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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第六章 墓守の村と死者の軍団
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第七十一話 疾風のリンカ

 さすが、リーシェは魔王様だけに、俺よりも遠くの音を聞き分けることができるのだろう。

 しかし、リャンペインはここから東にある。南から迫って来る蹄の音? フェリスの追っ手が回り込んで来ているのだろうか?

 いずれにせよ、残念ながら休息は終わりだ。俺は、ひと眠りすらできなかったが仕方がない。

「リーシェ、イルダを起こしてくれ」

「分かった」

 リーシェは、自分の姿を子供リーシェの姿に変身させると、横になっているイルダを揺さぶった。こうすることで、イルダが起きて、封印されても見た目は変わらないから、大人リーシェと子供リーシェが同一人であることを悟られないという訳だ。

「リーシェ、どうしたの?」

 イルダが目を覚ますと、子供リーシェは黙って俺を指差した。

「アルス殿?」

「三十騎ほどの馬がこっちに来ている。追っ手かもしれない。みんなを起こしてくれ」

「分かりました」

 もっとも、イルダが起こさなくても、リゼルやダンガのおっさんは俺の声で既に起きていたから、起こされたのは爆睡していたナーシャだけだった。

 その寝ぼけまなこのナーシャに空高く飛んでもらい、南の方角を見てもらった。地上から見ていると豆粒ほどの大きさだったナーシャはすぐに急降下してきて、俺の側に降り立った。

「間違いないよ。三十頭ほどの騎馬がこっちに来ているよ!」

「服は? 揃いの鎧を着ていたか?」

「ううん。みんな、バラバラの服だった」

「どうやら、馬賊の連中のようだ。そのまま、やり過ごすか?」

「相手が討伐すべき相手なのかどうか分かりませんし、無益な争いをしても仕方ありません。やりすごしましょう」

 イルダの言うとおりだ。相手が馬賊であれば、三十騎ほどいても相手をすることは何ほどのこともないが、そもそも俺達を狙っている連中ではない相手に無益な戦いを仕掛ける必要もないだろう。

 いつも大人しくて無駄にいななくことがない名馬フェアードと一緒に、俺達は樹木が密生している所にじっと隠れていた。しかし、ここからは向かって来ている連中が見えない。

「俺一人で少し偵察をしてくる」

 俺は草むらに隠れているみんなにそう言い残すと、身を屈めながら歩いて、枝葉が生い茂った一本の木の陰に隠れた。ここからだと、南に広がる草原が見渡せることができた。

 俺は、顔だけを木陰から出して、南の方角を見つめた。草原の向こう側から土煙が昇っていた。地響きのような蹄の音も聞こえてきた。

 街道の南側は小高い丘のようになっているようで、草原から湧き出るようにして騎馬が現れた。ナーシャが言ったとおり三十騎ほどだ。

 その馬賊どもの先頭に、明らかに他の連中とは容姿が違う奴が颯爽と馬を駆っていた。

 肩までで切り揃えた黒髪の見目麗しい姿――疾風のリンカだ。

 ということは、この連中はリンカの配下の馬賊ということか?

 俺の頭に一つの考えが浮かんだ。

 この辺りは、まだリュギル伯爵の領地だ、フェリスは俺達を血眼になって探しているだろう。そして、追っ手は騎馬で来るだろうから、俺達が逃げている方角に追ってこられると、徒歩の俺達は確実に追いつかれてしまう。しかし、リュギル伯爵の兵士達が勝手に入ることができない別の貴族の領地に入るのには、まだ六日ほど西に行かなければならない。

 一方で、フェリスの言葉によると、疾風のリンカ率いる馬賊は、リュギル伯爵に敵対している勢力だから、俺達をフェリスに売るようなことはしないはずだ。むしろ、敵の敵は味方という図式にならないだろうか?

