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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第七章 過去の泉と未来の友人
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第八十六話 魔王様が見た夢

 この森に入った時とは違い、見晴らしが良いだけあって、歩き出してそんなに時間も掛からないうちに、生い茂ってる樹木の間隔が次第に広くなってきて、視界も広がってきた。

 目の前に草原も見えてきた。無事に森を抜けられそうだ。

 視線の先に見える草原が少し揺らいでいた。近づくと、シャボン玉の膜で覆われているように見えた。

「これが結界の境界なんですね?」

「たぶん、そうだろう」

 イルダの問いに、俺も曖昧に答えることしかできなかった。

「出ることはできるのでしょうか?」

「結界といっても、そこに閉じ込めるものではなく、あの小妖精エルフの連中が幻覚を見せることができるように魔力マナを集めて漂わせている空間のことじゃ。そのまま抜けることができようぞ」

 大人リーシェは、そう説明をすると、イルダに向いた。

「わらわは、ここで失礼をする。イルダ、また、会おうぞ」

「はい! そういえば、言い忘れていましたけど、今まで何度も私達を助けていただきまして、本当にありがとうございます」

 皇女様なのに、イルダは、大人リーシェに向かって、深々とお辞儀をした。

「礼には及ばぬ。わらわも勝手にやっているだけじゃ。それにイルダには普段から世話になっておるからの」

「私が?」

「い、いや、独り言じゃ。忘れてたもれ」

 リーシェは、俺達と出会うまでの五百年もの間、子供の姿にされている時も一人でじっと過ごしていたそうだ。魔法が使えない、ただの子供が一人で生き延びるのは大変なことだったはずだ。今、子供リーシェはイルダから寵愛されている。リーシェもイルダには感謝してもしきれないはずで、その気持ちがぽろっと出たのだろう。

 しかし、そういう気持ちを持っているところも、リーシェが魔族らしからぬところではある。

「では、またの」

 そう言うと、リーシェは転移して消えた。

「では、参りましょう。リーシェ」

 イルダが子供リーシェを呼んだが、エマが唐突に子供リーシェの側にしゃがみ込んだ。

「えっ、おしっこ? 仕方ないなあ。イルダさん、そこの草むらでリーシェちゃんの用を足させてから行くから、先に行ってて」

 エマがイルダに告げると、イルダは「エマさんにそんなご迷惑を掛ける訳には」と自分が残ろうとした。

「アタイがするって! リーシェちゃんのおちんちんも可愛いし!」

 どん引きしたイルダも、「そ、それではお願いします」とエマに子供リーシェのことを委ねて、森の出口に向かった。

「このまま、出られると良いのですけど」

 大人リーシェから説明はされていたが、やはり不安はあったようだ。

 しかし、そんなイルダの心配をよそに、そのシャボン玉の膜は、何も感じることなく越えることができた。揺らいでいた景色も元に戻って、元の世界に戻ってきたことを実感させてくれた。

