表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第六章 墓守の村と死者の軍団
70/119

第六十九話 イルダの異変

 屍の兵士達が屋敷の玄関先で立ち尽くしている俺達にじりじりと近づいて来た。

 俺の隣に立っていたリーシェが一歩前に出ると、その場で剣を真横になぎ払った。

 すると、先頭にいた兵士の首が弾けるようにして落ちたが、その兵士は俺達に歩み寄って来ることを止めなかった。

「ほれっ、このように首を斬っても死なぬ。なぜなら、もう死んでいる奴らじゃからな」

「そんなに落ち着いている場合じゃねえよ! どうやって、ここから逃げるつもりなんだよ?」

「アルス、宿屋はどっちじゃ?」

「はあ?」

「そなたが泊まっている宿屋じゃ」

「確か、あっちだったはずだが」

 俺は、玄関を背にして右を指差した。

「では、少し待っておれ」

 そう言うと、リーシェは、高く跳躍して、石畳の道路に溢れるようにうごめいている兵士達の群れのど真ん中に飛び降りた。すると、その周りの兵士達がまるで水しぶきのように弾けて吹き飛んでしまい、リーシェの周りに、兵士がいない丸い空間ができた。そして、宿屋がある方とは反対側の方角に向けて、自分の剣を思い切り地面に打ちつけた。

 地面に突き刺さったリーシェの剣の先から、石畳に多くのひび割れが走ると、次の瞬間には、俺の身長よりも深い段差を付けて道路が陥没して、そこにいた兵士達は、鎧をまとった重い体でその段差を一人では這い上ることができない窪みに閉じ込められた形になった。

 これで背後を気にすることなく、宿屋に向かう道路にたむろしている兵士達だけを相手にすればよくなったということだ。

 宿屋には、まだ俺達の荷物がそのまま残っている。それを取りに戻るには、残りの兵士達の群れの中を突破して行くしかない。

「よし! みんな、行くぞ!」

 俺達は玄関先から一斉に走り出した。

 先頭を走る俺の横に大人リーシェも並んで走り出した。

「相手は屍じゃ。遠慮はいらぬぞ」

「ああ、斬りまくってやるぜ!」

 相手が生身の人間であれば、その兵士の家族のこととかが頭に浮かんで、思い切り戦えなかっただろう。兵士達も上司の命令で働いているだけなのだ。そんな俺の性格を見通して、リーシェが「相手は屍だ」と言ってくれたのだろう。

 俺とリーシェは、片っ端から兵士どもを切り刻んだ。首や腕が落ちようとお構いなしに迫って来ることから、足を切り落とすようにした。もっとも、足を切り落とされても、這って追ってこようとする、しつこい連中だ。

 俺とリーシェが突破口を切り開いた後に、イルダを抱っこしたダンガのおっさん、そして子供リーシェの手を引いたナーシャが続き、しんがりのリゼルが追いすがる兵士どもに火の玉をお見舞いしていた。鎧が炎に包まれると、金属を熱が伝わって、中の肉体も焼けただれて動けなくなるはずだ。

 兵士の群れから全員が抜け出ると、リゼルが、最後に特大の火の玉を置き土産として兵士達にお見舞いしてから、俺達は宿屋に向けて走った。

 幸いなことに、途中、兵士達に襲われることなく宿屋に着くと、部屋の中から自分達の荷物を持ち出して、宿屋の主人には迷惑料として、若干、宿泊料に色を付けて宿泊予定の日数分を支払い、宿屋を引き払った。

 蹄の音がしている。俺達が包囲網を突破したことが伝わって、新たな追っ手が来ているのだろう。

 早くこの街を出なければならないが、最大の難関は城門を通過することだ。

 夜には城門は閉まっている。門番の兵士を脅して、無理矢理、開けさせるか?

「アルス、城門はどっちじゃ?」

 リーシェが、また、俺に方角を尋ねた。

「……お前、実は方向音痴なのか?」

「うるさいのじゃ!」

 魔王様の顔が少し赤い。どうやら図星のようだ。

「城門はあっちだ。しかし、どうしてだ?」

「城門には、屍の兵士どもが待ち伏せをしておるじゃろうの?」

「もちろん、そうだろう。しかし、城門を開けて通らないと外に出られないぞ」

「ふんっ、わらわを誰じゃと思っておる? まお」

「今、そんなことを言ってる場合か!」

 危ない危ない!

