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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第四話、その4

 試合は九回まで逆転に告ぐ逆転で試合は一四対一三と実況や解説者は守備を無視してるのかと言ってしまう状況で、九回裏ツーアウトを迎えていた。

 細高側はあと一人だと誰もが祈るような気持ちで見ていた。

 一輝は心臓が破裂するか心筋梗塞の類を起こしそうなほど脈を打ち、テニスをしてた頃のインターハイ決勝戦以来の緊張感に晒されていた。隣を見ると、鷹人は座って腕を組んでジッと見ていて、その隣にいる零はタオルを被って二本目のスポーツドリンクのキャップを開け、冷却材を頚動脈に当てていた。

「あと一人だ、あと一人で……甲子園に行ける」

 一輝は祈るような気持ちで呟く、俺はインターハイには行けない。だから本田! お前が代わりに甲子園に行け! 俺はテニスとの未練は断ち切ったつもりだったが違う、未練というのは簡単に断ち切れない。

 だがお前を……お前たちを応援することで夢中になれた、頑張れみんな! お前たちは一人じゃない、仲間がいるし何より俺たちエーデルワイス団が付いてる。

「来るぞ!」

 鷹人は双眼鏡をバッターボックスに向けた。

 一輝はマウンドに目をやるがピッチャーの浜田はなかなか投げようとしない、当然だろう。あいつの投げる球が今後の運命を左右するし、何よりもエーデルワイス団の今後も決まる、あいつらにはすまないが必要以上にプレッシャーを背負わせちまった。

 ピッチャーは大きく振りかぶり、投げた! 速い! 一輝は行け! と思った瞬間には白球はファーストとセカンドの間を突き抜けて転がった。

「ヒットだわ! 本田君急いで!」

 妙子が泣きそうな悲鳴を上げる。ボールはグラウンドを転がって本田がキャッチ、ランナーは? ファーストを抜けた!

「急げ! 本田!」

 一輝は叫ぶ、届くはずがないのにわかってるよ! と言わんばかりにセカンドにボールを剛速球で銃弾のように投げる! ほぼ同時に着弾!

「セーフよ!」

 和泉が悲痛な声を上げると、周囲から落胆した声が溢れる。

 肩耳イヤホンを通してリアルタイムで実況を聞いてる和泉は真っ先に苦虫噛み潰した表情になり、美由はわなわなと震えて半べそかいていた。

「最悪よ、このままじゃ延長戦か……最悪の場合、逆転負け」

「おい! 真島、縁起悪いこと言うなよ!」

 一輝も頭に過ぎっていたがそれを振り払うかのように強く言うと、美由はビクッと臆病な仔猫のように怯えた。

「ご……ごめんなさい」

「す、すまん……悪かった」

 一輝は謝り、鷹人を見ると彼は表情一つ変えてる様子はないが目を見ると明らかに動揺していた。

「大丈夫よ桐谷君、みんなはきっとやってくれるわ」

 零は震えるような声で言った。



 ショートにいる本田駿は照りつける太陽と、熱せられた地面で大好物のお好み焼きか焼肉の鉄板の上にいるような気分で構えていた。

 全身から噴き出る汗、特に額からの汗はいくら右手で拭ってもまた噴き出てくる。それよりもピッチャーの浜田が気がかりだった、あいつの投球は本当に素晴らしく、バッテリーを組んでるキャッチャーの橋本とは小学生の頃から組んでるらしい。

 だがあいつは人一倍プレッシャーに弱い、正直ここまでよく頑張ったと褒めてやりたいくらいだ。スタンドにいる三上たち――エーデルワイス団は最初は変な奴らの集団かと思ったが、あんなに人を集めて応援に来てくれてる。

「へへへへ……もう少しだ、甲子園連れてってやるからな」


 本田! 来るぞ!――


 誰かの声がして顔を上げる、三上か? いや違うとマウンドの方を見た瞬間、聞き馴染んだ心地良い打撃音――それが今や心臓を鷲掴みするほど凍り付く音が、耳に入る。

 瞬時に全身が反応して顔を上げると、打球は真上にあった。



 一塁側スタンドの殆どが立ち上がり、一輝、鷹人、零、美由、妙子も立つ。

「本田あっ!! 逃がすなあああっ!!」

 一輝は立ち上がって喉がはち切れんばかりの叫び声を上げ、打球の弾道を瞬時に予測すると入るかはポールにぶち当たるかだ。

「取ってええええっ!! あたしたちエーデルワイス団のためにいいっ!!」

 妙子は泣き叫び、和泉は座ったままジッと打球を目で追い、美由は両手を組んで神に祈るかのような姿勢になる。

「走れえええっ!!」

 双眼鏡を覗いたまま鷹人は叫ぶ。

「大丈夫……大丈夫! 行ける!」

 零は祈るように呟いた。

 本田は白球を全速力でセンターとレフトを追い抜いて、まるで猿のように壁を瞬時によじ登ってジャンプ! 白球が消えて本田はうつ伏せで地面に叩きつけられた!

「本田!」

 あの馬鹿無茶しやがって! キャッチしようとして跳びやがったな、思わず笑いそうになった。

「打球は? おい桐谷!」

 鷹人は振り上げた手をゆっくり降ろし、そして微かに呟いた。

 えっ? なんだって? ハッキリ言ってくれよ桐谷、勝ったんだろ!?


