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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第七章 過去の泉と未来の友人
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第八十八話 貧民街の危機

 とりあえず、俺達一行は、エマと一緒に貧民街スラムに全速力で駆けつけた。

 貧民街スラムの入り口には、総督府の兵士が、蟻の入り込む隙間もないほどに密集して警護に当たっていた。

「エマ! いったい何があったんだ?」

 俺は、あれだけ走ってきたのに息も切らしていないエマに訊いた。

「ここを立ち退けって言ってるのさ」

「ここから出て行って、どこに行けと言ってるんだ?」

「新しい住み家なんか用意してくれるはずはないじゃん!」

 何だ、それは?

 住んでいる家を壊して、どこにでも勝手に行けということなのか?

 貧民街スラムの連中は、街の中の家に住めないから、ここで暮らしているのだ。だから、ここから追い出されると、このサリウムの街から出て行くしかない。その行き先だって、何も手当てされないということは、新たな居住地を探しながら旅をしろということだ。この貧民街スラムには小さな子供も大勢いる。この街の壁の外で生き延びられる保証はどこにもない。ここの住民達が死のうとどうなろうと、総督はまったく関心がないということか?

 俺は兵士達に向かって行こうとした。

「アルス殿! どうされるのですか?」

 俺の怒りの表情を見たのだろう、イルダが心配そうな顔をした。

「この兵士達の隊長のオルカはこんなことをする男じゃない。きっと、何かの間違いだ。話をしてくる」

 そう言うと、俺は兵士達に近づき、「隊長のオルカはどこだ?」と大きな声で訊いた。

「俺ならここにいるぞ、アルス!」

 兵士達の奥から、オルカが歩いてきた。

「オルカ! これはどういうことなんだ?」

「どういうこともない。この貧民街スラムは犯罪者の巣窟になっている。市民達の安全を図るのが我々の使命であるし、実際、市民達からも貧民街スラムの解体依頼が数多く寄せられている」

「生活が苦しくて、やむなく犯罪に走る奴もいるだろう。だからと言って、貧民街スラムの全部が悪だと決めつけるのは飛躍しすぎだろ?」

「今、犯罪に手を染めてなくても、予備軍であり続けることは間違いない」

「オルカ殿」

 ベールをかぶることも忘れて、イルダが俺の隣に進み出てきた。

「犯罪を取り締まることも大切ですが、犯罪を生み出さないということも大切ではないのですか?」

「どういう意味ですかな?」

 突然、しゃしゃり出てきたイルダに、オルカも丁寧な言葉遣いで訊いた。

貧民街スラムの人達に働く場所と意欲を与えるべきです。ここの方々は働こうにも働けない人も大勢いると思います。そんな人々が安心して働けるようにすべきではないのですか?」

「それは、政治家がすべきこと。それに貧民街スラムがあることによって、市民に実害が生じている。軍人はその被害を最小限に抑えることが使命だ。それに、お嬢さんが言っていることを実現しようとすれば、何年掛かるとお思いか? その間、市民達を危険な目に晒し続けて良いとでも言われるのか?」

貧民街スラムの方々が危険だと決めつけることはできないと思います!」

「それも我々軍人が決めることではない」

 そう言いながら、オルカは俺に近づいて来た。

「アルス、これは総督直々の命令だ。邪魔をすると、俺はお前を捕らえなければならない。分かってくれ」

「分からねえな! それに、オルカ! あんたに俺を捕らえることができるのか?」

「ふんっ、生意気な口をききおって!」

 そう言いながらも、オルカは怒っているようではなかった。オルカにとって、俺はまだガキなんだ。しかし、俺は、もうガキじゃない。

 俺はカレドヴルフを抜いた。

 オルカの背後にいた兵士達も一斉に剣を抜き、隊長であるオルカを守るようにオルカの前に展開した。

「オルカ! こんなことで配下の連中に怪我をさせることはないだろう? どうだ? 俺と一騎打ちをしないか?」

「俺が勝てば、お前は刃向かわないということか?」

「ああ、そうだ! だが、俺が勝ったら、そのまま引き上げてもらおう」

「良いだろう。アルス、俺を殺すつもりで来い。人を相手にするお前は剣に迷いがあるからな」

 ちくしょう! 見透かされていやがる!

 だから、俺はオルカの傭兵団を抜けて、魔族専門の賞金稼ぎになったのだ。

 先の大戦のように大規模な戦争の時には、人の感覚は麻痺してしまうようだが、少人数の戦闘では、俺は相手の家族のこととかを考えてしまって、剣の勢いが鈍ることがあると指摘されていたし、自覚もある。

 相手は俺の恩人でもあるオルカだ。俺は躊躇なく剣を振るうことができるだろうか?

