第1話 『平凡な日々の終わり』
前半はオルフェリスの日常風景です。
八割がたストーリーの本筋に関わってないです(´・_・`)
※1話は作者的に動作描写がクドい気がします。後に訂正を入れたいと思っていますが、今はご了承ください。
小鳥のさえずる音が聞こえてくる。
ベッドの上で丸くなって眠っていた少年は、カーテンの隙間から差し込んで来る朝の日差しを受けて目を醒ますと、気怠げな様子で身体を起こした。
中性的な顔立ちの少年だ。純白の髪は男にしては長く肩に掛かるくらいまで伸びていて、前髪の奥に見える瞳は赤。体格は若干細めだが、幼い頃から鍛えていることもあって引き締まった筋肉を付けていた。
オルフェリス=ウォーカー。
今年で十六歳になった、まだ幼さが残る少年である。
「ふああ……」
彼は欠伸をした後ゆっくりとした動作でベッドから降りて身体を伸ばす。
「さて」
ポツリと呟いたオルフェリスはそそくさと着替えを開始する。
白いTシャツに白いズボン、その上に白いミリタリーコートを羽織り、全身を真っ白で覆った彼は赤色の瞳を部屋の扉へと向けた。
「居候の一日は忙しいもんだ」
扉を開いて部屋を出た。オルフェリスの部屋のものと同じ扉が幾つか続く廊下を進み、階段を下りる。
暖簾を潜って食堂に入った彼の目に入ったのは、そこで朝食の準備をしていたこの『黒鹿亭』の女将、リンディだ。
「おはようリンディさん」
「あらフェリス、早いじゃない。ちゃんと昨日の頼み事覚えててくれたんだね。助かるよ」
「二年も居候させて貰ってんだ、頼まれ事はしっかりやらねーとな。それじゃあ行ってくるわ」
略称でオルフェリスの名を呼ぶリンディに手を振って食堂を後にする。
そのまま玄関へと向かった彼は、白いブーツを履き、扉を押し開け外に出た。
朝七時前の外はまだ少し寒く、吹く風も少しばかり冷たい。
視線を上げれば雲一つない薄い青色の空が広がっている。
「春先の朝はやっぱりコート無かったら駄目だな」
首を竦めて身体の隠れる面積を増やそうと試みながら目的地に向かって歩き出す。
この町――リンシアに建つ建物に限らず、ほとんどの建設物が石造建築となっていた。重厚な石の壁と小さな窓が特徴的な家々、その屋根は植物から取れる天然の染料で彩られた石版で造られている。主に赤と青の二色だ。
リンディに頼まれているのは物資――食料の調達だ。調達といっても、事前に買ったモノを宿屋まで運ぶと言う内容で、これまでに何度か経験もある。
ズボンのポケットに手を突っ込んだオルフェリスは、数分歩いて見えてきた目的地を見据える。
開店の準備を終えた様子の店主が中に戻ろうとしていく所に、オルフェリスは一声掛けた。
「うっす、おじさん」
「ん? おぉ、オルフェリスじゃねえか。いつものアレだな、今持ってくるからちょっと待ってろ」
オルフェリスを見て直ぐに目的を理解した店主が、彼の声に片手を上げて応じると、店の中に入っていった。
数分後、いつものように大きな木箱を店の前に持ってくる。
合計四箱運び終えた後で、店主は首に巻いたタオルで額を拭いながら、
「ほらよ、今回の分だ。重てえから気を付けろよ……って言うのはもう聞き飽きたか」
「まあな。何せあの宿に居候し始めてからこの仕事は全て俺がやってるからな。嫌でも慣れてくるよ」
「……違いねえな。ご苦労なこった」
豪快に笑った店主の笑顔の裏に若干の陰りを感じとったオルフェリスは、それに気が付かないふりをして微笑を浮かべると、運び出された木箱に手をかけた。
「それじゃあ俺はさっさと運んでお役目済ませちゃうわ。サンキューな」
よっこいしょ、と重たい木箱を持ち上げながらそう言ったオルフェリスの言葉に、手の仕草だけで返した店主が店の中へと戻っていく。
その姿を見届けた彼は、踵を返して来た道を引き返した。
幼い頃から鍛えていたオルフェリスの十六歳の身体は、この程度の運動で根を上げたりはしない。
対して疲れた様子も無く全て運び終えたオルフェリスは、黒鹿亭の裏に造られた水魔石と言う水を生み出す鉱石を利用した水場で顔を洗う。
