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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一〇話、その4

 会場を後にすると、打ち上げは達成が教えてくれた秋葉原の和牛専門店で焼肉を食べ、ホテルに帰ると妙子は荷物を降ろしてベッドに転がった。

「はぁー疲れた……でも楽しかった」

「うん。何より翔お兄ちゃんの最期の言葉が聞けてよかった……みんながいてくれたから……あたし、前に進めたわ」

 親友の満面の笑み、それが可愛くて可愛くてしょうがない。内気だけど、本当は思いやりに溢れ、あの時声をかけられてよかったと妙子は微笑む。


「あ、あの……そ、それ……『報復のテロリズム』の辛島千春だよね?」

 転校してきた翌日、美由は勇気を出して自分に声をかけてきた、当時見ていたアニメのキーホルダーを持ってるのを見てオドオドしながら声をかけてきた。

「うん、そうだよ。君も好きなの?」

 それから意気投合して仲良くなり、一緒に笑ったり泣いたり、時には喧嘩もしたけどかけがえのない親友になった。

 

「どうしたの妙ちゃん?」

 ベッドに転がって天井を見上げる妙子の視界に美由が覗き込んでくる、まるで懐いた仔猫――いや、少し大きくなった猫みたいに。

「あのね、初めて声をかけてくれた時のこと……思い出したの、あんなに勇気を振り絞って声をかけるのってなかなかできないよね」

 そう言うと美由はこれまた、猫のように恥ずかしそうに首を引っ込めた。

「転校した夜……翔お兄ちゃんはこんな課題を出したの、一人でもいいから自分から声をかけて……ってね」

「そうか、あたしと美由ちゃんを繋いだの……翔さんなんだね」

「ねぇ妙ちゃん、あたしね……もっと妙ちゃんと繋がりたいの」

「えっ!? ま、まさか美由ちゃんもそう思ってたの!?」

 妙子は上半身を起こして言うと、いつもより美由の唇が熱を帯びて浮かび上がってるようにも見える。そうか、美由ちゃんもそう思ってたのね……そして妙子は美由の腕を掴んで手繰り寄せながら転がり、両手首を掴んで逃がさないようにする。

「み、美由ちゃん!? ま、待って!」

「あらあら、怖気づいた? 冗談のつもりでもあたしは――ん? 何それ?」

 美由の手には百合ものの一八禁同人誌があり、美由は動揺しながら言った。

「い、市来君がくれたの、これ二人で読んでって……」

 試しにページを捲ると、見た目の幼い二人の女子高生がコミケ後ホテルで二人で百合もの同人誌を読んで……という内容だった。ははーん、なるほど思わずニヤけてしまい美由も初めて声をかけた時のようにオドオドした様子で付け加える。

「こ、この本描いたサークルさん……コミケ後ホテルで一緒に同人誌読んだらムラムラしてしちゃうシリーズを描いてるみたい……しかも同性、異性問わずでほら! 二日目委託で買ったこれも! しかも……市来君、零ちゃんと鷹お兄ちゃんに渡してた」

 美由は戦利品のBL同人誌を見せる、確かに同じ絵柄で同じサークルさんだ。そこで一つの疑問が浮かんで言った。

「あれ? 桐谷君と零ちゃんお部屋別々じゃないの?」

 美由は首を大きく横に振り、妙子はまさかと思うと、予感が的中した。

「み、三上君今……夏那美ちゃんと部屋をチェンジして夏那美ちゃんは和泉さんの部屋で零ちゃんは夏那美ちゃんとチェンジして……鷹お兄ちゃんのお部屋にいるの!!」

 美由はきっと濃厚な桃色の光景を想像してるのか、顔が真っ赤っ赤だ。妙子も鷹人が零を押し倒し、お互いの欲望を解放を激しく貪り合うように求め合う今頃……日頃からBLの妄想で培った妄想力が悪い方向で生かされ、興奮が最高潮に達すると鼻血が垂れる。

「た、妙ちゃん! 鼻血!! 鼻血!!」

「いっけなーい、ねぇお部屋となりだから聞こえるかも?」

 ぐへへと涎と鼻血を垂らしながら言うと美由は恥ずかしそうに両手で顔を隠す、何を想像したのかな? 美由ちゃん? どれどれ、確か二人の部屋は――

「市来達成!! 出て来い!!」

 耳を当てようとした瞬間、廊下から扉が乱暴に開く音が聞こえて鷹人が夏休み前、みんなと喧嘩した時に一喝したドスの利いた声が響き、インターホンを押さずにドアを激しく叩く音が聞こえた。