 護衛兵が周りをぐるりと囲んだ中に、剣を抜いた俺とオルカが対峙した。

「アルス殿! お待ちください!」

 また、イルダが俺とオルカの前に走り出てきた。

「危ないぞ! 下がってろ!」

「いいえ、下がりません! こんなことで、アルス殿が恩人であるオルカ殿と争って良いはずがありません!」

「こんなことって」

「こんなことです! オルカ殿がその胸に手を当てて考えてみれば良いだけです! 軍人が考えることではない? そんな言い訳が通用するとお思いですか?」

「元気が良いお嬢さんだ。アルスの雇い主ということは……」

 オルカは、何か口走りそうになっていたが、ぐっと飲み込んだ。

「アルス、どうする? そのお嬢さんがそこにいると戦えないぞ」

 俺は、いったん剣を仕舞うと、イルダに相対して立った。

 一呼吸おいて、自分なりに冷静になったと判断してから、イルダを偽名で呼んだ。

「イリスの考えていることも分かる。だが、こうしなきゃ、あの石頭は兵を引くようなことはしないはずだ。だから、ここは俺に任せろ」

「いいえ! アルス殿とオルカ殿が剣を仕舞うまで、私はここをどきません!」

 やれやれ。イルダもオルカに負けず劣らない石頭だ。まあ、それが魅力ではあるんだが。

「アルス! これ以上、時間を掛ける訳にもいかぬ! そのお嬢様が、そこをどいてもらえないのなら、二人併せて捕らえるだけだ」

「俺のご主人様には手を出させないぞ!」

 そう言うと、俺は、イルダを抱きしめるようにして、オルカに背中を向けると、ベルトのポーチから「おやすみ薬」を素早く取り出して、イルダに嗅がせた。イルダを大人しくさせるためには、やむを得ないことで、鳩尾みぞおちを打って気絶をさせるよりも、イルダの体の負担は軽いはずだ。

「ダンガのおっさん! 頼む」

 急にぐったりとしたイルダを心配して駆けつけて来たリゼルとダンガのおっさんにイルダを預けた。

「アルス! 何をした?」

 リゼルが怒っても仕方がない。

「気絶してもらった。そうでもしないと、この危険な状況からイルダを救い出すことなどできないからな」

「……納得できないところはあるが、仕方ないだろう」

 リゼルやダンガのおっさんはイルダの性格を知っている。リゼルも厳しい顔をしながらも、イルダを抱きかかえたダンガのおっさんとともに後ろに下がって行った。

「やれやれ、ご主人様にも厳しいな、アルスよ」

 オルカも呆れた顔をしていた。

「あの人は、どうしても守るべき人なんだ。こんなところで怪我でもされちゃ困るからな」

「そうか。では、改めて勝負だ!」

「ああ、行くぜ!」

「まあ、待て」

 カレドヴルフを抜き、オルカに突進しようとした俺の前に、大人リーシェが通せんぼをするように現れた。

 イルダを大人しくするために、やむなく「おやすみ薬」を使ったが、大人リーシェがその機を逃さず登場したということだ。

 オルカや護衛兵達も目の前に突然現れた美女に唖然としていた。

「せっかく出てきたのじゃから、ここは、わらわに任せろ、アルスよ」

「そういう訳にいくか!」

 オルカと決闘をする気合いが空振りになってしまって、邪魔をしたリーシェにぶつけるしかなかった。

「熱いのう。熱くなっている時のアルスは格好良いけどの。じゃが、わらわに任せろ」

「どうするつもりだ?」

「まあ、見ておれ」

 リーシェはそう言うと、オルカに対峙した。

「オルカじゃったかのう。兵士どもを引き連れて、今すぐ総督府に帰るが良いぞ」

「何者だ?」

 リーシェの傲慢な態度に腹を立てない奴はいないはずで、さすがのオルカも眉をつり上げていた。

「アルスの妻にして、従順な魔法士ウィザードじゃ」

 こんな場面で冗談を言うんじゃねえよ!

