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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第六章 墓守の村と死者の軍団
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第七十二話 魔王様の虜

 リンカは、吸血鬼ヴァンパイアの憲兵隊隊長と死者の軍団のことを知っていた。そして、その陰謀に加担している村を徹底的に破壊すると言った。実際に、リンカは死者を蘇らせているというリュウカ村の村長ホギを襲おうとした。それを俺が邪魔してしまったわけだが。

「リンカ、お前の目的は何だ?」

「言っただろ。リュギルの陰謀をぶち壊すことだよ」

「それは分かった。俺が訊きたいのは、命の危険もかえりみずに、どうして、お前がそんなことをしているのかだ。リャンペインの住民を救うためなんて、崇高な使命感を持っているのか?」

「アタシは馬賊の頭目だよ。あんたが言うような、できた人間じゃないよ」

「なら、どうしてだ?」

「言うなれば個人的な恨みだよ。アタシはリュギルと刺し違えてもリュギルを殺す。それだけを願って、ずっと生きてきたのさ」

「そんなにリュギル伯爵が憎いのか?」

「ああ、憎いね」

「その事情を話してはくれないか?」

「人に話すようなことじゃないよ」

「しかし、お前の配下の連中だけで、リュギル伯爵の死者の軍団に敵うとは思えないけどな」

「そんなことは分かってるよ! でも、何もせずにはいられないんだ!」

 リンカは、リュギル伯爵に対して、何かしらでも抗わなければいられないほどの強い恨みを持っているようだ。

「リンカさん」

 今まで黙ってリンカの話を聞いていたイルダが身を乗り出した。

「実は、私も吸血鬼ヴァンパイアにされていたみたいなんです」

「えっ!」

 リンカは、素早く立ち上がり、腰に帯びている剣の柄に手を掛けた。

「心配するな! イルダは、もう吸血鬼ヴァンパイアじゃない」

 俺も立ち上がり、イルダを庇うようにイルダの前に立ち塞がった。もちろん、リゼルとダンガのおっさんも遅れていない。

吸血鬼ヴァンパイアじゃない? 元に戻っているということかい?」

「ああ、そうだ」

「どうやって?」

 実際はフェアリー・ブレードがイルダを元に戻したが、薬草を使用した魔法でも元に戻すことができるとリーシェが言っていた。つまり、吸血鬼ヴァンパイアになってしまった者を元に戻すことは魔法を用いないとできないということだ。

 見たところ、リンカの配下には魔法士ウィザードはいないようだから、吸血鬼ヴァンパイアになっていたイルダが元に戻ったと言われても、すぐに信用することはできないのだろう。

「俺の知り合いの魔法士ウィザードがその辺りに詳しくてな。魔法で元に戻してくれたんだ」

「そんなことができるのか?」

「今の私が吸血鬼ヴァンパイアに見えますか?」

 俺も、実際に吸血鬼ヴァンパイアに変わっていたイルダの姿を思い出してみたが、全然、違っている。

「……まあ、見えないね」

 リンカは、しばらく、イルダを凝視していたが、俺と同じ結論に至ったようで、剣から手を離して、再び椅子に腰掛けた。

「私自身もそんなことをされましたし、娘さんが行方不明になったと悲観に暮れている人にも会いました。私もあの街を正常に戻したいのです」

「イルダさんだっけ? あんたもどうしてそんなことを言うのさ? あんただって、リャンペインとは縁も所縁ゆかりもない、ただの旅人なんだろ?」

「リンカさんと同じですよ。自分が吸血鬼ヴァンパイアにされていたことの恨みを晴らしたいのです」

 もう元に戻っているんだから、いくら恨みがあっても再び危険に近づく理由にはならないと思うのだが、同じく「恨み」が理由だとしか言わないリンカは、それ以上、イルダを問い詰めることはできなかった。

「うふふ、頭の良いお嬢さんだね」

 自嘲気味な微笑みを浮かべたリンカは、値踏みをするようにイルダをじっくりと見てから、「あんたらなら、リュギルに一矢を報いることはできるのかい?」と俺に訊いた。

「このリゼルというのは魔法士ウィザードだし、ここにはいないが、もう一人強力な魔法を使う魔法士ウィザードも頼めばすぐに来てくれる。俺も剣には少しは自信がある。一矢どころか、敵を壊滅させることもできると思ってるぜ」

