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命刻の治癒術師  作者: 瀬乃そそぎ
第一章 神と魔術師 God_and_Extremer
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第4話 『炎姫 -Extremer-』

 一人と一体は一瞬で肉薄した。

 地を鳴らしながら数歩でオルフェリスとの距離を詰めた黒丸が、その太い腕を振りかぶる。

 圧倒的なプレッシャー。

 いや、この場合はプレッシャーと言うより恐怖心といったところか。



 大きな挙動で構えられた黒丸の右腕が、轟々と唸りを上げて振るわれた時、オルフェリスは既に竦んだ脚に喝を入れて真横へと飛んでいた。

 ゴバッッッ!!! と衝撃音を撒き散らし、巨大な黒い拳が地面を砕く。



 人体の二倍近くある巨人の拳だ。生身の人間がまともに受ければ容易く潰れてしまう程の威力を持っているだろう。

 受けてしまえばただ事では済まない。

 強い風圧に身体を煽られた彼は、地面を転がりつつも咄嗟に態勢を立て直して立ち上がった。



(一撃の威力は凄まじいけど、攻撃は単調で繰り出すまでの時間は長いから見切れないほどじゃない。俺の体力が持つ限り、避ける事は出来るはず――ッ!)



 浅い回避では風に煽られ態勢を崩し、隙を作りかねない。

 逆に大きすぎる回避は無駄な体力を浪費する。

 如何にヤツの動きを視て、的確な回避をするか。

 戦う能力を持たないオルフェリスが、雇われの冒険者を待つまでに出来ることはそれくらいだった。



《とは言え、君の言う冒険者とやらはいつ来るんだ?》


「分からない! でも、何とか持たせるしかない」



 言いながら最短距離で黒丸の背後に回り込む。

 彼の行動範囲は黒丸の攻撃範囲内だ。

 範囲の外に逃れる事も不可能ではないが、どうせ離れたところで二人の一歩の距離が違う。再び一瞬で間合いを詰められる。



 常に攻撃範囲内に身を起き、奴の攻撃から逃れることだけに神経を研ぎ澄ます。

 直後。

 振り返った黒丸が遠心力を利用した回し蹴りを放った。太く速い黒色の軌跡が宙に描かれ、オルフェリスに殺到する。



「――ッ!」



 しかし、その踵は的に撃ち付けられる事なく空を切り、徐々に高度を下げて地面を抉った。

 鋭い呼気と共に態勢を低くして蹴りから逃れた彼は、目を見開いて黒丸を見据える。

 ただ、それしかオルフェリスに出来る事はない。

 ひたすらに避け続ける。



「畜生、馬鹿みたいな腕力しやがって……」



 彼は視線だけを下に向けて呻くようにそう言った。

 たった数度の攻撃で、地面には幾つものひびが入っていた。黒丸の拳、踵が刻みつけた跡。その惨劇を前に、人知れずオルフェリスは身震いする。



「こんな必殺の攻撃受けたとして、俺の意識は本当に持つのか――?」



 死なないならば上等だと言った。

 しかし、今一度敵対する魔獣の攻撃によって起こった現象を見て改めて考え直す。

 必殺の攻撃を受けても傷は付かない。



 それはつまり、本当は死んで意識を無くすはずの攻撃を受けても、死なずに意識が残り続けるという事

だ。

 考えただけでも恐ろしい。

 オルフェリスがこの攻撃を避けきる事が出来無くなる状況まで追い込まれた暁には、死んでしまいたいと思う程の激痛が襲いかかるのだ。



 避けられない事はない。

 しかし、避けるにしても多大な神経をすり減らす。

 ギリッと歯噛みしたオルフェリスは、真横から迫った黒丸の拳を、ギリギリの所で身体を捻って回避した。

 崩れかける態勢を立て直すため、横に脚を伸ばそうとして目を見開く。

 向かう足の元に、石。



《フェリス――ッ!》



 踏み出すことを逡巡したオルフェリスに、エルシアの叫び声にも近い絶叫が届いた。

 ぶわっと自身の肌が泡立つのを感じる。

 原因はすぐに分かった。



「――ッッッ!!!」



 声を上げる暇もなかった。

 地をも砕く程の威力を秘めた殴撃が、オルフェリスの横の腹に突き刺さった。

 一瞬、全ての感覚が途絶する。

 視覚が、嗅覚が、聴覚が、何もかもが消え去り。



「かはっ――?」



 次の瞬間に、彼の身体は木に激突して力なく地面に倒れていた。

 肺から空気が絞り出され、強い痛みを感じる。

 しかしそれを覆い尽くすかのように、黒丸の拳が発生させた強い激痛が身体全体に広がっていった。



「がァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」



 一瞬で吸い込まれた空気が肺を痛めつけるのを気にする余裕もなく、オルフェリスは地を転がりながら絶叫した。

 肋骨全てが折れていてもおかしくはない攻撃だった。いや、もっと酷いだろう。内臓器官が幾つかスクランブルエッグの様にグチャグチャになっていても驚きはしない。



《フェリス、フェリス! しっかりするんだ!》


「あ……がはっ!? ぐぶごはげぼッッッ!!??」



 それでも尚、気を失う事のないオルフェリスにエルシアが悲痛な色の濃い声を掛ける。

 ここで倒れる訳には行かない。

 そうすれば、新たな得物を求めてこの魔獣は町の方へと向かってしまう。

 吐血しそうな勢いで咳き込むオルフェリスだったが、その口から血塊が出ることはなかった。エルシアの言うとおり、身体の何処にも損傷が起きていないからだろう。

 視界が眩むような痛みが全身を駆け巡る中、切羽詰った様子のエルシアの声が聞こえてくる。



《フェリス、まずい! 黒丸ヤツが来る!》


「わがっ、でるよ……ッ! でも、身体が――」



 動かない。

 禄に運動していない奴が、突然過度の筋トレをした時に感じるような虚脱感。身体に力が入らない感覚がオルフェリスの全身を襲った。

 手を付いて起き上がろうとするも、その腕が震えてすぐに曲がってしまう。



《くそっ……このままじゃ……》



 壮絶な痛みと虚脱感で動かない身体に拳を叩きつけるも、その拳すらも弱々しい事に舌打ちするオルフェリス。

 先程のエルシアの言葉がフラッシュバッグする。

 激痛が及ぼす精神崩壊の可能性。

 ここで動けなければ、あとは一方的に黒丸の攻撃を受け続ける事になる。



《やっぱりダメなのか……我がいても、フェリスの運命は死に――》



 悔しさが滲み出るエルシアの声が聞こえる。

 言っている意味は理解できなかったが、その言葉が自分を心配してくれているものだと言う事は何となくわかった。



(何やってんだ俺、神様を心配させるとか不敬にも程があるぞ……)



 黒丸はゆっくりと近づいてくる。

 その姿をしっかりと捉えるために大きく目を見開いたオルフェリスは、再び拳に力を入れる。



(立て、動け、動け――ッ!)


 その時、自分の中で何かが弾けたような気がした。


(精神を、掌握しろ――ッ!)



 直後。

 膨大な『熱』が空間を支配した。

 突き刺す様な熱気に、オルフェリスは(、、、、、、、)目を細めた。

 それは、オルフェリス(、、、、、、)のものでも(、、、、、)エルシア(、、、、)のものでもない(、、、、、、、)

 第三者の力によるものだった。



 彼方から伸びた真っ赤な炎熱のビーム砲は黒丸の丸太のような左腕を貫通し、その先にあった木に直撃する寸前で消え去った。

 ドサッと音を立てて落ちた黒丸の腕は、ボロボロと風に流される灰の様に消えていく。



 攻撃は一度では止まなかった。

 次々と伸びる炎熱ビーム砲は黒丸の右腕、両足を貫通して燃やし尽くす。

 黒丸は身体を支える脚を失って地面に倒れた。凶悪な口から漏れるのは、悪意や殺意等と言ったドス黒い感情が詰まった呻き声。



「……燃え尽きろ」



 感情を殺した冷めた声が聞こえた。

 その瞬間、目の前に新たな影が現れる。

 長い金髪を揺らし、碧色の瞳は真っ直ぐに黒丸の姿を捉えていた。黒が基調で赤色の刺繍が刻まれたコートを羽織り、袖から伸びる白く綺麗な掌からは、炎熱のブレードが伸びている。



 それは、熱そのもの。

 赤く輝くブレードは、魔術によって生まれた代物だ。

 より強い熱気を感じたオルフェリスの前で、ソレは振るわれる。

 ボバッ! と音を立てて斬り裂かれた――否、焼き裂かれた黒丸の身体は例の如く灰となって消えていった。



 反撃を繰り出す隙すら与えない。

 圧倒的な火力で、まさに『一瞬』と形容できる程のスピードで。

 その少女は、魔獣を封殺した。


「おま、え……?」


 掠れた声で呼ぶオルフェリスに向き直った彼女は、凛とした鈴の音にも似た声で言った。


「何やってんのよ、バカフェリス」



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オルフェリスと黒丸の戦闘シーン差し替え

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