第七話、その4
浜辺に到着すると鷹人は持ってきたジッポライター(翔お兄さんの遺品)を短い蝋燭に火を灯すとみんなで一斉に着火した手持ち花火が鮮やかな帯状の火を放つ。
最初は持ってるだけだったがすぐに妙子は手持ち花火を二刀流のように持って踊るように、はしゃぐ。
「それえぇぇぇっ! 二刀流!」
「甘いぞ井坂! こっちは四刀流だ、鷹人! 火をくれ!」
一輝は手持ち花火一本を口に咥えた。
「本気か一輝!? やめとけ!」
「ふぁいひょうふ、ふふほほはふいははら(大丈夫、すぐそこは海だから)」
「わかったわかった、どうなっても知らないぞ!」
鷹人はジッポライターを点火して手際良く着火、一輝はYの字にして両手に一本、口に一本、股に挟んで一本の計四本で鮮やかでシュールな光景を見せつける。
妙子は爆笑して、美由はオドオドしてどうすればいいかわからない、って困惑してる様子だった。
「うわぁはははははっははははっ!! 馬鹿じゃないの三上君!!」
「はわわわわわ三上君、危ないよ!」
たちまち和泉が注意する。
「こら! 一輝君危ないでしょ!」
「ふぃよ、ほへほはへいはふは(見よ、俺の華麗なすが――)あちちちちっ!」
言わんこっちゃない、一輝は火花に当たったのか口に咥えてるものを落としてのたうち回る。
「だからやめろと言ったんだ! 火を点けた僕も僕だが、傷見せて」
鷹人はライトで火傷した部分を探すと幸いにも軽く、火傷対策で持参したオロナイン軟膏を本人の希望で和泉に塗ってもらった。
「もう、危ないことしちゃ駄目でしょ!」
「は、はい……でも鷹人よ、お前も零と一緒に川に飛び降りたんだって!?」
「あれは鷹人君が翔さんに鍛えられたからよ、一輝君が真似したら溺れるわ」
「ごもっともです」
和泉がキッパリ言うと一輝は渋々引き下がるように言った。
「ねぇねぇ、次はこれやろうよ」
美由が手に取ったのは噴き出し花火だった。地面に置いて鷹人が点火させていたが、すぐに一輝は懲りずに砂で即席の山を作り、頂上に噴き出し花火を頭だけ残して埋めて「火山噴火!」と言ってスマホのカメラで動画を撮った。
こればかりは和泉も苦笑するだけで済ましたが、だんだんエスカレートさせて残り五つになると即席で穴を掘ってそこに花火を置いた。
「鷹人、チャッカマンを貸してくれ!」
「あ、ああ」
鷹人は予備として持ってたライターを一輝に渡すと一緒に一斉に火を点けて一斉に彩りのある火を噴く。零は首を傾げながら訊いた。
「綺麗だけど一輝君、なにこれ?」
一輝はスマホで動画を撮りながら潔く、堂々といった。
「噴火するイエローストーン国立公園! 因みにさっきのは富士山だ!」
……夕食中にBBCで火山噴火のドキュメンタリーを見てたから、思いついたんだろうと苦笑した。
一輝の奇行で思ってたよりかなり早いスピードで花火を浪費し、残った花火は線香花火だけになり、妙子は肩を落とした。
「あーあ、三上君が馬鹿やったせいで花火がもうなくなっちゃった」
「お前も少なからず馬鹿やっただろ」
苦笑する一輝、最後の線香花火は今までと一転して静かになり、それも潮風で消えたり、ちょっと動かしただけで落ちてしまったりと、みんな四苦八苦していき、残った線香花火は丁度六本だった。和泉は一人につき一本ずつ持たせて言った。
「これで最後ね、みんなで囲んで……これなら風で消えないわ、いい?」
最後はみんなで寄せ合うように輪を作り、中腰になった。
最後はエーデルワイス団の六人で線香花火を一本ずつ持つ、最後の花火で蝋燭の火はもうすぐ燃え尽きようとしていた。
「ねぇ、みんな最後の線香花火はさ、みんなでせーので火を点けよう」
妙子の言葉にみんなが肯く、鷹人の右隣から順に零、一輝、妙子、美由、和泉は潮風から小さな蝋燭の火を守るように囲んでいる。
零と目が合うと顔が近い、このままなら……よし! 零にアイコンタクトすると零は首を傾げると耳元で囁いた。
「大丈夫、任せて」
「な、何を?」
零は期待してるようだが、わかってないようだ。そして妙子の「せーの!」の合図でほぼ同時に線香花火に火を点けた。残り僅かな蝋燭と線香花火、その儚い火が漆黒の闇を微かな希望のように光る。
一瞬の短い命を宿し、火の玉はみるみる膨らんでいく、それはまさしく花を咲かせる前の段階で蕾と呼ばれている。
そして花を咲かせるかのように力強い火花が咲き始める。丸く華やかな牡丹の花が咲くかのように。
