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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第六章 墓守の村と死者の軍団
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第七十四話 墓守の村への進軍

 次の日の朝。

 アジトの門の前の広場に、騎乗したリンカの配下が整列していた。その数およそ八十騎。まともな鎧も着けていない貧相な装備だが、剣や弓を持った野郎どもは、みんな精悍な面構えをしている。

 俺も借りた馬に跨がり、イルダとリゼル、そしてナーシャは、ダンガのおっさんが手綱を引く二頭立ての幌馬車に乗り込んでいた。輸送用の馬車で床にそのまま座るしかなかったが、イルダはそんなことで苦情を言う皇女様ではない。

 みんなの前に、馬に跨がったリンカが進み出て来た。

 配下達の顔をゆっくりと見渡してから、キッと正面を向いた。

「これより、リュウカ村に攻め入る! 相手は魔法を使い、死者を蘇らせるような連中だ! 生きて帰ってこられる保証はない! 昨日、アタシと一緒に死んでくれる奴だけ、ここに集まってほしいと言ったが、全員が揃ってくれて、アタシは嬉しいよ!」

 リンカの配下達は拳を振り上げて雄叫びを上げた。

「でも、これはアタシの私怨による戦いだ! みんなの家族を悲しませたくない! だから、みんなを積極的に巻き込むことはしたくない! 今からでも遅くはない! へっぴりだなんて言わない! 子供がいる連中は残ることも考えてくれ!」

「何を言ってるだ、姉御! 俺の命は先代に預けて、今は姉御に預けてるんだ!」

「俺達だって、リュギルの野郎に一泡吹かせないと、今まで何のために生きてきたのか分からねえよ!」

「どこまでも姉御について行くぜ!」

 配下の連中が口々に叫んだ。周りの目を気にしてではなく、本心からリンカについて行きたいと思っているようだ。

「みんな……」

 リンカが顔を伏せた。泣いているようにも見えたが、すぐに上げた顔に涙はなかった。

「分かったよ! みんなの命! アタシが確かに預かった!」

 リンカと配下の連中の気持ちが一体となって、気迫が爆発したかのようだった。

 リンカも一軍の将になり得る器だ。リンカ自身は忌み嫌っているが、少なくとも長い歴史を生き延びてきたリュギル伯爵家の血を受け継いでいることもそうだろうし、憲兵隊隊長だった義父のキルバルドから叩き込まれた、頭目としての教育も生かされているのだろう。



 俺達は、街道を通ることなく、土煙を上げながら草原の中を突っ走った。

 俺が借りて跨がっている馬もずっと全力で走っているが疲れた様子も見せない。馬の手入れや飼育もちゃんとされているようだ。

 途中、何度か人影らしきものが見えた。街道を通っていないから、旅人や行商人ではないはずで、おそらく、リュギル伯爵側の斥候だろう。俺達が走っている方向からリュウカ村に向かっていることは、さすがに分かるだろう。俺達がリュウカ村に着く前には、リャンペインからフェリスや死者の軍団が駆けつけているはずだ。

 リュウカ村の周辺は窪地のようになっていて、四方を小高い丘に囲まれている。俺達は、リュウカ村と墓地を見下ろすことができる、村の北西の丘の上で馬を止めた。

 馬を降りたリンカが、小さい望遠鏡を出して、リュウカ村を見た。

「村の周りには重装備の兵士達が展開しているね。その数、……二百というところだ」

 望遠鏡から目をはずし、隣に立った俺にリンカが言った。

 肉眼でも村の周りにうようよと兵士がたむろしているのが分かる。その近くには同じくらいの数の馬も見える。リュウカ村にはそれだけの兵士が駐留できる所はないから、リャンペインから駆けつけて来たのだろう。そうするとフェリスも来ているはずだ。