 そして、リュウカ村で会った時に、リンカが言った言葉が未だに気になっている。

 俺はイチかバチかの賭に出ることにした。

 俺は、木陰から出て、草原のど真ん中に一人立った。ぽつんと立っている俺はリンカから丸見えのはずだ。リンカも俺の方に向きを変えて近づいて来た。

 馬賊の連中は、リンカを中心に、俺を取り囲むようにして馬を止めた。そして、リンカ一人が馬を降り、俺の前に進んできた。

「あんた、……アルスだったね」

「憶えていてくれているとは光栄だ」

「こんなところで何をしてるんだい?」

「リャンペインの憲兵隊に追われていてな」

「……ひょっとして、あいつらの正体を知ってしまったのかい?」

 やはり、リンカは、そのことを知っていたのだ。

「あいつらの正体? 吸血鬼ヴァンパイアのことか? それとも死んでいるのに動いている兵士のことか?」

「両方だ」

 リンカはその表情を変えることなく言った。

「リュウカ村で、お前は俺に、俺達が何をしたのかをリャンペインで知ることになると言った。それが、吸血鬼ヴァンパイアや死者の軍団のことなのか?」

「ああ、そうだよ」

「俺がしたことと言えば、リュウカ村を襲おうとしたお前らを止めたことだが?」

「ああ、リュウカ村の村長が死者を蘇らせているんだよ」

「何だと!」

 俺はリュウカ村村長ホギの容姿を思い出した。そういえば、そんな術を使ってもおかしくはない仙人のような風貌をしていた。

「お前は、なぜ、そのことを知っているんだ?」

「その現場を見たのさ」

「すると、お前がリュウカ村を襲ったのは?」

「村長を斬ろうとしたのさ。でも、あんたに邪魔されたってことだよ」

「そいつは悪いことをした。すまなかった」

 俺は素直に頭を下げた。

「今さら、あんたに謝ってもらっても仕方がないけどね」

「確かに、俺の頭など下げるだけの価値はないが、この顔は少し価値があると思っているんだけどな」

「ぷっ、あははは」

 リンカは大声を上げて笑った。

「あんた、鏡を見たことあんの?」

「ああ、毎日、見とれているぜ」

「あははは、面白い奴だね、あんた」

 屈託なく笑うリンカは信用できる奴のような気がしてきた。

 そもそも馬賊の分際で、死者を蘇らせるという不気味な術を使う者が村長を務めている村に押し掛けて行くこと自体、普通じゃない。まるで正義の味方じゃねえか。

「リンカ。俺の連れが近くにいる。その身の安全を図りたい。リャンペインから追っ手が来ているはずで、まずは、そいつらから逃げたいんだ」

「分かったよ。アタシ達は、これからアジトに向かっているところなんだ。一緒に来るかい?」

「行って良いのか?」

「歓迎するって意味じゃないが、困っているのに知らん顔できねえだろ」

「ありがたい。しかし」

 俺はリンカの顔をマジマジと見た。

「お前、本当に馬賊なのか?」

「一応ね」



 俺の説得で、イルダ達も隠れていた繁みから出て来た。

 リゼルやダンガのおっさんは警戒を解いていなかった。明らかに馬賊の風貌をしているリンカの配下を見て、すぐに信用などできないだろう。

 リンカは、配下の二人を別の配下の馬に二人乗りさせて、俺達に二頭の馬を貸してくれた。馬をまるまる貸し付けてくれたということは、そのまま乗り逃げすることはないと、リンカが俺達を信用してくれていることの証で、それでリゼルとダンガのおっさんも警戒のハードルを下げたようだ。

 名馬フェアードにリゼルが跨がり、その後にイルダが乗った。借り受けた馬の一頭には、ダンガのおっさんと子犬のコロンを入れている抱っこ紐を抱えた子供リーシェが、もう一頭には俺とナーシャが乗った。

「じゃあ、行くよ!」

 リンカの号令で三十頭の騎馬は、北に向けて一斉に走り始めた。

 思っていたより統率が取れている。まだ、うら若きリンカの命令を、無骨な野郎どもがきちんと聞いている。配下の連中がリンカを頭目として認め、尊敬すらしている雰囲気が漂っていて、フェリスが言ったみたいに、例えば、女をあてがうなどして懐柔しているようではなかった。

 ふと、右、つまり東の方向を見ると、大きな土煙が上がっているのが見えた。リャンペインから駆けて来ている追っ手の騎馬達だろう。先ほど場所でそのまま休んでいたら追っ手の大軍に取り囲まれていたかもしれなかった。