 まさかと思って廊下に出ると、鷹人は妙子の反対側隣――達成の部屋のドアを叩いていた。かなり硬いはずよこのドア、零は恥らうような顔で鷹人のそばにいた。

「どうしたの零ちゃん?」

 妙子は平静を装って訊くと、零は無言で同人誌を差し出した。あのサークルさんの薄い本だと思いながらページを捲ると、予想通りで思わず噴出した。

「あはははははっ!! やっぱり!! 何よこれ、市来君こんなもの渡したの!?」

「う、うん……市来君……絶対必ず二人で読んでねって……」

 すると一輝がニヤニヤした表情をしながら扉を開けて姿を現した。

「よお、お二人さん。ちゃんと避妊したかい?」

「初体験は済ませた? 気持ちよかった? 彼女さんのおっぱいの触り心地は?」

 後ろから清々しい顔で達成が現れると、鷹人は怒った鷹のように攻撃体勢に入る。ヤバイと思い、零と目を合わせて止めにかかった。

「コラコラコラコラ鷹人君、暴れちゃ駄目! ホテルを壊すつもり!?」

「落ち着いて落ち着いて桐谷君!! 美由ちゃんなんとかしてええぇぇっ!!」

 妙子も必死で押さえようと叫ぶと、美由はそれに応えてくれた。

「鷹お兄ちゃんこれ!! 二人に渡して!!」

「えっこれ? ……うおっ!? ヤ、ヤバいものを……見てしまった」

 鷹人は一輝に渡すと、一輝は疑いなく受け取り達成も後ろから覗き見るようなポジションになる。

「なんだよこれ!! 男同士でって! 俺はそんな気はねぇぞ!!」

「やっぱりな、あのさぁ……一輝、今夜は僕と」

 何を考えたのか、達成はシャツを脱いで上半身裸になる。意外にもバランスよく鍛えられた体でセクシーポーズを決め、艶のある低い声で言った。


「や ら な い か」


「やる訳ねぇえだろおおおうっ!! 俺はその気はねえぇぇっ!!」

 イケメンボイスというより、いい男ボイスに一輝は身の危険を感じてるのか必死で否定した。妙子はまぁっ! と目を輝かせて美由は顔を両手で隠し、指の隙間から覗いていると、和泉が出てきた。

「こら! あなたたち、何騒いでるの!? 他のお客さんに迷惑でしょ!! それに零、今すぐ部屋に戻ってきなさい!! 鷹人君も、あなたがムラムラして襲った結果、妊娠したらどうするの!! 二人ともまだ高校生でしょ!!」

 まるで修学旅行の時の先生みたいだ。すると、上半身裸の達成が二人を庇う。

「待ってください! 僕は一輝と一緒になりたかったんです!」

「えっ?」

「僕は夏那美に頼んで変わってもらうように言ったんです!」

「そ、そうなの?」

 和泉はちょっと引いてるような感じだったが、少し考えた様子で溜息吐く。

「わかったわ、鷹人君くれぐれも襲っちゃ駄目よ……零も危ないと思ったら言ってよ」

 そう言って扉を閉めた、零と鷹人はホッと安堵の表情を浮かべていた。やっぱりそのつもりだったのかも? 妙子はその表情を見逃さなかった。

「さあ、明日も早いからさ……みんなお休み! さぁ一輝、僕たちは今夜、熱い夜を過ごそうか」

「おいちょっと待て、鷹人!! た、助けてくれ!!」

 涙目の一輝は達成に優しく抱き締められ、そして引きずり込まれながら、すがるような表情になり、裏返った声になって扉が閉まる。やがて扉越しに断末魔が廊下に響く。


「ま待て、達成! 俺は、俺は――アッー!!」


 まるでホラー映画で怪物(意味深)に引きずり込まれて惨殺(意味深)されるシーンだった。ガラス戸だったら鮮血(意味深)がびしゃりとかかって赤く染めていそうだと、妙子は苦笑した。



 八月も後半に入り、その日は少しずつ確実に一歩一歩踏み締めるように時を刻みながら、エーデルワイス団の夏も終わりに近づいていた。全ての始まりには終わりがやってくるように、エーデルワイス団の物語も終焉を迎えようとしていた。

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