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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第九話、その3

 二日目、鷹人は今日も零と回るつもりだ。今日は二人ずつで一輝と達成、和泉と夏那美、美由と妙子で、特に美由と妙子は瞳に闘志の炎を燃やしてるようにも見える。今日は二日目で、今日は昨日と同じくらい蒸し暑く昨日は一五〇〇人が救護室行きになったらしい。

 美由は開場一時間を切った時にみんなに言った。

「みんな、昨日と同じように開場したら解散。あたし、昨日のようには仕切るのはできないから各自で判断して行動してね」

「今日はあたしと美由ちゃんの大決戦よ!」

 妙子も筆舌にし難い、何か凄まじいオーラを放ちその目は闘志を燃やしていた。零は鷹人の背中をツンツンとして耳打ちした。

「なんか妙子と美由、昨日より気合入ってない?」

「今日は妙子や美由の好きなジャンルの日だから、昨日美由が言ったようにドン引きしないであげてね」

 鷹人は苦笑すると、零は重いカタログを捲ってホールのジャンル分けされてるページに指を差した。

「ねぇ鷹人君、このJUNEって所さ薔薇のマークで覆われてるけど何かしら?」

「君には知る必要はない《Need not to know》……手は出さない方がいい」

 鷹人は表情を引き攣らせていた、零は知らないだろう、妙子と美由はその手がジャンルが好きだということを。零は首を傾げてると、列の移動が始まった。

 今日の鷹人の狙いは企業ブースで、一輝達は西館方面、に向かうという。

 開場すると二日目がスタート、目標はとある出版社のブースだ。屋上展示場は昨日より列は少ないが、直射日光が容赦ないと鷹人は顔を顰めながら、スポーツドリンクを飲んで汗を拭う。

 零も左手首のリストバンドで汗を拭って周囲を見回す。

「やっぱりここも暑い、昨日は来場者数一九万人だって凄いわね」

「いや、まだまだ少ない方だよ。二〇万人を超えることも珍しくないさ」

「そんなに!? ん? ねぇ鷹人君、隣の列の人……見て顔色悪くない?」

 零の言う通り、隣の列は確かテレビ局の列でもうすぐ中に入れそうだった。ツィッターを見るとそのブースは現在四時間待ちらしい。隣で並んでる奴、どこかで見たとことがある……そう思いながらスマホを見ると、えーとここでもない。ここでもない、あった!

「零……隣の奴……徹夜組の奴だ、これ見て」

 鷹人は耳打ちして画像を見せる。前日の二二時五六分、西館入場口から撮影されたもので写真の端に映っている。間違いない、隣に顔面蒼白になってる奴は間違いなく徹夜組の男だった。

