第二話:御客様、さっきから何を変な事ばかり考えてるんですか
「きゃあっ!」
俺の大声に驚いたか、店員は目を広げて後ずさっていた。
おずおずと尋ねてくる。
「お悩みの様でしたので声を掛けてみたんですが……御迷惑でしたか?」
「いえいえ、むしろ助かります」
「よかった」
店員さんは安心したのか顔を緩め、にこりと微笑んだ。
本当は「むしろ嬉しいです」と言い換えたい。
なぜなら目の前の店員さんはまさに「美人」という形容が相応しい女性だから。
長い睫毛にぱっちりとした目。
すっと通った高い鼻に艶やかな唇。
個々でも魅力的なパーツが絶妙に配置された小顔。
それでいながら、くるくる賑やかに変わる表情。
仕事柄か、髪は後ろで結わえただけ。
格好もカットソーにカーゴパンツとかなりラフ。
しかしそれがかえって素材の良さを引き立てている。
じゃあ聞いてみようかな、本当に悩んでいたところだし。
これも客ならではの役得だ。
「実は、家の洗濯機が再起不能っぽい故障しまして」
「あらら……」
「それで探してるんですけど、これと他との違いがわからないんです」
店員さんが即座に答える。
「まず一言で言うと、値段さえ折り合えるなら最高にオススメです」
「最高、ですか」
「はい。お買い物サイトでも人気上位の定番品です」
「その理由は?」
「まずこの製品は他製品と比較して一〇分ほど洗濯時間が短いです。約四〇分で脱水まで終えますが、それでいながら洗浄能力は他製品以上との定評があります──」
店員さんが一息入れ、さらに説明を続ける。
「──さらに洗濯機の掃除要らずで除菌能力や節水能力にも秀でてます。この辺りの具体的な説明は省略したいと思いますが、お聞きになりたいですか?」
「いいえ、結構です。きっとよくわからない単語が飛び交うんでしょうし」
「ふふ、そうなります」
店員さんが軽く微笑む。
俺の緊張を解くため、わざと聞いてくれたのだろう。
「失礼ですが、御客様は御結婚なされてます?」
「いえ、独身ですが」
「なら、これは絶対にオススメです。乾燥機能が違いますから」
「乾燥機能?」
店員さんがこくりと頷く。
「ここはきちんと説明した方がよさそうですね。他の洗濯機にも乾燥機能は付いてますが、どれも【簡易】と書かれているでしょう」
店員さんが隣の洗濯機のポップを指さす。
「簡易とこちらに書かれているヒーター乾燥とでは違うんですか?」
「大きく違います。簡易乾燥は冷風で乾かすんですが……例えて言えば、洗濯物を丸めたまま扇風機の前に放り投げる感じです。つまり結局、きちんと干さないといけない」
「それは……」
意味ないじゃないか。
手間と時間が省略できてこその乾燥機なのに。
「一方でヒーター乾燥の方はきっとイメージ通りの働きをしてくれます。ですが──」
店員さんはすっと視線をそらし、顔をしかめて気まずそうにする。
「──電気代が簡易よりも掛かるという欠点があります。それもかなり大きく違いますので、外に干せる日は極力外で干すという使い分けがベストです」
「なるほど」
「ドラム型だとヒートポンプ式という、電気代の弱点を克服した商品も販売されてるのですが……この商品で悩むということは、きっとドラム型を置けないんですよね?」
「その通りです。もしこれを買ったら、今すぐ運んでもらえるんですか」
「どちらにお住まいですか」
「ここから歩いて一〇分程度、コンビニ『ファムマ』の辺りです」
「それならすぐ運びますよ。以前の洗濯機も処理代の実費で引き取って帰ります」
それなら話も早くていいなあ。
どうせ買わないといけないし。
街中に出て幸せそうなカップル見るのも不愉快だし。
──店員さんが顔を横に向けて手で口を抑えた。
「くしゅん……あ、失礼しました」
「風邪ですか?」
「いえ、元気いっぱいのつもりなんですけど……お客様の前ですしマスクしますね」
店員さんがポケットからマスクを取り出し、封を開けようとする。
「大丈夫です、お構いなく」
むしろやめてください。
マスクなんかされたら、その美しい顔を拝めなくなるじゃないですか。
でも本当にどうしようかなあ。
説明を聞いている内にどんどん欲しくなってきた。
「中古でしょうに、つるつるのピカピカですよね」
「ええ、何といっても本日私が磨き上げたばかりですから」
店員さんがついっと胸を張る。
そうする事で辛うじて膨らみがわかる程度の薄い胸。
これがいわゆる『ちっぱい』というやつか。
ここだけは残念だなあ。
──あれ? 店員さんがじとっと睨んできた。
そんなにいやらしそうな目をしちゃったのかな。
話を続けて誤魔化そう。
「本日ですか?」
「はい。朝一番に御客様が売りに来て、その後はごしごし拭き上げました」
店員さんが顔を軽く上げ、高い鼻をさらに高くしてみせる。
そうですか。
あなたは寒空の下で冷水を張ったバケツに雑巾を浸け、『頑張れ私。この仕事が終われば、夜は愛するダーリンとデートなんだから』とか顔を緩めてたわけですね……。
いかんいかん、また妄想に耽ってしまった。
──えっ!? 店員さんの眉が跳ね上がった。
「御客様、さっきから何を変な事ばかり考えてるんですか」
「気に触る事でも言いました?」
いや、それ以前に何も口にした覚えはない。
「私、読唇術ができるんです。御客様みたいな口を動かしながら考えるタイプの方ですと、考えてる事は全てわかっちゃうんですよ」
ちょっ!?