魔石とは、魔力を消費する事で様々な効力を発揮する鉱石の事だ。水魔石なら水を、炎魔石なら火を生み出す。
魔力を注げば何度でも使えるし、絶対数も少なくないから重宝されている代物だ。もっともそれも魔工技術が発達したお陰で出来た代物であり、原石のままでは全くの効力を得られない。
数十年前とは違い、今では一般的に普及していた。
魔力の供給をやめて水を止め、オルフェリスは宿の扉を開いて中へとはいる。
「お疲れフェリス。朝ご飯できてるよ」
「ん」
白のミリタリーコートを脱ぎながら返事をした彼は、それを椅子に掛けて自分も座り、運ばれた食事を食べ始める。
リンシアの町には宿は二つしか無い。元々小さな町であるため、泊まりに来るような客が少ないのだ。オルフェリスが居候している『黒鹿亭』と、『赤羽亭』の二つである。
「……ここに泊まってる雇われの冒険者はまだ降りてきてないのか」
黒鹿亭には、町を魔物や魔獣から守るために雇われた四人の冒険者が泊まっている。オルフェリスは同じ屋根の下で暮らしているため何度も顔を見ているが、皆それぞれベテランの風格を纏っていた。
「父さんと母さんも、現役バリバリの頃はあんな感じだったのかな」
今は亡き、父と母の姿を雇われの冒険者に当てはめて想像する。
黒い髪に黒い瞳という珍しい容姿を持って生まれた父エルスと、銀髪碧眼の美しい容姿を持った母アリシア。
一流剣士と高位魔術師だった二人の事を思い出している内に、スープを掬おうとしていたスプーンに何の感触も感じ取れなくなっていた事に気がついた彼は、カップを覗き込んで息を吐いた。
「いかんいかん。物思いに耽ては」
ごちそうさま、と呟いて食器を片付けると、階段を上って与えられた自室に向かい、一日のスケジュールを確認する。
基本的に予定の大半が宿屋の手伝いで埋まっている。その他といえば何年もの間、毎日欠かさず行っている自主トレーニングくらいだ。
身体を鍛える運動の他、剣の素振り、体内に巡る魔力と呼ばれるエネルギーの操作。
どれも昔、父に教えられて続けている修練である。
「薪割りまでまだ一時間あるし……先に魔力操作だけしてしまうか」
言いながらベッドの上に胡座を掻いたオルフェリスは、両手をお椀を持つようにして目を閉じる。
魔力。一般的にソレは魔術を使用する際に用いられる、人なら誰しもが持つエネルギーの事を指す。勿論その総量に個人差はあるが、魔力を持っていないと言う人間は彼が知る限りはいない。
「どうせここで全部消費しちまっても、ショボい治癒術式しか扱えない俺にゃ魔力なんてあんまり必要ないしな」
魔術師にとって、魔力はかなり重要なモノである。身体を鍛えた戦士とは違い、魔術師は魔力が尽きれば何もできなくなってしまう。
だが、オルフェリスは小さな切り傷を治す事くらいしか出来無い、底辺治癒術師だ。どうせ魔力があった所で殆どその役目を果たさないし、『何かがあった時』なんてシチュエーションはほぼ発生しない。
彼にとって魔力というのはあってもなくてもあまり変わらないものだが、魔力操作は小さい頃から父に言いつけられているため、やめるつもりはなかった。
「――……、」
自嘲気味に笑ったオルフェリスは、ふっと長く息を吐いて意識を掌に集中させる。まるで血の流れが全て掌に向かっている様な感覚。それと同時に、手首から指先までを熱く錯覚する。
直後に現れたのは、透明に近い空色の玉だった。
掌を通して空気中に流された魔力は、オルフェリスの意思に従って丸い形を保つ。
初心者にはまず出来ない芸当だ。魔力を魔力のまま具現化するというのは、魔力を利用して魔術を発現するのよりも難易度が高い。しかし、子供の頃から父に教え込まれていたオルフェリスは、それを容易くこなす。
「…………ふぅ」
その体勢のまま数十分。
心地よい脱力感が身体の魔力の七割程を失った事を伝えてくる。
習慣その一は終了である。
「さて、早めに始めて早めに終わらせるか」
立ち上がったオルフェリスは、次なる仕事を終わらせるべく宿を出た。
