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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第九話、その4

 二日目が終わり、戦利品と荷物を置いて夕食を食べ終えると各自で自由行動になった。勿論、明日も五時半に起きてないといけない。幸い品川プリンスホテルは水族館や映画館、ボウリング場もある。

 鷹人は達成から渡された二人分のチケットを持って背中に隠し、ドキドキしながら声をかけた。

「零……あのさ、今夜いい?」

「うんいいよ、デートのお誘いでしょ?」

 やっぱり読まれたか、素直にホテル内にある水族館のチケットを見せた。零と鷹人以外のエーデルワイス団はボウリングとカラオケで遊び倒すつもりらしい。一輝のことだから和泉に向けてラブソングでも歌ってるんだろう。

 エプソンアクアパーク品川に行くと、家族連れやカップルで賑わっている。夏休みシーズンとあの噂の影響だけあって混雑は予想以上だが、気になるほどではなかった。

 まぁコミケに比べればのんびりした雰囲気だが、可愛らしい魚を目で追い時には無邪気な笑顔を見せる零の横顔、達成にあとで感謝しないといけない。

「ねぇねぇ鷹人君、これ凄く綺麗なクラゲね」

「うん、誘ってよかったよ」

 鷹人はスマホを取り出して撮影する、この一枚一枚を思い出として大切に残そう。

 水族館にある幻想的な水槽のトンネルに入ると、ゆっくり手を繋いで歩きながら見上げてマンタやマダラトビエイ、色んな魚やサメたちがのんびりと泳いでいた。

 水族館デートの最後はイルカショーだ、時間を確認するとまだ三〇分あるが最前列を今のうちに確保した方が早いだろうと、思っていた時だった。

「ねぇあれ美由じゃない?」

 零の指差す先には一人、美由がぽつんと座っていた。どうしたんだろう? 鷹人は歩み寄って美由に声をかけた。

「美由、どうしたんだ? みんなと一緒じゃないかったの?」

「うん、ちょっとね……あっ、零ちゃんデートだったんだ。ごめんね邪魔して」

 美由は立ち上がってその場を去ろうとすると、零が引き止めた。

「待って! 一緒に見よう……イルカショー」

「う、うん」

 美由は肯いて座り直すと、鷹人は単刀直入に訊いた。

「一人で考え事してたんでしょ? エーデルワイス団、翔お兄さんのこと?」

「うん、玲子先生が飛行機で話してたこと……翔お兄ちゃん、どうしてあの時病気を抱えてるのにあたしのことを優先したんだろう?」

 美由はボーっとした目でイルカの泳ぐ水槽を見つめる。鷹人は慎重に言葉を選ぼうと肝に命じて訊く。

「と、いうと?」

「あたしね、中学時代にいじめられて高校でもいじめられて……それで細高に来たの、その後は翔お兄ちゃんにいっぱい我侭言っちゃって……翔お兄ちゃんが死んだ日の朝……我侭行って酷いこと言っちゃった」

 美由の表情には後悔で満ちてるようにも見えた。


 あの日のこと、鷹人は今でも鮮明に覚えてる。リビングのドア越しに聞いていて、美由は大声で言い放っていた。

「嫌よ! あたしは帰りたくない! 東京には帰らない、あんな所遊びに行くだけで十分よ!!」

「だが美由、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも心配している。僕は家族との縁は切ったつもりだが、美由の元気な顔が見たいって」