「どうする、アルス?」

「まずは、リーシェが来るのを待とう。あの数の死者の兵士もそうだし、ホギがどんな魔法を使うか分からない。お前だって、配下を無駄に死なせるのは嫌だろ?」

「もちろんだ」

 向こうからもこちらは見えているはずだ。

 死者の兵士が馬に乗って、この坂を駆け上ってくることも考えられるが、連中の目的はホギの護衛だろうから、村を手薄にするようなことはしないはずだ。

 俺は振り返り、少し下がった所に停まっている幌馬車に近づいた。

「もう、そろそろ戦いが始まる。少しでも敵が優勢だと判断したら、すぐに退却してくれ」

「うむ。分かった」

 御者席に座っているダンガのおっさんが大きくうなずいた。ダンガのおっさんにとって守るべきものはイルダだ。俺やリンカが危ない展開になっても躊躇なく退却してくれるだろう。

 俺は、幌馬車の後ろに回り、幌をめくった。中には、イルダ、リゼル、そしてナーシャがいた。

「イルダ、聞こえていたか?」

「はい。アルス殿、お気をつけてください」

「心配するな。それで、ナーシャ!」 

 俺は、ナーシャを手招きして外に呼び出した。

「何だい、アルス?」

 四枚羽を羽ばたかせながら、飛んで馬車から出たナーシャは俺の隣に降り立った。

「お前に頼みがある」

 イルダやリゼルに聞かれないように、馬車から離れながらナーシャに言った。

「ボクに? 何でも言って! ボクにできないことはないから!」

 何、ふんぞり返ってるんだよ! できないことだらけだろ! 早起きとか酒を飲まずに我慢することとか!

 などと心の中で突っ込みながら、俺は「おやすみ薬」を染みこませた布を懐から取りだした。

「前にも言ったが、今回は混戦模様となり、凄惨な場面が目の前で繰り広げられるかもしれない。そんな場面を見慣れていないイルダは気分が悪くなるかもしれない。そこでだ」

 俺は布をナーシャに差し出した。

「この布には気分を落ち着かせる匂いを染みこませている。俺達が行動を開始したら、イルダにこの匂いを嗅がせてくれ」

 俺の手から布を取ったナーシャは、自分の鼻に布を当てて、匂いを嗅いだ。「おやすみ薬」はイルダにのみしか効かない。ナーシャには何事も起こらなかった。

「本当だ! 良い匂いがする!」

 今日の戦闘を控えて体を休めていた昨日の昼間に、アジトに咲き誇っていた花の匂いも染みこませていたのだ。

「そうだろ。その匂いで心安らかになっている間に片を付けるからよ。心が安らかになりすぎて、イルダも少し眠ってしまうかもしれないが、すぐに目が覚めるから心配するな」

「分かったよ」

 ナーシャが空を飛んで馬車に戻ったのを見届けた俺は、再び、リンカの元に戻った。

「リーシェもそろそろ来るようだ」

「分かった。しかし、そろそろ昼だ。できれば、明るいうちに決着を付けたい」

 ホギがどんな魔法を使ってくるのか分からない。ここは明るいうちに攻め入り、敵の攻撃を見極める方が良いだろう。それに、思いの外、敵の攻撃が強力で退却するにしても、暗くなれば難しくなるかもしれない。

 ナーシャは、じっと待っているということができる性格ではない。俺が頼んだことはすぐにやってくれるだろう。つまり、リーシェも直に来てくれるはずだ。

「よし! 行こう!」

 気合いを入れた俺の言葉に、リンカも大きくうなずき、馬に跨がった。

「野郎ども! 行くよ!」

 配下の連中に向かって叫ぶと、リンカは真っ先に坂を駆け下った。

 俺も負けじと馬にムチを入れて、その跡を追った。配下の連中も次々とリンカの跡に続き、総勢八十騎の軍勢が一斉にリュウカ村に襲い掛かった。

 目の前のリュウカ村では重装備の兵士達が急いで馬に跨がるのが見えた。そして、村を包囲するように展開していた。

 向こうからすると上り坂だ。こっちは下り坂で勢いが付いている。坂の途中で相対すると上り坂側が絶対的に不利だ。そんな兵法の常識はさすがに心得ているようで、坂を降りきった村の周辺で迎え撃つつもりなのだ。

