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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第四話、その1


 第四話、最後の夏の高校野球。


 窓の外を見ると和泉は明らかに夕立が降ることを確信して散歩に促したな、と零はタブレットPCを弄る和泉を見る。

「お姉ちゃん、どういうこと? 桐谷君と一輝君を二人にして……明らかに殴り合うつもりよ」

「そんなに心配ならついてったら? まだ追いつけるわよ、そのために妙子ちゃんと美由ちゃんを尾行につけたんだから……それに、ありふれたものだけど雨の中で男同士の殴り合いなんて最高のコミュニケーション・ツールじゃない?」

「皮肉と受け取るわよ」

「そんなこと彩さんも言ってたわ」

 和泉はクスリと微笑んでタブレットPCをシャットダウンさせながらハミングする。窓の外を見ると、空は暗く灰色に覆われ、遠くで雷鳴が聞こえた。


 

 本山一丁目の橋を渡り、白川の河川敷に着くまで鷹人と一輝は無言だった。

 こいつ何を考えてるのかさっぱりわかんねぇ! 一輝は苛立ちを露にしてたが、和泉さんがまさか怒るとあんなに怖いとは思わなかった。一輝はテニスをやって絶好調だった頃、本田と馬鹿やって先生に怒られたこともあった。

 高森先生や大神先生、綾瀬先生とかだが和泉さんは違った方向で怖い……怒らない人ほどキレさせたらヤバイと言う話は聞いたことあるが、どうやら本当らしい。

 白川河川敷までついてくると鷹人は振り向いた。

「ここなら誰にも邪魔されないね」

「そうだな、さっきの続きと言いたいようだな?」

「ああそうさ、幼馴染で隣にいたのにどうして気付いて、やれなかったんだい?」

 一輝は顔を顰めた、そりゃお前が気付いてくれるし、俺は夢中になると周りが見えなくなるなんて口が裂けてもいえねぇ、だからこれだけ言ってやった。

「少なくとも……俺には幼馴染の資格なんてねぇし、知ったこっちゃねぇよ」

「じゃあ……どうしてエーデルワイス団に?」

「俺でもわかんねぇよ、ただ……今しかない今を無為に過ごすのは嫌だったんだ」

「それはみんな同じさ、俺だって最後の夏休みを好きな人と過ごしたい」

 鷹人の言葉に一輝は確信して訊いた。

「零のことか?」

「そうだよ、バレバレだった?」

「バレバレどころか筒抜けだ馬鹿、零も知ってるぜ……お前が好きってこと」

「やっぱり、俺って昔から一番知られたくない気持ちを悟られ易いんだ……空野さんことが好きなのは本当だ。君としては気持ちのいいものじゃないけど……本当に告白しちゃうよ。俺」

「確かに、一年間疎遠になってどうでもよくなったとはいえ……幼馴染だ」

 一年前に大喧嘩して疎遠になったとはいえ、零が大事な幼馴染であることには変わりない。そいつが他の男とくっついて嫉妬するのはみっともないが、自分の気持ちにはどうしても逆らえない、だから一発……いや一戦を交えたい。

 一輝は肩を回してほぐすと鷹人は言い放った。

「やっぱり俺を殴りたい?」

「当たり前だ、行くぜ」

 一輝は右拳を握り締めると、雷鳴が鳴り響いて空が光る。

 それがゴングとなった。



 橋を渡ると空が光り、耳元で太鼓を思いっ切りブッ叩いたような雷鳴が鳴り響き、妙子は夕立が降るのは確実だと確信していた。

「ふあっ!! た、妙ちゃん……雷が鳴ったよ!」

 雨合羽を着た美由はビビッて姿勢を低くすると、一気にバケツをひっくり返したような大前が降り始めた。

 視界は一気に悪くなる。ここ数年、夏の時期になると気まぐれにゲリラ豪雨が降って川の水が一気に増水する。すると妙子はハッとした、この白川も一〇年くらい前に氾濫したことがあることを思い出した。

