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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第七章 過去の泉と未来の友人
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第八十九話 未来の友人達

「アルシュじゃなくて、アルスな」

 俺は、そう言いながら、シャーリエとカリアに近づいた。

「ここは総督閣下のお部屋じゃぞ! 何用じゃ?」

 カリアが睨みつけながら言った。

「総督に会いに来たんだけど、留守みたいだな」

「外で兵士達を指揮しておる」

「じゃあ、カリア達はこんなところで何をしてるんだ?」

「突然、塔が壊れたりしたものだから、とりあえず、ここに避難をしておくようにとの総督閣下のご命令じゃ」

「そうか。それは残念だな」

「アルシュ! タズリは元気か?」

 シャーリエが隠れていたソファの後ろから出てきて、俺を見上げながら訊いた。

「元気すぎるくらいだぜ」

 毎日、貧民街スラムに寝泊まりしているエマが俺の代わりに答えた。

「本当に? シャーリエ、また、タズリと遊びたい」

「タズリのこと、そんなに気に入ったのかい?」

「うん! タズリの話は面白いし、普段できない遊びができるもん!」

 ニコニコと本当に嬉しそうに笑うシャーリエの顔を見て、俺の頭に一つの考えが浮かんだ。うまくいくかどうか分からないが、何もしないよりはずっと良いだろう。

「シャーリエ。今からタズリの所に遊びに行くか?」

「本当に? 本当に行って良いの?」

「駄目に決まってます! お外に出るにしても、総督閣下の許可を得なければなりません」

 カリアが姿勢を正しながら、きっぱりと言った。

「では、許可を得てくれば良いのか?」

「そ、それはそうじゃが」

「じゃあ、ちょっくら許可を得てくるよ。ここで少し待っててくれ」

 俺は、シャーリエを肩に乗せるように抱っこすると、リーシェに「頼む」と言った。

「やれやれ、本当に人使いが荒いのう」

 だから、お前は人じゃないだろ!

 と、突っ込む暇もなく、リーシェは俺に後ろから抱きつくと、次の瞬間には、俺達は総督府の中庭にいた。

 中庭から倒れた塔が見えることから、更に塔が倒れてこないかどうかを警戒しているようで、大勢の兵士がたむろしていた。

 そんな中に突然、現れた俺とリーシェに兵士達は驚いていたが、俺がシャーリエを抱っこしていることが分かると、兵士達は一斉に剣を抜いた。

「おい! 剣をこっちに向けるな! 大事なお嬢様がいるんだぞ!」

 兵士達の動きが止まった。不審者たる俺を討ち取れば手柄だが、シャーリエに怪我をさせると首を刎ねられるかもしれないんだからな。

「総督はどこだ?」

 俺が周りを見渡しながら、大声で言うと、兵士をかき分けながら、オルカに連れられて、立派な鎧をまとった男が出てきた。痩せて背が低い男で鎧に着られているような雰囲気だった。

「シャーリエ!」

「あんたが総督か?」

「そうだ! シャーリエを離せ!」

「いや、シャーリエは、これから遊びに行く」

「……何?」

「シャーリエ! お父さんに『行ってきます』の挨拶をしろ」

「お父様! これからタズリの所に遊びに行ってまいります!」

 シャーリエが素直に俺の言いつけを守った。

「タズリ? 誰だ、それは?」

「まあ、そういうことだ。見てのとおり、俺達はシャーリエに何もしていない。飽くまでこれはシャーリエ自身の意思だ」

 総督の問いに答えることなく、俺が言い切った。

「アルス! 貴様、何を企んでいる?」

 オルカが怖い顔をして俺を睨んだ。

「言ったとおりだ。シャーリエが遊びたいと言うから遊びに連れて行くだけだ。シャーリエが遊び疲れて帰りたいと言えば、すぐにここにシャーリエを戻すから心配するな。じゃあ、行こうか?」