「お待たせ」

 すぐにエマが子供リーシェを連れて来た。リーシェの抱っこ紐からは子犬のコロンも顔を見せていた。



 俺達は、サリウムの宿屋に無事に戻った。

 エマは、スラム街の中に寝泊まりする場所を確保しているらしくて、宿屋の前で別れた。

 俺達は、夕食をとって、すぐに寝床に入った。みんな、過去の泉の水の効き目とやらを早く体験したかったのだろう。

 酒を飲むと、過去の泉の水の効き目が弱くなるかもしれないと思い、俺も久しぶりにシラフでベッドに潜り込んだ。



「お兄ちゃん!」

 その声は俺を呼んでいた。

 目を開けると、目の前に小さな女の子。紫色の長い髪に同色の瞳。

 辺り一面の花畑に立ち、その女の子がじっと俺を見上げていた。魅力的な笑顔に輝く瞳に俺の姿が映っていた。

 その笑顔に見覚えがあった。

「リーシェか?」

「うん、そうだよ」

 子供リーシェそっくりだが、子供リーシェは男の子だと分かっていて、最近は、そういう意識で見てしまう。

 しかし、目の前の子供リーシェは明らかに女の子だ。どこがどう違っているんだと訊かれても明確に答えられないが、そうだと言い切れてしまうのだ。

 だから、目の前にいるのは、フェアリー・ブレードの力で少年にされてしまっているリーシェではなく、幼き頃のリーシェに違いない。

「じゃあ、俺は誰だ?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。変なお兄ちゃん」

 小さなリーシェが俺に近づいて来た。が、すぐに足を止めた。

 リーシェは、胸に手をやり、その顔を苦しそうに歪めた。

「お兄ちゃん、剣はどうしたの? あの剣がないと、リーシェ、お兄ちゃんに近づけないよ」

「剣? フェアリー・ブレードのことか?」

「何のこと? お父様からもらった剣だよ」

「……」

「ほらっ、これ」

 リーシェが背中を見せた。そこには、子供リーシェが持っているものと同じ剣を背負っていた。つばさやが鎖で繋がっている剣だ。

「その剣は……、どこに行ったのだろう?」

「なくしちゃったの? お父様に怒られるよ」

「リーシェ! お父さんはどこにいる?」

「あそこ」

 リーシェは空を指差した。

「お母さんは?」

「お母様は……、帰って来た!」

 リーシェが指差した先を見ると、体がキラキラと輝いている大妖精フェアリーが、蝶のような羽をゆっくりと羽ばたかせながら、天空から舞い降りて来ていた。

 地上に降り立った、その大妖精フェアリーは、まるで女神のような美しさだ。

 そうだ! あの水晶の中に閉じ込められていた大妖精フェアリーに間違いない。

「お母様!」

 幼きリーシェがその大妖精フェアリーの元に駆け寄った。

 大妖精フェアリーは、リーシェを抱っこすると、何度も頬ずりをしながら、深くため息を吐いた。

「また、魔力マナが大きくなっているわ。もう、この剣では押さえきれないくらいに」

 大妖精フェアリーは、リーシェを地面に降ろすと、今度は自分がしゃがんで、目線を同じにした。

「リーシェ、もしかしたら、母はリーシェとお別れしなければならないかもしれません」

「えっ、どうして? どうして、お母様とお別れしなくてはいけないの?」

「このままだと、あなたの魔力マナが、この世界の秩序を壊してしまうかもしれないの。でも、母もあなたと別れたくありません。このまま、このままでいてちょうだい、リーシェ!」

 大妖精フェアリーは、ぎゅっと幼きリーシェを抱きしめた。その目からは、真珠のような涙がこぼれていた。



 背中に誰かが張り付いた感覚で目が覚めた。

 張り付いているのは、もちろん、大人リーシェだ。

「まったく! 毎度毎度、びっくりさせるなよ」

 俺が嫌みを言ったが、いつも返ってくるリーシェの口答えは返ってこなかった。

「リーシェ?」

 名前を呼んでも、リーシェは俺の背中に張り付いたままだった。

 俺は、リーシェの体が少し震えているのに気づいた。

 小さく嗚咽が聞こえた。

 魔王様が泣いている?

 俺は寝返りを打ったが、リーシェは、すぐに自分の腕で顔を覆って、その顔を見せないようにした。

「リーシェ……。泣いてるのか?」

「……」

「どうしたんだ? 訳を話してくれ」

「……」

「リーシェ!」

 俺がリーシェの肩を揺さぶると、リーシェは腕をはずした。魔王様は本当に泣いていた。

「何があった? ひょっとして、昔のことを思い出したのか?」

「分からぬ。昔のことなのかどうか分からぬが……」

「どんな夢を見たんだ?」

「……母親と兄の夢じゃった」

 ひょっとして、俺と同じ夢を見ていたのか?

「そういえば、お前の身の上話を聞いてなかったが、お前には、母親と兄弟の記憶があるのか?」

「いや、ない。わらわは、暗闇の中で目覚めた。誰もいなかった。わらわは最初から一人じゃったのじゃ。しかし、さっき見た夢では、わらわは、初めて見るその女性と男性を母親と兄だと分かったのじゃ」

「そうか。実は、俺も同じような夢を見た」

「アルスが?」

「俺の夢には、お前が出てきた。子供の姿になっているお前とまったく同じ姿だったが、それが幼い頃のお前だと分かったんだ」

「なぜ、アルスの夢にわらわが出てくるのじゃ? わらわとアルスは以前に会っているのかのう?」

「いや、そんなはずはない。千年も生きているお前の記憶がない以前のこととなると、どれくらい昔のことなのか分からないが、少なくても、俺がそんな昔に生きているはずがない」