「えらく自信を持っているんだな」

「ああ! どうだい? うちのご主人様の意向とお前の考えは一致していると思う。ここは協力しないか?」

「……そうだね。少し考えさせてくれ」

 リンカは、俺達を保護してくれて、このアジトにも連れてきてくれたが、一緒に戦う仲間として、知り合ったばかりの俺達を信用してくれという方が無理だ。戦いの最中に背中から斬りつけられるかもしれないという心配をしながらでは存分に戦えないんだからな。

「まずは、ゆっくり、体を休めてくれ」

 とりあえず、ここに滞在をしている間に、俺達が信頼に値するのか否かを見極めようというのだろう。



 その日の夜。

 俺達は空き家となっている家をあてがわれた。

 壁に穴が開いているようなボロ屋だが、野宿でも苦にならないほどの暖かい気候の土地で寒くはないし、何よりも、無法者や獣に襲われる心配をしなくても良いことで、ゆっくりと休むことができそうだ。

 家の中には布団などの寝具のないベッドが一つあるだけで、イルダと子供リーシェがそのベッドの上に毛布を敷いて横になり、リゼルとナーシャがその周りに、俺とダンガのおっさんの男二人は玄関に近い所の床にごろ寝した。

 俺も横になるとすぐに寝入っていたようだが、誰かに肩をつつかれて、目が覚めた。

 子供リーシェだった。リーシェは無言で玄関に向かい、そのまま外に出て行ってしまった。その後ろ姿が「ついてこい」と言っていることが分かった俺も起き上がり玄関に向かった。

 振り返り部屋の中を見渡すと、明かりもついてなくて真っ暗だったが、ダンガのおっさんのいびきだけが大きく響いていた。どうやら、みんな、疲れていたのだろう、熟睡しているようだ。

 ドアを開けて外に出ると、玄関脇に大人リーシェが立っていた。

「アルスよ。あのリンカという娘と協力するつもりか?」

「ああ、お前もやりとりは聞いていただろ?」

「ふむ。わらわもあのフェリスとかいう吸血鬼ヴァンパイアを痛い目に遭わせないと気が済まぬからの」

 リーシェの動機は、恨みというより、魔王様としてのプライドが許さないからのようだ。

「しかし、少し気になるのは、リュウカ村のホギという者が死者を蘇らせているということじゃ。死者を蘇らせるというのは、なかなかに高等な魔法でな。あの人形使いの魔法の上級版というところじゃ。もっとも、わらわはそんなつまらぬ魔法など使ったことはないが」

 最後の一言は、自分もやればできるがやらないだけという、負けず嫌いの魔王様の言い訳だろうが、ホギがかなり強力な魔法使いだということは確かなようだ。

 命のない物を操り人形のように動かす「人形使いの魔法」は一つないし二つの物しか操ることができないが、リャンペインで見た死者の軍団は見えているだけで百人以上はいた。その数だけでも、とてつもなく強力な魔法だということが分かる。

「死者を蘇らせる魔法以外に強力な魔法を使う可能性もあるということか?」

「そうじゃ。どちらかというと、ホギが首謀者で、フェリスはその家来にすぎないのかもしれぬの」

 なるほど。そうすれば話のつじつまが合う。リュウカ村がリンカに襲われた時、俺がリンカを止めなかったら、とっくにホギはリンカに斬られていた。実際はどうであれ、タイミング的にはそうだ。

 死者を蘇らせる魔法を使うホギは、死者の軍団を編制するための重要人物のはずだ。しかし、そのホギは、高い城壁もなく、いつ襲われてもおかしくはないリュウカ村に住んでいる。それでも支障がないということは、ホギ自身が強い魔法を持っていて、馬賊あたりに襲われたところで屁とも思っていないということなんだろう。あの夜、フェリスが駆けつけて来たのは、上司たるホギの元に礼儀的に駆けつけて来ただけなのではないだろうか?