「ならお兄ちゃんから言ってよ! 再婚して欲しいって言ってるの翔お兄ちゃんだって知ってるでしょ!? なのに、どうしてしないのよ!!」

「僕はもう誰かの夫になるつもりはない、それに再婚しても悲しませるだけだ」

 今にして思えば、翔お兄さんは自分がもう死ぬことを感じていたのかもしれない。鷹人はリビングに入って仲裁しようとした。

「どうしたの美由? 翔お兄さん、何があったの?」

「ああ鷹人君、父さんから連絡あってね。僕は帰れないんだが、美由だけでも飛行機を手配してくれないか? って、美由は家に帰りたくないらしい」

 翔お兄さんは困ったような顔で言う、美由はキッとした目で翔お兄さんを睨んでいた。

「ほら、もうすぐお盆だろ? だからその前に帰省しようと言ったんだが――」

「帰りたくないわよ! 八王子になんて帰らない! もういいわよ! 東京なんて行かない!! キャンセルしてよ、飛行機もホテルも!!」

 美由は頑なに首を横に振ると、翔お兄さんは宥めるように言う。

「美由、そんなことしたら妙ちゃんががっかりするぞ、あんなに楽しみにしていたのに」

「そんなのわかってるわよ、翔お兄ちゃんが帰らないって言えればいいでしょ!!」

 美由はヒステリックな小さな子どものように喚き散らし、鷹人は呆れて言った。

「美由、帰らないなら帰らないって言えばいいじゃない」

「聞いてくれるわけないよ! お父さんもお母さんも、あたしがいじめられてるのを見て見ぬフリしたクセに!!」

 それは違う言わんばかりに、と翔お兄さんは必死に擁護する。

「それは違う、美由の父さんも母さんも仕事で忙しくて気付きたくても気付けなかったんだ。それには二人とも反省している」

「反省してる? 彩さんが死んだ時翔お兄ちゃんに酷いことを言ったお父さんとお母さんを!? お父さんは『いい人を紹介する』と言ったし、お母さんなんか『生きてればまたいい人に会えるって』ね!!」

「確かにあの言葉で僕は一方的に絶縁を宣言して、海外で蒸発して……そしてここに戻ってきた。僕はこの地で死ぬつもりだと思ってる……僕にとってはもう赤の他人だが、美由にとってはまだ両親だ」

 それで美由は威嚇する野良猫のような形相になった。

「そんなのおかしいわよ!! 何よ、翔お兄ちゃん再婚しないって言ってるクセにあたしには親の言うこと聞けって……翔お兄ちゃん、ずっと彩さんの思い出を引きずりながら生きていくなんて、情けないわよ!! そんな翔お兄ちゃんなんて……あたし大っ嫌い!!」

「おい、美由! 待て!」

 美由は言い放って部屋を出て行く、今のは言い過ぎだと引き止めようとしたが足の速い美由は猫のように部屋を出て行き、翔お兄さんは苦笑しながら大きく溜息吐いた。

「情けない……大嫌いか……凄く応えるな、妹にあんなこと言われるなんて」

「翔お兄さん、やっぱり言った方がよかったんじゃないんですか? 病気のこと」

「言った所で変わるもんじゃない……辛いものだな……彩を亡くした時ほどじゃないが病気よりも」

 苦笑する翔お兄さんはとても悲しく、そして寂しそうだった。


「あれが、最後だったんて」

 美由の表情は後悔に満ち、零は何も言えない様子だった。あの後、翔お兄さんは容態が急変して病院に救急搬送されてその日の夕方に息を引き取った。

「なぁ美由、翔お兄さん――」

「いいのよ! あたしはあんなこと言ったけど、やっぱり翔お兄ちゃんのこと大好きだったよ……翔お兄ちゃんは結局彩さん以外誰も選ばなかった! それでいいじゃない?」

 美由は無駄に明るく振舞い、鷹人は唇を噛んだ。違うんだよ美由……。

「もうすぐイルカショーが始まるわ、あたしねイルカ好きなの! 翔お兄ちゃんにオーストラリアに連れて行ってもらった時、一緒にイルカと泳いだの! イルカって凄く頭が良くていいの!」

「へぇいいわね、イルカと泳ぐなんて」

 零も明るく振舞う美由を気遣ってか、話に乗る。それが鷹人には悲しくて悲しくてしょうがなかった。

 翔お兄さんの最期の言葉、それを聞いた時美由はなんて思うんだろう? 鷹人が俯いてる間に零は美由と楽しそうにいろいろなことを話し、その間に人が徐々に集まって時折カマイルカとバンドウイルカが仲良く顔を出してたりしていた。

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