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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一話、その3

 鷹人は美由、妙子と呉服町で市電を降りる。美由のマンションまで来るとエントランス前にカンカン帽に青を基調としたカジュアルな服装の美しい女性がキャリーケースと立っていて、間違いない和泉さんだと鷹人は確信していた。

「お久し振りね美由ちゃん、鷹人君、それに妙子ちゃん元気にしてた?」

 鷹人は思わず見とれた。和泉とは翔お兄さんの葬儀以来で髪をセミロングから伸ばしてロングポニーで結び、夏の蒸し暑い風になびいていた。

 妙子は嬉しそうに挨拶する。

「和泉さん、お久し振りです! 覚えていたんですね!」

「ええ、よく騒いで翔さんを困らせていたの、覚えてるわ」

 美由は驚きの表情で和泉を見ていた。

「美由ちゃん、ごめんね……あの日以来連絡もしないで」

「いいんです……あれからどうしたんですか?」

「ちゃんと立ち直って仕事したわ、もう辞めちゃったけどね」

 和泉は朗らかな笑みを浮かべて鷹人は何故戻ってきたんだろう? 怪訝な目で見ると察したのか和泉は歩み寄って言った。

「どうして戻ってきたの? って顔してるわね、あたしね……翔さんがどんな気持ちで最期の時を過ごしたか、確かめたくなったの」

「それって、九月の滅亡を信じてるんですか?」

「そうよ、あたしも受け入れちゃった方なの……実を言うとね、四月の事件であたしもその中の一人になるところだったの、でもできなかった……さっ、暑いから中に入りましょう!」

 和泉は悲しみを隠すかのように明るい笑みを浮かべながら、中へと促した。

 本来は翔お兄さんの妻と子供、四~五人で生活する予定だった部屋。妻だった彩さんは筑波の航空宇宙科学研究所で研究員をしていたが、実験中の事故で他界した。

 二年生の春に東京から転校してきた美由と二人暮らしだったが、世帯主の翔お兄さんも膵臓癌による多臓器不全で亡くなり、今は美由がこの広い部屋で一人暮らししてる。

「一年振りね……懐かしいわ、あの時と全く変わってないわね」

 和泉は懐かしげにリビングのソファーでくつろぐと、美由は和泉に言う。

「あの、紅茶……淹れますね」

「うん。じゃあアイスティーで、ダージリン・セカンドフラッシュあるかな?」

「はい、あります」

 美由は嬉しそうに笑みを浮かべて肯くと妙子も手を上げた。

「じゃあ美由ちゃん、あたしにも!」

「井坂さん、さっき飲んだはずじゃ?」

 鷹人は首を傾げる、そんなに飲んだらトイレが近くなるぞ。

「ええだって美由ちゃんの淹れる紅茶が飲みたいのよ」

 妙子はソファーに座って両足を伸ばしてバタつかせながら言うと、インターホンが鳴った。

「はーい、鷹お兄ちゃんちょっと出てくるね」

 美由は壁にあるインターホンの親機に出る。

 来たかと鷹人は期待の念を込めて微かに笑みを浮かべる、中学時代から好きな女の子――空野零だ。また紅茶を淹れてあげようと、鷹人はやかんに水をいっぱい入れてコンロに点火する。

 しばらくするとドアホンが鳴った。

「僕が出るよ、火の見張りを頼むね」

 鷹人は玄関へと急ぎ、鍵を開けてドアを開けるとどこかで見たことのある男子生徒が立っていた。

「ん? 君は?」

「やぁ桐谷君紹介するわ、二組の三上一輝君よ」

 ドアの影から零が顔を出して紹介すると、鷹人は思い出した。一昨年のインターハイで一年生ながら出場したテニス部の子だ!

「三上君って、あの……」

「テニスはもうやめたんだ、怪我してリハビリしたけどな。幼馴染が世話になってるよ」

「僕は三組の桐谷、桐谷鷹人。どうぞ、今アイスティー淹れるところなんだ」

 鷹人は一輝と零を招き入れ、リビングに入るとお湯はまだ沸騰してないようだ。

「ただいま零、一年振りかしら? あら、一輝君じゃない。すっかり大きくなったわね」

「お姉ちゃん! 今までどこに行ってたの!?」

 一年振りに現れた姉の姿に零は驚愕の表情を露にして問い詰める、一輝もポカンと口を開けて驚きの表情を浮かべていた。

「和泉さん? お久し振りです……」

「美由、オーダー二人分追加していい?」

 鷹人は美由に追加オーダーを頼むと美由は肯いてポットにダージリンの茶葉を追加、一輝が不思議そうに周りを見回すと「ギョッ」と目を見開いた。

「ゲッ! 井坂、お前なんでここにいるんだ!?」

「おやおや、これはこれは……三上君じゃありませんか」

 妙子はニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながら歩み寄ってくる、意外にも妙子と一輝は接点あったんだと鷹人は関心する。

