第八話 新たな行き先
目を覚ました子供姿のリーシェは、元の無口キャラに戻っていて、当然、服を自分で脱いだなどと言ってくれる訳もなく、俺は、少し距離を開けてついて来る、みんなの冷たい視線に耐えつつ、自称魔王様の首を持って、ケインの街に戻った。
また、自称魔王様は大人の姿になった魔王リーシェが退治してくれたなどと言っても信じてくれるとは思えなかったから、若干、後ろめたさを感じながらも、俺が倒したことにして報酬の二百ギルダーを手に入れた。
当初の約束どおり、俺一人で百四十ギルダーを取り、残り六十ギルダーをイルダに渡した。
「アルス! ボクも百四十ギルダーから分け前をもらえるんだよね?」
ナーシャがワクワクとした顔をして俺に訊いた。
「いや、お前の分け前はない」
「な、何で?」
「俺に七! って言っただろ? 俺とナーシャに七! なんて一言も言ってねえぞ」
「何だよー!」
ポカポカと俺の背中を叩くナーシャをほっといて、俺はイルダ一行に向かって行った。
「今から馬屋に行って、馬を買おうかと思っている。つき合ってくれ」
「馬を?」
「さっき手に入れた金で一頭くらいなら買えるはずだ」
馬の相場は百ギルダーだが、走る速さなどによってピンキリだ。良い馬だと二百はするだろう。
「どうするのですか?」
「イルダとリーシェを乗せる」
「えっ?」
「皇女様と小さな男、い、いや、女の子をずっと歩かせる訳にいかねえだろ」
「私ならこれまでもずっと歩いてきましたから大丈夫です」
「じゃあ、リーシェのためだ。……待て、待て、待て! 下心は無いからな!」
やはり俺がリーシェに惚れているのでないかという、みんなの目に必死で反論をした。
「アルス殿がご自分で手に入れたお金で買われるのですから、私達がとやかく言える筋合いではありませんが」
「荷物を載せることもできるし、無いよりは有った方が良いに決まってるだろ?」
馬屋に行くと、高貴な方にぴったりの白馬があった。見栄えは良かったが、足があまり速くないということで、七十ギルダーで売りに出されていたので、即断で購入した。
「イルダは馬に乗れるのか?」
「はい。お兄様に教え込まれました」
「そいつは心強い。リーシェ一人だと落馬する危険があるから、イルダも一緒に乗ってやってくれ」
「……分かりました。アルス殿は本当にリーシェのことが好きなのですね」
「だから違う! どちらかと言うとイルダのためだ。リーシェのためだと言わないと、イルダは馬に乗らないだろ? 俺達は歩いているんだからとか何とか言って」
「……アルス殿。……ありがとうござます」
イルダの嬉しそうな顔が見られただけでも良い買い物だったぜ。
「アルス! かたじけない! 儂らもイルダ様をいつも歩かせて申し訳なく思っていたが、如何せん、馬など買う金も無かったのだ。儂からも礼を申す」
俺に深々と頭を下げたダンガのおっさんは、時々、鬱陶しいが、イルダに対する忠誠心は誰にも負けないな。
「良かったら、ダンガのおっさんが手綱を引いてくれ」
「任せてくれ! ……ところで、この馬の名前は何と言うのだ? 手綱を引くにも名前を言いながら引きたいではないか」
「ああ、馬屋で聞きそびれちまったな」
「アルス殿が命名されたらいかがですか? アルス殿の馬なのですから」
「では、こいつは、フェアリー・ブレードを縮めて『フェアード』にしよう」
「おお! 良い名じゃ!」
ダンガのおっさんも気に入ったようだ。
「でも、どうして、フェアリー・ブレードから?」
「フェアリー・ブレードを探している人を乗せているんだから、見つかるように願いを込めてさ」
――そうだ。
フェアードに横向きで座ったイルダとリーシェの二人。
この二人は、それぞれの目的を持って、フェアリー・ブレードを探している。
