第八話、その4
鷹人たちを乗せた777-300は東京国際空港――通称:羽田空港のA滑走路に着陸。着陸時の叩きつけるような衝撃音が、驚くほど鮮やかで滑らかで小さい。
きっと経験豊富なパイロットに違いないだろう。逆噴射装置の轟音が鳴り響いて減速すると機内アナウンスが流れる。
『皆様、羽田空港に着陸いたしました。ベルト着用サインが消えるまでお座りのままお待ちください、物入れを開けた時に、手荷物が滑り出る恐れがありますので十分お気をつけ下さい――』
「見て見て鷹人君なんかあの飛行機、ちっちゃくて可愛いわね」
零の指差す先には小型の国産旅客機――FEAのMRJだ。
「MRJだな奥にいるのは777-9だね、今僕たちが乗ってる機体の次世代型だ」
「大きいっていうか、乗る時も思ったんだけど長すぎてキモくない?」
「うん、あそこにいる747ならまだわかるけどね。おっ! 敷島航空の787だ珍しい」
「あの白い飛行機?」
零は目を凝らして訊くと、鷹人は逆に訊いてみた。
「ああ、因みにFEAとどう違うと思う?」
「カラーリングしかわからないよ」
零は困ったように笑いながら首を横に振る
「答えはエンジンと使い方さ、FEAはイギリスのロールス・ロイス製エンジンであそこにいる767、今着陸してきた細くてちょっと短い奴の後継機で国内線でも使ってる。SALはアメリカのゼネラル・エレクトリック・アビエーション社製で国際線専用機だ、まぁロールアウト直後に起きたバッテリー問題で熊本で見たライバルのA350も購入したけどね」
「詳しいのね……鷹人君、心は小さな男の子のまんまでしょ?」
零はニヤけて顔を向けると鷹人も微笑みを返した。
玲子先生と手荷物受け取り場で別れ、和泉さんと合流し、到着ロビーに出ると出迎えの人たちがそれぞれ久し振りの再会を喜んだりしてるが、そのまま東京モノレールや京浜急行電鉄、各地を結ぶバス乗り場へと急ぐ人もいる。
「零お姉ちゃーん! 和泉お姉ちゃーん!」
「ああ夏那美ちゃん! 久し振り!」
凛々しく透き通るような声がすると、零が嬉しそうに人だかりの中に顔を向け、手を振るその先を見ると中学生の女の子が小走りで駆け寄ってきた。
黒のセミロングに小柄――背丈は妙子以上美由以下だが胸は零並に大きく、顔立ちは全体的に幼げで発育のいい小学生と見間違えられそうだ。零が話していた野本夏那美という女の子だろうと確信してると、零は紹介する。
「夏那美ちゃん、紹介するわ。私たちのエーデルワイス団の仲間よ!」
「は……初めまして、野本夏那美……中学三年生です!」
夏那美は少し緊張気味に挨拶すると、鷹人は微笑みながらペコリと挨拶した。
「こちらこそ、桐谷鷹人です。零とはこの前、お付き合いを始めました」
「俺は三上一輝、よろしくな」
「井坂妙子よ」
「真島美由です」
それぞれ挨拶すると、和泉は見回しながら訊いた。
「あれ? 夏那美ちゃん、彼氏君は?」
「えっ? 達成君どこいったんだろう?」
夏那美は顔を渋くしながら周囲を見回すと、一輝は少し溜息吐いた。
「まっ――無理もないぜ、こんな馬鹿広い羽田空港じゃ迷子は無理もないさ」
「そう、年間の航空機発着回数は約三八万四〇〇〇回、航空旅客数は約六六七〇万人それでいて航空貨物取扱量は約八四万四〇〇〇トン。名実共に日本最大空港さ……でも、僕からしたら裏庭みたいなものだよ」
後ろから声がして振り向くと、物腰の柔らかそうな笑顔で立っていた。背丈は一輝並だが線は細くて甘いマスクの美形で爽やか系イケメンという言葉がふさわしい容姿だ。
「初めまして、市来達成です、みんなとは同い年の高校三年生と聞いてるよ」
「よろしく、三上一輝だ」
一輝は真っ先に手を伸ばして握手を交わして零と和泉に挨拶する、その間に妙子は美由に耳打ちしていた。
「結構イケメンじゃない?」
「うん、なんかイケメンの声優さんみたい」
すると夏那美は聞いていたのか、苦笑しながら言った。
「すぐ幻滅しますよ」
それで美由と妙子は頭の上に「?」を浮かべ、鷹人もそうは思えないなと挨拶して手を伸ばす。
「初めまして、桐谷鷹人です」
そして握手を交わす、線の細い割には握力強いな。
「ああ君が夏那美の従姉の彼氏さん? もうエッチした? 好きな体位は? やっぱり下になりながら彼女さんのおっぱい揉む? それとも後ろからガンガン突きながらベロチューしておっぱい揉むのが好き? おっぱいの揉み心地は?」
鷹人は一瞬固まって手を引き抜いた、なんだこいつは!? 初対面の人間に爽やかな笑顔でディープで卑猥な言葉をぶっ放しやがった!
