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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第五話、その2

 鷹人は手すりに寄りかかって両腕を乗せてその上に顎を置く、空野さんと恋人か……一ヶ月しかないけどその分濃密にすればいいかも? 待てよ、濃密ってことは上手くいけば告白してOKしたその日にキスだっていけるかもしれない。

 鷹人の脳内にスイッチが入った、一度入ると中々止まらない健全な思春期の少年の妄想が鮮明に頭の中を過ぎる。

 空野さんに告白してOK貰えば晴れて恋人……キスはきっと柔らかくて、それで抱き締めたら温かくて……いや待てよ、抱き寄せたらあの豊満で柔らかい胸が……ヤバイ、こんなことを考えてたら……果たして理性を維持できるだろうか?

 いや、待てもしそれOKだったらどうなる? 果たして――鷹人の頭の中は零のことでいっぱいになり、下半身がきつくなってくると背後から五〇〇ミリのキンキンに冷えたペットボトルが鷹人の頚動脈に押し付けられ、深く切り裂かれるほど身の毛のよだつ冷たさだった。

「ぴゃああああああっ!!」

「あはははははははっ! 桐谷君みーつけた! ぴゃあああだって!」

 零は白い歯を見せ、お腹痛そうに笑いながら指を差す。

「空野さんか……ビックリした」

「ビックリしたじゃないわよ、いきなり一輝君と消えるからみんな探してたわよ! まあおかげで桐谷君の面白いところ見れたからね」

「今の悪戯、誰から教わったの?」

「美由よ、曰く……鷹お兄ちゃんは頬より首の頚動脈部分が弱いって、背後からナイフで切り裂くようにって」

「それ翔お兄さんの受け売り! 頚動脈は急所で切り裂いたら確実に死ぬから! 全く……」

 鷹人はふぅと息を吐くと、気が付いたら零と二人っきりだ。今ならデートの誘いもしくは告白してもいいかも? そう意識してると、零はスマホを取り出して電話をかける。

「あっ、もしもし妙子? 桐谷君見つけたわ、今どこ? えっ? マジで迷子になったの!? 一輝君も、わかったわ……ここで待っとくわ」

 零は溜息吐き、電話を切った。

「一輝君本気で迷子になったみたい……」

「ええ……トイレ行くって言ってたのに? あそこの木陰で待っとこうか?」

「そうね」

 零の朗らかな微笑み、今ならなんだって言えそうな気がする。芝生に座り、零が持ってきたお茶を開けて喉を潤すと鷹人は腹に決めた。

「空野さん、もうすぐ火の国まつりだよね?」

「うん、そのあとは天草だよね。昔大河ドラマのロケ地になった海岸だって、さっき妙子や美由と浴衣選びしてたらお姉ちゃんにも着せようと思ったの……お姉ちゃんなんかさ……水着を黒にしたのはよかったんだけど……黒い浴衣で花は白い、キスツスって言ってたかな? なんか喪服みたいだったけどそれでお姉ちゃん強引に選んだのよ」