さらに勢いを増した火花は松葉と呼ばれている、大きな花を咲かせながら火花が飛び出し命を輝かせる。
全ての命に終わりがあるように、線香花火にも最期の時はやってくる。散り菊と呼ばれ最期の時はすぐそこまで来ていた。
やがて和泉の火花が落ちると、美由、妙子、一輝の火花が後を追うように落ちた。しかし零と鷹人の火花は最期の時を精一杯輝かせようとしている。
そして鷹人と零の火花は一緒に落ちていった、それはまるで死ぬ時は一緒に死ぬかのように。
輝きを失い、世界が光を失う瞬間、鷹人は動いた。
零の頬を空いていた左手を添え、親指で零の柔らかい唇を確かめるとそれを頼りに一瞬でそして静かに、鷹人の唇は零の柔らかい唇に触れた。
「ん……」
零の声が漏れたその間、三秒にも満たなかったが零は拒絶することなく、零のすべすべした掌が鷹人の頬に触れる。唇を離すまでの三秒間がとても長く感じられた。
そして明かりが点くと零はほのかに顔を赤く染め、妙子はジッと見つめた。
「あれ、どうしたの零ちゃん顔赤いわよ」
「な、なんでもないわ!」
零は必死に首を振って否定すると、鷹人も自分のやったことがとても恥ずかしいと同時に、受け入れてくれた嬉しさが同時に溢れ出そうだ。
唇を両手で押さえ、思いっ切り裏声で叫びたい気分だった。
うわぁ……はずぅ……嬉しい零と……キスしちゃった
鷹人は平静を装い叫びたい心を抑えながら立ち上がり、ライトを点灯すると美由は意味深な台詞を言った。
「零ちゃん、鷹お兄ちゃんのこと……お願いね」
「ええっ!? ……うん、任せて」
零は恥ずかしげに満面の笑みを浮かべると、美由は鷹人に眼差しを向けた。
「鷹お兄ちゃん、絶対に幸せになってね。翔お兄ちゃんや山森君、カナちゃんの分まで」
「ああ、ありがとう美由」
美由は視力は鈍いが、勘は鋭い。すると一輝も察したのか背中をパンパンと力強く叩いた激励した。
「何かあったら俺に言えよ、幼馴染の付き合い方は知ってる。だから、一人で抱え込むなよ」
「あらあら、青春ね。鷹人君、零……あなたたちが羨ましいわ」
和泉は少し寂しそうな顔をしていた。
鷹人は零と目を合わせ、もしかして見られていたかも? と目で訴えたが零は恥ずかしそうだが、同時に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
その夜、キャンピングカーに戻った鷹人はベッドの上で枕をはち切れんばかりに抱き締めてそのまま眠りに就いた。
夢でも見ていたのか?
夜中の三時に目を覚ました鷹人はスマホの時計を見る。遊び疲れて眠ったのか、それとも昼から今までずっと寝てたかのように、体がまだ疲れが取れてないようだ。
二段ベッドを降りて外に出た。明かり一つない夜空は星がはっきりと見えてもしかしたら、彗星が見えるかもしれない。
「彗星でも探してるの?」
目を凝らして見ているとホットパンツにTシャツ姿の零に声をかけられた。
「まだ見えないよ、零も眠れないの?」
鷹人が訊くと零は首を横に振って、星空に見上げた。
「ううん、さっきまで寝てたわ……夢を見てたの……とても怖い夢だったわ」
鷹人は肯いて耳を傾ける。
「こんなにも楽しい夏休み、実は夢で起きたら……もう社会人になっていて、時間に追われながら朝ごはんも食べずに顔を洗ってお化粧してスーツ着て、どこかの会社に行ってる……その時すれ違った子たちが、無邪気な顔でキラキラ輝かせていた……私は振り向いて手を伸ばそうとした時にはもう……遠くへ行ってた。目が覚めた時、あの事件で死んだ人たちの気持ち……少しわかった気がする」
「そう、喜代彦も中野さんも……いや、あの事件で死んだ人たち……本当は死にたくなかったんだと思う……」
「うん、今なら言えるよ。あの日、手首を切った私は助けて欲しかったって」
助けて欲しいなら素直に言えばいいのに、と鷹人は目を伏せるが同時にそれが一番難しい。でも結果的に助けられて今の零がいる。すると零は意を決した表情になった。
「ねぇ、帰ったらさぁ家出しようと思ってるの……高校卒業まで美由の家で暮らそうと思ってるんだけどいい?」
零の言葉に鷹人はポカンと口を開けたが、答えは決まっていた。
「ああ、美由も和泉さんもきっと歓迎してくれるよ。一緒に暮らそう!」
そして鷹人は零と見つめ合い、二人っきりの世界となった星空を背景にキスを交わした。




