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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第五話、その3


 約四ヶ月前、四月四日一六時三五分。


「ああ、わかった! 井坂さん、美由を頼む!」

 鷹人は屋上に通じる階段を駆け上がって息を切らしながら電話を切り、スマートフォンをポケットに入れた。

 今日は一体何が起きてるんだ? 鷹人は朝七時に起きた時からこの日本中の異変を悪夢、これは夢だと思いたかった。

 母親がNHK朝の連続テレビ小説を見ようとした時、突然緊急報道特別番組に切り替わった。朝の通勤ラッシュ帯で東京、大阪、京都、福岡、名古屋、仙台、札幌等の大都市の大きな駅で若者が線路に飛び込んだという、それもほぼ同時刻だった。

 この影響で大都市の鉄道交通網が一瞬で麻痺した。

 そのあと全国の観光名所や学校、高層ビルで人が飛び降りたと通報が殺到。あっという間に全国の電話回線がパンクして電話が繋がらなくなり、午後にはマシになったがそれでも繋がらず、鷹人は妙子に繋がったのが奇跡だと思った。

 鷹人は朝から友人の安否確認に走り回り、零の家を訪問して風呂場で手首を切ってた時は卒倒しそうになった。すぐに応急処置をして病院に搬送。美由、妙子の安否は確認できたがあと二人、中野香奈枝と山森喜代彦の安否がわからなかった。

 バイクで町中を走り回って家にも訪ねたがおらず、学校に来たら飛び降りようとしてる生徒がいると、部活中の生徒から聞いて屋上を見た。

 男子生徒と女子生徒が一人、鷹人はスマートフォンのカメラを起動してズームすると戦慄し、悪夢を見てる気分になった。

 ぼやけて見えないが喜代彦と香奈枝だった。

 すぐに止めようと屋上に続く駆け上がるが、そこで玲子先生と鉢合わせした。

「桐谷君? あなたまさか止めるつもり?」

「当たり前じゃないですか! 友達が死のうとしてるんですよ!」

 鷹人はこの時、落ち着かないといけないと思いながら動揺し、すぐに駆けつけてあげたかった。

「先生たちが説得するから、屋上に行くのはやめなさい!」

「できません!」

「待ちなさい桐谷君! あなたまで飛び降りるつもり!?」

 玲子先生の制止を振り切って階段を駆け上がり、屋上の扉を開けると眩い春の空と開放的な空間が広がっていたがそれを味わう時間はない。

 フェンスの向こうに喜代彦と香奈枝が立っていて、いつ飛び降りてもおかしくない状況だった。鷹人はフェンスをよじ登り、着地すると香奈枝が気付いた。

「あら桐谷じゃん、あんたも飛び降りるの?」

 中野香奈枝はショートカットで女子生徒にしては背が高く、勝気で男勝りだが明るく思いやりのある面倒見のいい優しい女の子だ。翔お兄さんが亡くなって美由をよく慰めてくれた、彼女のおかげで美由は元気を取り戻し、彼女に懐いていた。

「よぉ鷹人、まさか来るとは思わなかったよ」

 喜代彦も屈託のない笑顔で出迎える、これから死ぬ人間の顔には見えないほどに清々しい顔だ。

 鷹人とは中学時代の知人だったが、高校入学を機に同じクラスになって予想以上に気が合って仲良くなった、容姿端麗頭脳明晰で背の高いイケメンだ。

 鷹人は拳を握り締め、わなわなと震えながら言い放った。

「何やってるんだよ! 今日本中で何が起きてるのかわかってるのか!?」

「勿論わかってるよ、日本中でたくさん人が死んでるんでしょ?」

 香奈枝は清々しそうに肯くと、鷹人は理解できなかった。

「じゃあなんで二人とも死ぬつもりなんだ! 中野さん! 君が死んだら美由をどうするんだ! あんなに懐いてたじゃないか!」

「美由には妙子がいるしあたしがいなくても大丈夫よ、寂しいけど……もうすぐ世界が終わっちゃうからね」

「だからって今死ぬことないだろ! 俺はその日まで精一杯生きるつもりだ!」

 鷹人が叫ぶと、喜代彦はいつもと変わらない笑みを浮かべた。

「鷹人らしいな。でもさ、あの彗星騒ぎ以来どうなったと思う? 憶測やデマが飛び交って世間は何事もなかったかのように振る舞い……目を背けた」

「あの日からさ、親や先生たちは彗星騒ぎのことは忘れて将来を考えろ考えろって喧しく言い始めたわね……あたしたちが滅亡を潔く受け入れたの、薄々感じてたのかも?」

 香奈枝の言う通り、鷹人は最初の騒ぎで死にたくないと思った。

 だけどこのままの人生を考えると冷静になれた、高校卒業しても大学行くか就職するというテンプレート通りの人生を強いられる。だから鷹人は自衛隊に行って資金を貯めながら三~四年くらい勤めて世界を回るつもりだった。