「ふんっ、面白い奴だな」

 オルカは本気にしなかったようだ。

「だだ、俺達も遊びで来ている訳じゃねえんだ。あんたも怪我をしないうちに逃げることだ」

「わらわは魔法士ウィザードだと聞こえなかったのか?」

「それがどうした! それで誇り高き帝国軍人が尻尾を巻いて逃げ出すと思っていたか?」

「つまらぬことで怪我をすることもあるまい?」

「何だと!」

「ほらっ、上を見よ。危ないぞ」

 俺もつられて上を見ると、大きな石材が宙に浮かんでいて、それが突然、落下した。石材は、護衛兵の近くに突き刺さるようにして地面に落ちた。

 その後も、続いて大きな石材が空から降るように落ちてきて、護衛兵はその下敷きにならないように逃げ惑うことしかできなかった。

 かなり雑な作りではあるが、落ちてきた石材は、まるで貧民街スラムの入り口に壁のようになっていた。

「この石材はいったい?」

 俺が訊くと、リーシェは額に手のひらを当てて、遠くを見るように目を細めた。

「あの街の中心にある立派な建物から拝借しただけじゃ。ほれ、あそこに崩れかけている建物があるじゃろう?」

 リーシェが指差す先には、街の中心で小高い丘の上に建っている総督府が見えていたが、その塔の幾つかが崩れ去っていた。

「総督府が!」

 兵士達が顔を青くして叫んだ。

「早く帰って、総督様を避難させた方が良くないかの?」

「くそ! みんな、引き上げるぞ!」

 オルカが先頭に立って総督府に向けて走り去ると、護衛兵達も一斉にその跡に続いた。

 護衛兵が去って行ったのを、家の中から見届けていたのか、人々がぞろぞろと通りに出てきた。そして、貧民街スラムの入り口に突然できた石材の壁に驚いていた。

「リーシェ、どうやって?」

 俺は、リーシェに近づき小声で訊いた。

「総督府に転移したコロンが、総督府の建物を少し壊して、その残骸をここに転移させただけじゃ」

 こいつら、本当に突拍子もないことをしやがる。

「この石材を移動させるだけでも何日も掛かるじゃろう」

 確かに、リーシェとコロンの魔法だと一瞬だが、人力でこの石材を除けるには、かなりの人数と期間を要するはずで、貧民街スラムの住民達を強制的にここから立ち退きさせるのは、その後になりそうだ。

「ちゃんと時間を作ってくれた訳か」

「そうなのじゃ! 役立つことをするもんじゃろう、わらわも?」

「何だよ、その褒めてくれっていう顔は?」

「遠慮などせずとも褒めれば良いのじゃ」

「遠慮はしてねえが、とりあえず助かった。ありがとうよ」

 負ける気はしなかったが、オルカと剣を交えることは、できればしたくなかった。そういう意味で、リーシェに助けられたことは間違いない。

 しかし、時間稼ぎができただけだ。抜本的解決は何もできていない。

 いったい、どうすれば良いんだ?

「アルス。このまま、総督に会いに行くか?」

 リーシェが俺を見ていた。俺が考えていそうなことが分かるようにでもなったのか?

「そうだな。行くか」

 俺は、ダンガのおっさんに抱きかかえられたイルダが熟睡してることを確認してから、みんなに言った。

「リーシェと一緒に総督府に行ってくる」

「アタイも連れて行っておくれよ」

 エマが手を上げた。貧民街スラムの行く末が心配なのだろう。

「じゃあ、行くか。みんなは、一旦、宿屋に戻っていてくれ」



 大人リーシェに張り付くようにして、俺とエマは総督府に転移した。

 転移した先は、総督府の建物の奥まった場所だと思われる薄暗い廊下だった。

 窓から外を見ると、そこは中庭で、兵士達が右往左往していた。突然、塔が崩れてしまったのだ。その警戒と調査のためだろう。そんな騒がしい外とは違って、廊下の中は静まりかえっていて、人の気配がしなかった。

「総督の執務室はどこだ?」

「あっちだよ」

 俺の独り言にエマが廊下の一方を指差して答えた。

「何で知ってるんだ?」

「下見に何度も来てるからさ」

 そういえば、エマは総督から金を盗む準備をしているんだった。

「この騒ぎで総督が部屋にいるかどうか分からないが、とりあえず行ってみよう」

 エマの案内で、総督の執務室に向かった。そこは廊下の突き当たりにあり、豪華なドアがそうだと教えてくれていた。

「じゃあ、入るぞ」

 俺は、とりあえず礼儀を守って、ドアをノックしたが返事はなかった。しかし、微かに物音がして、部屋の中に誰かがいる気配はした。総督も腰が抜けて隠れているのだろうか?

 ドアには鍵が掛かっていたが、カレドヴルフをドアノブを叩きつけると、ドアノブはあっさりと壊れた。

 俺は、ゆっくりとドアを押して、部屋の中に入った。

 部屋は、明かりが点いておらず薄暗かったが、その豪華な家具や装飾から、総督の部屋であることは間違いないだろう。

「あれえ、アルシュ!」

 ソファの後ろから、シャーリエがぴょんと飛び上がるようにして顔を見せた。そして、その隣には困り顔のカリアもいた。

 

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