「徹夜組ね……」

 零は忌々しげに隣の列の男を睨みつけるが、彼は気付いておらず目の焦点が定まってない。そうまでして手に知れたい物なのか、と鷹人は呆れて列の移動を待っていた時。

「うわっ! 吐いたぞ!」

 隣の列から聞こえてきて反射的に向くと、その男はコンクリートの床に嘔吐物を盛大にぶちまけていた。湿気と汗臭さと相まって凄まじい悪臭が鼻を突いた。

「零、スタッフを呼んで! 大丈夫ですか!?」

「だ……大丈夫ですので、大丈夫ですので」

 額に触ると熱く、スマホで脈を計ると一分間に一〇〇回を超えている。男の手を引くとよたよたと酔っ払いか病人のようにおぼつかず膝をついた。

 明らかに熱中症だと判断すると零がスタッフを連れて戻ってきた。

「鷹人君、呼んできたわ!」

「大丈夫ですか?」

 スタッフが駆け寄り、鷹人は肩を組みながら伝える。

「額と体が熱いです、それに脈も一〇〇回を超えて大量の嘔吐、熱中症です!」

「わかりました。すぐ救護室に搬送しましょう!」

 スタッフはすぐに肯くと、もう一人の若い女性スタッフが台車を押してきた。車椅子が足りないらしい。

「すいません、車椅子が完売しましたのでこれを持ってきました」

「ないよりはマシです。ご協力ありがとうございました!」

 台車に男を乗せるとスタッフは爽やかな笑顔で感謝の言葉を述べると、鷹人はスマホの画面を見せて言った。

「彼……どうやら徹夜組みたいです」

「あっ……わかりました、回復したら相応の対応をしますので」

 スタッフはそう言って徹夜組の男を搬送した。


 企業ブース内も人口密度は濃厚だが、企業が出展してるだけあって東館のサークルに比べて、ド派手で大袈裟に見え、零も興味津々なのか表情で見回す。

「ここが企業ブース、へぇ……なんか派手にやってるわね」

「うん、出版社やアニメ、ゲーム関連企業とか主だけど変わったところではNHKや自動車メーカー、数年前は僕たちが乗ってきたFEAも出展してきたよ」

「航空会社まで?」

「うん、アニメ制作会社とFEAがコラボして魔法少女アニメを作ったんだ。あれ、とても良かったよ」

「へぇ……あ、あれ!? あそこのブース完売って情報あったのにまだいくつか残ってるよね?」

 零はスマホを片手に視線の先にあるブースを見る、企業スタッフが掲げてるお品書きにはいくつかの商品は完売したが、まだ残ってる物もあった。それで鷹人は苦笑する。

「零、昔大手ネット掲示板の管理人さんはこんな言葉を残してる『嘘は嘘であると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい』ってね」

「えっ? まさか情報戦を展開してるの?」

「ああ、高度な情報戦だ。コミケが戦場なのは何も会場内だけじゃないさ」

「そこまでして欲しいのね」

 零は商品のお品書きを見て、若干引いてる様子だった。いろんなブースを見たり、時には立ち寄って買ったりしていた。

「ねぇ鷹人君あれ!」

 零の指差す先は出版社の大型スクリーン、新作アニメのPVが流れていて人混みをかき分けながら進むとスクリーンには『特報』と大きな二文字が表示され、零と鷹人はそれに目を奪われた。

 澄み切った青い空と純白の雲、お城の塔から見上げる少女に鷹人は目を見開く、美しい金髪碧眼の少女はソニア姫だった。レシプロ戦闘機が塔を掠めて飛び、巨大な空中空母が城下町に影を落とし、零は擦れた声で呟いた。

「ソニア?」

 心躍るBGMを背景にソニア姫は城を抜け出し、空中戦のシーンはまるで第二次大戦のバトル・オブ・ブリテンのように海峡上空で激しく繰り広げらる。

 コクピットにはソニア姫を空賊に引き入れたロルフ、空中空母艦長で空賊のボスやライバルのメルダース大尉等が登場していた。

「アニメ化……決まっていたんだんだね」

「うん、冬に……やるんだ、楽しみ! 一緒に見ようね!」

 零のその笑顔が悲しいほど明るく、鷹人は沸きあがってくるものを堪えながら無言で肯く。『空賊と飛行機とお姫様』のアニメ化が決定してたのは知らなかった。放送は来年の冬、つまりその時僕たちはもう……いや! 鷹人は首を横に振った。

 今は今しかない今を楽しもう! 僕たちに立ち止まってる時間はないんだと、唇を噛んで堪えた。


 二日目も終わりスマホを見ると、一輝も今日ははぐれることなく無事に終わりそうだった。

 戦利品も手に入れたし、今日も無事に終わった。後は品川に帰って夕食だと零と手を繋いで歩く、後ろを振り向くとビッグサイトを後にする人々は途切れることない。

 昨日は水上バスで潮風を感じながら見送る人たちに手を振って帰ったが、今日は交通機関最大手と言われるりんかい線に乗っていこう、と思った時だった。

「ふぅああああっ!!」

 女性の悲鳴と共に紙袋の破れる音、バサバサと紙が地面に散らばる音がして鷹人は即座に反応した。戦利品をぎっしり詰めた紙袋が限界をとっくの昔に超えて破れ、同人誌が散乱したのだ。