 それは終わらなかった場合だが、鷹人は世界の終わりを受け入れたつもりでいた。

「俺だって世界の終わりを受け入れたさ! もう誰にも止められない、どんな邪魔が入ろうと俺は俺なりに世界の終わりまで生きたい!」

「それが鷹人の考えか、僕もそうだったよ……でも、現実はそうはいかなかない」

 喜代彦は失望したと言いたいばかりに首を横に振る、その微笑みは悲しげに満ちていて鷹人はいたたまれない気持ちになった。

「やめろ喜代彦……中野さんもこんなことしても変わらない……人類が滅亡してみんな死ぬからと言って今死んでいい理由なんてないよ!」

 鷹人は震えながら言うと香奈枝は微笑みながら言う。

「ねぇ、人類滅亡ってさ、する時点で最悪だけど一番最悪な滅亡の仕方ってなんだと思う? あたしとしては、将来を託す子どもたちがみーんな滅亡を受け入れちゃうことだと思うの、でも受け入れる側からした見たか! あんたたち大人の思い描いたちっぽけな未来は断ち切られ、世界はあんたたちの代で終わりだ! ってね」

「そうさ、僕たちは今しかない今を精一杯生きたかった……そして人類最後の最後の日に言ってこういってやりたかった……ざまあみろ! ってね」

 喜代彦は香奈枝と手を繋いでる、一緒に死ぬつもりだろう。鷹人は死ぬ気で叫んだ。

「やめろ! 二人みたいに最後の日まで自分の思うように過ごしたい人は必ずどこかにいる! 俺たちで仲間を探そう!」

「ありがとう、その気持ち凄く嬉しいわ」

 香奈枝の頬から涙が伝い、夕日に反射する。

 喜代彦も目に涙を浮かべていた。

「僕は今凄く幸せだよ、香奈枝や真島さんに井坂さん、空野さん……何より鷹人、君は人生で最高の親友だ! 本当に、ありがとう!」

 喜代彦は満面の笑みを浮かべ、背中から倒れる。ここは屋上だ、落ちたら即死は免れない! 鷹人は自分も落ちるつもりで手を伸ばして叫んだ。

「よせええええええっ!」


 鷹人の叫びは届かなかった、それが二人を見た最期の姿だった。

「桐谷君? 大丈夫」

「はい……今はなんとか」

 玲子先生に言われて鷹人は肯いた、気が付いたら全身から冷汗が流れてエアコンは控えめにしてるにも関わらず、効き過ぎてるようにも感じる。

「それじゃ、あとお知らせがあるんだけど……ここ最近あの噂を理由に必要以上にハメを外す人たちが増えているわ」

 玲子先生は真剣な表情に変わり、話し始める。

「この前別の学校でだけど、一二人の女子生徒がほぼ同時期に妊娠していたことが発覚したわ」

 教室内はざわめくが、鷹人の耳には入らず、喜代彦と香奈枝の最期の顔が頭から離れない。あの時、自分も一緒に飛び降りればよかったのかもしれない。

「他の学校でも夏休みに入ってから遊ぶ学生が増え、学習塾や夏期講習とかの受験勉強、就職活動やインターンシップとかの将来に向けた活動を放棄したり、何日も家出する人も出てるわ。社会人でも一斉に仕事を辞めちゃったりして問題になってるわ」

 それは当然の結果だ、鷹人は内心喜代彦と香奈枝を自殺に追いやった社会に対して呟いた。

「そこで先生たちは職員会議で他の学校や警察、ボランティアと協力して、今日から夏休みの終わりまで特別補導体勢に入るわ。これから一ヶ月間昼夜を問わず、市内であなたたちを見かけたら補導の対象になるから気をつけてね……聞いてると思うけど、今日から制服を着用して外出するように、私服でいるのが発覚したら……罰則があるから気をつけてね」

 玲子先生の言葉に、生徒たちは少しの間沈黙すると男子生徒が訊く。

「玲子先生、それって夏休み遊んじゃ駄目ってことですか?」

「当たり前です! 高校三年生でしょ? それに先生も東京に行って同級生に会いに行くとは言ったけど遊びに行くんじゃないの!」

 玲子先生は苦笑しながら言うと、クラスメイトたちはざわめく。


「同窓会? それとも一緒に婚活?」「っていうか制服の着用義務なんてありえないだろ!?」「そうだそうだ、俺たちを見つけやすくするためだろ!」「仕事の研修とかのついでじゃないの?」「先生東京で同級生に会ってどうするんですか? もしかして密かに遠距離恋愛してんですか?」