「すると、リュウカ村に攻撃を掛けることは、かえって危険だということか?」

「そうじゃろうの。少なくとも、わらわがいない時は避けた方が良いぞ」

 リーシェがそう言うのだから間違いないだろう。リャンペインよりリュウカ村の方が攻めやすいと思って、リュウカ村に行くと手痛いしっぺ返しを食らいかねないということだ。

 そう考えると、俺がリンカの邪魔をしたことも、本当はリンカ達を助けたことになる。もっとも、それはあくまで可能性の話にすぎないが。

「リーシェの話は分かった。リンカがリュウカ村に攻め込むと言った時には、慎重に対処すべきだと言うようにするよ」

「それが良かろう」

「しかし、リーシェ。あの死者の兵士どもは、ホギを斬ると動かなくなるのか?」

「そこは人形使いと同じじゃ。蘇らせた本人を倒してから、残った魔力マナを散らせば良いはずじゃ」

 強力な魔法を使うホギを倒すことも、残った魔力マナを散らせることも、魔王様でなければ難しいだろう。

 そうすると、やはり、リュウカ村に行く時には、リーシェを覚醒させておく必要がある。俺の手元には「おやすみ薬」があるから、それでイルダを小一時間眠らせて、その間だけ、意図的にリーシェの封印を解くことができる。しかし、それをイルダはもちろん、リゼルなどにもばれないように行わなければならない。カンディボーギルでは、イルダを眠らせる役をエマにしてもらったが、今回、エマは別の街に行っているらしくて、しかも逃亡中の俺達がここにいることは、さすがに分からないだろう。だから、エマの協力は得られない。

「誰か来たの」

 リーシェが暗闇を見つめながら言った。しばらくすると、草を踏みしめる音がして、リンカがやって来た。

「夜中に話し声がすると思って来たのだが……。そちらは?」

「さっき話した強力な魔法を使う魔法士ウィザードだ」

「リーシェという」

 魔王様は、頭を下げることなく、ふんぞり返ったまま挨拶をした。

「へえ~。あんたは、そんなにすごいのかい?」

「わらわの力を疑っておるのか?」

「見目麗しい女性でしか見えないからな」

「そうじゃろ、そうじゃろ! リンカとやら、そなたは、なかなかに人を見る目があるのう」

 何、露骨に喜んでるんだよ! って、そもそも、てめえは人じゃねえし!

「じゃが、見た目と魔法の力は比例しないのじゃぞ。リンカとやら、わらわに斬り掛かって来てみよ」

「何だい?」

「わらわの実力の百万分の一でも見せてやろうというのじゃ」

「ふっ、とりあえず、口の実力はありそうだな」

 リンカは腰の剣を抜いて、リーシェに突きつけた。

「本気で来るが良い」

 リーシェの「偉そうな」態度に、リンカも腹を立てたようで、その眉を吊り上げた。

「ならば参る! 後悔するな!」

 リンカが目にも止まらぬ速さで剣をリーシェに打ち込んだ。が、その剣は宙を舞っただけだった。

 転移魔法トランスポートで、一瞬のうちに、リーシェはリンカの真後ろに立っていた。

「どうした? どこに目を付けておる?」

「くそっ!」

 リンカは振り向きざまに剣を横に払ったが、やはり、剣は宙を切った。

 リーシェは、また、リンカの背後に立ち、後からリンカを抱きしめた。

「そうやって、むきになる顔も可愛いのう」

「は、離せ!」

 リーシェは、リンカを優しく抱きしめているだけのようにしか見えないが、リンカがいくら暴れても、びくともしなかった。

「リンカよ」

 リーシェは、リンカの耳元で囁くように話した。

「このアルスを信じろ。そなたの恨みがどのようなものか知らぬが、必ずや恨みを晴らしてくれようぞ」

「……」

「わらわも戦いの時には必ず手助けしよう」

「……」

「いかがじゃ?」

「あっ」

 リーシェがリンカの耳たぶを甘噛みすると、リンカがくすぐったそうに体をよじった。

「まだ、生娘か。ふふふ、心配するな。わらわに任せておくがよい」

 リーシェは、後から抱きしめていた腕を離したが、リンカは抵抗しなかった。そして、リンカの体を回して、向かい合わせにさせると、前から抱きしめて、その唇にキスをした。

 女同士の刺激的なキスシーンに俺も見入ってしまったが、唇はすぐに離れた。

 しかし、リンカは自分からリーシェを強く抱きしめて、うっとりとした表情でリーシェの顔を見つめていた。

「分かったか、リンカよ?」

 リンカは顔を赤らめながら、うなずいた。

 リーシェの奴、エマはもちろんだが、リゼルも夢中にさせているようだし、相手が女性であっても籠絡をする手練れには違いないようだ。

「ふふふ、良い子じゃ。今夜は自分の部屋に戻って、ぐっすりと眠るが良い。明日、わらわはおらぬが、これからのことについて、このアルスとじっくりと話すが良い」

 リンカは、馬賊の頭目とはとても思えないように、素直にうなずくと、まるで夢遊病者のようにフラフラとしながら去って行った。

「リーシェ、何をしたんだ? 催眠術でも掛けたのか?」

「何もしておらぬぞ。心からお願いしただけじゃ」

「心からねえ……」

 これが男も女も分け隔てなく虜にする魔王様の魅力ということか。

 

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