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最後の夏のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
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第三話、その1

 第三話、最後の夏の地方大会。


 翌日の終業式。


 九月に世界が終わるのが本当なら、これが最後のロングホームルームだろう。それぞれのクラスにいたエーデルワイス団の面々は不思議と先生の話しに耳を傾けていた。



 鷹人のクラスでは玲子先生がいつも通り、陽気な口調で話していた。

「夏休みはみんなが受験勉強してる間……私東京に行ってきまーす!」

 玲子先生は笑顔でピースサインすると、生徒たちは冷やかしたり文句を言う。


「ええ先生ズルーイ!」「あたしもディズニーリゾート行きたーい」「先生もしかして東京で婚活?」「お土産買ってきてね!」


 玲子先生は手を叩きながら「静かに」と促しながら言う。

「はいはい静かに、旅行でも婚活でもなくて……高校時代の同級生に会ってくるだけ、あなたたちの先輩に会ってくるの!」

 鷹人は頬杖ついて聞く、玲子先生のということは翔お兄さんの同級生、どんな人だろう? 漠然と考える。

「夏休みはわかってると思うけど、浮かれやすい季節だからくれぐれもハメを外さないように、特に桐谷鷹人君!」

「えっ!」

 鷹人はいきなり名指しされて顔上げると、ニヤけたクラスメイトの視線が集中する。

「昨日二組の子といい雰囲気だったわよね? 夏休み中くれぐれも不純異性交遊は慎むように! その子を妊娠させたら職員会議にかけるわよ!」

 クラスメイトたちは「おおーっ!!」と歓声を上げながら見つめると、鷹人は内心動揺しながら冷静に言い返す。

「……不純異性交遊の定義を教えてください」



 妙子と美由のクラスでは高森先生はいつも通り緊張した雰囲気を放ち、教室内の空気をピリピリさせていた。

「皆さん、高校三年生の夏休みは就職進学関係なく、その後の進路を左右するものです。ありきたりな言葉ですが、夏休みを制する者は受験や就活を制すると言っても過言ではありません。補習を受ける生徒は学校に来るように……もし悩みやわからないことがあったら、私の所に来てください。できる限り相談に乗ります」

 高森先生は厳しいが根は優しい人だ。授業も指導も厳しいが、わかりやすく丁寧で有名大学に進学する生徒には特に、人気があるというよりも厚く信頼されてる。

 妙子は複雑な気持ちだった、図らずも敵対してしまうが高森先生には感謝している。翔お兄さんの担任だったこともあってか、亡くなった後も妹の美由ちゃんのことを気にかけてくれてる。

「皆さん、くれぐれも悔いのない夏休みを過ごしてください」

 高森先生はどこか寂しげだった。



 一輝と零のクラスでは大神先生がいつも通り、クサイ台詞を交えながら話していた。

「それじゃあみんな、くれぐれも悔いの夏休みを送るように。将来に向けた勉強も大切だが、友達や仲間と遊んだり何かに向かって行くのもいいぞ……本田の野球を応援に行くのも一興だ、みんな。高校最後の夏休み、全力で楽しんで来い!」

「みんな! 地方大会の応援よろしく! 明日俺たち野球部は準々決勝なんで!」

 一番前の本田が立ち上がってPRすると大神先生は笑いながら本田の刈りたての坊主頭をバン! と叩くと、クラス中から笑い声が上がる。

「痛いよ先生!」

「痛いじゃねえよ本田! お前な、人が話してるのに立ってアピールするか普通!」

 大神先生も笑いながら注意する、一輝も笑いながら心の底で盛大に叫んだ。

 準々決勝って、明日かよ!! 一輝は零に視線を向けると明らかに「えっ? 明日」と困惑してるような顔をしていた。



 終業式が終わり、エーデルワイス団の五人は玄関口で合流する。

 終業式のロングホームルームはどうだったか、夏休み予定の合間にどうするか? と話しながら蒸し暑い熊本市内に寄ってランチを食べながらこれからのことを話し合う予定で、場所は銀座通りのホテル前の紅茶専門の喫茶店だ。

 熊本地方の夏は暑く、冬は寒い、特に阿蘇方面は雪が積もって夏は涼しいがここよりはマシ程度だ。

 路面電車内は下校する学生で溢れてみんな表情を輝かせ、どこか嬉しそうだ。それもそうだろう、明日から夏休みだ。今年は世界が終わるかもしれない、それを口実に遊び倒すつもりだろう、自分もその中の一人だ。

