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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第八話、その2

 朝からクソ暑い炎天下、重いキャリーカートを引きずって歩く、呉服町電停から市電に乗って辛島町電停で降り、水着と浴衣を買いに行った複合施設にあるバスターミナルへと歩き、そこから空港バスに乗った。

 席順を決めるとどういう訳か一輝と(半ば強引に)隣になってしまった。

「あれ? ちょっと一輝君、私の鷹人君取らないでよ!」

 案の定、あの日以来二つ結びから黒髪ロングに変更した零は文句言うと、一輝はニヤニヤしながら反論する。

「お前は最近、鷹人にくっつき過ぎだ! いつもベタベタベタベタと……」

「まぁ、あながち間違ってないね」

 鷹人は苦笑しながら肯く。

 食う時も出かける時も一緒に何かする時も、夜の時意外は零と一緒だ。恋は成就してからが難儀すると、翔お兄さんから聞いたがどうやら本当らしい。

「だからよ、男同士の時間が欲しいんだよ俺は……本田は野球で忙しいしよ」

 一輝は少し寂しそうな顔をすると、鷹人は仕方ないかと零に言った。

「わかったよ、零。飛行機は一緒の席になろう」

「約束よ」

 零は無邪気な笑みでウィンクした。空港バスが阿蘇熊本空港へと出発した途端一輝はニヤニヤしながら訊いた。

「なぁなぁ鷹人、零とはどこまで行ったんだ?」

 バスのエンジン音である程度話し声が聞こえなことを見越していたのは明らかだった。

「やっぱり聞いてくると思ったよ」

「なら話しが早いな、それでもうキスは済ませたんだろ?」

「どうしてそう言えるんだ」

「この前の海水浴の夜さ。零の息遣い、線香花火が消える前と消えた後の顔が一瞬で変わってみんな確信してたぜ」

「間違ってないな、少なくとも」

「ほほう、それじゃこの後もキスしたのか?」

 興奮気味の一輝、でもあんまり大袈裟に話したら零に怒られるがさてどうする? 鷹人は考え、そして一瞬で決めた。

「まぁ……どこまで行ったかは君の判断に任せる」

「お前まさか! もう……したのか!?」

 一輝は周囲の席には聞こえないよう、鷹人の耳元で囁くととぼけたふりをした。

「僕がナニをしたって?」

「お、お前……もうそんなに進んだのかよ?」

「うん、毎晩お休み前にね……そりゃお互いの欲望を剥き出しにして激しく、貪り合うように、もう悲鳴を上げるくらいにね」

「マ、マジかよ……零ってそんなに――」

「そう、毎晩お休み前にしないと眠れないって……毎晩みんなが寝静まったベッド、ベランダ、リビングでね」

 まあ、お休みの軽いキスのことだけどこの際ビッグマウスで言ってやることにした。

「お、お前……できたら祝ってやらああぁぁっ!!」

 一輝はそこで声が出てしまった。ヤバイ……鷹人は全身の血が冷たくなって凍ってしまそうだった。前の席から零が殺気を放った状態で顔を出す、それはまるで海から顔を出す巨大怪獣のように。

「た・か・ひ・と・君……か・ず・き・君……何を話してたの?」

 一輝はわなわなと震えながら言い放つ。ヤバい、背鰭があったら間違いなく青白く発光してフルチャージし、赤に変わってるのかもしれない。

「お、お前、鷹人と――」

「毎晩、僕たちがお休み前にキスしてるのを話したらさ。一輝君ったら……僕たちが寝る前やみんなが寝静まった後で毎晩エッチしてるって勘違いしてたんだ」

 鷹人は引き攣らせた表情で釈明すると、滅茶苦茶恥ずかしそうに顔を沈めた。かと思ったら再び顔を出して涙目で顔を赤くし、歯をギリギリと食い縛ってる。

 右手には月刊漫画雑誌並かそれ以上の厚さを持つコミケカタログだ。これは鈍器、人を殺せるとも言われてる。

 鷹人は血の気が引くあまり笑ってしまった。

「あははは……零、どうしたのそんなものここで出して」

「そ、そ、そ、そうだよ。バスジャックでもするつもりか?」

 一輝は震えながら両手を振ると零はコミケカタログを大きく振りかぶり、そして盛大に叫んだ。

「馬鹿ああああぁぁぁぁッ!!」

 車内は鈍器で頭部を思いっ切り殴られる音が響き、鷹人が気がついたら空港に到着してやけに頭が痛かった。隣に座ってた一輝は右側頭部に一撃必殺が決められたのか、デカイたんこぶができていて星が回っていた。