「逆転サヨナラツーランホームラン、ゲームセット。一四対一五で八代第一商業の勝ち、細高の夏の甲子園出場は……永遠に潰えたわ」


 和泉は静かに、冷たく淡々と告げて肩耳イヤホンを外して涙が頬を伝った。

 向かいのスタンドから割れんばかりの歓声が耳に入り、ランナーは喜びを露にしてホームに帰ってくるとチームメイトたちと抱き合っている。

 振り向くとあちこちで肩を落とし、席で丸くなり、親しい友人と抱き合い、泣いている者もいた。

「うっうう……うぐっ……ぐすっ……」

 美由はボロボロと人目を憚らず静かに大粒の涙を流し、妙子が必死に明るく振舞って励ます。

「負けちゃったね……美由ちゃん、ははははっ……悔しいよね、だってもう……行けないもんね! あたしも、美由ちゃんと同じだよっ……うあああああん、悔しいよおっ!! 負けちゃったよぉおおおっ!」

 妙子は堪えきれなかったのか盛大に声を上げて泣き出し、美由は無言でしっかりと抱き締めると、妙子は一段と声を大きくして泣いた。

「あーあ、負けちゃったわね。来年はもう……ないんだよね……もう……」

 零は一人、両手で口元を覆って嗚咽を漏らした。鷹人はレイバン・アビエイターを降ろして目元を隠し、零にハンカチを差し出す。

 彼はただ呆然と突っ立っている。

「お前は泣かないのか?」

「女の子の前で、泣けるわけ……うっ……うぐっ……」

 堪えきれなかった鷹人は開き直ったのか仁王立ちし、静かに涙をポタポタと流した。

「それより……本田君たち、大丈夫かな?」

 鷹人の言葉で一輝はそうだ! あいつは! 一輝はグラウンドを見るとピッチャーの浜田はその場に崩れ落ちて動かない、顔をくしゃくしゃにしていた部員たちが駆け寄る。

 必死に背中をポンポンと叩いて励ましてるのは……本田だ、あいつどんだけメンタル強いんだよ、負けたばっかなのに、夢は永遠に潰えたのに……。

 一輝はその場でボロボロと涙を溢れた。あの馬鹿……あいつが一番悔しいのに、なのになんでだよ! 誰よりも野球が好きだったのに!

 

 そして細高野球部のメンバーがいよいよ一輝たちの目の前に来る。スタンド前に並んで、みんな帽子を取って本田が朗らかな声で音頭を取った。

「皆さん! 今日という日に、いえ! 今日まで沢山応援に来てくれて……」


「「「ありがとうございました!!」」」


 スタンドに拍手が鳴り響き、一輝も泣きながら拍手すると本田と目が合った。

 ありがとう。本田……滅茶苦茶楽しかったぜ、今まで一番熱い夏だったぜ。

 本田は満面の笑みを浮かべた。


 試合の余韻が冷めぬまま、一輝は走り出した。

 今度は誰も引き止めなかった、駐車場に行くとマイクロバスに野球部員たちが集まって乗ろうとしていた。

「本田!! どこだ!!」

 一輝が叫ぶと、気付いた野球部員たちは本田を呼び出す。本田は汗と土でびっしり汚れたユニフォーム姿でいつものように、いやいつも以上に明るい笑顔で迎えた。

「よお三上!! すまんな、甲子園出場後一歩で逃しちまったよ!!」

 全くどんだけタフなんだよと苦笑してまた涙が溢れた。

「お前な、ありがとう……久し振りに忘れていたもの、思い出したよ! 応援来て本当によかった!! 本当に楽しかった!!」

「あ……ありがとうな、俺さ、負けちまってさ……もう、野球できねぇ……畜生、悔しい。畜生!! 悔しいいいい!! 死ぬほど悔しい!! まだ野球がやりたい!! もっと野球がやりたい!! もっともっと、ずっと野球やりてええよ!!」

 本田は顔をくしゃくしゃにして天に向かって絶叫し、そして大声で号泣した。一輝は溢れる涙を気にも留めず、本田を手繰り寄せて遠慮なく抱き締めた。

「ああ、俺もわかる! その気持ち、俺だって沢山テニスやりたかった!! でもお前は違う! 仲間がいるし、健康な体もある! まだ野球はできる!! 野球はできるんだ!!」

「三上、そうか……甲子園出場は無理だけど野球はできるんだよな?」

「ああっ!! 思いっ切り野球をやれ、俺も俺なりに最後の夏休みを過ごす!」

 あいつらのためにも、俺はエーデルワイス団の一人として全うする! 一輝は本田の背中をポンポンと叩いて解くと、もう次の瞬間には決心したのか、晴れやかな表情になって叫んだ。

「みんな! 聞いてくれ! 俺は今日で野球部をやめる!!」

 本田の言葉にみんな「ええーっ!?」と叫んだ、一輝は次に言うことを既にわかっていて口元を緩めていた。

「野球部はやめるが、野球はやめねぇっ! 今日から俺は草野球チームを作る、もっといろんな奴らと野球がやりたいんだ!! 俺は練習より試合が好きだ!!」

 やっぱり、この野球馬鹿……一輝は戸惑う野球部員たちを見ると誰かが手を上げた。

「本田、俺も仲間に入れくれ!」

「橋本がやるんなら俺もやるぜ! ガキの頃からの馴染みだから!」

 橋本と浜田のバッテリーだ、すると部員の誰かが手を上げた。

「先輩! 自分も入れてください! 球拾いでも何でもしますから!」

 一年生の童顔の部員だった、そこから半分以上が手を上げてメンバー集めには悩む必要ないなと一輝は苦笑して心の中でエールを送った。


 頑張れよ本田、高校球児としての夏は終わったがお前の夏休みは始まったばかりだ……もうすぐ八月、エーデルワイス団の夏休みはまだまだこれからだ!

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