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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第六話、その2

 それから数日間、一向はエーデルワイス団のネットワークを使って情報収集し、男子女子と二手に別れて制服で外出、偵察兼下見をしながら回ってると案の定、細高や他の学校の先生、ボランティア、警察の人に声をかけられて日が暮れたら帰るようにと口を酸っぱくして言われた。

 偵察の成果としては次の通りだった。


・私服の生徒らしき同年代の人たちも構わず声をかけられ、一五分以上足止めされる人も多くいた。というか自分たちも止められた。

・先生や補導員の人たちは腕章のような物を着けておらず、普通の格好で帽子や眼鏡で目立たないようにしている。

・目をつけられるとジロジロ見られ、逸らしたり避けようとすると声をかけられ、逃げると周囲の仲間を呼び、狼のように複数方向から襲ってくる。

・捕まったら一時間以上、長いと夕方まで身柄を拘束される(大袈裟だが)

・危険範囲は熊本市繁華街全域、多い時間帯は一七時~二一時でピーク時は日没後だという。


 火の国祭り一日目も外出兼偵察しながら屋台を楽しんだあと、美由の家で集めた情報を纏め、テーブルに補導や先生の目撃情報を時間帯ごとに色分けしたシールでびっしりと貼られた熊本市繁華街の地図が広げられる。

 リーダーの妙子は「うぇー」と舌を出しながら目を背けたくなった。ここまでする普通? テレビでは熱心な補導と言ってるけど、どう見てもエーデルワイス団の嫉妬から来る粘着質で陰湿な嫌がらせよ。

「何よこれ……まるで蜘蛛の巣よ」

「今日桐谷と偵察してきたが……大神に出くわしちまった……明日が火の国まつり最終日で……おてもやん総踊り楽しみになのによ」

 一輝はげっそりした顔をしてると、美由は恐る恐る言った。

「三上君、もしかして……飛び入り参加しようとか考えてない?」

「当たり前じゃないか!! 本田たちの草野球チームと参加を計画してるんだ!!」

 一輝は胸を張って言うと妙子は思わず苦笑した、男ってやっぱり馬鹿? すると和泉もクスクスと笑う。

「いいんじゃない? この時は今しかないんだから」

「そういうお姉ちゃんはどうするの?」

 零は呆れたように言うと、和泉はどこか悲しく儚げな表情で微笑む。

「あたしは……一人で回るわ。去年この時期に翔さんとデートしたの、最初で最後だったから」

「ああ……そうでしたね」

 美由は何かを察し、満面の笑みを浮かべて肯いたがその笑顔の裏には微かに悲しさを感じており鷹人も察したのか、少し俯くと顔を上げた。

「それなら、僕と空野さん、井坂さんと美由の四人で回ろうか?」

「対策は考えてあるの?」

 妙子が真剣に訊くと鷹人は自信満ちた表情で肯いた。

「リスクは大きい、それでも……僕たちは最後の時間を自分たちのために過ごす……それがエーデルワイス団だ」

「クサイ台詞……かっこつけちゃって」

 妙子はニカッと無邪気な笑みを浮かべて鷹人をおちょくる、好きな女の子の前でいいところ見せようとしてるのが見え見えよ。鷹人は両手の平を出して制止する。

「いいから聞いてくれ、当日は――」

 鷹人は説明を始める、鷹人の案は確かにハイリスクだが楽しめそうな案だった。



 翌日八月七日夕方、熊本市辛島公園。


 鷹人はその日、実家から市電で向かい零たちと辛島公園で合流する予定だ。一輝は今日は別行動で本田たちとおてもやん総踊りに飛び入り参加するつもりで、今頃は熊本市民会館で練習してるらしい。

 できるだけ目立たず、街の風景に溶け込めるように青のジーンズに灰色のスニーカー、上は白シャツに前開きの水色の上着を着て頭には銃器メーカーのロゴキャップを被っていた。

 今日の服装は私服で、しかしできる限り目立たず普段の印象を変えるような服装で、エーデルワイス団専用SNS――バッカニアを通じて熊本市内にいる全エーデルワイス団に提案した。

 意見は様々だったが、どこまで効果があるかはわからない、結果は神のみぞ知る。

 周囲を警戒しながらスマホの時計を見ると合流時刻まであと一〇分だった。

「お待たせ! 桐谷君!」

 最初にやってきたのは妙子と美由だった、二人とも目立つ目立たないのではなく街の風景に溶け込むような服装でやってきた。勿論、顔や後姿から判別しにくいように工夫している。

