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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第六話、その3

 下通に来ると昔懐かしいコルク銃の射的屋があり、妙子は試してみたが四発全弾外れてしまい残念賞のチロルチョコを貰うことになった。

「あ~あ、全弾外れちゃった」

「次はあたしね、任せて!」

 今度は敵討ちと言わんばかりに美由も挑戦してコルク銃を構える。

 一発目、外れ。二発目、外れ。三発目、外れ。四発目、着弾するが倒れず。美由も残念賞のチロルチョコを貰う。

「よし、今度は僕だ!」

 鷹人は自信に満ちた表情でコルク銃を本物のライフルのように構えた……見事に全弾外れ、仇討ちを零に託した。

「今度は私ね」

 零がコルク銃を貰うと、鷹人は零の背中に回ってアシストする。

「頭はなるべく垂直に立て右手の脇をしっかり締める、肘が開いてると安定しないからね。ストックの頬付けはしっかりと、バットプレートは肩の前面に当てる。左肘も開きすぎないように、ハンドガードはしっかり握って」

「う……うん」

 鷹人の言う通りに零は実銃のようにコルク銃を構え、発砲! するが明後日の方向に飛び、外れるが鷹人はしっかり弾道を読んでいた。

「左に二センチ」

 再装填して発砲! 外れ。

「右斜め上、三センチ」

 三発目を装填して発砲、やっぱり外れ。

「上に一センチ」

 最後の一発、外れ。

「惜しい、左斜め上を掠った」

「あーあ、外れちゃった。せっかく桐谷君がアシストしてくれたのに」

 零は微笑みながら姉に渡す、鷹人も少し嬉しそうな顔をしていて妙子も思わずニヤける。早く告白しちゃって押し倒しちゃえよ。

「次はあたしね」

 交代して和泉は大胆にも浴衣の袖を捲り上げ、左腕を露出させてピンと伸ばし、ハンドガードと銃身を握って構え、両足を広げて腰を落とし、前傾になって零は苦笑しながら訊いた。

「お姉ちゃん何その変な撃ち方?」

「コスタ撃ちよ」

 この一年間なにやってたんですか? 妙子は顔を引き攣らせると和泉はコルク銃を発砲するが……全弾外れだった。

 これで全員外れで残念賞のチョコを貰うと射的屋を後にして歩く。

「やっぱり実銃とコルク銃一緒にしちゃ駄目だね」

「和泉さん、実銃撃ったことあるんですか?」

 苦笑する和泉に妙子は興味あり気に訊く。

「うん、アラスカのPMCでね。特にバレットの五〇口径は凄かったわ、特に立射した時は気持ちよくて、それで連射したらイッちゃいそうだったわよ!」

「立射できるだけでも凄いですよあんなクソ重い銃」

 鷹人は両腕を逆への字にして引き攣ったような顔になった。

 それから少しの間、沈黙が流れる。きっと最後の時をどう過ごすのか考えてるに違いない、すっかり日も沈んで辺りも暗くなり、市電の走る大通りではサンバおてもやんの曲が流れている。

