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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第四話、その3

 試合が始まると決勝戦と言うこともあってか、藤崎台球場はこれまでにないの程の熱気に包まれた。

 両校のスタンドには野球部や吹奏楽部、チアリーディング部に加えて太鼓部に即席の応援団が加わり、絶叫に近い声で応援合戦を繰り広げていた。


『勝て勝て細高!! 勝て勝て細高!! かっ飛ばせー!!』


 一輝たちは打席に立つ選手の名前を叫び、吹奏楽部の金管楽器や木管楽器、パーカッションが開放的な藤崎台球場でタガが外れたかのように大音量で鳴らし、太鼓部も負けじと言わんばかりに太鼓をブッ叩き、大気を熱く、激しく揺さぶる。

 チアリーディング部や応援団も容赦ない陽射しと、蝉の鳴き声を振り払うかのように全身から汗を噴出しながら声援を送る。


『フレー!! フレー!! 細高!! フレ、フレ、細高!! フレ、フレ、細高!!』


 準々決勝は細高の圧倒的勝利、準決勝は一進一退のお互い譲らずの辛うじて勝利だったが、決勝は激戦となることは誰もが予想していた。

 一回の表で細高が三点を先制すると、早くも勝利を確信する者も出た。

 妙子もその中の一人だったに違いない。

「凄い! 一回で三点って行けるんじゃない!?」

「馬鹿言え相手は強豪八商第一だぞ!! このまま終わるはずない!!」

 一輝が言う、鷹人は夏服姿で頭にレイバン・アビエイターサングラスと、大神先生が見たら没収しそうな格好で双眼鏡を覗いてる。

 すると零が鷹人にお願いするように言った。

「ねぇ桐谷君、私も見ていい?」

「ああ、太陽は見ないようにね」

 鷹人が双眼鏡を渡すと、零は双眼鏡を覗いてグラウンドや三塁側スタンドを見渡す。

「うわぁ、向こうも暑そう」

 零の言う通り今日も体感温度は四〇度以上だ。一輝は鷹人に見せる零の笑顔に寂しさを感じるが、お互いに長年の肩の荷を降ろすことができた。

 すると本田がグラウンドから出てきて最前列にいる一輝に声をかけた。

「よお三上! 今日も来てくれてありがとうな!」

「本田、礼ならこいつらに言ってくれ! 試合が終わったらな!」

「何言ってんだよ、そんなの甲子園に優勝してから言うよ! そんじゃ!」

 本田は軽く言うが本気か!? 一輝は一瞬そう感じたが次の瞬間にはあついらしいな、と思いながらポジションにつく本田を目で追った。


 一回の裏は八代第一商業が圧倒的な力を見せ付けられた、次々とヒットを打たれてツーアウト満塁になり、一輝はふと周囲を見回すと青褪めてる者もいた。

「さすが八代第一商業ね、選手もみんな精鋭ぞろいよ……わざわざ関西から来て寮生活してる子もいるわ」

 和泉はタブレットに肩耳イヤホンを接続して地方大会のテレビ中継を流す、リアルタイムで実況や解説から情報を集めてるようだ、妙子はさっきとはうって変わって弱気になっている。

「ええ……負けたらどうしよう」

「妙ちゃん、弱気になっちゃ駄目だよ! きっと勝てるわ!」

 美由が必死に諭した瞬間だった。

 乾いた甲高い音が響いた。今のは確実にジャストミートだと一輝がグラウンドを見ると、白球は空高く舞い上がっていた。

「デカイ! ジャストミートだ!」

 鷹人が悲痛な叫びを上げる。

 ボールは丁度榴弾砲の砲弾のような放物線を描き、真夏の真っ白な積乱雲と眩しい太陽に晒されて姿を消す、本田は必死に追いかけるも空しく、外野スタンドに直撃。

 逆転満塁ホームランを決めやがった。

「三対四! 逆転された!」

 零も悲痛な叫びを上げる、まだ一点差で一回の裏、試合は始まったばかりだ。だが更に次のバッターが優秀で容赦なくヒットを放ち、気が付くと三対五と八代第一商業がリードしていた。

