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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第八章 血塗られた永久の誓い
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第九十二話 変わらぬ忠誠

 茶髪の男に間に入られ、喧嘩の邪魔をされた剣士と格闘家の二人は、振り上げた拳をその男に向けた。

 しかし、「邪魔するんじゃねえ!」と叫びながら剣を振るった剣士の腕は、茶髪の男にしっかりと掴まれ、もう一方の手で手首を叩かれると、あっさりと剣は落ちた。

 また、続いて殴りかかってきた格闘家のパンチもあっさりとかわされ、背中に回られた茶髪の男に背中を蹴られた格闘家は、剣士を巻き込みながら、地面に転がった。

 顔も良いが、腕も良い。まるで俺みたいな奴だ。

 憲兵隊とおぼしき、軽装備の兵士が四名、小走りにやって来た。

 その隊長らしき男は、茶髪の男を見ると、顔色を変えて敬礼をした。

「こ、これは、エリアン様! こ、こんな所でいったい?」

「たまたま、通り掛かったから、喧嘩を止めただけだよ。じゃあ、あとは任せたよ」

「ははっ!」

 四人の憲兵隊がかしこまって敬礼をした後、茶髪の男は、人垣を抜けて、俺とリゼルの前を通り過ぎた。

「リゼル! 今、『エリアン様』って言ったよな?」

「確かに。もしや、ジュール伯爵家の?」

「確かめてみるか?」

「しかし、周りの目が多いぞ」

 今日、この街に来た旅の者が伯爵家の当主にいきなり話し掛けると目立ってしまう。先ほどの城門での出来事もあって、尾行がついている可能性もある。ここは慎重に動いた方が良いだろう。

 しかし、きっかけは向こうから飛び込んできた。

 エリアンと呼ばれた男性は、ふと立ち止まり、振り返ると俺に近づいて来た。

「失礼ですが、この街の方ではありませんよね?」

「ああ、今日、この街に来た旅の者だ」

「凄まじい気合いを感じます。かなりの剣の腕前とお察ししますが?」

 こっちも感じる。さっきの身のこなしからいって、この男もかなりの腕前なのは間違いないだろう。

「一応、剣には自信がある。賞金稼ぎと用心棒をずっとやってきてるんでな」

「よろしければ、お名前をお教えいただけませんか?」

「アルスという。そういう、あんたは誰だ?」

「これは失礼しました。私はエリアンと申します。この街を治めているジュール伯爵家の当主をしております」

 貴族の連中と縁もゆかりもない底辺の賞金稼ぎであれば、貴族の当主自ら気軽にお声を掛けていただくと、「ははーっ!」とひれ伏すところだろうが、俺は、元々そういうことが嫌いだし、何と言っても、更に偉い皇女様とずっと一緒に旅をしていたこともあって、相手が偉い人だからといって恐縮することはなかった。