「喪服? キスツス?」

 鷹人は首を傾げたが、重要なのはそこじゃない。

「まあ和泉さんなりの理由があると思うよ、火の国まつり空野さん着ていくの?」

「私の浴衣姿が見たいの?」

「……だって空野さん美人だし、似合うと思う」

「水着姿も?」

「うっ……」

 いざ訊かれると言葉が詰まって頬を赤らめる、それを察したのか零は人差し指で鷹人の頬を突く。

「よからぬことを考えてるんでしょ? 顔に出てるわよ、もう桐谷君って……実はエッチなんでしょ?」

 ニヤけ顔で頬をプニッと指で突かれ、そんなことを言われると変な気分になりなそうだ。だが鷹人はそれを振り払うように言い放つ。

「あのさぁ!」

「ええっ! うん、何?」

 びっくりさせてしまったが、聞く体勢になっている。だから鷹人は真っ直ぐ眼力で射抜くつもりで

「俺と、一緒に行こう!」

「お……俺?」

「俺は火の国まつり……空野さんと一緒に行きたいんだ!」

 鷹人の心臓は危険な速度で脈を打ち、それを抑えようと歯を食い縛って口元をへの字にする。零はぽかんとして目を見開き、少し口を開けて言葉をなくしてる様子だった。

「それって……私とデートに?」

「そうだ!」

 鷹人は一切の誤魔化しや遠回しなんか使わずにぶつけると、零は言う。

「ふふっ、いいわ。楽しみにしてるわ、火の国まつり」

 それで鷹人は全身の力が抜けてへなへはと後ろに倒れた。

「だ、大丈夫!? 桐谷君!」

「ああ、早くみんな戻ってこないかな?」

 それから一分も経たないうちに、恐ろしいほど丁度いいのタイミングでみんなが戻ってきた。



 八月一日、最後の日まで一ヶ月を切ったその日は登校日で、妙子は欠伸をしながらいつものように美由と合流する。

「おはよう美由ちゃん、眠いね……」

「妙ちゃんおはよう、昨日鷹お兄ちゃんから聞いたんだけど……成功したみたい」

「よし、んーっと、作戦成功……」

 妙子は背筋と両腕を伸ばし、とりあえず無事成功したことに安堵した。

 鷹人が零のことを好きなのはもうみんなにも筒抜けだ。実は昨日、一昨日のうちから妙子、美由、一輝の三人で共謀して零と鷹人を二人っきりにしたのだ。

 その結果デートの約束にこぎつけることに成功した、告白は鷹人次第だろう。それにしても眠い、夜中の一二時過ぎまで起きてたらこれだ。

「夕べニコニコ動画でアニメ見てたら遅くなっちゃった」

「夏休みになると生活リズムが乱れがちだからね……規則正しく生活しないと」

 美由の言う通り、自分たちは最後の夏を有意義に過ごすエーデルワイス団だ。生活リズムを規則正しくしないと体調を崩す可能性もあるし夏バテの原因にもなる、まだまだリーダーとして未熟ね。