「うん!」

 シャーリエが大きくうなずいたのを確認してから、リーシェは、俺とシャーリエをエマとカリアが待っている総督の部屋に転移させた。

 部屋に戻ると、いつの間にか来ていた犬耳幼女のコロンがエマと言い争いをしていて、それを呆然とカリアが見つめているところだった。

「何をしておるのじゃ、二人とも」

 リーシェに注意されると、二人とも一瞬で口をつぐんだ。どうせ、今夜、エマがリーシェを訪ねるとか言ったのに対して、コロンが、来なくて良いとか言ったのだろう。

「アルシュ! あの子もアルシュのお友達なの?」

 犬耳幼女のコロンを初めて見たシャーリエが目を輝かせながら訊いた。

「ああ、コロンって言うんだ」

「可愛い~」

 シャーリエは抱っこしていた俺から飛び降りると、コロンに抱きつき、尻尾をモフモフしていた。

「や、やめろぉ! くすぐったいぞぉ~」

 コロンが泣き笑いながら抵抗したが、シャーリエを振り払うことができなかった。というより、しなかった。

 コロンは魔王様も認める実力を持つ魔族だ。抱きついたシャーリエをふりほどくことなど簡単なのだが、コロンもリーシェと同様、敵ではない人族相手に乱暴を働くことはない。だからこそ、リーシェが子分にしているのだろう。



 俺とエマはリーシェに抱きつき、シャーリエとカリアはコロンに抱きついて、貧民街スラムに戻って来た。

 さすがに転移など初めてだっただろうカリアは怯えた顔をしていたが、シャーリエは面白いと大喜びしていた。

「アタイがタズリを呼んでくるよ」

 エマがそう言って、颯爽と去って行った。

「アルスよ、わらわ達も戻るぞ」

 そういえば、宿屋に戻っているイルダがそろそろ目覚める頃だ。

「分かった。ありがとうよ」

 リーシェは俺に微笑みを見せるとコロンと一緒に消えた。

 しばらくすると、タズリがエマと一緒にやって来た。タズリの後には貧民街スラムの住民達も何事かとついて来ていた。

「タズリ!」

 シャーリエは満面の笑みでタズリに走り寄った。

「シャーリエ! こんな所に何度も来て大丈夫なのか?」

「ちゃんとお父様のお許しももらったもん」

「そうなのか?」

「ねえねえ、今日は何して遊ぶ?」

「う~ん、そうだな。じゃあ、鬼ごっこでもするか?」

「うん!」

「二人だけじゃ面白くないから、おいらの友達と一緒にしようぜ」

 タズリについて来ていた住民達の中から子供達が出てきて、タズリとシャーリエと一緒に鬼ごっこを始めた。

 一人だけ豪華な服を着て、浮いた存在だったシャーリエも無我夢中で走り回り、貧民街スラムの子供達もあっという間に打ち解けたみたいだ。

「アルスよ、あの者どもは危険ではないのか?」

 走り回る子供達を見守るように集まっている住民達を蔑んだような目で見ていたカリアが俺に尋ねた。

「カリア。身なりがみすぼらしいからといって危険な連中だなんて偏見は捨てるんだな。俺に言わせると、立派な服を着ている奴の方がずっと危険だぜ」

「そ、それはどういう意味じゃ!」

「そのまんまだよ。自分勝手に戦争を始めたり、領民を家畜同然に扱ったりと酷い奴が多いということさ」

「総督閣下は違うぞ!」

「どうかな」



 子供達を見つめていた俺の背中の方向から蹄の音が聞こえてきた。

 思ったより早い。きっと、オルカだろう。

 俺が振り向くと、予想どおり、オルカを先頭に十頭の騎兵がやって来て、馬から降りると、俺を取り囲むように立った。

「アルス! 今度はお嬢様をさらうとは、どういうことだ?」

「オルカ! さらったんじゃないぜ! さっきも言っただろ。シャーリエ自身が連れて行ってくれと言ったんだ。そして、総督の許可ももらっただろ?」

「あんなのは許可したことにならん!」

「あれっ、そうか? 俺は、てっきり許可をもらえたものだと思ったんだけどな」

「とにかく、お嬢様を返してもらおう!」

「ほれっ、あそこで楽しげに遊んでいるぜ」

 オルカは、シャーリエが夢中になって鬼ごっこをしているのを見て、それまで吊り上がっていた眉を少し下げた。少なくとも、俺が、無理矢理、シャーリエをさらって来たのではないことは理解できたはずだ。

