第六話、その4
零に手を引っ張られ、行き着いた場所は鶴屋デパート裏にある小泉八雲熊本旧居の横にある公園だった。
そこのベンチに座って休む。
「桐谷君、もしかして……あの日のことを思い出した?」
鷹人は肯いて俯き、ゆっくりと話し始めた。
「……鮮明にね、あの日……あそこでも自殺者が出たんだ、その人は僕の目の前で死んだ……学校に向かう時に……後は知ってる通り喜代彦と中野さんが僕の目の前で死んだ……もしあの時、助けることができたら、一緒にエーデルワイス団にいたのかもしれない。そしたら一緒に野球の応援に行ったり、こうしてお祭りに行ったり、海で遊んだり、東京に行ったりできたのかもしれない……こんなことならあの時――」
「それ以上言わないで!」
自分も死んでおけばよかった。
そう言おうとした時、零は強い口調で制止した。鷹人が顔を上げると、零はジッと強く鷹人を見つめていた。
「あの時自分も死ねばよかったなんて言わないで! 桐谷君がいなかったら今頃エーデルワイス団なんてなかったわ、一輝君と仲直りできなかったし……野球の応援にも行けなかった……それに、桐谷君が苦しんでるのみんな知ってるわ……山森君や中野さんを助けられなかったけど……私を救ったのは他の誰でもない桐谷君なのよ! もし、見つかるのが遅かったら私は確実に死んでいたわ、手首の傷がその印よ!」
零は手首の傷を見せる、鷹人は呟いた。
「僕が……助けた印?」
「そうよ桐谷君……自分を責めないで、あの時、私を助けてくれて……ありがとう」
温かい言葉だった。
鷹人は心の中に重く圧し掛かっていたものが、いや、あの日から心を締め付けてる重く、錆びついた鎖がボロボロと崩れ落ちて軽くなったような気がして、同時に今まで抑えていたものが込み上げ、それが温かい涙となって頬を伝い、それはやがて滂沱の涙となってすすり泣く。
「もう……男の子でしょ? ほら泣かないの、桐谷君泣き虫ね」
「空野さんだって……応援の時、泣いてたじゃない」
「もらい泣きよ、失礼ね……でも、泣いたっていいわよ」
零は恥ずかしげに微笑みながらハンカチで顔を拭く、鷹人は零を好きになってよかったと微笑む。
自然と零の手を握ると、肩を寄せ合った。
温かい。
翔お兄さんが死ぬ直前はとても手が冷たかったのを覚えてる、自分が助けた好きな女の子はこんなにも温かく、思わず身を委ねてしまいそうだ。
すると零は掌を鷹人の胸板につける、鷹人はたちまち赤くなって胸がドキドキすると零は耳元で甘美に囁く。
「ほら、生きてるからこんなにドキドキしてる……わかってるわよ桐谷君の気持ち」
「そ、空野さん……俺」
「本気になると僕じゃなくて俺になるんだよね、ねぇ私もドキドキしてるわ」
「えっ!?」
「なんならお返しに……私と……」
「ええっ!?」
「冗談よ、桐谷君、今エッチなこと想像したでしょう?」
ニカッといたずらっぽい笑みをうかべておちょくる零、それでホッと胸を撫で下すがでも……残念。ならばじゃあお返しだ! 鷹人は勢いに任せて腕を零の背中に回して抱き寄せ、お互いの唇が触れるくらいにまで顔を近づけて、零は困惑して頬を赤らめ、視線を逸らす。
「ちょっ……桐谷君?」
「俺をここまで本気にさせた零が悪いんだ……覚悟してね」
鷹人はまるでこれから敵に止めを刺すような口調になると、さっきとは一転して零の口調がぎこちなくなる。
「き、桐谷君反則だよ……ズカズカと攻めるなんて聞いてないよ」
「俺はもう止まらない、いや誰にも止められない。俺の気持ち言うよ!」
「う、うん」
不思議と言うべきことは決まっていた。さっきまで好きな女の子に胸板を触られただけでドキドキしたのに、今度はそれ以上のことを自分からやってると。最悪、駄目でも唇を奪って一矢報いてやる!
