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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第八話、その1

 第八話、最後の夏の旅行。


 翌日、茂串海岸に別れを告げてエーデルワイス団一同は熊本市に帰ってきた。市内に帰ってから零はやるべきことを決め、みんなに話して家に戻る。

「ただいま」

 何食わぬ顔で家の扉を開けると、案の定母親がズカズカと歩み寄ってきた。

「零! 今までどこに行ってたの!? 学校から連絡があったわよ、ボーイフレンドの子と川に飛び降りたって? どうしてあんな危ないことしたの!?」

「私は……引っ張られてそのまま飛び降りたのよ」

「その後はどうしたの!? どうして帰って来なかったの!?」

「……帰りたくなったからよ、ハッキリわかったわ。ここは私の居場所じゃないから」

 零は靴を脱いで玄関を上がり、母親の罵声を無視して最初に部屋の掃除を始めた。不要な物は全て処分し、あとは全て今回の夏休みのために買ったキャリーバッグと数日前に用意したダンボールに衣服や、持って行く物を詰め込んだ。

 これで荷物と心の準備は整った、少しばかり早い家出になってしまったがいいだろう。汗だくになった零は時計を見ると、日が暮れていて夕食の時間になっていた。

 最後の晩餐はいつも通り無言で押し通すつもりだったが、母親はあれこれ将来どうするのかと訊いてくる質問を適当に流していつものように過ごした。

 

 翌朝、母親が起きる前にダンボールを玄関に置き、零は合流時刻を待った。

 枕元には「お姉ちゃんの所に住みます、もう帰りません」とだけ書いたメモを置いた。

 すると時間通り外で車のエンジン音が聞こえ、家の前に停車。零は立ち上がって扉を開け、ランドクルーザーの運転席から喪服姿の和泉が少し悲しげな表情で降りてきた。

「おはよう、零……今際になって言うけど、本当にいいのね?」

「うん、もう決めたから」

 零は最後まで心配してくれる和泉に感謝の気持ちを込めて肯くと、すぐにトランクを開けて零はダンボールをトランクに詰める。するとドアが開く音が聞こえ、零は思わず舌打ちした。

「零!! あなたなにやってるの!? お父さん、来て!!」

 今まで見たこともない母親の動揺する姿に、ざまあみろと同時に胸が締め付けられるような気持ちだった。母親が叩き起こした父親が寝ぼけた顔でやってくると、和泉はサングラスを外した。

 真っ直ぐ射抜くような眼差しで。

「久し振りね、お父さん……お母さん」

「和泉……あなたこの四年間どこに行ってたの!? 正月もお盆も帰らず音信普通になって! 心配したのよ!」

 母親は四年ぶりに会う長女の姿に驚いたが、次の瞬間にはブルブルと震えながら歩み寄ってくると、意外なことに父親は手に母親の肩をポンと置いた。

「まぁまぁ母さん、きっと四年間無我夢中で暮らしてたんだよ。和泉、おかえりと言いたいがまた旅に出るのかい?」

「ええ、でも今度は東京に行ってまた帰ってくるわ……ここじゃない場所にね」

 和泉は何食わぬ顔で肯く、父親は母親とは対照的に良い意味で放任主義者だ。必要になった時は助けてくれたこともあったし、零は父親が好きだった。

「零、和泉の所で暮らすのかい?」

「うん、正確には一人暮らししてる友達の所なんだけど」

「……そうか、寂しくなるな……でもたまには顔を出してやれよ、お母さんが寂しがるからな」

 父親が優しく言うと、母親は味方がいなくなったかのような表情になって動揺した。

「ちょっと、あなた! 零はまだ子どもなのよ」

「母さん、零はもう子どもじゃないって言ってたの母さんだろ?」

「それとこれとは別でしょ!?」

「そう言って大人でも子どもでもない子たちを追い詰めるのはもうやめよう……母さんの言う通りだが、零はもう親元を離れてもいい頃だ。ちょっと早いから心配だが……零、あの男の子――桐谷……鷹人君とは」

 父親が零に訊くと、微笑んで胸を張って答えた。

「私ね、鷹人君と……付き合うことになったの、この夏休みにね。一緒に最後の夏休みを過ごそうって誘ってくれて……一緒に野球の応援に行ったり、一輝君とのわだかまりも解けたし火の国祭り、昨日は海水浴……こんなに楽しい夏休み、初めてよ」

「そうか、高校三年生で楽しい夏休みはちょっと引っかかるが……まぁちゃん勉強してるならいいんじゃない? 最後の夏、だしな」

 父親の「最後の夏」という言葉にやけに強調されたような気がした。

「あなた、零の将来がかかってるのよ!」

「それはわかってる、でも和泉を間近で見てたのは零だ……いい大学に行って卒業しても姿を暗ましかねない……それに子どもに見捨てられるのは、もう懲り懲りなんだ。和泉、小学生の時に突然転校するなんて言ってすまなかった……許してくれとは言わない、ただすまなかったと言わせて欲しい」