 妙子はそう思いながら夏空を見上げていた時だった。

「おはよう井坂さん、この前は楽しかったわね」

 晴れやかな笑みで挨拶してきたのはクラスメイトの織部優乃だ。今日はいつもと違って男子生徒を連れて登校していた。

「おはよう……えっと……君は確か」

「四組で文芸部の水前寺美咲君よ。美咲君、クラスメイトの井坂妙子さんに真島美由さん」

 優乃が紹介すると、妙子はすぐに気付いた。下の名前で呼んでる? まさか……と思っていると、美咲という線の細い感じ中性的な美少年は照れながら自己紹介する。

「初めまして、織部さんと付き合うことになりました……水前寺です」

 美由は両手をクロスさせて口元に覆い、目を見開いて顔を赤くして驚愕した。

 妙子は夏休み始まって以来最大級の衝撃を受けて叫んだ。

「ええええーっ!!」



 朝、鷹人は駐輪場に自転車を置いて教室に行こうとした時だった。

「おはよう、桐谷君」

「おはよう……いつから自転車登校に切り替えたの?」

 零は新品の自転車を押して駐輪場に入り、適当な場所に置いてロックをかけた。

「今日からよ、今年の夏は最後だから精一杯夏を感じていたいの」

「クサイ台詞」

 鷹人は鼻で笑うと零は不満げに頬を膨らませ、顔を近づけて鷹人に言い放つ。彼女の流した汗の匂いが鼻をくすぐる。

「君に言われたくない!」

「ぼ……僕の台詞ってそんなにクサイ?」

 鷹人は怒らせてしまったかと内心どぎまぎしてると、見透かされたのか零は次の瞬間には太陽のようにニカッと眩しい笑顔を見せ、鷹人の頬を指でプニッと突いて言った。

「うん、かっこつけてる。でも嫌いじゃないわ」

「そ、そう?」

 鷹人はホッと胸を撫で下ろしながらも心臓の鼓動が速まり、体温が上昇するのを感じながら零の顔を見つめていた。


 零と校舎に入るとそれぞれの教室に入る。

 登校日の内容は全校集会とロングホームルームで特に全校集会の話の中身は学年主任や教頭、校長先生のお話だった。

 三人とも異口同音で「あの噂」に振り回されず、決まって勉学や将来に向けた活動に励むようにと口を酸っぱくしていた。


 今朝の全国ニュースでも話題になりましたが、今学生や若い人たちがあの噂を理由に各地で夏期講習、受験勉強、就職活動を放棄したり、仕事を辞めてしまう人が激増しています。ですがあの噂は全くのデマです。

 この問題に対処するため、今日から警察、教職員、ボランティアによる特別補導体勢を取ります、それに伴い皆さんをお守りするため、既にPTAや皆様のご家庭には連絡をしていますが、私用公用問わず外出時は制服を着用することを義務付けます。

 皆さんは、特に三年生の先輩たちを見習って勉学や就職活動に励み、奉仕の心を持って人や社会のために仕事に尽くす大人になってください。


 全校集会でエーデルワイス団のことは伏せていたが、今日から制服の着用義務に生徒たちはざわつく。鷹人は周囲を見回すと鼻で笑っている生徒や、軽蔑の眼差しで見つめる生徒、隣の友達とヒソヒソ話をしてる生徒もちらほらいた。

 

「桐谷、ちょっといいか?」

 全校集会も終わり、教室に戻ろうとすると鷹人は一輝に声をかけられた。

「どうしたの三上君」

「零の奴、今日自転車で来ただろう?」

 一輝は地方大会以来、昨日もそうだったが以前に比べて親しげに話しかけてくるようになった。

「うん、それが?」

「自転車通勤勧めたのは俺なんだ、なあ……約束をこぎつけたようだな?」

 一輝はまるで馴れ馴れしく絡んでくるチンピラのように肩を組んでくるが、不思議と嫌な気はせず、鷹人も不敵な笑みを浮かべて下の名前で呼ばれて言い返す。

「何が言いたいんだい一輝君」

「単刀直入に言う、前にも言ったが、お前が抱いてる零の気持ちはみんなにバレバレだ……だから、気持ち伝えろよ。お似合いだぜ、お祭りの時によ」

 一輝は何の屈託のない笑みで耳元で囁く、それで鷹人は思わず「えっ?」と口を開けて一輝を見つめた。

「わからないのか? 零もお前に対してはまんざらではない様子だ、なんなら祭りの後に後に押し倒しちゃっていいぜ」

「幼馴染の言葉じゃないよ」

「ま、俺たちは応援してるぜ」

 そう言って一輝は肩組みを解いて走り去って行った。

 俺たちって……エーデルワイスか、鷹人は何となく察して教室に戻る、しばらくするとチャイムが鳴ってロングホームルームが始まった。

 いつも通り和気藹々とした雰囲気でこの前の決勝大会のことが話題になり、適当に聞き流していた時だった。

「みんなの中には……できちゃった人もいるみたいね。まあできちゃったのは仕方ないとして、桐谷鷹人君! この前、二組の女の子といい雰囲気になってたでしょ!?」

 いきなり玲子先生に名指しされて鷹人はビクッとして顔を上げると、クラスメイトたちの視線が一気に集中する。

 鷹人はポーカーフェイスを保ながらも、眉を顰めそうになる。

「でもよかったわ桐谷君、あの日……山森君と中野さんを亡くしてから塞ぎこんでいたかと思ってたわよ、恋をしてるってことは心が健康な証拠よ」

 玲子先生は安堵の表情を浮かべていて、クラスメイトたちもみんな安心したような顔をしていた。

 鷹人は目を伏せると、心臓がドクンと重い一撃が脈を打ってあの日の出来事が鮮明にフラッシュバックされる。

 掛け替えのない友達を二人同時に亡くした日のことを。

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