「えっ? 知り合い?」

「ああ、中学の頃同じクラスでね。散々な目に遭わされたよ」

 一輝は苦笑しながら言うと、妙子は遠慮なく訊いてきた。

「あれ、でも三上君テニスの練習はいいの?」

 そんなこと単刀直入に訊いてもいいのかと、鷹人はポーカーフェイスを保ちながら冷や汗が噴出する。

「テニスはもうやめたよ、インターハイ出場はもう無理だって……大学のスポーツ推薦か留学してテニスで世界を目指そうと思ってたけど」

 それだけ言うと妙子はビシッと指を差す。

「そんなあなたにお勧めなのがあります!」

 妙子はテレビの通販番組のナレーターっぽい口調でハッキリ言うと鷹人はまさかと、思いながら割って入る。

「ちょっと待って井坂さん、まさか誘う気なの?」

「うん、あたしと美由ちゃんと桐谷君と三上君、それに空野さんで五人よ。これって、青春アニメの人数には丁度良くない?」

 何のアニメだ! 美由に毒されたなと鷹人は呆れる。

「三上君や空野さんをいきなり単刀直入に誘ってYESと言ってくれるか?」

「エーデルワイス団だろ? 俺はいいぜ、どうせ暇だし」

「ほら、三上君だって――本当にいいの!?」

 鷹人は一瞬石像のように固まって彼の顔を伺うと、一輝は屈託のない笑みを浮かべていた。

「九月に世界が終わるから最後の時をみんなで過ごそうっていう秘密結社だろ? 前から興味あったんだ」

「いいの? 世界が終わるかどうかはわからないし、滅亡を信じる人たちは頭がおかしいとか、現実から逃げてるっていう風潮で風当たりも強い」

「それでも井坂は結成したんだろ? 俺も付き合うぜ、どうせ暇だしな」

 一輝は頼もしい笑みを浮かべる、試合前に必ず勝つと覚悟と決意を固めたテニスプレイヤーの顔そのものだった。

 妙子は自分のことは棚に上げてツッコミを入れる。

「暇ってあんた受験生でしょ?」

「リーダーのお前が言うなお前が、できることは何でもするぜ」

「あれ? あたしリーダーに就任したんだっけ?」

 一輝に言われて妙子は仔犬のように首を傾げると、美由がアイスティー六人分を載せたトレイを持ってきた。

「エーデルワイス団を作ろって言ったの、妙ちゃんよ……あたしリーダーはできないけど妙ちゃんの力にはなれるわ」

 美由はテーブルに氷がぎっしり詰まったアイスティーを置く、それを和泉が取って言った。

「そうね、あたしもできる限りサポートするわ。資金もたっぷり用意してるから、遠出したいなら今のうちに言って」

「そ、それじゃあ来月に開催される夏コミにみんなで行きたいんですけど……いいですか?」

「任せて美由ちゃん、今年は彗星騒ぎと自殺事件の自粛ムードでホテルや飛行機は結構空いてるから今のうちに予約入れて、大変! もう部屋と飛行機の席が……どうなってるのかしら……」

 和泉はアイスティーを一口飲むと、テーブルに置いていたタブレットPCの画面を素早く操作する。

「いいんですか? みんなで行ったらホテル代とか飛行機代とか大変なことになりますよ」

「いいのよ、資金はたっぷりあるし、零。あなたも分も入れておくね……そうか、エーデルワイス団が日本中に拡散したから、旅行に行く人たちが出てもおかしくないか」

 和泉は唐突に零に視線を向けて言うと、ボソボソと呟く。零はソファーで思い詰めた表情で下を向いて座っている。

「わ……私は、その……やっぱり私周囲の目、気にする方だから」

「すぐに答えは出さなくていいよ空野さん、自分の意思で決める時間は必要だと思う、でも僕たちに残された時間は残り少ないのは確実だ」

 鷹人はアイスティーを渡しながら、強い気持ちを込めて言うと零は一口飲むと穏やかな笑みを浮かべた。

「美味しい……真島さんが淹れてくれたアイスティー、凄く美味しいわ」

 零は笑顔を浮かべる、今にも儚く消えてしまいそうだった。鷹人は優しく微笑み、思わず自慢げに言う。

「俺も美由も、翔お兄さんから淹れ方を教わったんだ」

「ねぇ、桐谷君……テスト期間の間、考えさせて」

 それから帰路に就き、一輝は路面電車の中で今日のことを振り返る。

 あの真島美由という女子生徒は知ってる。二年生の春に東京から転校してきた奴で、右耳の上には親戚のお姉さんの形見だという焼け焦げた二対の赤い髪留めをしている。少し言葉を交わしたが大人しい感じで人見知りするようだ、いつも井坂妙子と行動しているのを見ていたから相当仲がいいんだろう。