「隊長! 早くお嬢様を!」

 オルカの配下が、動こうとしないオルカを急かした。

「ちょ、ちょっと待て」

 シャーリエに近づこうとした部下を止めたオルカは、俺の顔を見た。

「アルス、お嬢様をどうしてここに連れて来た? 本当にお嬢様を遊ばせてやるためだけか?」

「そうだ。それだけだ」

「では、お嬢様が帰ると言えば、大人しく帰してくれるのだな?」

「もちろんだ」

 俺の返事を聞いたオルカは、俺の隣に立っているカリアに向けて咳払いをした。オルカが何を言いたいのかが分かったのだろう、カリアは、シャーリエを呼びながら、鬼ごっこをしている輪の中に入った。

「お嬢様! そろそろお帰りになりませんか?」

「嫌じゃ! もっと遊ぶ!」

 シャーリエは走り回ることを止めもせずに、きっぱりと言った。

「だそうだぜ」

 俺がオルカにそう言うと、オルカは配下の一人に何かを耳打ちした。その配下は馬に乗り走り去った。きっと、今の状況を総督に報告させるために総督府に戻したのだろう。

「ちょっと休憩しようぜ」

 タズリが子供達に告げると、みんな、ハアハアと肩で息をしながら、通りにある樹木の木陰に入り、地面にそのまま座った。

 俺もその木陰に入り、シャーリエの隣に座った。

「どうだ、シャーリエ? 面白いか?」

「うん! もっと早くタズリと知り合えたら良かった!」

「そうか。でもな、ここで遊べるのは、今日が最後になるかもしれないんだ」

「えっ! どうして?」

 シャーリエは、驚きとともに悲しみを込めた顔をしていた。

「ここにある家は全部、壊されてしまうことになっているんだ。新しいタズリの家はこの街には造れないから、タズリはこの街を出て行かなければならないんだ」

「タズリがいなくなるの?」

「ああ、そうなんだ。だから、今日は思い残すことがないように遊んでいろ」

「嫌じゃ! タズリがいなくなるのは嫌じゃ!」

「でも、俺がどうのこうのできる訳じゃねえからな」

「じゃあ、どうすれば、タズリがいなくならないの?」

「タズリの家を壊そうとしているのは、シャーリエのお父さんなんだ。シャーリエがお父さんに『タズリの家を壊さないで』とお願いしたら、もしかしたらタズリはいなくならないかもしれないぞ」

 シャーリエの純真無垢な瞳を見ながら、俺は罪悪感に苛まれていた。幼い子供の気持ちを利用している自分に自己嫌悪もしたが、話をなんとか丸く収めるには、この方法に懸けるしかないんだ。

「シャーリエ、お父様にお願いしてみる! タズリの家を壊さないでって!」

「そうしてくれるか? お父さんは、すぐにシャーリエの頼みを聞いてくれないかもしれないが、何度でも何度でもお願いしてくれたら、きっと、シャーリエの願いを聞いてくれるだろう」

「うん! 絶対に止めてって言う!」

 リーシェのお陰で、貧民街スラムの通りへの入り口には総督府にあった石材が壁のように立っているし、総督府の修理にもしばらく時間が掛かるだろうから、すぐにこの貧民街スラムの立ち退き作業には入れないだろう。その間にでも、シャーリエの言葉で総督が心を入れ替えてもらえれば儲けものだ。



「シャーリエ!」

 声の主を見れば、数人の騎兵とともに馬に乗った総督だった。

 総督は、馬を降り、俺の隣にいたシャーリエに向かって、早足でやって来た。

「シャーリエ! 無事か? 怪我はないか?」

 シャーリエの前でひざまずき、シャーリエを抱きしめた総督は、ただの子煩悩の父親に過ぎなかった。

「うん! 怪我してないよ」

「良かった。怖かっただろう?」

「怖い? ……全然、怖くなかったよ。っていうより楽しい!」

「楽しい? こんな汚い場所なのに怖くないのか?」

 この総督の言葉を聞いた俺は、総督はきっと良いところのボンボンなんだろうと思った。

 きっと、ここに赴任してくるまで、貧民街スラムなど見たことがなくて、単に怠け者や犯罪者がたむろしているという認識しか持っていないんだろう。しかし、逆に考えると、貧民達に何か特別な恨みを抱いているということでもなさそうだ。

 シャーリエの願いを意外にあっさりと聞き入れてくれるかもしれないと俺は期待をした。

 

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