周囲のみんながドン引きしてると、夏那美は鞄からコミケカタログを取り出して思いっ切りジャンプして角でぶっ叩き、鈍い音が第二旅客ターミナル内に響いた。
「馬鹿! 初対面の人にそんなこと言っちゃ駄目でしょ!」
「痛いじゃないか……夏那美。育ち盛りの僕たち男の子はみんなエッチなんだ! そう! エロは男と男の友情を繋ぐ架け橋であり、生き甲斐であり、人類の未来を次世代に繋ぐための本能なんだ!」
堂々と胸を張り、しかも大声で主張する姿はある意味潔い。それで夏那美はフィギュアスケーターのように五回転ジャンプでコミケカタログを今度は即頭部に当てた。
「痛い……新必殺技とは……いい打撃だ」
「達成君の馬鹿!! 変態!!」
しばらく達成は後頭部と側頭部にタンコブができていて、京浜急行電鉄線乗り場へと向かい羽田空港国内線ターミナル駅で品川方面へと向かった。その間、美由と妙子は達成を危険人物として見ていて、零も同じく危険人物として見ていた。
「なんかあの人、とんでもない変態ね」
「ああ、まさに残念なイケメンだ。いや、イケメンであることを悪用してる」
鷹人は苦笑してるとふと気付いて口にした、夏那美ちゃんって確か……。
「ねぇ、夏那美ちゃんって中学三年生だよね? どうして高校三年生の市来君と?」
「そうよ、だとしたらどうして? あんな危ない変質者と、まさか――」
零は脅されてるんじゃないの!? とでも言おうとしたのかもしれない、夏那美は首を横に振って真っ直ぐ見つめた。
「違います! 別に弱みを握られてるとかそうじゃないんです、本当は凄くかっこくて優しくて……誰よりも強いんです!」
彼女にしか知らない顔がある……鷹人は達成を見ると一輝と楽しそうに話していて、もう打ち解けているようだった。
やがて品川駅に到着して電車を降りると、高輪口を出て焼けた鉄板の上にいるような交差点を渡り、品川プリンスホテルメインタワーのフロントに入る。四泊五日で部屋割りはそれぞれ鷹人と一輝、美由と妙子、零と和泉だが驚くことに、達成と夏那美は一緒の部屋だった。
これには和泉も口を挟まざるを得なかったのは当然だろう、実を言うと鷹人も零と一緒になりたかったのだ。
「ちょっと夏那美ちゃんは達成君と一緒!? もうそこまで進んでたの!?」
「いいえ、でも大丈夫ですよ。彼……二人だけのエーデルワイス団なんですから」
夏那美はもう慣れているような顔をしていた。エレベーターを降りてそれぞれの部屋に入ると、鷹人は溜息吐いた。
「やっぱり零と一緒になりたいか?」
「うん、一輝には悪いけど」
「そうか……わかった。あいつと交渉してみるよ」
「えっ?」
鷹人は首を傾げた。
野本夏那美は達成と一緒の部屋に入り、カーテンを開けると夏の眩しい陽射しが入り込んでくる。外は快晴で明日から三日間猛暑日、C84並の過酷なコミケになると確信していた。
「ねぇ夏那美、あの人たちのことどう思う?」
「私は羨ましいと思うわ、あんなに仲間がいて頼れる大人もいる……私たちとは本当に正反対よ」
「そうだね、僕たちもあんなに仲間のいる……エーデルワイス団、作りたかったね」
達成は目を伏せた。そう四月の事件で達成君の友達は学校の屋上から飛び降りた。夏那美はクラス内で孤立していて、事件後に登校するとクラスメイトたちや担任の先生から心無い罵声を浴びせられ、その日から陰湿ないじめに遭った。
『なんで裕子ちゃんは死んであんたが生きてるのよ!!』『お前が代わりに死ねばよかったんだ! 返せよ!』『いじめられてる!? そりゃお前に責任があるだろ、いじめはよくないが結果的にクラスが団結してるんだ!! お前はクラスに貢献してるんだ!!』『あんたちょっと可愛いからって調子乗るんじゃないよ!!』
あの日から学校には行かず、九月からは別の学校に転校することになった。でも行くつもりなんてないし、学校なんてもう行きたくない。達成君が一緒にいて守ってくれるならそれでよかった。
でも達成君の言う通り、友達のいるエーデルワイス団を作りたかった。
「それはそれで大変かもしれないけどね」
「うん、でも一緒に泣いたり笑ってたりしてたと思う」
達成の言葉に夏那美は肯くと、達成は窓の外の遠くの水平線の彼方を見ながら淡々と独り言のように喋る。
「三上君話してたよ……あの人たちはこの夏……野球の応援行ったり、祭りに行ったり、海に行って泳いで花火で遊んだんだって、幼馴染の空野さんは激しい恋をして、それに和泉さんっていう支援してくれる大人もいる……でも、あの桐谷君……真島さんに伝えたいことがあるようにも感じる」
「えっ?」
「その真島さん、何かずっと過ちを引きずってるみたい。桐谷君、何か知ってそうだけどまっ、僕の勘違いかもしれないね」
夏那美はゴクリと唾を飲んで静かに耳を傾ける。達成は表情や仕草から人の感情が読めるという凄い特技を持っている、だから嘘も簡単に見破ってしまったことも一度や二度ではない。
「三上君……どうやら年上のお姉さんに甘えたい願望があるな、桐谷君は彼女さんと心の底からムラムラして彼女と激しく貪りあいたいようだ。彼女である空野さんもまんざらではない様子、むしろ想像しながら毎晩アソコを弄ってるに違いない。空野さんのお姉さんは……ずっと昔のことを引きずってるようにも見えたな」
呆れたが、和泉さんは確か去年好きな人を亡くしたという。昔のことはそういうことかなと思ってるともうすぐ出かける時間だった。
「呆れた、そろそろ行きましょう。みんなを下見に連れて行かなきゃ」
「そうだね、今日のうちにドリンクやカロリーメイトも買って……それから作戦会議もしなきゃ」
明日からはいよいよ、人類最後になるかもしれない戦いが始まる。この五日間を大切に過ごそう、今まで一日一日を大切にしてきたように。




