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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第三話、その2

 一輝は今日という日を楽しみにしていた。

 細高側である三塁側スタンドは応援に来た生徒やその家族、中学時代の友人――予選敗退した学校の生徒、まさか吹奏楽部やチアリーディング部、太鼓部や臨時編制された応援団まで来るとは一輝も予想してなかった。

 あいつの驚く顔を見るのが楽しみだぜと、ワクワクしていた。

 試合が始まるとスタンド内は熱気に包まれ、限界までハイテンションになった生徒や応援団、チアリーディング部の高い叫び声、一斉にリズムに合わせてVメガホンを叩く。

 吹奏楽部の演奏は球場の大気を激しく震動させ、太鼓部の力強いは演奏は地響きのように球場を震えさせた。

 それはやかましかった蝉の鳴き声がかき消される程の熱狂振りだ。


『勝て勝て細高!! 勝て勝て細高!! かっ飛ばせー!! ホ・ン・ダ!!』


 一回の裏、満塁に四番ショートの本田駿がバッターボックスに立つとテンションは更に上がる。

 野球の応援に来て欲しいと言ってた本田はきっと最高の気分に違いない。一輝のテンションは最高潮に達し、Vメガホンをバッターボックスに向けて他の奴に負けない勢いで叫んだ。

「行っけええええっ本田!! 派手に吹っ飛ばせええっ!!」

 ピッチャーが大きく振りかぶって投げた! 本田が迷わず勢いよくバットを振ると、心地良い乾いた打撃音が響き、白球は空高く舞い上がる! 一輝は視線を追うと外野スタンドに直撃!! その瞬間、絶叫に近い歓声がスタンドを支配する。

「よっしゃああああああっ!! いいぞ一気に四点差だあぁああああっ!!」

 ホームに戻った本田はガッツポーズし、嬉しそうにチームメイトと手を叩き合う。

 一輝も思わず振り向いて後ろにいる妙子と美由に両手で「イェイ!」とハイタッチ。

「凄い……野球ってこんなに面白いんだ」

 美由は戸惑いながらも心躍らせているような表情だ。

「こんなことなら予定変更も考えておかないと!」

 妙子も同じだった。

「本当に入れちゃった、本田君凄い!」

 隣にいる零はクラスの陽気なムードメーカーで、毎日ふざけては大神先生に笑われながら怒られてばっかりの本田しか知らない。鷹人もヴィンテージ物の双眼鏡から目を離して訊いた。

