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灯火
一五二〇年、冬。神聖ローマ帝国はザクセン、ヴィッテンベルクの広場にて。
業火が煌々と、朝の薄闇を照らしていた。広場に集う野次馬―”目撃者”―達は、これから目の前で繰り広げられる世紀の大見世物を見逃すまいと詰め掛け、辺りは喧騒に包まれていた。
輪の中央に、一人の修道僧の姿があった。黒い装いを身にまとった彼の左腕には聖書が―そして、右手には既に皺だらけになった紙片が、しっかりと、握られていた。
冬の遅い朝である。広場にようやく陽が差し込むのを眺めていたその鷲鼻の小柄な男は、空を見上げて目を閉じ、小さく祈りを唱えた。聖書に口付けし、そして意を決して、言葉を紡ぎ始めた。
「我々人間にとって、真に崇敬すべきもの。それは紛うことなく、我らが父たる主であるのだ。」