第一話:何かお探しですか?
「いちま~い……に~ま~い……」
部屋に散らばったパンツを一枚ずつ数え、洗濯カゴへ。
パンツだけじゃない。
見渡す限りのゴミ、ゴミ、ゴミ。
空の弁当箱にペットボトルに雑誌類。
その脇には山積みとなったぱんぱんのゴミ袋。
まさに腐海だ。
あーあ、せっかくのクリスマスイヴだというのに。
一緒に過ごしてくれる彼女が欲しいなあ。
「もう、散らかしちゃって。だめな人ね」、口を尖らせながら指でおでこをつん。
ぶーぶー言いながらも、部屋を片付けてくれたりなんかしちゃったり。
……いかん、いかん。
つい妄想に耽ってしまった。
何かスイッチが入ると妄想しては手が止まる。
ああ、独り暮らしの病だ。
彼女いない歴はイコール年齢の二九年。
もてるもてない以前に、そもそも出逢いがない。
中学高校は男子校だったし、職場に女性は一人もいない。
他の同僚は合コンで相手を見つけてるけど、一度も呼ばれた試しがない。
それはきっと、俺が行くと女の子が逃げてしまうからだろう。
周囲からは「キモイ顔」と言われてるし。
いや、やめよう。
独りでいるしかないなら、せめて前向きに過ごそうと決めたじゃないか。
だから俺は必死に掃除をしている。
「掃除してたから、仕方なく誰ともデートできなかった」
売れ残った半額ケーキを独りで食べるための言い訳を自分に与えるために。
洗濯機に、いっぱいとなった洗濯カゴの中身を流し込む。
操作パネルをピッ、ピッとタッチ。
水道から洗濯槽内に水が注がれ始める。
──再び洗濯物を拾い集めていると、嫌な感じの甲高い電子音が聞こえてきた。
〈ピー、ピー、ピー〉
洗濯機は、すすぎの途中で止まっていた。
パネルには【E‐05】の表示、何らかのエラーらしい。
どうやって解除すればいいのだろう。
とりあえずコンセントを抜き差し。
電源を入れる、無事にエラーが解除された。
よし、ピッ、ピッ、再開のピッ。
ゴン……ゴン……ガコッ、ガココッ、ガココココココココッ
やばい! 金属同士がぶつかり合う異音!
コンセントを引き抜く!
コココココ……止まった。
どうやら完全に故障らしい。
何せ十年以上使い続けてる代物だからなあ。
こんな日に、洗濯機まで故障するなんて。
仕方ない、コインランドリーに行こう。
水浸しの洗濯物を入れたビニール袋を、サンタクロースよろしく肩に担ぐ。
あーあ、イヴに働けるサンタさんが羨ましい。
常に独り者の言い訳ができるのだから。
※※※
コインランドリーから出ると、体がぶるっと震えた。
冷え込むなあ、夕方から雪が降るんだっけか。
乾燥してるせいで、吸い込む空気が鼻腔を刺してくるかに感じる。
──向かいにある一件の店に気づく。
店頭には冷蔵庫にソファーに……どうやらリサイクルショップの様だ。
商品の中には洗濯機もある。
覗いてみるか。
店内に足を踏み入れる。
鋭く尖る様に張り詰めていた空気が、ふっと柔らかくなった。
陳列棚には、隙間も無いくらいにびっしり物が並べられている。
さらに加湿器が何台も運転中。
柔らかい空気はこのせいか。
──本命の洗濯機コーナーへ。
ポップには一つ一つに「○○年型」と記されている。
およそ五年くらい前の品が多い。まだまだ使えそうなんだけど。
どれもこれも憧れの乾燥機能付。
普通の縦型上下開閉タイプもある。
これならうちの洗濯機置場にも置ける。
昔見て回った時、乾燥機能が付いたのは大型のドラムタイプのみ。
しかも値段が高くて、泣く泣く諦めた。
ここに並んでる品は概ね三万円前後。
これなら現在の俺にも手が届く。
どうしようかな……買っちゃおうかな……。
自分へのクリスマスプレゼントとして。
沸々と物欲が現実味を増してきた。
──ふと、ピカピカに光る一品が目に入る。
【緊急入荷! 二〇一五年製の超売れ筋商品! メーカー保証殆ど残ってます!】
具体的な機能は【ヒーター乾燥】【自動おそうじ】【節水センサー】……他にも色々書いてある。
わかる様でよくわからない。
値段は六万円、他の倍以上違う。
だけど神々しいオーラを放っていて、心を惹かれる。
タッチボタンが細々と並んだ操作パネルは「最新です」と訴えんばかり。
ああ、まるで吸い寄せられる様に目が……あれ?
パネルの上に、長さ五ミリもない小さな黒く細い物体。
これは……「毛」?
ここに並ぶ商品は原則中古品。
だとすれば売主の毛だろう。
長さからするとまつ毛あたりかな。
こんな最新型の洗濯機を買ってすぐに売るなんて、きっと豪邸に住めるくらいのお金持ちに違いない。
恐らくはその家のメイドが使っていたのだろう。
朝早くに起きて眠い目を擦りながら洗濯をしていたところ、その指についたまつ毛がくっついてしまったのか。
……いかんいかん、この妄想癖はどうにかしなければ。
「何かお探しですか?」
「うあっ!」