 俺は、冷静に「当主様が俺に何か用事でもあるのか?」と訊いた。

「はい! その剣の腕前、ぜひとも、我が伯爵家に欲しいです。お時間があれば、少しお話をさせていただきたいのですが?」

「何か討伐依頼でもあるのか?」

「ええ! いかがでしょうか?」

 こいつはチャンスだ。向こうから話がしたいと言ってきたのだ。この機会を利用して、イルダをエリアンに会わせることができるかもしれない。

「隣にいる彼女のそうだが、他にも俺には連れがいてな。話なら、連れと一緒に聞きたいんだが?」

「もちろん、けっこうです。そうですね。今日の七の刻、アルス殿とお連れの方のご都合はいかがでしょうか?」

 さっき、チェックインしたばかりだし、今日は大人しく宿屋に泊まると言ったイルダにも何の用事もないはずだ。

 しかし、七の刻といえば、夕食時だ。その時間帯に呼ばれるということは、当然、夕食込みだろう。

「うちは、けっこう大所帯だぜ」

「ええ、けっこうです。食事は大勢の方が楽しいですからね」

「分かった。それで、どこに行けば良い?」

「我が伯爵家の宮殿にお出でください。あそこに見えています」

 エリアンが指差す先には、街の中心部で偉容を誇っているジュール伯爵家の宮殿がそびえ立っていた。

「分かったぜ」

「ところで、アルス殿は、貴族ともつきあいが長いのですか?」

 エリアンが不思議そうな顔をして、俺に訊いた。

「どうして、そう思ったんだ?」

「いえ、私が身分を明かしても、まったく態度が変わられないので」

「もっと、俺に恐縮してもらいたかったのか?」

「ははは。そういう訳ではありません」

 エリアンは、吹き出しながら答えた。

「面白い方ですね。良いお話ができそうな気がします。では、今晩七の刻に、お待ちしております!」

 そういうと、エリアンは供も連れずに一人で歩いて行った。



 リゼルと宿に戻ると、早速、全員を食堂に集めて、さっきの出来事を報告した。

「エリアン殿らしいです」

 エリアンが喧嘩の仲裁に入ったという話を聞いたイルダが懐かしそうな顔をしながら言った。

「とにかく、真っ直ぐで、卑怯なことが嫌いで、しかも謙虚な方なんです。でも、剣の腕は、お姉様のご学友の中で敵う者がいませんでした」

 イルダが言うことは、先ほどのエリアンの言動からすれば間違いないだろう。

「そのエリアンの方から話し掛けてくれたんだ。この機会を逃す訳にはいかないだろ?」

「もちろんです。この街に来た目的の一つは、エリアン殿から話を聞きたい、そして、こっちの考えも伝えておきたいと思ったからです。ぜひ、全員でお邪魔いたしましょう」

「しかし、宮殿への出入りは、城門の出入り以上に、ホランド公爵家に監視されているはずです。無防備に出掛けて良いものでしょうか?」

 またしても、リゼルが慎重な意見を述べた。

「そうですね。でも、どうすれば」

 イルダが目を伏せて考え込んだ、そのタイミングで「あれ~、晩御飯、まだだったの?」という力が抜ける台詞が天井から聞こえた。

 見上げると、エマが天井に逆さ吊りになっていた。そして、落ちたと思ったら、猫のように体勢を素早く変えて、ひらりと床に舞い降りた。

「みんながこの宿に入るのを見てたから、晩御飯をご馳走になろうとか思って来たのに」

「お前なあ、天下の義賊がみみっちいこと言ってんじゃねえよ!」

「義賊だって、空腹には勝てないんだよ」

 エマは、貧民にばらまく金を少しでも多くするため、盗んだ金を自分の懐にはほとんど入れずに、自分の食い扶持をできるだけ削っているのだろう。

 一方、俺達は、商都カンディボーギルでの魔龍ドラゴン退治の報酬で、資金にはかなり余裕がある。そんな裕福な俺達一行に、エマはたかってきているのだ。

「それに、これから出掛けるから、宿屋に今日の晩飯は頼んでないぞ」

「そ、そんなあ! じゃあ、アタイはどうすれば?」

「知るかよ! しかし、毎度毎度、どこから忍び込んで来るのやら」

 俺は、自分のその言葉で、良いことを思いついた。

「エマ! 頼みたいことがある。晩飯にもありつけるぜ」



 そして、七の刻に少し前、宿屋を発った俺達は宮殿に向けて歩いて行った。街の中心部にある宿屋からは目と鼻の先だ。

 宮殿の正門に着くと、門番に用件を告げた。

 すぐに確認が取れたようで、俺達は、開かれた門から中に入って行った。

 宮殿の正面玄関の前には、リボンがついた白いシャツに黒いズボンを履いた、いかにも貴族の執事という格好の男が一人待っていた。その男は、ご主人様の影響か、明るい笑顔で対応した

