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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第七章 過去の泉と未来の友人
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第八十七話 別離の記憶

 次の日の朝。

 朝食をとりに宿屋の食堂に集まったみんなは、一様に疲れた顔をしていた。

「どうやら、みんな、過去の夢を見ていたようだな」

 そういう俺も、俺の体の匂いを満足するまで嗅いだリーシェがイルダの部屋に戻ってからも、いろんな考えが頭の中に浮かんでは消えるなどして、結局、睡眠不足だった。

「それで肝心要かんじんかなめのイルダはどんな夢を見たんだ?」

 珍しく、ぼう~とした顔のイルダを見た。

「はい。実は、二つ、夢を見たのです」

「二つ?」

「はい。その夢が全然つながりのない夢だったので、二つの夢だと思ったのですが……」

「どんな夢なんだ?」

「一つは、お父様と最後にお別れをした時の夢です」

「まさに狙っていたとおりの夢じゃねえか! じゃあ……」

 イルダの困ったような表情を見た俺は、そこで言葉を句切った。

「フェアリー・ブレードの取り出し方については、何も分からなかったってことか?」

「フェアリー・ブレードについての話はありましたが、取り出し方については話をされませんでした」

「良かったら、見た夢の内容を教えてくれないか」

「はい」

 イルダは、自分の頭の中で夢の内容を整理していたのか、しばらく目を閉じて考えるようにしていたが、おもむろに目を開けると口を開いた。

「気がついた時には、宮殿の私の部屋にお父様が訪れていました」

 イルダの見た夢は皇帝と最後に別れた時だとイルダは言った。その夢の中に、ひょっとしたらフェアリー・ブレードを取り出すためのヒントがあるかもしれない。俺達は一言もしゃべらずに、イルダの話に聞き入った。

 イルダが見たという夢での、皇帝とイルダのやりとりは次のようなものだった。



 その時は、既に反乱軍が首都を包囲していて、アルタス帝国の命運も風前の灯火という状態で、宮殿のイルダの部屋にも首都の城壁の外から反乱軍の雄叫びや勝ち鬨が聞こえてきていたという。

『イルダ! 首都は、既に反乱軍に包囲されているが、連中も高い外壁を容易く越えることなどできないだろうし、宮殿には食料の備蓄も潤沢にある。今すぐ首都が落ちることはないだろう。それに、首都の周辺部には、我が陣営に味方する勢力もあると聞く。その勢力には既に密書を送っておる。ここは籠城して、その勢力が首都に進軍してくるのを待つという将軍の意見に従うことにした』

『どれだけの勢力が助けに来てくれるのでしょう?』

『かなりの数になるはずだ。しかし、間に合うとは限らない』

『……』

『そこでだ。もしものことを考えて、カルダとイルダは、ここから逃げるのだ』

『えっ! お父様は?』

『余は帝国軍の最高司令官でもある。皇后は余と一心同体であり、我が息子達もその地位を継ぐ者達だ。そんな者が真っ先に逃げて、帝国軍の士気を保てるはずがない。余と皇后、そして皇子は全員残る』

