしてないんだぜ! むしろ爽やかな汗だろ!」
一輝はムキになったのか、ペースを上げてオラオラと回す。鷹人は零が寝泊りしてる部屋に入ると、零はタンクトップにホットパンツ姿でベッドにうずくまっていた。
「鷹人君……よかった……遅いよぉ……死んじゃったかと思ったよぉ」
零は弱々しい声で顔を上げ、鷹人は優しく抱き締める。
「もう大丈夫だよ零、ありふれた言葉だけど、これからはずっと君のそばにいるよ」
「うん、最期の瞬間まで一緒にいて……鷹人君……」
零は安心しきったかのように鷹人の胸中で泣きだし、鷹人はホッと胸を撫で下ろす。
残りあと一二日、夏の終わりは世界の終わりだということが現実になってしまった。どうすればいい? 自分に何ができる? 世界を救うことはできないのなら、どうすればいいんだ? そう考えていた時、美由が少し躊躇いがちな表情で部屋に入ってきた。
「鷹お兄ちゃん……零ちゃん……ちょっといいかな?」
「どうしたの、美由?」
「さっきラジオで言ってたんだけど……明日、臨時の登校日になるって」
やけに対応が速いと鷹人は感心した、もしかするとあの噂は表向きでは否定しながらも実は備えていたのではないかと、疑ってしまうほどだった。
あるいはそれだけ日本人は災害慣れしてるのかもしれない。
「それと、今から和泉さんが安否確認に行こうって」
「わかった……零、すぐに用意しよう」
鷹人はそう言うと、零はコクリと肯いた。
それから和泉の車に乗って安否確認に周り、エーデルワイス団のメンバー全員の家族は無事だったが、零と一輝の家は半壊となっていた。妙子の親戚夫婦が鹿児島にいて連絡が取れないという。両親は直接向かうと言ったが、妙子は残ることになった。