「ようこそ、いらっしゃいませ。アルス殿ほか五名様ですね?」

「いや、全部で七名だ」

「はい? 門番からは、全員で六名と引き継ぎを受けましたが?」

「聞き間違いじゃないのか?」

 執事が俺の連れを指差しながら数えたが、俺を含めると、確かに七人いた。

「確かに七人でございますね。申し訳ございませんでした」

 門を入って玄関までの間に人数が増えることなどありえない。普通はな。

「私は、ジュール伯爵家の筆頭執事をしております、カノーと申します。では、食堂までご案内いたします」

 カノーが、踵を返して、宮殿の中に入って行くと、俺達もその跡について行った。そして、俺のすぐ後ろにエマがやって来た。

「何人いた?」

「全部で三人。裏門にも一人いて、移動に時間が掛かっちまった」

「ありがとうよ」

 今日の昼間、城門で嫌疑を掛けられた俺達が、ジュール伯爵家に入った証拠を握られないために、この宮殿に出入りしている者を見張っている奴を、エマに始末してもらったのだ。

 あまりに早く始末をすると、すぐに代わりの者が来たりするから、俺達が宮殿に入れる直前に襲ってもらった訳だが、少し手間取って、一緒に門を入るはずが門の内側で合流したということだ。

 食堂に入ると、煌びやかなシャンデリアが吊され、白いテーブルクロスが掛けられた長いテーブルにも銀の燭台が並び、既にグラスや皿が準備されていた。

 ウェルカムドリンクだろうか、軽いシャンパンのグラスを全員に配ってから、カノーは、「伯爵閣下をお呼びしてまいります」と言い、食堂から出て行った。

 それほど待つまでもなく、エリアンが一人で食堂に入って来ると、早足で俺に近づいて来て、握手をした。

「アルス殿、来ていただき感謝します! お連れの方々も、どうぞ、ごゆっくりなさってください」

「ジュール伯爵、一つ訊いて良いか?」

「何でしょう?」

「俺は、旅の賞金稼ぎで、しかも、あんたとは今日、出会ったばかりだ。そんな俺にこの待遇はどうしてだ?」

「アルス殿の剣の腕前を、私はどうしても欲しいのです。そのための買収工作と考えていただいて、けっこうです」

「しかし、実際に俺の剣の腕前は確認していないはずだが? 自分の感覚をそんなに信頼しているのか?」

「ええ、アルス殿も感じられたのでしょう?」

「まあ、確かにな」

 何もかもが爽やかすぎる!