「三上君、本田君って確かクラスメイトなんだよね?」

「ああ、よく知ってるぜ!」

「本田君って一体どんな人なんだ?」

 そう訊かれると、一輝は誇らしげに微笑み胸を張って答えた。

「あいつは俺のクラス一の野球馬鹿さ、でもそれは自分ためではなく、みんなに感動を与え、笑顔にする。クラス一の頑張り屋さ!」

「クサイ台詞だね、でも僕は好きだよ! 見て、凄く嬉しそうに笑ってる」

 鷹人は精悍な笑みを浮かべながら双眼鏡を差し出す、一輝が覗くと本田はまだはしゃいでいた。


 試合は細高が終始優勢で一〇対三の五回コールドゲームとなって細高の圧倒的勝利で終わった。



「お疲れみんな! この調子で帰って宿題との試合を終わらせよう!」

 応援で汗だくになった妙子、零もお疲れ気味のようだが晴れやかな笑顔だ。

「大丈夫空野さん?」

「うん、ちょっと疲れちゃったみたい……冷たいアイスティーが飲みたいわ」

 零は少し無理してるのか作り笑いを浮かべる。

「そ、それじゃ俺が淹れるよ」

 鷹人は少し照れながら言うと一輝は確信した。

 ああやっぱこいつ、零のことが好きなんだなと幼馴染としては複雑な気持ちだが、零はどうなんだろう? まあそれは零が決めることだ。

 それよりも早く本田の顔が見たかった。

「あのさぁ……先に帰っててくれ、俺ちょっと用事があるんだ」

「三上君宿題サボるつもり?」

 妙子がジト目で見ると一輝は首を横に振る。

「いや、クラスメイトとして本田に労いの言葉をかけないとな、それじゃ!」

 一輝は制止される前に走り出す、誰かが制止したがその声は蝉の鳴き声にかき消されて一輝は急いで駐車場に向かい、叫んだ。

「おーい本田!! どこだ!?」

 叫び声に気付いた野球部員がメンバーと話してる本田の肩を叩くと、彼は一輝に気付いたのか大きく手を振ると、一輝は思わず笑みを浮かべて走り寄る。

「お疲れ! 本田! 見せてもらったぜ!」

「お、おう……三上、ありがとな……あんなに沢山応援連れてきて」

 本田は照れ臭さそうな顔して礼を言うと、一輝は彼の背中を叩いて労う。

「凄かったぜ一回の裏、あの満塁ホームラン! みんな盛り上がってたぜ!」

「あ、ありがとう……準決勝、三日後なんだ」

「勿論応援に来るぜ! 久し振りに熱くなれたよ!」

 一輝は思いのままに言う、テニスやっていた頃の試合に勝った時とは違う意味で熱くなれた。もしかすると俺を応援してた奴らも、こんな気持ちだったのかもしれない。

「三上、それにしても地方大会であれは明らかにやり過ぎだと思うぜ、吹部やチア部はともかく太鼓部や応援団まで連れ来るなんて、グラウンドに出た瞬間ビビったぞ! おおっなんだこりゃって!」

 本田は黒く日焼けした顔から白い歯を見せて言うと、他の部員もそれに食い付く。


「連れて来過ぎだろ! 九学の連中終始目を丸くして開いた口が塞がらないって顔してたぜ!」「それ以上に凄かったのは顧問の谷岡先生だったぜ、終始呆然と立ち尽くして具体的な指示出さないままコールドゲームになった時は笑ってばっかりだったよ」「他の学校の連中も絶対真似するぜ、明日の新聞に絶対載るぞ」「ってことは応援合戦か、試合はグラウンドの中だけじゃなくなるのか!?」


 野球部員たちはみんな顔を輝かせて喜びを分かち合っていて、一輝はふと自分は試合に勝ったり、負けた時の喜びや悔しさを分かち合った仲間はいただろうかと自分に問う。

 答えはNOだ。

 ずっとシングルスをやっていて、相手をぶち負かすことしか考えてなかった、たまにダブルスになると力を半分も発揮できずにいて、よくパートナーと衝突して時には喧嘩したこともあった。


「三上! お前少しはパートナーのことを考えろ!! そんなことでは勝てる試合も勝てんぞ!!」


 高一の時だったか? 一輝はダブルスの練習試合でボロ負けた後、組んだパートナーが散々な下手糞っぷりに失望して徹底的に罵倒した時、顧問の大神先生に本気で殴られて怒鳴られたことを思い出した。

「本田」

 気が付くと彼を呼んでいた。

「ん? どうしたんだ急に浮かない顔して?」

「俺さぁ、テニスやってた頃ずっと一人で試合してたんだ」

「おう三上は確かシングルス専門だったな」

「みんなでやる試合して、勝つことって今まで知らなかった」

「そうか、そんなら俺が――いや俺たち細高野球部が教えてやるよ!」

 本田はドヤ顔で胸を張って言うと、一輝は自然と笑みが浮かんだ。

「やっぱり野球かよ、やっぱりお前は最高の野球馬鹿だ」

「はははははっ、笑いたきゃ笑え! 俺はこの勝った時の爽快感や充実感をみんなでわかち合えるからいいんだ!」

 本田は豪快に笑う、だから一輝は今の気持ちを直にぶつけてやった。

「俺、今のお前が最高に羨ましいよ!」


 一輝は本田たちを見送った後、二〇一六年に起きた熊本地震の復興工事が続く熊本城公園から歩き、辛島町電停で市電に乗って呉服町の美由のマンションに来ると、試合が終わって一時間以上経っていた。

 玄関に上がると妙子は頬を膨らませて文句言った。

「遅い! 三上君今までどこに行ってたの?」

「辛島町まで歩いて市電に乗ったんだ、少しは余韻にひたっていいだろ?」

「あんまり時間を無駄にしないでよ、あたしたちの時間は今しかないんだからさ。頼りにしてるわよ三上君」

 妙子の言葉が一輝の胸を突く、そうか自分は今チームの一人なんだと実感が沸く。

「ああ、すまないな」

 一輝は肯くと昨日置いてきた宿題の片付けにかかろうとリビングに入ると、美由と零がソファーで勉強を教えあい、鷹人は氷がぎっしり詰まったコップに紅茶を注いでアイスティーを作っていた。

「あっ三上君、丁度よかったアイスティーが今できたよ」

 六人分のアイスティーを鷹人はトレイに載せて配る、一輝はテーブルの適当な席に座ると目の前にアイスティーが置かれる。

「ありがとう、今日は桐谷が淹れたのか?」

「ああ、正直みんなに淹れるのは緊張するよ」

 鷹人は緊張してるとは思えないほど気さくな笑みを浮かべる、一輝は一口飲んでみるととても美味かった。

「美味いな、この前真島が淹れた奴も美味かったが桐谷の奴も美味い」

「よかった、気に入ってくれて」

 鷹人は安堵の表情を浮かべた。

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