『そ、そんな! 私もお父様と一緒に残ります!』

『ならぬ! そなたは必ず生きて逃げ延びるのだ』

『嫌です! 私はもう覚悟はできております! 死ぬことなど怖くありません! みんなと一緒にいさせてください!』

『……イルダ。フェアリー・ブレードを知っているか?』

『もちろんです。救世主カリオンが魔王を討ち取った伝説の魔剣ですよね?』

『そうだ。そのフェアリー・ブレードがある限り、我がアルタス帝国は滅びることはない』

『フェアリー・ブレードは、代々、皇室に伝承されていると聞いています。そして、百万もの兵力に匹敵するとも!』

『そうだ。フェアリー・ブレードは、まさしく我がアルタス帝国の命運を握る魔剣なのだ』

『そのフェアリー・ブレードは、今どこに?』

『奪われぬように隠しておる』

『今すぐ、フェアリー・ブレードをそこから取り出して、反乱軍に相対することはできないのですか?』

『フェアリー・ブレードは、それを持つ者に百万もの兵士を与えたと同じ意味を持つが、それはフェアリー・ブレード自身の力ではない』

『ど、どういうことでございますか?』

『いずれ分かることだ』

 そう言った皇帝は、懐から一つのナイフを取り出した。それは、今、イルダがベルトに帯びているナイフだ。

『イルダ、そなたにこれを授けよう』

『これは?』

『これも我が皇室に伝わる宝剣じゃ』

『そのような大事な物を私に?』

『皇女に渡す短剣の意味は分かっているな?』

『はい。嫁ぎ先が攻められた時、辱めを受けないように自害をすることです』

『そうだ。イルダは、ずっと余の近くに置いておきたくなって、ザルツェールとの婚約も破棄をさせたから、このナイフは使うことはないだろうと思っていたが、残念じゃ』

『これで、お父様と一緒に自害をするということであれば、何も迷うところはございません! このナイフで、見事、自ら命を絶ってみせましょうぞ!』

『そなたは本当に勇ましいの。皇女に生まれてきたことがもったいなくていかんわ』

『お父様から敵と戦えと命じられれば、敵陣の中にでも飛び込むことができます!』

『だが、それはならぬ! 先ほども言ったが、そなたとカルダはここから逃げるのじゃ。敵に見つからぬようにな』

『それは、私にとって、酷く辛いことでございます』

『余もそうじゃ。じゃが、これは皇帝としての命令じゃ! 必ず生き延びよ! そなたが生き延びている限り、アルタス帝国は滅びぬ』

『お父様……』

『必ず、カルダといつでも会えるようにしておくのだ。そして、皇女としての尊厳を踏みにじられようとされるなど、いざという時には、このナイフでお互いを刺し違えて命を絶て!』

 その後、イルダは散々抵抗したが、ついぞ、皇帝は、イルダが残ることを許さずに、イルダは、次の日、カルダ姫とともに首都から密かに脱出したという。



「夢とはいえ、久しぶりにお父様と会えたので、すごく嬉しかったです。でも、みんなが期待していた内容ではありませんでした」

 確かに、皇帝との会話でフェアリー・ブレードについて触れられているが、イルダの体の中にフェアリー・ブレードが隠されていることや、その取り出し方について、皇帝は何も言わなかったようだ。

 しかし、俺は、今、聞いたイルダの夢での皇帝の台詞の中で、一つだけ気になった部分があった。それは「フェアリー・ブレードは、それを持つ者に百万もの兵士を与えたと同じ意味を持つが、それはフェアリー・ブレード自身の力ではない」というくだりだ。

 救世主カリオンがアルタス帝国を建国して、その二人の息子の間に家督争いが起きたが、結局、長男の家系が勝利して、アルタス皇室に繋がっているんだが、それ以来、この大陸では大きな戦争はない。だから、カリオン以降の皇帝がフェアリー・ブレードを取り出したという記録はない。つまり、フェアリー・ブレードを手にして戦った者は誰もいないのだ。

 そして、先日、ついにフェアリー・ブレードはその姿を見せた。吸血鬼ヴァンパイアに噛まれてイルダ自身が吸血鬼ヴァンパイアになってしまった時、フェアリー・ブレードは自ら姿を現し、そんなイルダの体を元どおりにした。

 その時、魔王リーシェでさえもフェアリー・ブレードに近づくことはできなかった。それは、あらゆる魔法を封じ込めてしまうというフェアリー・ブレードの謳い文句が嘘ではないことを証明するものだった。

 そういった事実と、フェアリー・ブレードは、それを持つ者に強大な力を与えるものではないという趣旨の皇帝の言葉から導き出される結論として、俺はただ一つのことしか思いつかなかった。

 百万の兵力と同等の力を持つ者、つまり、魔王リーシェを味方にすることができるということだ!

 俺がそうなれば良いと思っていたことが、実際に可能なのだ。

 では、どうすれば、フェアリー・ブレードを取り出すことができるんだ?

 イルダが話した皇帝の言葉の中にヒントがあったのだろうか?