 貴族の中にも、これほど気持ちが良い男がいるとは思わなかった。悔しいが、こんな男なら、イルダの相手としても相応しいだろう。

「アルス殿ほどの腕前であれば、お一人で百人以上の兵士にも匹敵するはずです」

「買いかぶりすぎだ」

「いえ、そんなことはありません」

「しかし、どうして、そんなに剣士を欲しがっている?」

「そこのところは、食事でもしながら、ゆっくりとお話しましょう。皆さんもどうぞ」

「いや、伯爵。その前に、こちらも話があるんだ」

「何でしょう? ここには、断りに来られたとでも?」

 エリアンの顔が悲しげに変わった。この男は、嘘が吐けない男のようだ。

 そして、今、エリアンの興味は、俺の剣の腕前にしかないようで、ベールもかぶらず、素顔を晒して、みんなの中にいるイルダには、まったく気づいていなかった。

「いや、紹介したい人がいる。今、用心棒をしている、俺のご主人様だ」

 俺は、イルダの側に行き、イルダの背中を少し押して、前に出させた。

「お久しぶりです。エリアン殿」

 エリアンが、それ以上は開かないだろうというほど、目を見開いた。

 言葉も出ないようで、しばらく呆然とした顔でイルダを見つめていた。そして、ゆっくりとイルダの前に進み出ると、膝を折って、頭を垂れた。

「イルダ様が生きておられるとの噂は本当だったのですね! ああ、アルタス帝国の命運は、未だ尽きてなかった!」

 ひざまづいたまま、イルダの顔を仰ぎ見て、エリアンは叫んだ。

 そのエリアンの姿を見て、イルダも思わず涙を流した。

「エリアン殿のアルタス帝国に対する忠義! 亡き陛下が知れば、さぞ、お喜びでしょう」

「もったいなきお言葉! このエリアン、受けた恩義に欺く生き方はできぬ不器用者ゆえでございます!」

 積もり積もった想いが堰を切ったように溢れ出てきたようで、イルダとエリアンは、しばらくの間、お互いの顔を見つめ合いながら、むせび泣いた。



 気分も落ち着いたところで仕切り直しとなり、エリアンはテーブルの隣にイルダを座らせて、その周りに俺達も席に着き、ディナーの開始となった。

「本来であれば、イルダ様のお隣になど座れない身分ですが、本日だけはご容赦願います」

「私は、宮殿を追われ、今は流浪の身。このような待遇をしていただけるだけでも嬉しいです」

「それにしても、同じ流浪の身の俺にも同じ待遇をしようとしていたんだろ? どれだけ戦士が欲しいんだ?」

 エリアンの正面に座らされた俺が訊いた。

「お話は聞いておられると思いますが、今、我が伯爵家は、ホランド公爵家の監視下に置かれ、兵士の数なども厳しい制限が掛けられています。量の制限がされている以上、質を充実させるしかありません。だから、できるだけ有能な兵士が欲しいのです。そう、アルス殿のような」

「それにしても、待遇が良すぎじゃねえか?」

「先の大戦が終わり、職を失った戦士がまだ大勢いると思いますし、中には素晴らしい腕前の戦士もいるはずです。そんな戦士達に、ジュール伯爵家が厚遇をもって有能な戦士を募っていると評判になれば、向こうから寄って来てくれるはずです」

「なるほど。そのための先行投資ということか?」

「そういうことです。今の帝国から押しつけられている制限に掛からないように兵力を高めて、きたるべき日に備えているのです。そして、今日、イルダ様に出会い、その来るべき日が必ず来ると確信をしました」

「エリアン殿。残念ながら、私には、エリアン殿をお助けできるほどの力は、まだ、ありません」

「イルダ様は、いていただけるだけで良いのです。カルダ様とイルダ様は、アルタス帝国最後の希望です。その望みが潰えてなかったと知ると、こちら側につく勢力も数多くいるでしょう」

「だが、まだ、立つべき時ではない。そうだよな?」

「ええ、アルス殿がおっしゃるとおりです。今はまだ、力を蓄え、味方を増やすことに全力を尽くさなければなりません。それも、今の帝国に気づかれないように」

「まだまだ、道は遠いな」

「私はけっして諦めません!」

 この旅で、イルダの味方をしてくれる勢力もいくつかできた。そして、このエリアンのように変わらぬ忠誠を誓ってくれている者もいる。

 実は、反攻ができるようになるまで、そんなに遠くはないのかもしれない。

「エリアン殿。その話はひとまず置いて、懐かしいお話もさせてください」

「そうですね。せっかくの料理も美味しくなくなってしまいますものね」

 イルダとエリアンは笑顔でシャンパングラスを重ねた。

「エリアン殿、ぶしつけな質問で申し訳ないですけど、ご結婚は?」

「まだ、しておりません。そんな気分になれません」

「すると、まだ、ルシャーヌさんのことが?」

 ルシャーヌとは、エリアンの許嫁だった、ホランド公爵家の令嬢だ。

 エリアンの表情が曇った。

「やはり……。申し訳ありませんでした。辛いお気持ちにさせてしまって」

 イルダが丁寧に頭を下げた。

「お、お止めください。イルダ様が頭を下げられるようなことではございません。ルシャーヌとは、もう二度と会えないだろうと思っています」

 

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