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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第七話、その1

 第七話、最後の夏の色恋沙汰。


 鷹人は零の手を強引に引っ張って手すりを乗り越える、下は真っ暗な白川で地獄が口を開けて待っているようにも見えた。

「零、こっちだ!」

「えっ!? 桐谷君、そこは――うああああああっ!」

 零の悲鳴に構わず飛び降り、冷たい川の水に全身を飲み込まれるが手を離さない。右も左も上も下もわからなくなるが、慌てず浮上して息を思いっ切り吸うと、生きてるという実感が沸く。

 零も水面から顔を出して鷹人が安堵すると同時に、案の定罵られた。

「桐谷君の馬鹿!! 殺すつもり!? ってかこれじゃ自決か無理心中よ!! 先生に追い詰められたからって川に飛び込む馬鹿がどこにいるのよ!!」

「あははははははっこれで逃げ切れるさ、さあ……美由のマンションまで帰ろう。追っ手が来る前にね!」

 鷹人は腕を零の腰に回して手繰り寄せた。

「やっ! ちょっと桐谷君……そんなに寄せなくても」

「僕とくっつくのがそんなに嫌?」

「そ、そうじゃないけど……そんなにキザだなんて聞いてないよ…」

 零は川の水が沸騰しそうなほど顔を赤くしてモジモジしている。

「モジモジしてる」

「う、うるさい!」

「いつかのお返し」

 今まで奥手な自分をおちょくったりしたお返しとして、頬をぷにっと指で突いた。攻められるのは弱いと知ってるのは俺と、幼馴染の三上君ぐらいなのかもしれない。

 鷹人と零は白川の流れに乗って本山一丁目の河川敷で上がると、全身びしょびしょで服の裾からボタボタと水滴が零れ落ち、特にジーンズは水を吸って重く感じていた。

「あーあ、せっかく買ったのにビショビショよ」

 零も白いサマードレスの裾をギュッと絞りながら言う。鷹人も全身の服が張り付いて早く帰ってシャワー浴びたいと思いながら零を見るとその時車が通り、ヘッドライトが一瞬だけ水に濡れた零の姿が鮮明になる。

 それで鷹人はアッとした、零の黒い髪は張り付いてワンピースは薄い生地だったのか、肌がくっきりと浮かんで白いパンツと、豊満な乳房を包むブラジャーがくっきり透けて見えてしまった。

 それで鷹人はすぐに視線を逸らしたが逆に気付かれてしまい、零は裏返ったような声になり、両腕で胸を隠す。

「やだ! 丸見えじゃない! どうしよう……」

 鷹人は前開きの水色の上着を脱ぎ、二・三回振って零の肩から包むように羽織った。

「はい……これなら少なくとも上は隠せる」

「ありがとう……鷹人君」

 恥らう零に名前で呼ばれ、一瞬「えっ?」となった。

「私を下の名前で呼んだお返しよ!」

「うん……ひとまず帰ろうか」

 鷹人は視線を逸らして美由のマンションに目を向けた。

 ずぶ濡れのまま歩いてると時折すれ違う通行人にジロジロ見られることもあり、つくづく夜でよかった。マンションに到着すると鍵は開いていた。

 あれ? 開いてる? 鍵閉め忘れた? 零と顔を合わせると首を傾げた。慎重に開けると部屋の中は暗く電気も点いていない、閉め忘れかと廊下の電気を点けて靴を脱いで上がってリビングに入って電気を点けた。

「あらおかえり。どうしたの二人とも、川にでも落ちたの?」

 リビングの電気を点けるとテーブルの席に和泉が座っていた。さっきまで泣いてたのかチャーミングな目は赤く、テーブルにはハンカチと翔お兄さんが愛用していたティーポットとティーカップが置かれていた。

 零は呆然とした表情になっている。

「お姉……ちゃん、いつの間に帰ってたの?」

「うん、一人で町を歩いたらナンパされてね……翔さんだったら、間違いなくついていくけど、そんな人じゃなかったし……あの人はもういないから」

 和泉は窓の外、遠い夏の夜空の向こうを見据えてるようだ。鷹人にはその横顔がとても悲しみと寂しさを押し隠してるように見える、もういない人を思い続けるのはある意味忘れるより辛いはずだ。

 だから鷹人は現実を突きつける。

「翔お兄さん、もういないんですよ? 忘れようとは思わないんですか?」

「……あたしには忘れることの方が辛いわ、例え地獄の底の……更にその下に墜ちることになってもね」

 和泉は今にも消えてしまいそうな儚くて悲しい笑みを浮かべる。まるで死を受け入れる準備はできてるとでも言いたげだった。

「お姉ちゃん……やっぱり今でも――」

 零が何かを言おうとしたが和泉は二人を力一杯抱き締め、儚いがしっかりした声で囁いた。

「いい? あなたたち、たった一度しかない今を精一杯楽しみなさい……あたしたちのようになったり、先に死んだら駄目よ……エーデルワイス団は誰一人欠けちゃ駄目、みんな揃って初めてエーデルワイス団なんだから」