 和泉は何か悲しい決意をした表情で言った。

「ねぇ……あたしこれから一人でいたいけど、いいかな?」

「いいですよ、もしかして翔お兄ちゃんのこと思い出したんですか?」

 妙子が「えっ」と言う前に美由は朗らかな笑顔で肯いて訊くと、和泉も満面の笑みを浮かべた。

「そうよ、翔さんとデートしたの一年前のこのお祭りだったの……その時翔さん、彩さんの思い出話も聞かせてくれたわ」

 そうだ、一年前のこの頃に翔さんは容態が急変して亡くなったんだと妙子は思い出す。すると鷹人も意を決したかのように言い放った。

「それじゃあ、僕は空野さんと一緒にデートする約束をしてたんだ……ここらで別行動に入るね」

「うん、気をつけてね。零ちゃん……鷹お兄ちゃんのことお願いね!」

 美由は精一杯の笑顔で従兄を託すと零は肯いた。

「任せて、桐谷君はそんなにヤワじゃないから大丈夫」

 零はウィンクして親指を立てる、そういえば今日はリストバンドをしてなくて左手首の傷が露になっている。

「それじゃあ……またあとでね、行こう空野さん」

「うん、行こうか」

 鷹人は頬を赤くし零も照れ隠しのつもりなのか笑顔で肯くと、雑踏の中へと消えていき和泉も笑顔で二人を見送る。

「あたしも行くね、二人ともあんまり遅くなっちゃ駄目だよ」

 和泉も次の瞬間には消えてしまいそうな儚い笑顔で、零と鷹人とは逆の方向へと歩み去りやがて消えて行った。

「さて美由ちゃん、あたしたちも一緒に回ろうか?」

「うん、そうだね……あたしたちも、うっ! ぐすっ……」

 満面の笑みだった美由の顔がそれまで抑え込んでいたものが一気に崩れるかのようにくしゃくしゃになり、目からボロボロと涙が溢れ出した。もしかしすると今まで泣くのを堪えていたのかもしれない、妙子は動揺を隠せなかった。

「美由ちゃん! 大丈夫!?」

「妙ちゃん……三上君や和泉さん、零ちゃんと鷹お兄ちゃん死んじゃったら、あたしどうしよう?」

「えっ?」

「和泉さん……夏の終わり死ぬつもりよ」

「どういうこと?」

 妙子はまるで意味がわからない、和泉さんが夏の終わりに死ぬ? 確かにあの黒い浴衣にキスツスの花はなんとなく死を連想させる喪服のようだった。

「和泉さんが選んだ浴衣……キスツスの花柄だったよね?」

「キスツス? まさか!」

「うん……うっ、キスツスの花言葉は……私は……明日死ぬ……和泉さん、近いうちに死ぬつもりよ」

 妙子は言葉が出なかった。和泉さんはこの夏の終わり、つまり世界の終わりで翔さんの後を追うつもりだったんだと、でも妙子はそれ以上にすすり泣く親友をなんとかして安心させてあげたかった。

 だから小さな体で妙子は美由を抱き寄せ、力の限り抱き締めた。

「美由ちゃんを一人になんかしない! あたしが美由ちゃんの傍にいるわ、最期の瞬間までね! 和泉さんも明日死ぬようなことはしないわ!」

「妙ちゃん?」

「あたしは和泉さんのこと信じてるわ! 九月に死ぬからと言って明日死んで良い訳ないって、だからエーデルワイス団ができたんだと思うの!」

 妙子はポケットからハンカチを取り出し、美由の赤く、腫れぼったくなった顔を拭く。

「だから美由ちゃん……今日しかない今日を精一杯楽しもう、この時は今しかないんだから」

 妙子は美由のおでこにコツンと当てると、美由は頬を赤らめながら肯いた。

「うん……ありがとう妙ちゃん……もう少しこのままでいていい?」

「美由ちゃんの甘えん坊さん」

 妙子は微笑んで身を委ねる美由の頭を優しく撫でた。


 鷹人の心臓はこれまでにないほどドキドキしていた、二人だけになった途端に言葉が思い浮かばず何を話していいかわからなかった。

 どうしよう? ドキドキし過ぎて夕食を食べるのも忘れそう――そうだ!

「空野さん、お腹空いてない? 僕が奢るよ」

「あら、太っ腹ね。それじゃあ……ちょっと恥ずかしいけど、付き合ってくれる? 行きたいお店があるの」

 零はモジモジと恥ずかしそうに、躊躇いがちに言う。快活な人柄の零が恥ずかしがるような可愛らしくて鷹人は恐る恐る訊いた。

「ど、どこのお店? 何が食べたいの?」

「……み、みんなには内緒にしててね」

 零は恥ずかしげに上目遣いで言うと、鷹人はドキドキしながら肯いた。

「う、うん」

 その店は下通にあるステーキ屋で、鉄板に加熱されたステーキ肉をナイフで適度な大きさに切ってそれを口に入れた。

「うっめええええっ!! たまにはがっつくようにして食うのもいいな!!」

「でしょう? はむっ、あふっあふっ!!」

 零は少し大きく切った牛肉を豪快に頬張り、溢れた肉汁が熱かったのか水を飲む。やがて飲み込んで一息吐くと、幸せそうな表情がとても愛らしかった。

「ああ美味しい、どうここ?」

「うん、たまには豪快にがっついて食べるのも美味い!!」

 あっという間に食べ尽くしてしまい、鷹人もお冷を一気に飲んで胃に流し込んだ。

「みんなに教えるのはいいけど……ここで私が食べたことは内緒にしててね」

「うん、僕が三〇〇グラム食べたのに対して空野さんは五〇〇グラム、一ポンド以上あっという間に平らげたことをね」

「やめてぇ言わないでぇ!」

 零は真っ赤にした顔を両手で隠す。まさか自分の好きな女の子が、あんな豪快にステーキ肉をあっという間に全部食べ尽くしてしまうのは驚きだったが、あんなに幸せそうに食べる顔はとても可愛らしくて見てるこっちまで幸せになりそうだった。