 そもそも、滅亡が迫っているという時に、フェアリー・ブレードをその体に隠しているイルダ自身にその取り出し方を何も言わないということ自体が不思議ではあるが、それもこれも、魔王リーシェが自らフェアリー・ブレードを握ることを恐れているからだと俺は理解している。

 魔王リーシェは勇者カリオンに討たれたが死んではおらず、その魔力を封印されているだけだということを歴代のアルタス皇帝は知っていた。そして、それは歴代皇帝のみに連綿と引き継がれてきた極秘事項とされ、フェニア教会の説話などで、帝国市民には、魔王は討たれたと流布されているのだ。

 そして、フェアリー・ブレードをその時々の皇族の一人の体の中に隠して、それも簡単に取り出せないようにしていた。なぜなら、魔王リーシェは、フェアリー・ブレードをその体に隠している者が眠っている時など、その意識がない状態の時には、一時的ではあるが封印を解かれるということもアルタス皇帝は知っていたからだ。そんな時に転移魔法が使える魔王リーシェであれば宮殿に忍び込むことなど容易いことだ。だからこそ、アルタス皇帝は、いつ自分達の隣に現れるかもしれない魔王リーシェにフェアリー・ブレードの取り出し方を聞かれることを恐れていて、フェアリー・ブレードの取り出し方を口にする時は、次期皇帝に口伝する時ぐらいだったのだろう。

 一方で、リーシェは、過去、何度も宮殿に忍び込んで家捜やさがしもしたことがあるが、ついにフェアリー・ブレードを見つけることはできなかったらしい。そして、その強力な魔法で時の皇帝を脅して、フェアリー・ブレードの在処を問い質さなかったのは、リーシェがそれだけフェアリー・ブレードを恐れていたからに他ならない。つまり、お互いに相手を恐れる余り、過剰な反応をしていたとも言えるのだ。

 それはともかく、先ほどのイルダの話では、皇帝は「フェアリー・ブレードがある限り、アルタス帝国が滅びることはない」とも言っている。だから、フェアリー・ブレードを取り出すための何かしらのヒントはイルダに伝えているはずだ。それは、今回、イルダが見た過去の夢では出てこなかったのかもしれないし、出てきているが、俺達が気づかないだけなのかもしれない。



「それで、もう一つの夢なんですけど」

 しばらく亡き父の思い出にふけっていたイルダが、思い出したかのように言葉を続けた。

「そちらの夢がすごく不思議な夢で、どうしてこんな夢を見たのだろうと不思議なのです。自分の記憶にもまったくない夢でした」

「それはどんな夢だったんだ?」

 イルダは、隣に座っている子供リーシェを慈しむように見た後、視線を上げて、おもむろに話し出した。

「気がつくと、一面のお花畑でした。そして、リーシェが一緒にいたんです」

「リーシェが? リーシェと出会ったのは、半年ほど前ですぞ。確かに、過去といえば過去ですが、つい最近といえば最近ですが……」

 リゼルが意外そうな顔をして言った。

「でも、リーシェに間違いはないんです。夢の中のリーシェも、あの鎖で繋がった剣を背負っていたんです」

 イルダとリゼルが言っている「リーシェ」とは、フェアリー・ブレードで封印された後の、今、目の前にいる子供リーシェのことだ。しかし、イルダが夢で見たリーシェは、千年以上昔の幼き頃のリーシェだったのに違いない。つまり、イルダは、俺と同じリーシェを見ているということだ。

「そのリーシェとは、どんな話をしたんだ?」

「話はしませんでした。リーシェはお花畑で花を摘んで花冠を作ったり、虫を追い掛けたり、駆けっこしたり、無邪気に遊んでいて、私はそれを見つめているだけでした。でも、それだけでも、すごく心地が良かったんです」

 イルダは救世主カリオンの紛うことなき末裔だ。俺が見た夢と同じく、カリオンの記憶なのだろうか。

「イルダ。話はしなかったって言ってたけど、そのリーシェは兄弟のことを言ってなかったか?」

「いいえ、お互いに無言でした。でも、それは、何というか、話す必要がないだけで、喧嘩をしていて口をきかなかったという感じではなかったです。本当にほっこりする夢でした。でも、どうして兄弟のことが?」