「俺はずっと前から君のことが好きだ。俺は……君と最後の時を一緒に過ごしたい! 最後の時を一緒に――いや、もし世界が終わって一緒に生き残ったら、二人で新しい世界を作ろう。滅亡の後にも、命は生まれてくるんだ!」
沈黙が流れる。
どうなったっていい、最後の夏休みを好きな女の子のために尽くしたい。それが零をエーデルワイス団に誘い、鷹人がエーデルワイス団に入った目的だ。
「桐谷君、それ……告白じゃなくてプロポーズよ。でも……知ってた、桐谷君が私のこと好きだって……みんな知ってたわ」
「みんな? だから三上君も」
「一輝君どころか美由や妙子、もしかしたらお姉ちゃんもね……桐谷君自分の気持ちを隠すのが下手でしょ?」
零は照れ隠すようにニカッと笑う、恥ずかしいと思いながらも自分に向けた眩しい笑顔が可愛くて頬を赤くしながらも、自然と口元が緩んだ。
「うん、そうみたい」
「考えてることバレバレよ」
それでおでこをコツンとさせた。
鷹人はもう心臓がいつオーバーヒートしてもおかしくない、体中の血液という血液が高温になって熱い、まるで全身が沸騰してるみたいだ。
でも、今はそのドキドキがとても心地良い、そしてお互いの唇が触れようとする。
鷹人が目を瞑った瞬間。
「こらぁ! 桐谷鷹人! 不純異性交遊どころかマジでこの子を妊娠させるつもり!?」
怒鳴り声が耳に入った瞬間、頭が急速に冷却されて冷静になり、立ち上がって声のした方向に向いたら、よりにもよって玲子先生だった。
青春真っ只中の高校生が愛の告白してる姿に嫉妬してるのか、怒り心頭だ。捕まったらただじゃ済まない、だが捕まるつもりはない!
鷹人はアイコンタクトで立ち上がるように促すと、理解したのか肯いた。
「さあ零……逃げるぞ!」
全速力で零と並んで全力疾走、鶴屋パーキング方面に向かって走ると当然玲子先生も追跡を開始する。
「コラァ待ちなさい!」
交差点を曲がって電車通りに向かうと、人混みに突っ込む直前に手を握り合う。
「絶対に手を離すな!」
「うん!」
零も肯いて人混みを掻き分けながら国道3号線と交わる横断歩道が赤になる直前、信号が点滅する間に突っ切った。
「逃げ切れた!」
零は息を切らしながら、振り向くと鷹人は首を横に振る。
「いや、あの玲子先生だ。簡単に逃がすわけがない」
振り向くと、信号は赤だから零は捕まえられるはずがないと確信してるだろう。次の瞬間、玲子先生は躊躇わずに車が時速五〇キロ近くまで走る幹線道路にダッシュ! おい赤だ、轢かれてミンチになるぞ!
「う……嘘だろ……」
鷹人は顔面蒼白にして思わず呟いた。三車線の幹線道路で車をギリギリでかわし、やり過ごし、突っ切る。驚いた運転手たちは急ブレーキをかけたり、ハンドルを切ってかわすが反対車線の車に激突したり、後続車に追突されたり、歩道に突っ込んで標識にぶっかる車もいて現場はたちまち大惨事となった。
「さぁ……大人しく捕まりなさい」
鷹人は玲子先生が嫉妬と憤怒のオーラを放ち、目は未来から来た殺人ロボットか強化人間のように青く発光させてるようにも見えた。
「逃げるわよ!」
零は絶叫しながら走り出すと鷹人も九品寺方面に向かって走る、橋に入った所で向こうから誰かが走ってくる、体育の大神先生だった。
「よぉ空野、お前気合の入った格好してるな! 君は……三組の桐谷じゃないか」
しまった! 追い詰められたと鷹人は後ろを向くと玲子先生が追いついてきた、坂道を上りきったのにも関わらず息を切らしてる様子はない。
「逃がさないわよ、たっぷり指導してあげるから覚悟しなさい!」
玲子先生は獲物を追い詰め、勝利を確信したと言わんばかりにジリジリと歩み寄ってくる、鷹人と零は橋の真ん中に追い詰められた。
「どうしよう桐谷君?」
零はどうしようかとわなわなと震えている、鷹人は頭に選択肢を浮かべた。
・素直に投降して捕まる。
・どちらかを倒して突破する。
・道路に飛び出す。
・川に飛び降りる。
駄目だ、どれもリスクが大きすぎる! だが迷ってる間に選択肢が減っていく、迷ってる暇はないと鷹人は選択した。
エーデルワイス団の最初で最後の夏を誰にも渡さないために!