 リンカが馬を駆りながら左腕を横に大きく伸ばすと、配下の連中が左右に展開を始めた。もっとも、こっちは八十人、向こうは二百。広がりすぎると手薄になる。適度に横に広がって、俺達はリュギル軍に突っ込んでいった。

 相手は死者の軍団に違いないだろう。そして、その全身は最新鋭の鎧で覆われていて、斬り込むべき隙間もない。馬賊の連中の剣では歯が立たないだろう。だからといって無謀に突っ込んで行ってる訳ではない。ちゃんと対策は立てている。

 俺とリンカが少し馬の速度を緩めると、リンカの配下達が次々と俺とリンカを追い抜き、その前に出た。そして、腰にくくりつけていた網を持つと、頭上でブンブンと振り回しながらタイミングを図り、近づいて来た兵士達に次々と放り投げた。

 網は魚を捕るための投網で、重りをいつもの三倍ほどの重さに変えている。それを全速力で向かって来る騎兵に投げつけるのだ。騎兵達は網ごと馬から後に飛ばされた。そして乗り主を失った馬にはその尻にムチを入れて暴れさせて、そのまま走り去らせた。重装備の騎兵の馬を奪うだけでその機動力は大きく減らすことができる。重い鎧をまとっているんだから当然だ。

 俺とリンカは馬を飛び降りると、その兵士どもの脚を切って動けなくした。リンカの剣はカレドヴルフのように鎧そのものを斬ることはできなかったが、素早く兵士の背後に回って、膝の裏の可動部分で剥き出しになった部分を上手く斬っていた。

 しかし、二百人からの兵士の脚を切るのも大変だ。さすがにリンカも息が上がってきていた。俺もこのままだと危険だ。

「リンカ! いったん、引け!」

 リンカもすぐに反応して、俺と一緒に死者の兵士どもに背を向けて走り、少し距離を取った。

 リンカとともに振り向いた俺の目の前には、まだ百人以上の兵士がいた。リンカの配下の働きで、ほとんどの兵士は馬から降りていたから、上手く間合いと時間を取りながらであれば、このまま兵士どもを撃退することは可能だろう。

 しかし、その時。

 兵士達の背後、リュウカ村の木製の外壁の扉を開けて、ホギとフェリスが出て来た。

「やはり、お前か、アルス?」

 フェリスが大きな声で俺に話し掛けると、俺とフェリスの間にいた兵士どもが横にずれるようにして、フェリスがよく見えるようにした。

「ああ、お前にはイルダを吸血鬼ヴァンパイアにされた仕返しをさせてもらわないとな!」

「イルダ? イルダとは誰だ?」

「おっと、失言だ。イリスのことだよ。お前に噛まれて吸血鬼ヴァンパイアになったが、今は元に戻っているぜ」

「何? 魔法を使わないと元に戻ることはできないはずだ。あの『魔王』と自称する奴か?」

「ああ、そうだ。そいつもそろそろ、ここにやって来るぞ」

「ふははは、例え、やって来たとしても、ホギに敵う訳がない。今から引き返せと言ってやるが良い」

 リーシェの見立てどおり、やはり、二人の間ではホギが上役だったんだ。

 当のホギは、最初に会った時と同じように、穏やかな笑みを浮かべて、フェリスの横に立っていた。フェリスの胸のところまでしかない身長で、髪も髭も白くて杖をついた姿は、よぼよぼの爺さんでしかない。

「儂の大事な兵士達をこれ以上失うのは忍びないわい。貴様達は儂が自ら始末をしてやろう」

 笑顔のままで、物騒な台詞を吐いたホギが、ゆらゆらと手を揺らすと、横にずれていた兵士達が更に横に移動して、俺とリンカ、そしてホギとフェリスの四人を距離を取って取り囲んだ。まるで、これから繰り広げられる殺し合いのショーを見る観客のようだ。