「はいはい、わかったわかったから……白状するから静かにして」

 玲子先生はパンパンと手を叩くと教室内が静まり返る、一体何を話すんだろうと鷹人はボーっとした顔で耳を傾ける。

「東京に行く目的は世間を騒がせてる集団……エーデルワイス団の調査よ、詳しくは言えないけど同級生と一緒に突きとめるつもりなの」

 それで鷹人ははっと顔を上げたが、すぐに今更突き止めたところで滅亡することには変わらないと顔を伏せる。

「もうすぐ火の国祭りだけど、夜遅くまで出歩くのはよくないことだから、みんなも注意してね……エーデルワイス団やあの噂を信じてる人のことを快く思わない人も大勢いて、中には行き過ぎた行動をする人たちもいるから」

 玲子先生は鷹人を注視しながら言った。

 ロングホームルームが終わると、真っ直ぐ帰る気にならず鷹人はある場所へ向かう。

 校舎の四階にある階段の踊り場、今では立ち入り禁止のテープが張り巡らされてそこへ続く扉も施錠されている。

 どれくらい長い時間立っていたのかわからないが、あの時のことで食欲も湧かずにいて空腹を感じることはなかった。

 踊り場に立ち、目蓋を閉じるとあの日の光景が鮮明に蘇って歩みが止まり、足がガタガタと震えて心拍数も急激に上がり、危険な数値に達しそうなのか全身から汗が噴き出て脳内には警報が喧しく鳴り響いてる。

「桐谷君?」

 零の声で我に返り、今の震えが嘘のように止まり心拍数も徐々に正常値に戻ろうとしているがあの光景が目に焼きついて離れない。

「空野さん?」

「大丈夫? 今凄く死にそうな顔をしてたよ……」

「うん、ごめん……今日はちょっと気分が悪い、みんなにそう伝えておいて」

 鷹人は逃げるようにその場を去る、零の視線を感じながら。

「待って!」

 左手首を掴まれ、振り向くと零はジッと真っ直ぐ射抜かれるような眼差しで、鷹人の目を見つめている。心も体も貫かれそうで何もかも見抜かれているようだった。

「桐谷君! 今の君、あの時の私みたいに死にそうよ!」

「別に病気じゃないし、怪我もしてない」

 鷹人は首を横に振ると、零は強気の口調で言い放つ。

「いいえ、病んでるのは体じゃない! 心よ! だから……みんなの所に行くわよ! そして何か食べよう!」

「あ……うん」

 乗る気じゃない鷹人は零に引っ張られる形で連れて行かれると、一階に降りた辺りで一輝と合流した瞬間、一輝は顔を真っ青にして歩み寄ってきた。

「大丈夫かよ鷹人! お前ゲロでも吐いたような顔してるぜ!」

「ああ、僕の顔そんなに酷い?」

「そうさ! まるで勝つ自信満々で試合に臨んだら、相手に全力でこてんぱんに負けたって顔だぜ」

 変な例えだが流石は元テニス部だ……鷹人は素直に零についていくことにする。

 駐輪場で自転車を取りに行き、校門で美由と妙子と合流すると生ける屍のように蒼白な鷹人の顔に、驚きと心配の表情となった。

「うわっ! 桐谷君どうしたのその顔! まるでゾンビみたいよ!」

「だ、大丈夫鷹お兄ちゃん……なんか、悪い病気にでもなったの!?」

 妙子はオーバーリアクションで、美由は戦慄したような表情で見つめる。

「ごめん、大丈夫……僕は大丈夫だ」

 鷹人は全身から冷汗を流して深呼吸する、蒸し暑い夏の空気を肺に行き渡らせてふと思う、喜代彦たちはもうこの空気を吸うことは永遠にない。

 その事実が頭を過ぎり拳を握り潰さんばかりに握り締め、胸がギリギリと痛み、歯を食い縛った口から血が滴り落ちる。

 一輝が真っ先に異変に気付いた。

「おい桐谷! 今日のお前なんか変だぞ!」

「今日の桐谷君なんだか顔色悪いよ……帰って休んだ方がいいわ」

 零も鷹人の肩を掴んで顔色を伺う、鷹人の顔からは脂汗が噴出して出てくる言葉もまともではなかった。

「僕は……俺は……助けられなかった……空野さんも」

 鷹人は混濁し、焦点の合わない目で零を見ると零は首を振る。

「大丈夫よ! 私は生きてるわ! ほら、この傷も桐谷君が――」

 零はリストバンドを外し、左手首の切り傷を見せる。

 あの日、零の家に駆け込み異変に気付かない両親を諭して零の姿を探すとすぐに見つかった。

 あの日、零は浴室で左手首の動脈を深く切り裂いてバスタブは真っ赤に染まり、零の顔は不気味なほど白くなっていたことを。

 もしあの時、遅れていたら? もしあの時、既に死んでいたら? もしあの時、輸血する時に血液型が合ってなかったら? 鷹人の心拍数は最高潮に達して世界が歪んでぼやけ、やがて闇に包まれた。

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