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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第一話、その2


 期末テスト一日目が終わると、鷹人は気になって自分から声をかけることにした。

 多分美由も一緒だろうと思いながら三年三組の教室を出ると予想通り、妙子は一組の教室前から声をかけてきた。

「桐谷君桐谷君! 一緒に帰ろう!」

 声をかける手間が省けた、と鷹人は苦笑する。美由も一緒だ。

「ああ、そのつもりさ。相談かな?」

「うん、それでさ……極秘会談ができそうな所知らない?」

 妙子は周囲に聞かれないよう警戒しながら小声で言う。僕たちはキューバ危機真っ只中のソ連とアメリカの特使か? 鷹人は美由と目を合わせると、鷹人は肯いた。

「いい所がある、美味い店だ」

「おお! どこどこ?」

 妙子は小学生の子どものようにはしゃいで目を輝かせて訊いた。



 一輝は鞄を持って教室を出ようとすると、隣の席にいる本田駿ほんだはやおは机の上で大柄な弁当箱を取り出して食べようとしていた。

「こんなに食べるのか?」

「おっ、おう勿論さ三上、もうすぐ甲子園出場を決める地方大会だからな……食い終わったら練習だ!」

 本田は坊主頭に筋肉質のクラスメイトで野球のことしか考えてない。クラス一の、いや学校一の野球馬鹿と言われてるが真っ直ぐで、堂々と野球に青春をかけると公言してる。

 因みにポジションはショートで四番だ。

 一輝はそんな彼が羨ましかった、だから応援していた。

「そうか頑張れよ、高校最後のチャンスだもんな」

「おうよ! 高校最後の夏は甲子園に連れてってやるからよ! 予定空けとけよ!」

「ははははははっ本田、俺は今のお前が羨ましいよ。俺……挫折しちまったからさ」

「そうか、三上テニスしたくってもできないんだな。お、俺……三上の分まで頑張るよ!」

「ああ、だから地方大会応援に行くよ」

「そんならさ、応援団いっっっぱい連れてきてくれよ! 藤崎代球場が満員になるくらいにさ!」

 本田は立ち上がって両腕を大きく広げて言った。無茶な頼みに一輝は尻込みしそうだったが自分の分まで全力投球しようとしてる、それならそれに応えないといけない。

「わかった……満員とまでは行かないが、やってみよう」

「サンキュー! 楽しみにしてるぜ!」

 本田は満面の笑みを浮かべた。

「それじゃあな」

「おうよ! 最後の夏休みを熱くしてやるぜ!」

 本田と別れて教室を出ると、外のテニスコートを見る。数ヶ月前までは自分もそこにいた、でももう戻ることは出来ない。

 一輝はテニスに未練を残さないため、後輩の応援にも行かないことにした。

 そう、もう一切関わらないことに決めたのだ。



 銀座通りのホテル下にある、紅茶専門の喫茶店は従兄――つまり美由の兄である翔お兄さんが教えてくれたお店だ。

 妙子は幸せそうにホットサンドにかぶりつく。

「う~んおいしいこのホットサンド、桐谷君、美由ちゃんよく見つけたわね!」

「ああ、どちらかと言うと井坂さんはマクミランや、モスバーグとかのファーストフードとかが好きそうだから、こういう静かなお店は合わないかなと思ってね」

「なに言ってるのよ、この紅茶凄く美味しいじゃない」

 妙子はミルクと砂糖をたっぷり入れたアイスティーを飲み干す。ノンシュガー派の鷹人からすれば、もったいない飲み方してるから説得力がない、美由はゴールデンベリーズ・アイスティーを、鷹人はアイスミルクティーを飲む。

「それで、妙ちゃん……相談ってのは何かな?」

「今朝、あたしが叫んだの覚えてるよね……あのあと織部さんが教えてくれたんだけど、この謎の秘密結社は知ってるかな?」

 妙子はスマホの3Dスクリーン・プロジェクター・アプリを起動させて出力を最小限にすると鷹人は目を見開いた。薄雪草の花のエンブレム! エーデルワイス団のSNS――バッカニアだった。

「エーデルワイス団? まさか!」

 鷹人は予感がして顔を上げると、妙子は精悍な笑みを浮かべながら肯いた。

「うん、あたしたちも作ろうと思ってるの……織部さん、文芸部のみんなと既に活動開始してるって」

 鷹人は驚愕するしかなかった、まさかこんなに身近にいるとは……文芸部の連中が既に始めてるとすれば他にも校内にいるのかもしれない。美由も明らかに、そして静かに驚愕していた。

「エーデルワイス団って高森先生が言ってたわ、彼らは将来に目を背けて今に逃げた人たちだって……他の先生たちもエーデルワイス団を危険分子と見てるわ」

「うん、わかってるわ……でもね、今しかない今を大切にしないと……四月に死んだ人たちが浮かばれない気がするの、中野さんや山森君もどう望んでるかもう訊くこともできないけどね」

 妙子は真剣な眼差し鷹人を見ながら言う。

「大量自殺事件の……犠牲者たちか……」

 鷹人は両肘をテーブルに付け、両手を重ねて眉間に当てる。


 彗星接近のパニックが一段落したあとの今年の四月四日、不吉な数字で並べられた日を狙ってたのかもしれない、全国で三万六七八五人の若者が、方法は違えど一斉に自ら命を絶った。

 線路への飛び込み、日本各地の名所から飛び降り、首吊り、リストカット等々……一人でひっそり自殺した者もいれば、公衆の面前で数十人で集団自殺した者もいた。下は小学校低学年、上は三〇歳過ぎた人たちだった。

 自殺の動機は共通して世界の終わりに絶望したと報道されてたが、断じて違う!