「ホギ! 貴様はどうして死者を蘇らせるなんてことをしているんだ?」

「我が契約主の依頼だからだ」

「やはり、貴様は悪魔デーモンでリュギル伯爵と契約を交わしているのか?」

「まあ、そういうことだの」

「何のために?」

「契約内容をべらべらとしゃべるほど老いぼれてはおらぬぞ」

「そうかよ! しかし、てめえが魔族だと分かっただけで、お前を斬る理由になる。魔族は人族の敵だ! ごく一部を除いてな。死者を蘇らせるなんて、人の尊厳を踏みにじるような魔法を使うてめえは、その 『ごく一部』には当たらないんだよ!」

 俺は、カレドヴルフを構えて、ホギを睨みつけた。

「ほっほっほ、たかが人族に儂が切れるのか?」

「やってみなきゃ分からねえだろ!」

 俺はカレドヴルフを振りかぶって、ホギに突進して斬り付けたが、ホギはその杖でカレドヴルフを受け止めた。

 年寄りで小さな体なのに、俺の一撃を軽く受け止めやがった。それにカレドヴルフでも破壊されないということは、この杖もただの杖ではないのだろう。

 俺とホギがつば競り合っていると、リンカが横からホギに剣を打ち込んだ。

 しかし、ホギはカレドヴルフをいなして後に飛び退き、リンカの剣は空を切った。

「二人掛かりか? さすがは馬賊。やることが汚いのう」

「へっ! 俺達を挑発しているつもりか? 死者を蘇らせるような奴にまともに当たれる訳がねえだろ!」

 俺は、もう一度、カレドヴルフを構えて、ホギとの間合いを詰めていった。

 俺達の周りが騒がしくなった。リンカの配下達が、俺達の周りを取り囲んでいた死者の兵士達に襲い掛かっていたのだ。装備的に敵う訳がないが、そこは連中も分かっている。剣を打ち込んではすぐに逃げるを繰り返しているのだ。つまり、死者の兵士達がホギとフェリスに対峙している俺とリンカに襲い掛かって来ないように邪魔をしてくれているということだ。

 命に替えてもリンカを助けようという覚悟が見て取れる配下達の活躍を見て、リンカも奮起をしたのか、ホギに剣を打ち込んだが、その剣は、素早くホギの前に移動して来たフェリスの剣に止められた。

「あんたの相手は私だよ」

 フェリスとリンカは、剣の火花を散らしながら俺の近くから離れていった。

 後に残ったのは、ホギと俺だけになった。

「ホギ! 早く本性を現したらどうだ?」

「ほっほっほっ、貴様ごときの言うことを儂が聞くと思っておるのか?」

 俺は、気を緩めることなくじりじりと、飛び込めば斬れる位置までホギに近づいたが、その全身から放たれる不気味な気配に二の足を踏んだ。

 俺の直感は正解だった。

 冷笑を浮かべたホギが杖を振り下ろすと、黒い小さな布ぎれのようなものが多数わき上がり、俺に襲って来た。

 それは蝙蝠だった。吸血鬼ヴァンパイアのフェリスのことが思い出され、こいつに噛まれるとやばいと考えて、俺はすぐに後に下がり、いったん距離を取ってから、襲って来る蝙蝠を滅多切っていった。

 しかし、数が多すぎる!

 このままだと切り損ねた蝙蝠に噛まれてしまう。

 そう考えた時、目の前に黒い霧のように飛び回っていた蝙蝠が全部、火に包まれた。

 紙のように一瞬で燃え尽きた蝙蝠が地面に落ちていくと、その前に驚いた顔のホギがいた。その視線の先、俺の後には大人リーシェが立っていた。

「おせーぞ、リーシェ!」

「わらわのせいではないわ」

 いや、それは分かってるって! マジになって返事するなよ!

 などと、心の中で突っ込みを入れる余裕ができた。それは、もちろん、リーシェがそれだけ頼りになるからだ。

 

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