 父親は悲しげな笑みを浮かべて頭を下げた、和泉は唇を噛んで両手を握り締めてわなわなと震え、噴出しそうな激しい憎悪と怒りを必死で抑えてるように見える。

「ごめんなさい……もう許したいけど、あの日また明日と言って別れた幼馴染の姿が、今でも頭から離れないの……あの日あたしは、大切な物を沢山失った……だから、ごめんなさい……あたしは人を許せるほど強い人間じゃないの」

 和泉は首を横に振った。


 父親には少し寂しげな笑顔で、母親には呆然とした表情で見送られて零は助手席に座り、終始無言だった。後味の悪い旅立ちだったが、これからも楽しいことが待っている。

 そう信じようと零は心に刻んだ。

 美由のマンションに到着するとロビーで一輝が待っていて、荷物の運び入れはすぐに終わるだろう。今日から姉の和泉、恋人の鷹人、入り浸る友達の妙子、同じく入り浸る幼馴染の一輝、そして部屋の主である美由との生活が始まる。

 かと思った時……行く途中で助手席に制服姿の鷹人、後席に美由の乗った車とすれ違った。

「い、今の! 鷹人君と美由!?」

「そうなの、今日は……翔さんの命日だったの、送って荷物の運び出し終わったら……あたしも行くから」

 和泉の横顔は白く、悲しげな美しさを漂わせていた。そう、今日は美由の兄で鷹人の従兄、そして和泉の思い人だった真島翔の命日でまだ三二歳という若さでこの世を去った日だ。

 零も二年の一学期に悪い先輩に捕まって、危ないところを助けてもらった。

 その日一日は妙子と一輝に手伝ってもらって荷物を運び、零の部屋をセッティングしてもらった。その後は妙子と一輝の三人でテレビゲーム――翔お兄さんのなのか、戦闘機もののフライトシューティング、第二次大戦や冷戦、現代戦のFPS、往年の潜入諜報アクションと、血生臭いゲームをしたりオンライン対戦で盛り上がった。


 午後になって三人はようやく帰ってきてドアが開く音が聞こえた。

「おかえりみんな、お疲れ様!」

 さっきまで疲れてぐったりしてたのに妙子は真っ先に玄関へと走る。よっぽどみんなの帰りを待ちわびてたんだろう、だが零も鷹人の帰りを待ちわびていた。

「おかえりなさい、今日はお疲れ様」

「ただいま零……ごめんな、引越し手伝えなくて」

「すぐ終わったから大丈夫よ」

 零は鷹人に笑みを浮かべると妙子は早速冷やかす。

「ヒューヒュー熱いね新婚さん!」

「誰が新婚さんよ……もう」

「熱いよね美由ちゃん……美由ちゃん?」

 妙子は美由に顔を向けると、美由の表情は無表情を装ってるが暗い表情で、反応が少し遅れて肯いた。

「う、うんそうだね……」

 無理して笑顔を作ってるのは誰の目から見ても明白だった。

「ちょっと疲れちゃった……少し休むね」

 美由はそう言って自分の部屋へ逃げるように駆け込んで行った。

「美由ちゃん? どうしたんだろ、今日何かあったの?」

 妙子の言葉で和泉は表情を変えなかったが鷹人の顔は微かに強張り、零はそれを見逃さなかった。

「鷹人君、何か知ってる?」

「ああ、今日……美由の両親、伯父さんと伯母さんが東京からやってきたんだけど……大喧嘩したんだ」

「大喧嘩?」

 零も今日、父親の仲介があったとはいえ母親と喧嘩別れしたばかりだ。

「卒業したらこの部屋を売る……だから卒業したら東京に戻ってこいって、美由は猛反対したんだ。それで喧嘩になって……僕でも止められなかった」

 鷹人は首を横に振ると、和泉も軽く溜息ついた。

「物凄い剣幕だったわよ、あんなに大人しくて優しい美由ちゃんが……声を荒げるほどだったわ」

 とても想像の尽かない話だった。普段仔猫のようにオドオドしてる美由、それはきっと手負いの野良猫のような剣幕だったのかもしれない。

 夕暮れになると、美由は部屋から出てきて鷹人と夕食の支度をする。

「みんな、そろそろご飯作るね」

 美由は何食わぬ顔で部屋から出てきた。

「おっ真島、気分はもう大丈夫なのかい?」

 一輝は気を遣っていつものように、気さくに声をかける。

「うん、大丈夫だよ三上君……そうだ、今夜はカレー作るね!」

 美由はいつもより大きな声で言う、それがとても痛々しく感じた。

 零は料理をあまりやったことないので、盛り付けを担当してみんなで夕食を食べた。

 今日のことはみんな気を遣って話題には出さず、零は新しい生活に慣れようとしていた。



 夏休み、すなわち世界の終わりがあと三週間を切るまでは準備と買出しに行き、そしてその日を迎えた。

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