 鷹人は内心断言した。

 かけがえのない友達だった山森喜代彦やまもりきよひこ中野香奈枝なかのかなえが自殺する数日前、二人とも滅亡するまでの自分たちの時間は自分たちの物ではないことと、滅亡を受け入れることを許さない風潮に絶望し、思いのままに生きられないという怒りの感情を露にしていた。

 絶望と言うよりも失望と言った方がいいだろう。

 今しかない自分たちの時間は自分の物じゃない、それが否応なく押し付けられて終焉の時すら自分の思いのままに過ごせない、だからあの二人は学校の屋上から飛び降りて死んだのかもしれない。

 その日に三万六七八五人は死んだが、未遂と後日の後追い自殺を含めると一〇倍はいるという、自殺に失敗して後遺症を背負ったり、手足を失った人もいる。


「この時は今しかない……君たちの時間は君たちのものだ……」


 鷹人は翔お兄さんの残した言葉を呟く。美由は「あっ……」と口を開け、そして唇を噛んで妙子の両手を取って握り締めた。

「妙ちゃん、望んでるかどうかじゃないと思うの、今鷹お兄ちゃんが言った言葉……翔お兄ちゃんの言葉なの。だからあたし、妙ちゃんとエーデルワイス団を作るよ!」

「あ……」

 妙子は口を開けたまま数秒固まり、妙子は震えながら安堵の笑みと目に涙を浮かべた。

「ありがとう、実はね……あたし一人じゃ、凄く不安だったの」

 鷹人も決めていた。翔お兄さんの言う通り、世界が滅亡するかわからないけどあとで後悔しないように今のために今を全力で生きる、もし滅亡しなかったらその時はその時だ。

「俺も……メンバーに入れてくれ、役に立つかどうかわからないけど」

「うん、よろしくね桐谷君」

「こちらこそ……井坂さん」

 決まりだ! 鷹人は妙子を笑みを交わすと、美由は話題を変える。

「そうだ、鷹お兄ちゃん。和泉さん覚えてる? 去年翔お兄ちゃんの所に来た人……空野さんのお姉さん」

「ああ、勿論」

 鷹人は縦に振って肯いた。

「覚えてるわ、空野さんのお姉さん凄い美人だから」

 妙子も翔お兄さんと美由のマンションに遊びに来たから、顔ぐらいは覚えていたのかもしれない。

「さっき電話があって、東京の会社を辞めて熊本では家に帰らずにしばらくあたしのマンションに住むんだって」

 美由は何食わぬ顔で言うと、数秒間沈黙が走って鷹人は驚愕した。

「ええええええええっ!? いきなり?」

「うん、放課後いきなり電話があったの。家賃月に一〇万円払うから一〇月頃まで居候させてだって」

 買収されてるじゃねぇか美由! すぐに空野さんに知らせないと! 鷹人はスマートフォンを取り出して電話をかける。

『もしもし桐谷君?』

「あっ、空野さん……ちょっといいかな?」

『うん、どうしたの?』

「空野さんのお姉さん、和泉さんが熊本に帰ってきたんだけど聞いた?」

『うん、電話あったわ。実家には帰らずにお世話になった人の家にしばらく居候させてもらうって』

「それが、美由のマンションに居候するみたいなんだ」

『えええええっ!? お姉ちゃんのお世話になった人って真島さん!?』

「正確には美由のお兄さんなんだけど」

『わかったわ、今からすぐに行くわ!』

「ああ、またあとで」

 そう言って電話を切った。



 味噌天神前で一輝は零と久し振りにのんびりお喋りしながら下校してると、突然電話がかかってきて誰かと話し、慌てた口調になって切った。

「誰からだったんだ?」

「三組の桐谷君、中学の頃からの知り合い!」

「ああ……そんな奴いたな」

 一輝は三組にいる中性的で線の細い、頼りなさそうな男子生徒の顔が思い浮かぶ。すると零は青になった横断歩道へと飛び出した。

「これから従妹の真島さんの家に行くわ! お姉ちゃんがそこに行くみたいなの!」

「ああ、俺も一緒に行くよ!」

 一輝も後を追う。

 二年生のインターハイ前に零とはあることがきっかけで疎遠になった。今日一緒になったのも久し振りだったから一緒に下校しようと誘ったが、疎遠になってる間にできた友達のことも少し話していた。

 一輝はこの一年間のことも気になっていたが、何より桐谷という男子生徒がどんな奴かと実際に会って話し、確かめておきたかった。

 幼馴染として。

「真島さんの家は反対方向よ、先に帰ってて」

「いや、どうせ俺も暇だ。俺がテニスとリハビリに没頭してる間に、新しい友達作ったんだろ?」

「そうよ、桐谷君に一組の真島さんに井坂さん、真島さんのお兄さん……去年の八月に亡くなったんだけど、お姉ちゃんその人のお世話になったのよ」

 そこへ丁度いいタイミングで路面電車が来て乗り込んだ。

 テニスを辞めてそんなに経ってないのにもう息が上がってる、一輝は体力が衰え始めてると感じながら訊いた。

「はぁ……はぁ……どこまで行くんだ?」

「呉服町まで!」

「っていうかこれ、上熊本駅方面行きだぜ」

「あっ……」

 零は乗り間違いに気付いたが、無情にも扉は閉まって汽笛を鳴らして発車した。

 仕方ない、辛島町で降りて乗換えだ。

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