「しかし、これが過去の泉の水を飲んだせいだというのであれば、その者の過去の記憶を見ているはずではないのか?」

「そのはずだ。しかし、その記憶は、俺が実際に見聞きしたものではなく、俺のご先祖様が見聞きした記憶が、俺の血の中に受け継がれているのかもしれない」

「つまり、アルスの先祖とわらわが会っていると?」

「ああ、たぶんな。そして、俺のご先祖様は、お前の兄らしい」

「そういえば、わらわが兄だと思った男は、アルスに似ていた気がするのう」

「もし、そうだとすれば、お前が俺の匂いを昔嗅いだことがあると言ったことも納得がいく。俺の匂いは、リーシェの兄だった俺のご先祖様と同じ匂いなのだろう」

「なるほどのう。アルスの匂いを嗅ぐと、本当に心が安らかになるのじゃ。そして、懐かしいとも感じた。だからだったのじゃな?」

「おそらくな」

「そうすると、アルスも本当は魔族なのか?」

「俺は人族だ! お前みたいに長命じゃない」

「では、魔族と人族の間の子も生まれるのじゃろうか? アルス、試してみるか?」

 リーシェが素足を俺の足に絡ませてきた。

「リーシェ、少しは元気が出たようだな」

「ああ、アルスと話していると気分が落ち着く。やはり、アルスとは遠からぬ縁があったのじゃな」

 リーシェは、俺に被さるように体を預けて、俺の首筋に顔を埋めた。

「これじゃ。この匂いじゃ」

 そんなリーシェを軽く抱きしめながら、俺は、砂漠の王国バルジェ王国に伝わる神話を思い出した。魔王となった妹と救世主となった兄。

 もし、俺のご先祖様が魔王様の兄だとすれば、それは、救世主カリオンに他ならないことになる。

 この俺がカリオンの末裔?

 馬鹿馬鹿しい。

 そんな高貴な血が俺に流れているはずがない。カリオンの血はアルタス帝国の皇室に流れているのだ。直系として、その血を受け継いでいるのは、イルダと姉のカルダ姫だけだ。

 もっとも、カリオンの血は、長い時の間に多くの傍系にも引き継がれている。

 そういえば、カリオンには二人の息子がいて、跡目争いが起こったが、長男が勝利をして、その直系がアルタス帝国皇帝となり、弟の血統は根絶やしにされたというのが、フェニア教会が説く公式なカリオン伝説だ。だから、その血統の生き残りか、もっと現実的には、皇室から臣籍降下した傍系のそのまた傍系のそのまた傍系ということでならあり得るのかもしれない。何と言っても救世主カリオンの血だ。どれだけ薄められても、その子孫には少なからずカリオンの記憶も引き継がれている可能性だってある。

 そして、バルジェ王国の神話では、カリオンの妹は地獄に墜ちて、魔王になったと言われている。もしかすると、リーシェが目覚めたという暗闇が地獄なのだろうか? 

 そうすると、俺が見た夢は、リーシェが地獄に墜ちる以前の記憶ということになる。

 リーシェの母親である大妖精フェアリーは、夢の中で何と言っていた?

 ――リーシェの魔力マナが、この世界の秩序を壊してしまうかもしれない。

 そして、今、子供リーシェが持っている、鍔と鞘が鎖でつながれた剣。

 幼き頃のリーシェが話したことからいうと、カリオンもその剣を持っていたはずだ。

 俺を育ててくれた旅芸人の一座の遺品の中に、同じ剣があったとオルカが言っていた。俺もリーシェと同じ剣を持っていた。それはまさしく、リーシェと兄妹だったことの証となる剣だ。それを俺が持っていた? 傍系の傍系のそのまた傍系の俺が? それとも意外とカリオンの直系に近いのだろうか?

 俺はすぐに考えるのを止めた。そんな昔のことを考えたって、答えが出る訳がない。

「リーシェ」

「何じゃ?」

 俺の首筋に顔を埋め、匂いを嗅いでいたリーシェが不機嫌そうに顔を上げた。

「お前がいつも背負っている剣があるだろ?」

「うむ。あれは、わらわが目覚めた時、唯一、近くにあった物じゃ。魔力マナを押さえる力を持っているようじゃが、わらわには関係がないわ」

魔力マナを押さえるってことを知っていたのか?」

「もちろんじゃ」

「そんな剣をどうして今も使っているんだ?」

「他になかったからじゃ。それだけじゃ。それに魔力マナを押さえると言っても、轟音を立てて流れる濁流に、コップを入れて水を食い止めようとしているようなものじゃからの。まったく気になるレベルではないわ」

 夢の中で、リーシェの母親である大妖精フェアリーは、あの剣ではリーシェの魔力マナを押さえきれなくなっていると言っていた。それだけ、リーシェの魔力マナが強大だということだ。

 その剣を無頓着にリーシェは使い続けているが、あの剣でリーシェの魔力は多少セーブされているはずだ。もし、そんな力のない魔剣をリーシェが使ったとしたら……。

 想像だにできないほどの力が放たれるのではないのだろうか?

 

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