「い、いや、リーシェの家族のこととか分かるかなって思ってさ」

「あ、ああ、そうですね」

 イルダが少し寂しげな顔をした。

 イルダにとって子供リーシェは、親とはぐれた可哀想な子供で、その家族が分かれば、子供リーシェは親の元に戻さなければならない。しかし、半年以上、一緒に旅を続けてきて、イルダはもう子供リーシェと別れたくないと思っているはずだ。親が見つかれば、リーシェのためになるが、そうなってほしくないという気持ちと葛藤しているのだ。

 もっとも、イルダの心配は的外れではある。本当のリーシェは魔王様なのだから。

「皆さんにも苦労をお掛けして、やっと口にした過去の泉の水でしたけど、フェアリー・ブレードに関する記憶を呼び覚ますことはできませんでした」

「それは、イルダがフェアリー・ブレードに関することを忘れているんじゃなくて、そもそも経験なり聞いていないということが証明されたってことだろ? 全然、無駄じゃなかったってことだよ」

「アルス殿……、そうですね。それはそうと、アルス殿はどんな夢を見られたのですか?」

 俺の見た夢はイルダの夢とかぶっているが、それをここで明らかにすることは、いろいろと面倒なことになりそうなので、俺は、オルカと酒場で話した旅芸人の一座のことを夢で見たことにして話した。

「本当は切れない剣で剣舞をしてたのですか?」

「必要悪ってやつだよ。本物の剣でやってたら体中傷だらけになって、毎日、剣舞なんてできないだろ。そうするとおまんまの食い上げだからな」

「なるほど、それもそうですね。ねえ、リーシェは、どんな夢を見たの?」

 イルダが隣に座っている子供リーシェに顔を近づけながら訊いた。

「……お菓子の夢」

 ぽつりと子供リーシェが呟いた。

「そうなの? 昔、食べたお菓子なのかな?」

「……うん」

 イルダはまた寂しげな顔をした。きっと、子供リーシェが見た夢は、両親と一緒にお菓子を食べた、楽しかった記憶なのだろうと想像したからだろう。

「他のみんなはどんな夢を見たんだよ? ナーシャは?」

「ボクは嫌な夢だった。アルスと出会う前のパートナーが流れ矢に当たって死んでしまう夢だった」

「それは嫌な夢だな」

「本当だよ。それって、予知夢というやつで、アルスの未来を暗示してるのかなあ?」

「縁起でもないことを言うな! リゼルは?」

「い、いや、私の夢も人に話すようなことではない」

 リゼルが焦って答えた。

「何だよ? 気になるじゃねえか。話してくれよ」

「……だ、駄目だ」

「何が駄目なのか分からないが、じゃあ、大まかに言って、何の夢だったんだ? 家族の夢か? それとも修行中の夢か? それとも魔法士ウィザードになってからの夢か?」

「家族の夢だ」

「そういえば、リゼルの家族の話を聞いたこともないが、その調子だと話したくはないんだろう?」

「あ、ああ」

「そうか。まあ、無理矢理、人のプライバシーを暴く趣味もないし訊かないことにするよ」

「す、すまない」

 リゼルの態度から、悲しい想い出だったのかもしれないと思い、これ以上、追及することは止めた。

「じゃあ、ダンガのおっさんは?」

「儂は、女房と結婚をした頃の記憶を思い出しての」

「へえ~、そういえば、ダンガのおっさんの奥さんはどこにいるんだ? 話したくなければ別に良いが」

「女房は首都にいる……はずだ」

「連絡がついてないのか?」

「さすがに首都の中に伝令蝙蝠メッセンジャーバットを飛ばす訳にもいかないからな」

 リゼルが説明をしてくれた。

「子供さんもいるんだよな?」

「ああ、娘が一人いて、同じアルタス帝国の軍人と結婚をしていたが、婿ともども行方不明だ」

 ダンガのおっさん自身だって、本当はイルダの世話どころじゃなく、自分の家族の心配をしたいのだろうが、今までそんなことを微塵も見せずにイルダに尽くしているのは、さすが忠実なる誇り高きアルタス帝国の騎士だ。

「アルス!」

 みんながしみじみとしているところに、騒々しくエマが飛び込んできた。

「何だ? もう飯は残ってないぞ」

「えー! そ、そんな! ……じゃなくて! 大変だよ!」

「何が?」

「だから、貧民街スラムが大変なことになってんだよ!」

 

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