 リーシェの奴、みんなの前で「魔王」だと大声で宣言しかけていたぞ。

「まあ、良いわ。城門がそっちならば、わらわ達は向こうに行こうぞ」

 リーシェは城門がある西側ではなく、南側を指差した。

「しかし、そっちには高い城壁しかないぞ。どうやって外に出るつもりなんだ?」

「わらわに壊せぬものなどないぞ」

 確かに、巨大な岩を砕くことも朝飯前にやってのけるリーシェのことだ。そうなのだろう。

「分かった。お前を信じよう。みんな、行こう!」

 先頭を走る俺と大人リーシェの後を、相変わらず目を覚まさないイルダを抱っこしたダンガのおっさん、コロンが化けている子供リーシェの手を引いたナーシャ、そして名馬フェアードの手綱を引いたリゼルが続き、俺達は街の南のはずれに向かった。

 リーシェの予想どおり、追っ手は城門に集まっているようで、敵の兵士に会うことなく、城壁までたどり着くと、リーシェが石を積み重ねた城壁の前に立った。

 リーシェが両腕を前に伸ばすと、手のひらに青い光が徐々に強く光りだし、それが眩しいくらいになると壁に向かって一筋の光線が放たれた。その光線が当たった壁は爆音とともに崩れ落ち、大きな穴が開いた。俺達が全員揃っても楽に通ることができる、その穴を抜けて、俺達は街の外に出た。

 城壁の外には、一面の草原が広がっていた。月の明かりで真っ暗ではないことも幸いして、俺達は足元を気にすることなく、まずは南に向けて、ひたすら走った。

 リャンペインの高い城壁が見えなくなってから、西に方向を変えた。

 昨日のカルダ姫一行との話の中で出た、リャンペインから西に七日の距離にキンペールという街があることを思い出したからだ。その街の領主は、リュギル伯爵と敵対しているようだから、リュギル伯爵の追っ手もそこまで追ってこられないだろう。



「ア、アルス!」

 ダンガのおっさんが少し情けない声を上げた。

 ずっとイルダを抱っこして走っていて、息が上がっていた。

「おお、悪い! 年寄りに無理をさせちまったな」

「誰が年寄りじゃ! それより、イルダ様は、これだけ体が揺さぶられておるのに、まったく目を覚まされないぞ!」

 俺も逃げることに気を取られて、イルダが目を覚まさないことをすっかりと忘れていた。

「リーシェ! やはり魔法が掛かっているのでないのか?」

 俺がリーシェを呼ぶと、リーシェは、ダンガのおっさんに抱っこされたままのイルダに近づいた。

「……いや、魔法で眠っているわけではない。そろそろ、目覚める頃じゃと思うのじゃが」

 そのリーシェの言葉が聞こえた訳ではないだろうが、「うう~ん」と小さなうめき声を上げると、イルダが少しだけ体を捻るように動かした。

「おお! 目を覚まされたぞ! イルダ様! イルダ様!」

 ダンガのおっさんがイルダを抱っこしたまま、その体を揺さぶった。

 すると、イルダは目を開けた。そして、ぼんやりとした顔で、周りに集まっているみんなの顔を順番に見渡した。

「イルダ! 大丈夫か?」

 イルダが、そう声を掛けた俺の顔を見た。

 ――誰だ、こいつは?

 顔も体も間違いなくイルダなのに、俺はそう思った。

 そのイルダが俺に向けて腕を伸ばしてきた。

「どうした、イルダ? 立てるか?」

 俺がそのイルダの腕を握った時!

「アルス! 気をつけろ! イルダから離れろ!」

 リーシェが声を上げた。

 俺は、リーシェの言った意味がすぐに分かった。

 ダンガのおっさんの腕の中から飛び降りたイルダが、俺に掴まれた腕を引き寄せるようにして俺にぶつかってきた。そして、気がつけば、俺はイルダに両手で首を絞められていた。

「イ、イルダ!」

 イルダの目がいつものイルダの目でなく、狂気に満ちていたことが分かった俺は、イルダの手首を掴んで、俺の首に食い込んでいたイルダの手を何とか剥がした。

 イルダは、俺が大きく息を吐いた隙を見て、まるで猫のように後ろ向きに飛んで、周りのみんなを睨みつけた。

「イルダ様、どうなされたのです?」

 イルダの様子がおかしいことに気づいたリゼルが、イルダに近づこうとしたが、イルダは、髪を振り乱しながら、威嚇するように大きく口を開けた。その口には大きな牙が生えていた。

「イ、イルダ様! その牙はいったい?」

「そやつの体はイルダじゃが、中身は別のものになっているようじゃの」

 リーシェの言うとおりだろう。何よりの証拠に、イルダが目覚めると封印されるはずの大人リーシェが封印されていない。つまり、今、目の前にいるのは、イルダであって、イルダではないということだ。

「どういうことなのです、リーシェ殿?」

「リャンペインの憲兵隊長フェリスは吸血鬼ヴァンパイアだったのじゃ。イルダはフェリスに首筋を噛まれておった」

「す、すると、イルダ様も……」

「そうじゃ。吸血鬼ヴァンパイアになっておるな」

 吸血鬼ヴァンパイアに噛まれた者は吸血鬼ヴァンパイアになると言われている。俺も実際に見たことはなかったが、目の前のイルダを見ると、そうとしか考えられない。

「リーシェ! どうすれば良いんだ? イルダを元のイルダに戻すことはできないのか?」

「もちろんできる。しかし、その場合、魔法を使って、イルダの血を浄化する必要がある。その魔法を知っておるが、いくつかの薬草が必要じゃ。今すぐは血を浄化することはできないぞ」