「美由ちゃん! 力づくでもあの馬鹿二人を連れて帰るわよ!」

「うん! 急ごう!」

 美由も肯いて走り出すと予想通り河川敷であの馬鹿二人は取っ組み合い、殴り合いをしていた。

「あの馬鹿どもは! このまま増水した川に飲み込まれたらエーデルワイス団は機能停止よ!」

 妙子は雨合羽で正解だったと思いながら走って河川敷に降り、叫ぶ。

「コラァァアアッ!! 二人とも何やってるんだ馬鹿!!」

 一輝の拳が鷹人の顔面に直撃して倒れると、鷹人はすぐに立ち上がって胸倉掴む。

「二人とも、もうやめて!」

 美由が悲痛な叫びを上げるが鷹人は聞く耳持たず、一輝の手首を掴んで投げ技をかけてコンクリートの地面に背中を叩きつけた。

「立て!! 三上!! 殴り足りないんだろ!!」

 普段穏やかな鷹人からは想像も付かないような形相とドスの利いた声で怒鳴る、既に鼻と額から出血してるがまるで気にも留めてない。

「当たりめぇだろが、コラアッ!!」

 一輝も闘争本能剥き出しにして鷹人の顔面に拳を叩き込むと、鷹人は受け流して地面に転がってすぐにリカバリーすると、拳を腹部に何発も容赦なく、的確に叩き込み、その場で一輝は悶える。

「ちょっとマジで桐谷君やり過ぎ! っていうか殺すつもり!?」

 妙子が止めに入ろうとしたが本能的に足が止まった、鷹人の顔は目の前の敵を殺そうとする猛獣のような形相だ。発情期でメスを巡ってオス同士で殺しあう猛獣みたいに。

「立て! 三上!! さもないと俺は空野さんは告白するぞ!! それでもいいのか!!」

 妙子は鷹人の視界に入ったつもりだが見えてないようだ、いや見ようとしてない。

「やってくれるじゃねぇかよ!! そんなに零とヤりてぇのか!?」

「それは君次第さ、なんなら今から君を倒して空野さんに告白するよ、それで駄目だったなら無理矢理ベッドに押し倒してやるよ!」

「ふざけたこというんじゃねぇ!! お前は下心意外で零に好意を抱いてるかと思ったら、結局自分の欲望を満足させるためか下衆野郎、そんな奴は部屋で一人マスかいてるのがお似合いだ!!」

「冗談だ馬鹿ぁ!! 俺にそんな度胸あるわけねぇし退学になりたくねぇ!!」

「ああ、この根性なしが!! 毎晩零のことを想像しながらマスかいてろ!!」

 取っ組み合いながら鷹人と一輝は罵りあう。

 うわぁ……二人とも下品だ。

 妙子は顔を引き攣らせていると、雨脚が弱まってあっさり止んだ。

 鷹人と一輝は取っ組み合いのようになったかと思えば、鷹人は一瞬で投げ技を決めて地面に叩きつけた。

 二人とも全身泥だらけで、顔や両腕の関節は擦り剥いて出血している。少し時間がたてば全身痣だらけになるかもしれない。

 夏の大雨は突然降って突然止む、いつしか日が射して二人ともヘトヘトになって地面に大の字になって空を見上げ、一輝は言う。

「いてえぇ……桐谷、お前柔道でもやってたのか?」

「まさか、翔お兄さんに鍛えられたんだよ……滅茶苦茶怒鳴り散らされたさ」

「さっきの俺みたいに?」

「そんな生易しいものじゃないよ。あの人陸自のレンジャー訓練をクリアしたし、第一空挺団を経て特殊作戦群に所属してたよ、退官後は傭兵になってシリアやイラク、ナイジェリアでイスラム過激派と戦った。だからもう鬼軍曹だったさ」

「うわぁ、きっと大神より厳しかったんだろうな」

「ああ、鍛えられた時も暑い夏だった……本当に不思議だよな、夏ってこんなに嫌になるほど暑いのに好きなんだよな」

「素直じゃねぇなお前、俺は好きだぜ……理由はねぇけどよ」

「なんだよそれ、まあ俺も空野さんが好きということに理由はないけど」

「認めたわけじゃねえぜ、それにもうすぐ本田の応援やらねぇと」

「決勝戦、楽しみだな」

 鷹人と一輝はまるで何事もなかったかのように話すと、妙子は思わず苦笑した。

「先に帰っとこう美由ちゃん」

「えっ? 大丈夫なの?」

 美由の心配をよそに妙子は心の底から言った。


「男ってホンットヴゥアカなんだから」

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