こうして今日も、いつも通りの一日が過ぎようとしている。
そして。
そんないつも通りの日々は、唐突に終わりを告げた。
2
昼食を取ったオルフェリスは、その手に木剣を持って歩いていた。
ここから二時間以上は仕事がない。そのため彼はいつも、その二時間の間に残されたトレーニングを消化する。食後の運動はあまり好ましくないが、その時間が一番都合がいいのだ。
向かう先は町外れの草原。周囲に住まう魔物が、その性質上確実に近寄ってこない安全地帯である。
彼はいつもそこで剣を振っていた。
「……あれ」
素振り用の木剣を持っていつもの場所に移動したオルフェリスは、そこで遊ぶ二人の少女を発見した。
藍色の髪をポニーテールとツインテールにする双子の女の子。まだ十五歳にもなっていないだろう少女二人は、生えた花を摘んで遊んでいた。
「あの二人は……『魔力隠蔽』のロエルちゃんとノエルちゃんか」
『魔力隠蔽』
魔力を感知して対象の居場所を特定する索敵術式や、魔術的な施しを受けた武具を隠蔽する事のできる稀少な力だ。もっとも、索敵術式と言うのは難易度が高く、その二つがぶつかり合うなんて場面は滅多に発生しないだろうが。
「稀少な力……ねぇ」
魔術の才能に恵まれず、何の力にも選ばれなかったオルフェリスは、羨みの瞳を二人に向けて小さく笑った。
魔術による治癒の力は、一般的には彼女等が持つ『魔力隠蔽』よりも重宝されている。
だが、その点を考慮しても彼の治癒の効力は弱すぎた。
切り傷程度しか治せない――いや、厳密には治せたり治せなかったりする程不安定な力だ。
どうしてそこまで、魔術として役に立たない代物として出来上がったのかは誰にもわからない。ただ、それが現実であり揺るがない事実だった。
彼の視線に気が付いたのか、ロエルとノエルが彼に顔を向ける。
幼いが、綺麗に整った可愛い顔を一斉に向けられたオルフェリスは一瞬ビクリとしたが、苦笑しながら片手を上げて言う。
「こ、こんにちわ」
「あ、えーと……オル、オルセリスお兄さん?」
「惜しい。オルフェリスだ」
二人の反応に若干驚く。
(俺が一方的に知っているつもりだったんだけど……)
彼はリンシアの町でそれなりに顔が広い。ロエルとノエルがオルフェリスの事を薄らと知っていても何らおかしい所はなかった。
「俺、いつもここで剣の素振りをしてるんだ。これから始めるつもりなんだけど、危ないから近寄らないようにしてくれよ?」
「「分かりました! お兄さん」」
二人声を揃えて、笑いながら元気に返してくる姿に、無意識の内に頬を緩ませたオルフェリスは、なるべく離れた所に移動した。
剣士だった父に教えられた通り、ストレッチをした後に剣の素振りを開始する。
その直後だった。
「……ッ!?」
肌に突き刺さるようなチクリとした感覚を受け、息を呑む。それと同時に、背筋が凍るような恐ろしい感触を体験する。ぶわっと全身に鳥肌が立つのが分かった。
本能が、有害な何かを感じとった。
刹那、状況を把握したオルフェリスが声を漏らす。
「魔道が、乱れた――ッ!?」
空気中には魔力が存在し、それに障られた動物を魔物と呼ぶ――これは誰もが知る一般的な知識だ。
しかし、空気中に存在するのは魔力だけではない。
魔障気。
主に人間が魔術を行使する際に発生したり、魔物の吐息等に含まれる、魔力とは正反対のエネルギーだ。
そして魔道と言うのは、その魔障気が通る道の事を指す。
「嘘、だろ。こんな時に……」
魔障気が通る道である魔道が乱れたという事は、魔障気がその道を外れて空気中に湧き出てしまうと言う事。
「まずい――ッ!」
歯を強く噛み締めたオルフェリスは、同じように魔道の乱れ……魔障気を感じ取っているだろうロエルとノエルに視線を向けようとして――
見た。
巨大な魔障気の集合体。
人間の敵。
「魔獣……ッ!!」
忌々しいものを見る目つきでソレを睨んだオルフェリスは、吐き捨てる様に言った。
世界観など、色々の説明不足ですので、
加文作業を始めていきたいと思います。(4/23)