 逆に大人、特に年配の人たちは不愉快、あるいは不機嫌そうな顔をしている。それもそうだろう。今朝のNHKニュースでは彗星接近騒ぎに大量に仕事を辞め、大学生たちの半数以上が就職活動を放棄したと報道されていた。

 二〇席程の狭い店なので四人席には美由、妙子、零、二人席には一輝と鷹人が座る。三分の一近くを占拠して他の客に申し訳ないな、と鷹人は紅茶を嗜みながらエーデルワイス団のこれからのことを話す。

 すると一輝はアイスティーを飲みながら言った。

「なぁ明日準々決勝だから藤崎台球場に応援に行こうぜ」

「うん、食べ終わったらみんなで応援グッズ買いに行こう!」

 妙子が提案すると美由が異議を唱える。

「待って妙ちゃん、夏コミみたいに熱中症対策しないと! 明日の最高気温三五度の猛暑日だって!」

「うえっ……そうだった、日焼け止め買わないと」

 猛暑の恐ろしさを知ってるのは夏コミ経験のある自分と、妙子、美由、テニス部の一輝だろう、鷹人は零はどうなのかちょっと心配だった。

「それだけじゃない、涼しい服装、冷却スプレー、スポーツドリンクや塩飴、タオル、団扇か扇子を用意しないと、試合中に熱中症で倒れた奴を何回も見たことがある」

「なるほど三上君が言ってた品物……夏コミと被るな」

 鷹人はメモ帳を取り出して書き込む。

「それともう一つ、尤も手っ取り早い方法として……体を鍛える!」

「今からじゃ明日に間に合わないわよ」

 零は苦笑しながら言うと、幼馴染の一輝は屈さず熱く言い返す。

「大丈夫! そこは気合と根性でカバーだ!」

「精神論や根性論に頼ると寿命を縮めるぞ」

 翔お兄さんの受け売りだが、と内心付け加えながら言って鷹人はホットサンドを頬張ると一輝は突っかかる。

「お前が言うのかよ!」

「まあまあ、それも大切だけど……夏休みの宿題表見た?」

 零はなだめながら話題を変えた。フォローしつつ話題を変えたなと鷹人はアイスティーを飲む。今日出された夏休みの宿題表を見ると鷹人は首を横に振り、視線を上げると一輝は眉を顰め、妙子は頭痛に悩まされてるかのように頭を抱え、美由は目を背けた。

