第三話:はぁっくしょん!
読唇術!?
その反則的な特技はなんですか!
「じゃあ、さっきから俺が美人とか色々考えてたのも……」
「はい。そこはあえて流させていただきましたけど、嬉しかったです」
口角を釣り上げ、いかにも意地悪く笑う。
もう恥ずかしくて、ここにいられないじゃないか。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさああああああああああああああああい」
足を蹴り出し店外へダッシュ──しようとするも、腕を掴まれ制止された。
「こちらこそごめんなさい。ちょっとだけ懲らしめるつもりだったんですけど、やりすぎちゃいました」
店員さんがペロっと舌を出す。
そして指を三本突き出してきた。
「三点ほど訂正させて下さい」
「なんでしょう」
「一つ目、冷水ではなく温水です。こんな寒い日に冷水で雑巾絞るなんてありえません」
そこまで読めるのか。
思わず口を隠してしまう。
「二つ目、私は『ちっぱい』じゃありません。これが日本人女性の平均です。巷に溢れる牛みたいな乳した女性は、みんなシリコン入れてるかヒアルロン酸を注入してるんです」
それは絶対違う! ……口を隠したままでよかった。
なぜなら目の前の店員さんは、険しい目つきで「まさか否定しませんよね」と言わんばかりの殺気を放っていたから。
「残る一つは?」
「私にダーリンはいません。むしろ店の前を通り過ぎていくカップル達を横目に『朝っぱらからべたべたくっついて夕べは一体何をやってたんだ、二人揃ってそこの電柱に頭をぶつけてしまえばいいのに』と、鼻をこすりこすり洗濯機の汚れと格闘してました」
その端正な顔には似つかわしくない、物騒で怨みがましい台詞が飛び出した。
「嘘でしょう。もう口に出しちゃいますけど、店員さんみたいな素敵な人に彼氏がいないわけないじゃないですか」
「本当ですよ。『いいな』って人は、そう思ってくれても口にしてくれませんし──」
店員さんは溜息つきつつ、更に言葉を続けていく。
「──実際に口にするのは、自信満々で俺様なイケメンさんばかり。それはそれで私の方が疲れちゃうからイヤなんです」
世の女性が聞いたら怒り出しそうな台詞だ。
でも……。
「何となくわかります」
同性ですらそういうタイプは一緒にいると疲れる。
女性で心まで読めるともなれば尚更だろう。
「でしょう? ああ、そうですね。そんな私の怨念が篭められているという点で、この洗濯機はオススメできないかもしれません」
「あはは、店員さんって面白いですね」
「一方的に心を読むのは失礼なので、できるだけ本音で話す様にしてるんです……そうだ、今度は私が口に出す番です」
「何を?」
「御客様みたいなイケメンが当店にいらっしゃったのは、サンタさんのくれた贈り物なのかなって」
なんだか、すごい事を言い切られたぞ。
「イケメン? 誰が?」
店員さんはついっと俺に指を向けた。
「御客様」
真顔だ。
でも信じられない。
「お世辞にも程があります。生まれてこの方、そんなの言われた事ありませんよ」
もしそうなら同性からキモイ顔なんて言われない。
合コンだって呼ばれるだろう。
例え周囲に女性がいなくても、街中で逆ナンくらいされたってよさそうなものだ。
「キモイんじゃなくて、キレイなんですよ。御客様を合コンに呼ばないのは、呼ぶと女の子達を全部取られてしまうと思うからでしょう」
「それはないかと」
俺がイケメンかはおいといても心が狭すぎる。
しかし店員さんはふるふると頭を振る。
「男の嫉妬って女性よりも陰湿で恐ろしいんですよ? あと、いくらイケメンだろうと、自分から逆ナンできる女性なんてあまりいませんから」
「はあ……」
店員さんが顔をすっと近づけ、耳打ちしてきた。
(あちらの女性も、さっきからチラチラ御客様を見てますよ)
「ええっ!」
店員さんが指を立てて「静かに」とジェスチャー、くすくすと笑う。
全然気づかなった。
「本当に気づいてないんですね。でも私は勇気出しちゃいます。御客様みたいに女性慣れしてない自然体のイケメンさんって貴重ですから」
店員さんの頬がほんのりと赤らむ。
「えーと、それって……」
「御客様こそ信じられませんけど、特定の人いないんですよね?」
心臓をばくばくさせながら期待を込め、次の言葉を待つ。
「それ以上は私の口から言わせないでくださ──は、は」
ん? 言葉が途中で止まった。
「──はぁっくしょん!」
なんと豪快なくしゃみ。
口を抑えようとしたらしき手は、宙に止まってしまっていた。
店員さんの鼻から鼻水が洗濯機まで飛び、だら~んと垂れ下がっている。
「え、あ、や、あの」
プツンと鼻水が切れた。
そして顔を両手で隠しながらしゃがみこみ、泣き出してしまった。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああ!」