「そ、そんな」

「悲観することはない。それをすると必ず治る」

 リーシェの落ち着きぶりからいうと、きっと、そうなんだろう。

「しかし、イルダをこのままにはできないぞ」

「そうじゃの。とりあえず、捕らえて、縛っておくか?」

 などと話している間にも、イルダは牙を剥いて、俺達を威嚇し続けた。しかし、実際に襲い掛かって来ないということは、僅かに残っているイルダの理性がそうさせているのかもしれない。

「イルダ様を縛る? そんなことができる訳がない!」

 イルダを縛ると言ったのは、大人リーシェなのだが、リゼルは何故か俺に怒った。

「リゼル! あいつは、見た目はイルダだが、中身はイルダじゃない! 本当のイルダを取り戻すまでだ。分かってくれ!」

「しかし!」

 しばらく、イルダの変わり果てた姿を見ていたリゼルだったが、それで事態が好転する訳もなく、苦しげに顔を歪めながら、イルダを縄で縛ることに納得してくれた。ダンガのおっさんもだ。

 ダンガのおっさんが背負っていたトランクの中から縄を取り出したのを見て、俺は両手を広げて、攻撃する意思はないことをアピールしつつ、ゆっくりとイルダに近づいて行った。イルダは俺を睨みつつも、少しずつ後ずさりしていった。

「イルダ、俺だ。アルスだ。忘れてしまうなんて悲しすぎるだろ?」

 イルダは近づいて来た俺に殴り掛かってきた。その手首を掴んで、イルダを抱きしめるように近づけると、すぐに背後に回り込んで、羽交い締めにした。

 イルダはうめき声を上げながら足を振り回し抵抗したが、吸血鬼ヴァンパイアになったからといって、その力が増強される訳ではないようで、体の小さなイルダが俺の力に敵うはずもなかった。

 イルダの華奢な体を、これ以上、強く羽交い締めにすると壊れてしまいそうだ。

「リゼル! 今のうちに、早くイルダを縛ってくれ!」

 一旦、納得したはずなのに、やはり、リゼルは吹っ切れなかったようだ。ダンガのおっさんから受け取った縄を掴んだまま動かなかった。

「じゃあ、ダンガのおっさんは?」

「ア、アルス! やはり、儂らには無理じゃ!」

「仕方がないのう。わらわがやろうぞ」

 リゼルが持っていた縄を受け取ったリーシェが、イルダの前に立った。

「それとも、アルス、そなたがやるか?」

「良いから早く縛れ!」

 やれやれという顔をして、リーシェがイルダの体に触れようとした時!

 突然、イルダの体が淡い光にくるまれた。

 俺が羽交い締めにしているイルダの前に立っているリーシェも、今まで見たことがないほど驚いた顔をしていた。

 次の瞬間、俺とリーシェが見えない力で突き飛ばされた。俺はともかく、魔王様まで突き飛ばされたのは、あの「眠れる砂漠の美女」に「会った」時、以来だ。

 すぐに起き上がって、ほのかに輝くイルダを見ると、目を閉じた顔を上に向けた格好のまま立っていた。そして、まるでイルダから風が吹いてきているように辺りの草原がざわめくと、イルダの足が地面から少し離れた。

 輝くイルダの体が立ったまま宙に浮かんでいる姿は、まるで女神の誕生のような厳かな光景だった。

「イルダ様!」

 リゼルがイルダに駆け寄ろうとしたが、途中、見えない壁に当たったように弾き飛ばされてしまった。

 それを見て、俺もゆっくりと歩を進めてみたが、リゼルが跳ね返された辺りで前に進むことができなかった。イルダを中心に、その距離を半径とするドーム状に、目に見えない壁ができているようだった。魔王様ですら、その壁を破れないことは、リーシェの悔しそうな顔を見れば分かった。

 そうしているうちに、イルダの胸がいっそう眩しく輝き始めた。

 眩しくて細めていた俺の目に、イルダの胸の前の空間から何かが浮かび上がってきたのが見えた。よく見ると、それは剣の柄だと分かった。

 そして、その剣は、ゆっくりと上に昇りながら、その姿を次第に見せてきた。黄金に輝く、シンプルなデザインの細身の剣だ。いや、光のせいで黄金色に輝いて見えるが、シャボン玉のように虹色に輝いているようにも見える。あの迷彩模様はどこかで見た記憶が……。

「フェアリー・ブレードじゃ!」

 リーシェが、視線をその剣からそらすことなく叫んだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