 問題はあの桐谷鷹人だ、零に親しげに話しかけていたが付き合ってるというわけでもなさそうだ。ちょっと女みたいな顔立ちで線も細くて頼り無さそうだが優しそうな奴だ。だからこそ妙に、なんとなく気になる。

 試しに一輝は隣に座ってる零に訊いてみた。

「なぁ零、あの桐谷って奴とはいつから?」

「去年の春ぐらいかな?」

 零と疎遠になった時期だ、と一輝は微かに目蓋を動かす。

「あの時のあと……桐谷君やお姉ちゃん、真島さんのお兄さんに出会ってそれから何かと親切にしてくれるの」

「真島のお兄さんって?」

「真島さんと桐谷君親戚同士なの、真島さんの兄……翔お兄さん、去年まで真島さんと二人で暮らしていたんだけど……夏休みに膵臓癌で多臓器不全起こして亡くなってからは一人暮らし、お姉ちゃん……再婚相手がいたのにも関わらず翔さんのこと好きだったみたいなの」

「どうしてだ? 延命治療でもどうにかすれば今も元気でいたのかもしれないのに?」

「末期だったかもしれない。翔お兄さんは最期まで言ってくれなかったわ……それから桐谷君と井坂さん、たまに私もあの家に遊びに行ってるわ」

「そうか、よかった……この一年間零がどう過ごしていたかと思ってな」

「もしかして妬いてる?」

「妬くか!」

 零はからかうように言うと、一輝は頬を赤らめて否定したが零の目は笑ってなかった。なんでそんな顔をするんだ? 一輝は内心動揺していて、零は唇を静かに動かした。


「桐谷君、私のことが好きなのよ」


 マジかよ……そういえば最初家に上がる時、一輝は初対面で家に上がる時のことを思い出した。あいつ確か零に嬉しそうな顔をしながら見つめていたし、誘うときも親しげに、優しく声をかけていた。

 一輝は焦って訊いた、曲がりなりにも大事な幼馴染を知らない男に渡せるわけないし、何より零の気持ちはどうなんだと思う。

「お前はどうなんだ零、あいつのことどう思ってるんだ?」

「親切で優しい男の子よ。一輝君とは正反対で頼りないけどああ見えて凄くタフで英語も抜群よ……でも、私自身どうなのかわからないの」

「相変わらず自分に素直じゃないな」

 一輝は言ってやったが、一輝だって内心は本当の気持ちを知りたかった。

「一輝君は自分のやりたいこと、本能に忠実過ぎるのよ。それで周りが見えなくなくちゃった時、沢山あったね」

「うっ……確かにお前の言う通りだ、言い返せねぇ」

 確かに的を得ている、今まで自分のやりたいようにやっていた。テニスに全力を注ぎすぎてそれで両親や先生に沢山迷惑をかけたし、零を泣かせてしまったこともある。

「でもね私、一輝君本当に目が眩んじゃうくらい眩しく輝いていて……羨ましかったの」

 意外だった。だとしたら俺はあの時取り返しのつかないことをしてしまった、一輝は罪の重さに押し潰されそうになり、自嘲気味に言った。

「そうか、今の俺はただの腑抜けか?」

「そんなことないわ!」

 零は決して大きくないが、強く言った。

「一輝君はエーデルワイス団……井坂さんたちの力になろうとしてる、それは多分一輝君が、もう一度立ち上がろうとしてるんだと思うの!」

「もう一度っつたって……零はどうするんだ?」

「わ、私は……どうすればいいのかわからないの」

「全く、自分のことは置いといて俺の心配しやがってよ……悩むくらいなら来いよ、きっと楽しいぜ、やらないで後悔するよりやって後悔した方がいいって誰かが言ってた」

「……テスト期間までに考えさせて、それまでに答えを出すわ」

 零は細々と呟く。そうだ、テスト期間が終わってしばらく考えると、井坂たちに約束したのだと一輝は心配そうに零を見つめた。

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