 空港バスを降りて国内線ターミナル内に入ると、お盆の帰省ラッシュ真っ只中で人も多く、母親に抱かれた赤ん坊から車椅子のお年寄りまで老若男女様々だ。

 これから旅行に出かけるのかキャリーカートを持った人たちは若い人が多く、逆にビジネスマンらしい人たちは年配の人たちが多く、不機嫌そうな表情で見てる人もいた。

 これもあの噂の影響なんだろう、鷹人たちはFEAのチェックイン・カウンターで搭乗手続きを済ませて荷物を預けると、離陸までまだ時間はあった。

「それじゃみんな、この時間になったらここに集合よ。くれぐれも遅れないようにね」

 二階保安検査場前で和泉は腕時計に指を差して言うと、一度解散すると鷹人は零を誘う。

「零、展望デッキに行かない?」

「うん、行こうか」

 零が肯くと、ターミナル三階にある展望デッキに上がると家族連れや見送る人がチラホラいた。

 暑い陽射しが照りつくコンクリートの床で展望デッキからエプロンを見下ろすと、着陸したばかりのエアバスA320がターミナルに近づき、隣にはエアバスA350-900が荷物と乗客の積み下ろしをして次のフライトに供え、翼を休めている。

 滑走路を見るとボーイング767がCF6-80C2エンジンを全開にして滑走路を疾走し、入道雲を背景に夏の空へと離陸する。

 鷹人はそれを目で追い、零はジッと鷹人を見つめる。

「飛行機……好きなの?」

「まぁね、ボーっと見ているのもいいよ」

 鷹人は展望デッキの熱い鉄柵に寄りかかると、ふと零はこんな話しを持ちかけた。

「ねぇこんなこと訊くのもなんだけど……いつから鷹人君は私のこと好きになったの?」

 鷹人は苦笑した、今更こんなことを訊かれるとはまぁ一度話した方がいいかな?

「そうだねぇ、最初に意識し始めたのは……中学二年生の体育祭の頃かな? フォークダンスで一緒に踊って一緒に練習したの、覚えてる?」

「うん、鷹人君がやたらドキドキしてたの覚えてるよ。本番を終えた時鷹人君、すっごくやり遂げたって顔してたわ」

 零は微笑みながら肯くと、鷹人はあの時の気持ちが蘇ってくる。そう、あの時フォークダンスを一緒に練習していくうち意識し始めたんだ。

「そう、僕も最初ドキドキして零のことが頭から離れなかった。恋してるって気付いたのは……中学三年生の春だった、この子と一緒に青春を描きたいって!」

「クサイ台詞、でも好きだよ。そういうの」

「一緒の学校には行けたけど結局、君とは仲のいい友達留まりで……見てることしかなかった」

「でも去年の春……家出して中学時代のバレー部の先輩に捕まって危ない所、助けてくれて……それから色々気にかけてくれたんだよね?」

「うん、だから零がエーデルワイス団に来た時は凄く嬉しかった! 一緒にいて楽しかったし、泣いたり笑ったりできた。最後の日まで大好きな君と一緒にいられる、こんなに嬉しいことはないんだって!」

 鷹人は零を真っ直ぐな眼差しで見つめると、零は恥ずかしそうに目を逸らす。

「鷹人君……ごめん後ろ」

「えっ?」

 零に言われて後ろを見ると、妙子と一輝がニヤニヤしながら見ていた。

「いつからそこにいたの?」

「そうだな、こっそり後ろからついてきたんだ……まさか中学の時から意識してたとはなぁ鷹人」

 一輝は気持ち悪い笑みで言うと、妙子もにやけなながら冷やかす。

「熱いねぇお二人さん、今年の夏が猛暑な理由は松岡修造じゃなくて鷹人君と零ちゃんだったのね隙あらばイチャイチャ&ラブラブトーク? おまけに毎晩――おっと!」

 妙子の冷やかしに零はバッグからコミケカタログを取り出し、思いっ切り投げつけたがあっさりかわされて一輝のこめかみに直撃。

「ぐぶふぉっ!!」

 一輝の首が一八〇度以上曲がり、体を回転させながら倒れた。

「な、なんで……朝からこんな……めに」

「駄目だよ零……カタログをこんなことに使っちゃ、機内で持ち込み禁止になっちゃうよ」

 鷹人は口元を引き攣らせたが、そういえば一人いないことに気付いた。

「そういえば美由は? 一緒じゃないのか?」

「えっ? 美由ちゃんも一緒よ、美由ちゃん?」

 妙子が見回すと、美由は柵の向こう側を遠い目で見ている。視線の先を追うと、陽炎の彼方から機影が近づいてくる、それはどんどん大きくなって滑走路に着陸すると逆噴射装置スラストリバーサーを作動させ甲高いエンジン音が響く。

 ボーイング777-300が着陸して減速、滑走路以上を半分過ぎた所で空港内のアナウンスが流れた。

『FEAから熊本発羽田行きのお客様にお知らせします――』

「へぇあれなんだ。あたしたちが乗る飛行機って、大きいわね」

 妙子が美由の隣に来てエプロンに近づく777を視線で追うと、美由は肯いた。

「うん、あの噂の影響で旅行に行く人たちが激増したんだって……どこの空港も大型機が足りないってニュースで行ってたわ。だから今回飛行機とホテルの部屋が取れたの、凄く幸運よ」

 美由の言う通りだと、鷹人は着陸してきた777を見る。二〇一四年にボーイング747が退役して以来熊本空港に降りてくる大型機はボーイング777――通称:トリプルセブンそれも準大型クラスの200型だったが今日降りてきたのは胴体を延長した大型クラスの300型で時計を見るとそろそろ戻る時間だった。

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