 一気に五〇〇〇円近く消費してしまったが、お店を出た零はこれ以上にないほどの満足感でお腹を妊婦さんのように優しく手でさする。

 ああ、本当に僕が零を妊婦さんにしちゃおうかな、いやもうしちゃいたい!

「あんなに食べたから私お腹大きくなって、太っちゃうかも?」

 じゃあ僕がお腹を大きくしようか? と下心を抱きながら言う。

「食べた後は適度に運動すればいいさ、なんならさ……帰りは市電じゃなくて歩きで行こうか?」

「ええ、呉服町まで歩くの?」

「それじゃあ今日食べたカロリーを消費しないと、お腹に貯蔵することになるよ」

「あははははは! 桐谷君の馬鹿!」

 零に笑いながら思いっ切り背中をぶっ叩かれた、痛い。

「痛いじゃないか!」

「もうデリカシーないんだから、お返しよ!」

「ごめんごめん、さて……そろそろ人だかりが多くなってくるね」

 下通アーケードから通町筋に近づくにつれ、どんどん人口密度が多くなっていくこの先人混みの中に揉まれるのは確実だ、鷹人は改まった口調になる。

「空野さん、手を……繋ごうか?」

「うん……離さないでね」

 零は少し、照れ臭そうにしながら肯くと鷹人は零の手を握ると、白くすべすべした柔らかい手が鷹人の手を繋いでしばしの間沈黙する。

 通町筋ではスピーカーからサンバおてもやんの曲が大音量で流れ、通りにはいろんな団体や企業から参加した人たちが浴衣や法被を着て、メロディに合わせて踊っている。

 踊ってる人たちは明らかに年配の人たちが多く、若い人は少なくて全体的な人数は例年より少ない、零もそれに気付いてた。

「なんか……明らかに少ないね」

「うん、これもあの噂の影響だと思う」

 歩きながら鷹人は周囲を見回す、鷹人たちと同年代や下の世代の子たちは祭りを楽しんで、みんな表情が明るい。一方、年配や年寄りの人たちは表情は悲しげで、不機嫌そうな顔をしている。

「ねぇねぇ、涼君! 今度は市役所前に行こう、睦美もそこにいるって」

「大地と美紀が踊ってるところだよね? 人が多いからはぐれないように気をつけてね葵」

 ふと年上のカップルとすれ違って鷹人は立ち止まった。

 もし、喜代彦や中野さんが生きてたら一緒に……エーデルワイス団に入ってたのかもしれない。そしたらみんなで野球の応援行ってたり、今日の祭りとかで喜代彦と三上君に盛大に冷やかされたり、中野さんなら応援してくれたのかもしれない。

 鷹人の心拍数が上がり、全身から冷汗が滲み出て全身が震え始める。そうだ……この通りも大量自殺事件の現場になったんだ。

「桐谷君?」

 零が鷹人の顔を覗き込む。

 安否確認で市内をバイクで走り回り、ここの通町筋停留場で信号待ちをしていた時だった。スーツ姿のサラリーマンが進入してくる路面電車の前に飛び出して轢かれた。

「桐谷君大丈夫!? 顔色悪いよ!!」

 減速していたとはいえ二〇トン以上もある超低床電車に轢き潰され、遺体の一部が鷹人の前の路面に転がった。

 あの時は夢中で町中を走り回り、死んだ人の顔を見たがすぐに忘れた。

 今なら言える、死んだあのサラリーマンはクリスマス前日に家電量販店ですれ違った人だった。

 お腹が痛い、吐き気が込み上げてくると、呼吸も荒くなって肩が上下する。

「桐谷君!! 私を見て!」

 零に両頬を手で押さえられ、彼女の瞳が真っ直ぐ鷹人の瞳を眼差しで貫く。

「大丈夫……私がいるから、なんでも話して! きっと楽になるから……とりあえずここを離れよう、裏に公園があるからそこで休もう!」

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