そして、フェアリー・ブレードが見つかった後、この二人は敵になる。
しかし、まずは見つかってからだ。そうでないと、何も進まないのだ。
フェアードを買っても残金は七十ギルダーもあった。俺も今まで持ったことがない大金だ。
俺が大金を持っていると、ぱあ~と散財しそうなので、イルダの財布に一緒に入れてもらい、管理をしてもらうことにした。
しかし、今日は臨時収入も入ったことだし、昨日に引き続き、ケインの宿屋に泊まることにして、豪華な夕食をみんなで囲んだ。
俺とナーシャは三日連続で葡萄酒付きの夕飯だった。
「やはり、イルダは幸運の女神だな。三日連続でごちそうにありつけたんだからな」
「いえ、アルス殿の剣の腕前のお陰です」
馬を買ったことと時間の経過で、リーシェに対する俺の性的虐待疑惑は、一旦、棚上げとなったみたいで、イルダを始め、みんなの俺に対する態度も元に戻っていた。
「ところで、明日からはどうする?」
俺はイルダに訊いた。
「別の街に行ってみたいと思っています。この街でもいろいろとフェアリー・ブレードに関する噂を集めてみましたけど、これはというものはありませんでした」
「そうか。しかし、イルダは、フェアリー・ブレードに関する情報は何も持っていないのか? つまり、これから闇雲に探すつもりなのか?」
俺は、イルダの隣に座っているリーシェの顔を見た。
子供リーシェとしては、ボーっとして何を考えているのか分からない顔付きだが、その中にいる魔王リーシェは、俺達の会話をじっと聞き入っているはずだ。
「今のところはそうするしかありません」
「でも、フェアリー・ブレードは宮殿にあったんじゃないのか?」
「私も見たことはありませんでしたが、そう思います」
「もし、宮殿にあったのなら、首都が陥落したどさくさに紛れて、誰かが手に入れているかもしれない。今の皇帝かもしれないし、軍勢を派遣していた貴族の誰かかもしれない」
「そうですね」
「そうすると、手掛かりが多いと思われるのは、やっぱり首都だ。首都で手掛かりを探した方が効率が良いような気がするが?」
「アルス殿のおっしゃられることは確かに正論だと思います。でも、新しい帝国もまだ混乱状態で、首都の治安も必ずしも良いとは聞いていません。そんな中に私達が行くには、やはり、まだリスクが高いと思われます」
見た目は萌える容姿の美少女なのに、その口から出て来る言葉は、有能な指揮官としての天賦の資質を隠しようもなく明らかにしていた。
皇帝は、イルダが女性だったことを、さどかし悔やんだことだろう。
「イルダは本当に頭が良い皇女様だな。皇女様というと宮殿で遊んでばかりというイメージしかなかったんだが、遊んでいたら、今みたいなことが言える訳がねえ」
「お父様やお兄様も厳しい方でしたから」
「悪い」
イルダに悲しい記憶を思い出させてしまったみたいで、俺はすぐに謝った。
「いえ、……首都には、もう少し後で行こうと思います」
「分かった。イルダが決めれば良い。俺はイルダが行く所について行く」
「ありがとうございます」
「じゃあ、どこに行く?」
「ダンガ。地図を」
「ははっ」
イルダの指示で、ダンガのおっさんが懐から羊皮紙を取り出すと、テーブルの上に広げた。
それは大陸の地図だった。
「ほ~う。これほど正確な地図は初めて見たな」
「我が帝国軍が作製したものだ」
「部外秘の品か?」
「前はな。しかし、今の帝国も手に入れているだろう」
「なるほど」
イルダが地図をくるりと逆さ向けて、俺の方から読めるようにしてくれた。
「アルス殿は帝国軍にいらっしゃったのですよね?」
「心配するな。ちゃんと読めるぜ」
