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命刻の治癒術師  作者: 瀬乃そそぎ
第一章 神と魔術師 God_and_Extremer
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第3話 『底辺治癒術師』

   3



 まるで天使の様にも見えた少女――エルシアは、銀色の髪を揺らしながら、階段を下りるような動作で空中を歩いていく。金色の瞳は一直線にオルフェリスを見つめていて、他には何も映していなかった。



 黒丸の存在など意に介していない。

 対する黒丸も、どういう訳か動けずに固まっていた。



「だ……れだ……?」



 ひゅうと空気が抜けた、掠れた声でエルシアに尋ねる。

 右肩を中心に発生する激痛はどういう理由か消え去っていた。思考回路は目の前で起きた神秘的現象に対応するために渋滞になっているらしい。

 遂にオルフェリスの目の前まで移動したエルシアは、整った顔を悲痛色に染め、



「大丈夫? 痛いよな、辛いよな……。ごめん、我はどうやら万全ではないらしい。フェリスの『傷』は治せても、『痛み』は癒せない」



 初対面であるのに、オルフェリスの事を親しげに『フェリス』と呼ぶエルシアは、表情を曇らせて言った。



「な、にを……言って…………」


「今は説明をしている暇はないよ。まずは黒丸アレを何とかしよう……と言いたいけれど、我にはその力もないみたいだ」



 自嘲気味に笑ったエルシアは、倒れたオルフェリスの赤く濡れた頬をその手で撫で、



「単刀直入に聞こう。このまま死ぬか、我を受け入れて生きるか。そろそろフェリスの生命力的にマズいから、決断してほしい」



 選択肢には、生きるという道があった。

 黒丸に断ち切られた腕。切断面から溢れ出した血の量は凄まじいもので、このまま止血しなければ確実に死ぬ。例え止血できたとしても、黒丸はそれを見逃さないだろう。


 それでもこの少女は――治癒神を名乗る少女は生きる道を提示してきた。

 なら。



「――生きたい」


「……うん」



 掠れた声でそう言ったオルフェリスの、何も映さないくすんだ瞳に微かな光が宿ったのを見て、エルシアは満足げに眩しい笑顔を浮かべて頷いた。

 彼女はもう片方の手も持ち上げ、オルフェリスの頬に触れると、顔を近づけて言った。



「目を、瞑って」



 抗わなかった。

 オルフェリスは自然と下がってくる瞼を閉じ、エルシアの言葉に従った。

 その直後。



「――ッ!?」



 唇に柔らかな感触を感じ、目を見開いた。

 その瞳が映したのは、超至近距離で目を閉じるエルシアの可愛らしい顔。陶器の様な白い肌に長い睫毛、鼻筋の通った顔立ち。文句の言い所がない、十人が見れば十人が可愛いと言うだろう美少女の顔が、目と鼻の先にあった。

 つまりコレは――



(キス……されてんのかっ!?)



 これがファーストキスだった事も忘れ、ただ驚いていたオルフェリスの前で、直後、光が弾けた。

 あまりの眩しさに目を強く瞑る。数秒の間顔を背け、光が収まったのを確認して目を開けた時には、既にエルシアの姿は無くなっていた。



「……は?」



 素っ頓狂な声を上げ、夢だったのかと右手で(、、、)目を擦った時に、気がつく。



右手で(、、、)……?」



 右腕が生えていた。


 オルフェリスの視線の先には、何事もなかったかの様に無傷な右腕が生えていた。肘はあらぬ方向に折れ曲がったりなどしていなく、手首も真横に倒れて骨が見えるなんて惨劇にはなっていない。気になるのは、着ていた白のミリタリーコートの袖が肩口から無くなっていて素手が晒されている事と、思い出したかの様に腕を断ち切られた事による痛みが舞い戻ってきた事くらいだ。



「どうなってんだ……?」



 あのまま消え去ってくれればよかったのに、と思わせるような尋常じゃ無い痛みに顔を顰めたオルフェリスは、呆然としながら呟いた。


 心なしか、体調は先程よりも良くなっている気がする。

 生え直した右手の指を動かしていると、再びあの声が聞こえてきた。



《ここがフェリスの中か。結構居心地はいいものだな》


「何だコレ……声が身体の内側から聞こえてくる……?」



 自分でも一体何を言っているんだ、と思いながらも、感じたことを率直に呟く。

 その言葉を受け、エルシアはオルフェリスの中(、、、、、、、、)で頷いた。



《そう感じるのが普通だよ。文字通り我は、フェリスの中にいるからな》


「は、はぁ!?」



 右腕だけでなく叫ぶ元気も少し戻ってきた事に更に驚きつつ、エルシアの言葉に耳を疑う。いや、厳密に言えば耳は使っていないのかもしれないのだが、そこはどうでもいいだろう。