 二回の表では一点も取れず、二回裏では更に二点を奪われて三対七で終わって美由まで青褪めていた。

 一輝は吹奏楽部や太鼓部の演奏の勢いが衰えてるのを、何となく感じていた。

「ああ、甲子園出場オワタ」

「やっぱり、決勝の相手は強すぎる」

 美由と妙子もあまりにもの状況に笑ってしまってるようだ、和泉もタブレットでテレビ中継の解説を聞きながら動揺していた。

「今大会の戦績見たけど、どれも圧倒的勝利で終わってるわ……とても勝てる相手じゃないわ」

「最後の大会にして最強の敵か……とんでもない奴らだ」

 鷹人は微笑みながら温くなったスポーツドリンクを飲む、こんな状況で大したメンタルだと一輝は関心する。三回の表が始まると、零は立ち上がって思い切り叫ぶ。

「みんな頑張れええっ!! 諦めるな!! 私たちがついてるわ!!」

 そうだと一輝は振り向いて叫んだ。

「諦めるなよ!! 諦めんじゃねぇよお前ら!! まだ三回の表だ!! 逆転のチャンスは残ってんだ!! あいつらは必死でお前らのために頑張ってるんだ!! 俺たちが諦めてどうする!! 例え望みが薄くても!! 最後の瞬間まで応援しやるのが礼儀だ!!」

 一輝はスタンドで青褪めてる人たちに向かって喉が枯れるくらいにまで精一杯叫ぶ。すると鷹人は立ち上がって、届くはずのないのに吹奏学部と太鼓部に向けて罵詈雑言を盛大にぶっ飛ばす。

「おい吹部!! 太鼓部!! 何白けたような演奏してるんだ!! まだ負けてねぇぞ!! チア部と応援団は頑張ってるのにこの有様はなんだ馬鹿野郎!!」

 あの野郎、熱くなりやがって……一輝は苦笑する。鷹人はスポーツドリンクを一気飲みすると、顔を真っ赤にして叫んだ。

「いっけー、行け行け細高!! いっけー、行け行け細高!!」

「いっけー、行け行け細高!! いっけー、行け行け細高!!」

 一輝も叫ぶと、妙子、美由、和泉も席から立ち上がって続く、それはやがてスタンド全域に伝わっていた。



『いっけー、行け行け細高!! いっけー、行け行け細高!! かっ飛ばせー!!』


 その声援は藤崎台球場全体を震えさせ、視聴覚室で中継を見ている生徒にも伝わっていた。

 暑いのが苦手な織部優乃はエアコンの効いた視聴覚室で、文芸部や特進コースの生徒や先生たちと応援していた、そしてお通夜状態になっていた。

「こりゃ負けたわね、早く試合終わって課外授業の続きやりたいのに」

 左隣で座ってる守屋さんが小言を呟き、優乃は微かに眉を顰めた。スタンドでは暑い中生徒たちが熱狂的に声援を送っている、中にはあまりにもの暑さに倒れる人もいた。

 すると右隣にいる男子生徒の水前寺美咲すいぜんじみさきが耳元で囁く。

「球場にいる人たち、なんだかみんな楽しそうだね」

「そうね」

 優乃は肯いた、美咲は一年生の頃からの文芸部の仲間だ。中性的で優しい目鼻立ちの愛らしい美少年で頼りなさそうだが、とてもしっかりした芯を持っていて、優乃は彼のことが好きだった。