 鷹人は和泉の温もりを感じながら言った。

「和泉さんも、もう立派なエーデルワイス団の仲間ですよ」

「えっ? そう? あたしが……エーデルワイス団の仲間?」

 和泉は意表を突かれたような顔をしてるに違いない、鷹人の言葉に零も肯く。

「そうよ、最初言ったの覚えてる? 帰ってきた日に、あたしもできる限りサポートするって……野球の時は一緒に応援して、負けた時は一緒に泣いてくれた……だからこれからも一緒に最後の夏休みを過ごそう、お姉ちゃん」

「ありがとう……零、鷹人君とのデート楽しかった?」

 和泉の声は震えているようにも聞こえる、零は少し照れ臭そうな口調になる。

「も、勿論……お姉ちゃん、私ね……鷹人君に告白、いいえプロポーズされちゃった」

「あらあら鷹人君、まさか世界の終わりを生き残って一緒になろうって? 鷹人君大胆ねぇ……翔さんの影響かしら?」

 和泉はニカッと笑みを浮かべて鷹人を見る、ああやっぱり姉妹なんだなと思いつつ告白した時の言葉が恥ずかしくて和泉の腕の中に顔を埋めてしまう。

「それで、零の返事は?」

 和泉の言葉で鷹人はドキッとする。さっきは勢いに任せて自分の気持ちをぶつけ、先生から逃れるためとは言え川に飛び込んでビショビショにしてしまった。

「ひ・み・つ! ここでは言わない!」

 零は意地悪っぽく言うと、ドアの開く音がした。

「ただいま!」

 妙子の声がすると、和泉は玄関へと歩く。

「おかえりみんな、お祭りは楽しかった?」

 玄関で楽しそうに話すみんなの声が聞こえると、鷹人は口元が緩んで零を見つめると彼女はいきなり耳元まで顔を寄せて囁いた。

「ありがとう、今日は楽しかったわ……明日の海水浴、楽しみね」

「うん……それで」

「大丈夫、鷹人君が期待してる通りだから……楽しみにしててね」

 頬に柔らかい感触が触れる、それが零の唇だと気付くのに〇コンマ数秒だったがそれが一〇秒近く、長く感じた。


 その夜、明日の海水浴のため今日はみんなで泊まることになった。鷹人が使っている部屋には一輝が泊まり、報告するには丁度よかった。

「なぁ三上君……今日は楽しかった?」

「ああ勿論だ、あいつらと踊って打ち上げに行って早めに切り上げたがな」

 一輝はそう言いながら敷いた布団の中に入ると、鷹人もスマートフォンでアラームをセットする。

「よかった……実は零に……告白しちゃった」

「そうか、返事はどうだった?」

「返事を聞く前にキスしようとしたんだけど……途中で邪魔が入って逃げようと川に飛び降りた」

「川に!? はははははっ……お前いい意味で馬鹿だな」

「これしか選択肢がなかったんだ、玲子先生が追いかけてきたんだよ!」

 おかげで寝る前に見たニュースで水道町交差点にて二〇台以上を巻き込む事故が発生、幸い死者や重傷者は出なかったが軽傷者が多く出たらしい。玲子先生が心配だがあの人のことだから大丈夫だろう。

 それよりも、今夜は眠れそうにない……好きな女の子に頬にキスされただけで悶々とする、抱き枕か厚手の掛け布団とかギューッと抱き締めるのが欲しい。

 いや、それ以上に零を壊れちゃうくらい抱き締めたい。



 一方、零は妙子に半ば無理矢理美由の部屋に招かれる。

「ねぇ零ちゃん、今夜は一緒に寝ようよ」

「妙子、今夜はもう寝た方がいいわ明日は五時起きよ」

「布団の中で話そうよ!」

 美由の部屋の床には既に布団が二組敷かれていて「あたしここね!」と妙子は端の方に寝転がって、退路を断つ。

「はいはい、じゃあお休み」

 零は布団の中に入ると美由はリモコンのボタンを押して電子音が鳴ると、常夜灯に切り替わる。

「あれ? 美由って常夜灯点けて寝る方?」

「ご……ごめん、零ちゃん」

 美由は申し訳なさそうな表情になると、まさかと体を反対方向に回すと妙子がニヤニヤしながら訊いてきた。

「ねぇ、桐谷君とどうだった? 今日のデート」

「た……楽しかったわよ」

「ねぇねぇねぇねぇっ! どこまで行ったの?」

 妙子は瞳を輝かせながら問い詰める、これが訊きたかったに違いないと零は口元が引き攣るがまだ返事もしてない。だから零は頬をぷくっと膨らませてズバッと言った。

「教えない!」

「ええ、意地悪!」

 妙子は不満タラタラで布団を被ると、美由も諦めたようで常夜灯を消した。

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