《神懸り……我の場合はちょっと特殊だけど、聞いた事くらいはあるだろう?》


「そりゃ聞いた事あるけど……腕が生えた事といい、なんかちょっと元気になった事といい、どうなってんだ。って、あれ? てことはつまりエルシアは本当に……」


《なんだ、疑っていたのか? 我は正真正銘、神様だよ》


「まじか……何ていうか、俺の中で『神様』のイメージが崩壊したよ。もっと厳ついおじさんとか萎れた老人を想像してたのに、ただの可愛い女の子じゃねーか。敬語は必要か?」


《む、か、可愛い……えーと、その、ありがとう。敬語はいらないよ、対等で行こう》



 頬を薄く赤色に染めて頬を掻くエルシア。この小さな女神様はそう言う言葉に耐性がないらしい。



《嬉しいけど、今はこんな事をしている場合じゃない様だ》


「え?」



 エルシアの言葉に視線を上げたオルフェリスは、一瞬身体を硬くした。

 黒丸が動き出す。



「な、急にどうしてっ!?」


《我がフェリスの中に入った事で動けるようになったんだろう。フェリス、対抗策は?》


「残念ながら何もねーよ! 俺はちょっとした攻撃魔術も禄に扱えない凡人なんでね! 今は街に雇われてる冒険者が助けに来てくれるまで、ここで引き付けるしかない!」



 オルフェリスを見据えた黒丸は、数歩で彼との距離を縮め、黒く太い腕を振りかぶった。

 地面をも砕く殴撃。例え女神様がその身に懸かっていたとしても、喰らえばひとたまりもないだろう。



 身を低く沈めたオルフェリスは、全力でその身を前方に投げ出した。

 間近で聞こえる空を切る音にゾッとしながらも体勢を立て直し、黒丸の股の下を潜って走り出す。



「エルシア!? 思ったんだけど、お前が俺に懸った事で一体俺はどんな得があるんだ!?」


《傷が出来無い》


「……は?」


《だから、傷が出来ないんだよ》



 走りながら疑問符を浮かべるオルフェリスに、エルシアは淡々と答える。



「傷が出来無いって、アレか? そのままの意味か? 例えば、殴られたり切られたりしてもダメージを受けない所謂いわゆる無敵みたいな?」


《残念だけど無敵という訳ではないよ。我が遮断するのは『傷』だけ。『痛み』からは守れない》


「つまり、斬られれば普通に痛いけど、傷は出来ないし血も出ない、と?」


《うん、そういう事になるな》



 傷は出来ないが痛みは感じる。それはつまり、致死的な攻撃を受けても外傷が出来ず血も出ないから、悲惨な激痛地獄を彷徨うという事だ。

 ぶっちゃけ勘弁願いたいが、それでも死なないだけマシだと思えるのは、つい先程に死んでもおかしくない様な状況に陥ったからだろう。



「……へへ、死なないってんなら上等だ!」


《……普通なら死ぬ程痛いのに死ねないという状況は、人の精神(、、)に多大な負荷をかけるモノだと思うんだがな》



 呆れた様な、しかし嫌悪は感じられないエルシアの言葉を受けて走りながら笑みをもらす。

 視線を背後に向ければ、拳を地面に叩きつけた黒丸がゆっくりと振り返り、その一歩を踏み出そうとしていた。



「それで、他には!?」


《もう一つあるが、それはここでは役に立たない。まずはここを生き延びる事だけを考えよう》


「アレ、俺って今外傷的な意味では無敵のはずじゃ!?」


《外傷的にはな。でもフェリスの精神面は別だ、さっきも言っただろう。膨大な『痛み』を受けて、何らかの反応を起こしてもおかしくはないよ。今のフェリスの特性は前例の無いモノだからな。傷を受けず、痛みだけを感じ続けた者の末路なんて聞いた事もない》


「うっ、なんか急に背筋がブルッてきた」



 想像したくもない話を聞かされ身を震わす。

 それでも、エルシアと話しているだけで何故だか安心感が芽生える。今もすぐ近くには、人の命を脅かす敵がいて、ついさっき殺されかけたばかりなのに、軽口を叩き会えるような余裕もできた。



「エルシア様々だな」


《どうした?》


「いや、なんでもねーよ。ありがとな」



 オルフェリスは笑いながらそう言うと、ブーツの踵で地面を削って急停止し、振り返る。

 視線の先では走り始めた黒丸の巨体がある。その表情には薄らと怒りが芽生えていて、眼も爛々と血走っているように見えた。



「逃げてるだけじゃすぐに追いつかれる。こうなったら、冒険者の人逹が来るまで奴の攻撃を避けて逃げるを繰り返すしかない」


《だけどフェリス、自称『凡人』の君は魔獣の攻撃を避け続けるなんて真似が出来るのか?》


「出来る出来ないの問題じゃない。やらなきゃいけないんだ。ここで俺が逃げ出せば、町にも被害が出ると思う。それだけは避けたい」


《……君は立派な勇者だよ》


「違うさ」


 生え直した右手の拳を握り締めたオルフェリスが走り出す。


「切り傷程度しか治せないただの底辺治癒術師だよ」


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