 美咲はウズウズしているようだが、答えはすぐにわかった。今すぐここを出て球場に行きたいようだ、ならばせめてと中継から聞こえる声援に合わせ、立ち上がった。

「織部さん?」

「いっけー、行け行け細高!! いっけー、行け行け細高!! かっ飛ばせー!! ハ・マ・ダ!! ハ・マ・ダ!!」

 優乃が叫ぶと美咲はぽかんと口を開けていたが、すぐに加わる。


「「いっけー、行け行け細高!! いっけー、行け行け細高!! かっ飛ばせー!! ハ・マ・ダ!! ハ・マ・ダ!!」」


 そして文芸部の仲間を加わり、叫び続けるとバッターが打って走って一塁に飛び込んでセーフ! よし! 諦めるのはまだ早い! 美咲はガッツポーズした。

「よっしゃ! まだ行ける! まだ行けるよ!」

「うん」

 優乃は力強く肯くと、隣に座ってる守屋さんが冷めた口調で言う。

「はぁ……どっちにしたって三対七よ。勝てるわけないじゃない、例え勝っても負けても私たちのためになると思ってるの?」

 守屋さんの言葉に周囲の生徒――特進の生徒たちも肯く、確かにそうかもしれない。だけど、あそこにいる人たちは今を輝かせるために頑張っている、優乃は後悔した。

 こんなことなら、自分も藤崎台に行けばよかったと。

 すると美咲がポンと優乃の肩に乗せる、優乃は美咲の目を見ると彼はモニターに目をやると優乃は思わず微笑を浮かべて肯いた。

 まだ間に合う! 試合は始まったばかりだ。

「先生! 私、これから球場に行きます!」

 文芸部顧問の高森先生は目を丸くして戸惑う。

「えっ? 織部さん、藤崎台に?」

「はい、私も実際に見て感じたいんです!」

「……わかりました、くれぐれも気をつけてくださいね」

「ありがとうございます! みんな、藤崎台に行きたい人はついて来て! まだ間に合うわよ!」

 優乃はそれだけ言って視聴覚室を飛び出し、学校を飛び出すと蒸し暑い大気と直射日光に晒され、蝉の鳴き声が耳を劈く。だけどこれが夏だ、たった一度しかない高校三年生の夏休み、優乃は今藤崎台球場にいる妙子たちが羨ましかった。

 横断歩道を渡って交通局前停留所で市電を待つと、心臓がバクバクして息が切れそうだが、美咲は息を切らしてる様子もない。

「織部さん大丈夫!?」

「うん……水前寺君、藤崎代球場から一番近い停留所は?」

「上熊本駅方面、蔚山町停留所!」

 後からついてきた文芸部員四人と数名の生徒も来たがみんな息を切らしていた。市電に乗るとスマートフォンに繋いだ肩耳イヤホンを装着、FMラジオアプリを起動させて周波数をNHKラジオに切り替えた瞬間、耳をつんざくような歓声が聞こえた。

 この歓声はどっちかしら?



「よっしゃああああっ! 一点返したぞざまあ見やがれ!」

 一輝はガッツポーズすると耳がやられるかと思うくらいの歓声が上がる、七対四とまだ三点差はあるがここからだと確信した。


『勝て勝て細高!! 勝て勝て細高!! かっ飛ばせー!! ホ・ン・ダ!!』


 三回の表、ツーアウト満塁に四番ショートの本田駿がバッターボックスに立つとテンションは更に上がる。

 一輝のテンションは最高潮に達して、Vメガホンをバッターボックスに向けて他の奴らに負けない勢いで叫んだ。

「行っけえっ本田!! この前みたいに派手に吹っ飛ばせええっ!!」

 ピッチャーが大きく振りかぶって投げる! 本田が迷わずバットをフルスィングすると、甲高い打撃音が響き、白球は空高く舞い上がる! 一輝は視線を追うと外野スタンドに直撃!! その瞬間、絶叫を超えた叫びそのものの歓声がスタンドを支配する。

「よっしゃああああああっ!! 逆転満塁ホームランだあっ!! あの野郎また決めやがったぜ!!」

 一輝は叫んだ! やりやがったぜあの野球馬鹿!! 試合を振り出しに戻しやがった。本物の高校球児だぜ!! 一輝は後ろにいる妙子と美由に両手で「イェイ!」とハイタッチ! 更に隣にいる鷹人とは思いっ切り抱き合った。

「はははははっやったぜ!! あの野郎!! 最高だぜ!!」

「ぐぐぐぐぐ苦しい……三上君苦しいって!!」

「すまんすまん、やったぜ零!!」

 一輝は鷹人を解くと、鷹人はゲッソリと座り、一輝は零とハイタッチした。

「やったわ!! まだ決まったわけじゃないけど、本田君がいれば勝てるわ!!」

「ああ、あいつならやってくれる!」

 遠慮なく零と言葉を交わせる、一輝は鷹人と本田に感謝していた。

 久し振りに熱くなったのはいつ以来だろうか?



『入ったああぁぁっ!! 逆転満塁ホームラン!! 八対七で細川学院高校がリードを奪い返したあああぁっ!!』

「やった……逆転よ水前寺君」

 優乃は電車内で思わずガッツポーズした、美咲は愛らしい笑みを浮かべて肯いた。

 水道町停留所から通町筋停留所に停車するため、路面電車は減速していく、窓の外を見ると上通入り口に設置されたモニター前に人が集まって若者たちがはしゃいでる。

 優乃も思わず口元が緩んだが、ふと周りを見ると大人たち――特に年配の人たちは不愉快、あるいは不機嫌そうな顔をしている、それもそうだろう。この前のNHKニュースや民放のワイドショーで彗星接近騒ぎに大量に仕事を辞め、大学生たちの半数以上が就職活動を放棄したと報道されていた。

 優乃はふと、思った。滅亡を受け入れ、未来を断ち切った私たちに大人たちはどう思ってるんだろう?

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