 妙子は長い栗色の髪をアップスタイルで纏め、髪留めには可愛らしい黄色の菜の花の髪飾りで、普段の活発な印象を更に強くするような印象で可愛らしい。

 美由は髪が比較的短いので白いキャスケット帽を被って髪を隠し、普段はコンタクトをしてるが今日は黒縁の眼鏡をかけていた。なんだか臆病な猫みたいだと鷹人は口元を緩める。

 二人とも条件どおり私服は街の風景の溶け込み、尚且つ動きやすい服装という条件は満たしていた、美由は腕時計を見て時間を確認する。

「零ちゃんと和泉さんはまだかな? もうすぐなのに」

「みんなお待たせ、少し遅れちゃった」

 和泉は下駄の音を鳴らしながら普段のロングポニーテールを今日は丸くしていて、キスツスの花柄で黒い浴衣を着ている。控えめな大人の女性の魅力満載だが同時に喪服に通じる不吉な美しさを漂わせていた。

「ごめん桐谷君、ちょっと目立つかも? これ」

 零は申し訳なさそうに姿を見せると鷹人は思わず「おいおい……」と首を横に振りたくなり、頬を赤らめてぽかんと口を開けた。

 普段の二つ結びを解いて黒髪ロングとなり、真っ白なサマードレスを着て、よりにもよって走り辛いヘップサンダルを履いていた。

「ちょっとどころじゃないわよ、零ちゃん目立ち過ぎ……眩しすぎるわよ」

 妙子は苦笑するが、鷹人はそんなことはどうでもよくなるくらいだった。いざとなれば自分が手を引っ張って守ればいい。

「行こう、みんな最後の祭りを!」

 鷹人の言葉でみんな肯き、予定通りサンロード新市街へと向かった。



 市民会館で練習を終えると一輝は法被に着替え、刈りたての坊主頭に捻り鉢巻を巻いて足袋を履いてやる気満々だが、同時に緊張して地団駄を踏む。

「やっべぇ滅茶苦茶緊張する」

「大丈夫大丈夫、試合に行くわけじゃないんだからさ」

 本田は気さくは笑みを浮かべながら一輝の背中をポンポンと叩く、あの日以来本田たちは野球部を辞めて草野球チームを作ったが野球に限らずいろんなことをしてるという。

 この総踊り参加もその一つらしく、元野球部の奴らも参加していた。すると本田はいつものように遠慮なく訊いてきた。

「それでよ三上、お前いいのか? いつものメンバーと行かなくて?」

「ああ、それぞれで行動するってさ……上手くいくといいんだが」

「ほほう、まさか三上……今日は幼馴染の空野さんはデートか?」

「こういうときだけ無駄に勘がいいな本田、そうさ……桐谷の奴この前デートに誘って今日がその日さ」

 本田に嘘は通じないしついてはいけない。一輝は正直に言うと元野球部員たちの動きがピタリと止まり、殺意と嫉妬に満ちたオーラを放った。

「何!? それは聞き捨てならんぞ!」

 ピッチャーの浜田が一輝を睨みながら言うと、バッテリーを組んでる橋本は指を鳴らして訊く。

「なぁ三上、桐谷ってこの前の登校日で突然倒れたあの桐谷か?」

「ああ、あいつ……四月の事件で友達が目の前で飛び降りて死んだのを見ちまったんだ……その時のことを思い出したらしくて」

 一輝が躊躇いがちに言うとそれでみんな「えっ?」っと察した顔になる、あの二人が飛び降り自殺する瞬間も多くの野球部員たちがグラウンドから目撃していた。

「だから、あいつの心の傷を癒せるのは……零だけだと思うんだ!」

 少しの間重い沈黙が流れる。もうすぐ総踊りなのになんだこの重苦しい雰囲気は? 一輝の額から冷汗が滲み出ると、浜田は変に納得した表情になる。

「なるほど、空野はこれ以上にない適任者だな」

「まぁそうだよな、俺の知る限り優しくて、面倒見よくて可愛い、なによりあのおっきなおっぱいだしな!」

 橋本もうんうんと肯きながら言うと、本田も悔しそうに拳を握り締める。

「くぅううきっとあいつ、空野に抱き締められるんだぜ! 俺も負けたあの悔しさを、あのおっぱいで癒されたいぜ!」

 一輝は苦笑するしかなかった。まぁ甲子園出場できなかった悔しさと、友達を助けられなかった悔しさを比べてはいけないが……。

 時計を見るともうすぐ時間だ、一輝は本田に音頭を頼む。

「本田、そろそろだ。音頭を頼む」

「OK、よっしゃ! みんな、気合入れて行こうぜ!」

 本田は気合の入った笑みを浮かべて力強く音頭を取った。


「「「おおーっ!!」」」


 一輝は元野球部のメンバーたちと一緒に気合を入れて叫んだ。二度とない今日をかけがえのない日にするために。

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