 さっきまで明るいムードだったのが、零の一言で一転して通夜ムードになった。

 この紙切れ一枚のために。

「まあ空野さん気にしないで、どうせ世界は終わるんだから」

「うんでも桐谷君……もし世界が終わらなかった時のことも考えないと」

 零の一言で妙子は顔を上げて席から立ち上がって言い放った。

「よし、こうなったらランチの後買い物して美由ちゃんの家でみんなで宿題掃討作戦よ! 七月中に絶対に終わらせるわ! 零ちゃん、得意科目は?」

「えっ? 生物、英語」

 妙子が訊くと零は答える、すると視線を美由にシフトした。

「美由ちゃんは確か現国と古典、それに化学と物理だよね?」

「うん、妙ちゃんは確か……」

「数学よ! 桐谷君は?」

 視線を鷹人にシフトすると率直に答える。

「英語に、歴史かな?」

「よし、三上君は!?」

 妙子が訊くと待ってましたと言わんばかりに胸を張り、拳を握り締めて答えた。

「保健体育!!」

「よし、OK! って三上君はOKじゃない!!」

 妙子は隣のテーブルに座ってる一輝に鞄で叩いた。

「何するんだよ!」

「三上君はその他全部! みんな買い物して一度解散! そして宿題を持参してそれぞれ得意分野の宿題を集中的に消化してその後、交換しながら写すわよ!」

 なるほど、得意科目の宿題を消化してその後お互いに写し合うという訳か、そうと決まればのんびりしてられないと鷹人はアイスティーを飲み干した。


 翌日、夕べは美由の家で夜の八時まで宿題を消化して実家では夜の一一時までやっていたせいか若干寝不足気味だと、鷹人はうだるような暑い朝を迎えた。

 夏服を着て、玄関には翔お兄さんがくれたイギリス陸軍払い下げのベルゲン・バックパックが置いてあり、朝から色んな物を入れていた。

「あら鷹人、どこ行くの? 美由ちゃんの家?」

 外に出ようとすると、丁度母親と鉢合わせした。

「藤崎台球場、今日は準々決勝第一試合なんだ。それで応援に行く」

「あらそう、気をつけてね……最近エーデルワイス団っていう変な団体がいるから」

「わかってる、行ってきます!」

 鷹人は僕もそのメンバーだがな、と内心付け加える。

 重いバックパックを背負って家のドアを開けると陽射しが眩しく、蝉の鳴き声が盛大に響いていた。鷹人は自転車に乗ってうだるように湿った空気を切り裂いて走る。

 鷹人の家は健軍町停留場の近くで、自転車で走り抜けるのは子どもの頃から好きだった、暑い日も寒い日も関係なく。

 市電のある通りに出ると、職場に向かう人や、夏休みでも補習や部活のため学校に行く生徒も意外と多くいる。

 試合開始までまだ時間はあるが早めに到着した方がいい、今日は楽しい一日になりそうだと鷹人は期待しながら走る。

 やかましいほど蝉が鳴く藤崎台県営野球場――通称:藤崎台球場の駐輪場に自転車を置くと、駐車場に青いトヨタ・ランドクルーザーAXから美由と妙子、運転手の和泉が降りてきた。

「おはよう鷹人君、暑いわね」

「おはようございます和泉さん」

 レイバン・クラブマスターのサングラスにカンカン帽の和泉と、にこやかな挨拶を交わしながら歩み寄る。

「鷹お兄ちゃんおはよう」

「おっはよう桐谷君、みんなの分のVメガホン持って来たよ!」

 美由と妙子も制服姿で来ていて妙子は野球の応援に使うVメガホンを見せる。

「今日の相手は九州学園高校、甲子園出場経験のある手強い相手よ。細高は三塁側スタンドだって」

 和泉はあらかじめ調べておいたらしい。準備がいいなと四人で球場に入るとメインスタンドや三塁側スタンド及び外野側スタンドには既に多くの人が来ていた。

 ベンチ入りできなかった沢山の部員とその家族、エーデルワイス団のメンバーが呼び寄せたのか予選敗退した他の学校の生徒、細高の吹奏楽部にチアリーディング部、太鼓部と即席の応援団まで来ている、三塁側スタンドは彼らに占拠され、外野スタンドにまで溢れていた。

「おいおい……明日の新聞のスポーツ面が派手に騒ぎ立てるぞ」

 鷹人は思わず苦笑いしながら外野スタンドを目指す、相手の九州学園の野球部や応援に来た人たちの顔が見てみたい。メールによれば一輝や零は三塁側スタンドのどこかにいるらしい。

「おーいこっちだぜ!」

 いた、スタンド席の隅っこに制服姿の一輝が手を振っていて辛うじて空いていた。

「おはようみんな! 今日は来てくれてありがとう! 本田の奴きっと喜ぶぜ! 吹奏楽部や太鼓部、チアリーディング部にいる団員が連れてきたんだってよ!」

 一輝は表情を輝かせながら興奮してるようだ。

「うん、これじゃまるでここが甲子園球場だよ」

 鷹人は苦笑いする、向かい側も相当応援が来ているが、きっと空いた口が塞がらないに違いない。

「おはようみんな」

 零が振り向いて挨拶すると鷹人は思わずドキッとした。

 鷹人の位置からだと零を見下ろす形になっていたので、零の豊満で柔らかな胸のラインと谷間が見えていて心拍数が上がった。

「お、おはよう空野さん。隣……空いてる?」

「うん、いいわよ」

 零がうなずくと、鷹人は重いベルゲンを背中から降ろして開けると、キンキンに冷やした五〇〇mlのスポーツドリンクを一本ずつみんなに配った。

「みんな、もし気分が悪くなったら言って、くれぐれも無理しないように。試合中でも時々周囲を見回して、顔色や気分が悪そうにしてたら声をかけてあげて」

 鷹人の注意喚起に、みんなが返事して肯くと試合開始時刻はもうすぐだった。

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