アルタス帝国は、帝国市民の教育にも力を入れていたが、市民権を持っていない奴隷は対象外だったし、市民権を持っていても、教育を受けることができるのは、貴族や商人などの金銭的余裕を有している層であって、大多数の農民や職人は字を読むことはできなかった。戦士となっているのは、農民や職人の跡取り以外の男子が主になっていたから、字を読めない戦士はごまんといた。
育ての親に字を教えてもらった俺は、地図をじっくりと見た。
この大陸は、ほぼ円形をしていて、中心部には高い山脈が連なり、その山脈部から大きな川が北、西、そして東南に向けてそれぞれ流れている。
首都は、北向きに流れる大河の中流域にある。
今、俺達がいるケインの街は、大陸の西に向けて流れる大河の下流部に近い場所だ。
ケインの位置を確認した俺は、その周辺を眺めた。
一番近い街までだと歩いて一日もあれば行ける。七日ほど歩けば、大河の河口付近まで行くことができ、そこには大きな都市がいくつもあった。
「このラプンティルという街に行ってみるか?」
「アルス殿は行ったことがあるのですか?」
「ずっと前にな」
「アルス殿がその街を選んだ理由は何かあるのでしょうか?」
「単に俺の知り合いがいるだけなんだけどな」
「お知り合いですか?」
「アルス、その者は信頼できる者か?」
ダンガのおっさんが訊いた。元皇女様を守っているのだから、当然、心配すべきことだ。
「この前、会ったのは三年前だが、その時までは信頼できる奴だった」
「何じゃ、そりゃ!」
「今のご時世、今も信頼できる奴のままだと、俺だって言い切れないからな」
「そのご友人にあってどうなさるおつもりなのですか?」
「そいつは、良い腕の鍛冶屋でな。俺の剣もそいつに作ってもらったものだ」
「鍛冶屋さんですか?」
「ああ、何の根拠もないが、同じ剣を扱っているんだから、フェアリー・ブレードについて、何か知らないかなと思ってさ」
「……そうですね。少しでも可能性があれば、それを頼りにして行くしかないですね。ラプンティルに行くことにしましょう!」
その日も、俺達以外に宿泊客はおらず、男性用の大部屋に俺とダンガのおっさんの二人だけが泊まっていた。
俺は、ダンガのおっさんのいびきから回避するため、ダンガのおっさんを一番壁側のベッドに寝かせて、反対側の端っこのベッドに潜り込んだ。
灯りを消すと、あっという間にダンガのおっさんはいびきをかきだした。
明日も早くに起こされるはずだから、俺も遅ればせながら、目を閉じて眠りに着こうとしたが、突然、俺の背中に何かが密着した。
寝返りをうつと、そこには大人姿のリーシェの顔があった。
「お、お前!」
大人リーシェは、ニコニコと笑いながら、人差し指を自分の唇に当てた。
「ダンガが起きてしまうぞ」
俺は、慌てて上半身だけを振り向かせて、ダンガのおっさんが寝ているベッドを見たが、ダンガのおっさんは布団にくるまったまま、こちらに背を向けて、相変わらず大きないびきを響かせていた。
大きく息を吐いて、もう一度、リーシェの方に向き直る。
――しかし、月明かりの中、至近距離で見る、この魔王様の顔は、大理石像の女神のように、非の打ち所が無い美しさだ。
「どうやって入って来た?」
ドアが開いた音も気配もしなかった。
「転移魔法を使っただけじゃ」
「じゃあ、何をしに来た? 契約の報酬を前払いしてくれるのか?」
「ふふふ、欲しいかえ?」
リーシェは顔を近づけてきた。
「ま、まあ、いただけるのであればな」
「ふふふふふ、まだ、お預けじゃ」
「ああ、そうかよ。それならそれで良い。こっちもまだ魔王様と寝る覚悟なんてできていないからな」
「ふふふふ」
くそっ! 俺と同じ枕に頭を乗せているリーシェの笑顔は反則すぎる!
理性! 理性だ! こらえろ、俺!
「それで、何をしに来た?」
「アルスにお願いがある」