 一緒に走り出して一刻ほど経った頃、木造の城壁で囲まれた集落が見えてきた。

 しかし、この辺りに街などあっただろうか? ダンガのおっさんが持っている地図にも載っていなかったと思うが。

 先頭のリンカが騎乗のまま城門に近づくと、粗末な木製の城門が内側に開いた。リンカは立ち止まることなく、街の中に走って入った。俺達も後続の連中とともに街に駆け入った。

 城門の中は広い道路がまっすぐに延びており、先に入った連中から順番に通りの奥に馬を止めて、馬から降りていた。

 俺達は、通りの一番奥まで進んで下馬していたリンカの隣まで進み、馬を降りた。

 通りのあちこちから女子供が出て来て、馬賊の連中に近づいて来た。みんな、笑顔で、まるで遠征に行っていた兵士の帰還を喜ぶ家族のように見えた。

「リンカ、ここは?」

「アタシらのアジトさ」

 いや、規模からいうと、アジトというより街だ。

 俺はもう一度、周りを見渡してみた。

 リャンペインのような大きな街ではなく、しかも家々は石造りではなく、すべて木造だったが、バラックのようなものではなく、ちゃんとした家だった。家の数からいうと、おそらく百人ほどの住民がこの街で暮らしているはずだ。

「当然、リュギル伯爵は、このアジトの存在を知らないということだな?」

「ああ、そうだよ」

「よく、リュギル伯爵にばれないな」

「ここはリャンペインから馬でも北西に一日という距離にあって、リュギル伯爵領と北隣の貴族領の境目の所で、周りには草原や林しかないんだよ」

 大勢の住民からの税収が見込まれる街と、その住民の生活を支える農地や伐採林、何らかの利用価値があり少数の住民が暮らしている村で、貴族の領地は形作られている。

 しかし、それ以外の土地、つまり、何の利用価値もない土地は、領主の関心外だ。しかも、別の貴族領と隣接している所であれば尚更で、双方の貴族が無関心であることで、そこが緩衝地として機能している。リンカ達は、そこに、こっそりとアジトを作っているのだ。

 リンカの側に小さな子供達が近寄って来た。その子供達の邪魔をしないように、俺が少しリンカと距離を取ると、子供達は馴れ馴れしくリンカの腰を抱くようにして甘えていた。

「その子達は?」

 いつの間にか、俺の隣に来ていたイルダが訊いた。

「親を亡くした子供達だよ。アタシが世話をしている」

 子供に見せるリンカの優しい笑顔は、どう見ても馬賊には見えなかった。本人が「一応」馬賊と言っていることの「一応」とはどういう意味なのだろう?

「リンカさん、少しお話をさせていただきたいのですが?」

 イルダがリンカに話し掛けた。

 相手が誰であろうと躊躇せずに話ができる皇女様はイルダくらいだろう。

「ああ、そうだね。じゃあ、こっちに来て」

 子供達を引き連れたリンカの跡について、街の中心部に向かって行くと、周りの家よりも二倍ほど大きな家に入って行った。その家の中にも大勢の子供がいた。

「ここがアタシと子供達の家だよ」

 リンカは、つきまとってくる子供達に「後でな」と優しく声を掛けると、子供達を残して、一番奥の部屋に入って行った。そこは子供達と一緒に食べることができるほどの大きさがある食堂のようで、広いテーブルと椅子が二十脚ほどあった。

 リンカがその椅子の一つに座ると、俺達は、リンカが勧めた対面の椅子に座った。横には大きな窓があり、子供達が遊んでいる中庭が一望できた。

「訊きたいことが山ほどあるんだが、まずは自己紹介をさせてくれ」

 商人の娘だという公式プロフィールで自己紹介したイルダを最初に、順番に全員が自己紹介すると、今度はリンカが姿勢を正して口を開いた。

「アタシはリンカと言うよ。ここのまとめ役をしてる」

「リンカ。お前はどうして極悪非道な馬賊なんかをしてるんだ?」

「リャンペインでは、それがアタシのイメージなのかい?」

「違うのか? お前が通り過ぎた後は竜巻に襲われたように何も残っていないから、『疾風のリンカ』と呼ばれていると、リュウカ村で聞いたぞ」

「リュギル伯爵の陰謀に加担している村は徹底的に破壊することにしてるから、まあ、間違ってはいないよ」

 リュギル伯爵のことを話すリンカの瞳には、憎悪の炎が燃えていた。

 

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