「零! 手伝って!」

「あっ、うん!」

 零も戸惑いながら駆け寄ると、すでに何人かの参加者の人たちが拾っている。巧みな連携プレイ、流石だと思いながら一冊の薄い本を拾う、ボーイズラブ(BL)本で美由や妙子が好きなものだ。

 二人はちゃんと買えたんだろうか? と思いながら渡す。

「大丈夫ですか? これ……玲子先生?」

「き、き、桐谷君!? あなたまさか空野さんと……コミケデート!?」

 まさかコミケ参加してたなんて!? こんなに偶然が重なってしまうのってありなのかよ!? 玲子先生はあたふたしながら苦しい言い訳をする。

「あ、あ、明日ね、こ、高校時代の、と、友達が、サークル参加するの、だ、だ、だ、だから、事前に下見っていうか――」

「玲子先生、これ明日も使うんですよね?」

 零が拾ったのは東ホールの地図だった。鷹人はカタログと玲子先生の地図を照らし合わせると思わず思わず戦慄した。

「玲子先生、腐女子だったん――うわっ!」

 鷹人が言い終わる前に玲子先生は連続回し蹴りを仕掛け、鷹人はバックステップでかわして戦利品を置くと、構えて戦闘体勢に入った。空港での借り、ここで返してやる!

 玲子先生からは火の国まつりの時とは異なる殺気に満ちたオーラを放つ。

「ここで見られたからにはただでは帰さないわ、覚悟しなさい桐谷鷹人君!」

 空港の時より速い! 突きや蹴りのような打撃技を仕掛けてくる玲子先生に対して、鷹人は投げ技や関節技で無力化しようと掴むがすぐに弾かれる。

「手加減はしませんよ、玲子先生!」

 お互いがお互いの動きを完全に読み取り、無力化しようとする。ここでは先生と教え子、高校生と学校教師、少年と大人の女性、そういう立場は意味を成さない、誰もが平等なコミケ参加者だ!

 傍から見るとまるでカンフーを使いこなす香港映画のヒロイン対ステルスアクションゲームに出てくる伝説の英雄のようにも見えていて、残り少ない体力で帰る人たちの足を止めた。


「なんだあれは、喧嘩か!?」「いや、そう言う次元じゃねぇぞ!」「すげぇ男の子の方まるでステルスゲームの主人公みたいだ」「どっちの奴だ? オリジナルか? 息子の方か?」「いや、俺はファントムのようにも見えるぜ」「いや、軽快な動き、息子のようにも見えるぜ! おおっ今の見たか!? ありゃ完全にCQCだ!」「女の方はすげぇ殺気を感じるぞ、近づいただけで殺されそうだ」「スッゲー香港映画みたいだ!」


 人だかりができて、動画を撮影し始めてる人もいるが気を取られていたら負けに直結する。だが玲子先生は一瞬動きを止めて、周囲に文句を吐き散らす。

「ちょっとあんたたち! 何撮ってるのよ!?」

 今だ! 玲子先生は気が散ったらしく隙ができると、間合いを一気に詰めて関節技で拘束してギリギリと締め上げた。

「痛い痛い痛い痛いって! 桐谷君、先生の負けだから!」

「一つ聞きたいことがあります、明日高校時代の人と会うんですよね? どこのスペースです?」

「そ、空野さんが持ってる地図に赤く書いたスペースよ!」

 拘束をほどくと、体勢を立て直して戦利品を持ち言い放った。

「いい? 桐谷君、今回は見逃すけど……次はそうはいかないわよ! いいわね!」

 それは捨て台詞なのか、戦利品を持って人混みの中に消えた。

「零、赤く書かれたスペースは覚えてる?」

「東1ホールB40だったよ」

「明日、僕たちも行ってみよう……翔お兄さんの高校時代が知りたいんだ……どんな思いでエーデルワイス団を作ったのかを」

「うん、私も行くわ……できることならお礼を言いたいわね」

 零はゆっくりと願いを込めてるかのように肯いた。

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