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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第一章 亡国の皇女と封印された魔王
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第六話 魔王リーシェ覚醒!

「リーシェ、危ないぞ! 下がっていろ!」

「死にぞこないが何を言う」

「えっ?」

 リーシェが初めて見せる笑顔で俺を見ていた。

 俺は、今まで数えるほどしか聞いてないリーシェの声をしっかりと頭に入れていた訳ではないが、今のはリーシェの声ではない気がした。

「アルス。そなたこそ下がっておれ」

 リーシェは、自称魔王様の方を向くと、背中に右手をやり、その剣をすらりと抜いた。

 ――いや、待て!

 リーシェの剣は、つばさやが鎖で繋がっていて、抜くことはできなかったはずだが……。

 リーシェが抜いた剣は、水に濡れているように怪しい光を放っていたが、いきなり明るく輝いた。

 目を閉じていないと失明するくらいの強烈な光は一瞬で収まった。

 眩しさが収まってから開けた俺の目に、魅力的な後ろ姿が飛び込んできた。

 後ろで三つ編みが結ばれた紫色の長い髪が風になびいていた。

 そうだ。さっきまで見ていた景色だ。

 しかし、その髪の持ち主の後ろ姿は、ぎゅっと絞られた腹回りから、適度に張り出した腰回りに伸びる体の線が理想的な曲線を描いていて、身長が伸びた分、短くなったチュニックのすそから、すらりと白い足が伸びていた。

 俺と同じように呆然としている自称魔王様から視線を外さずに、その人物が俺の前から少し横にずれるように移動すると、その胸が「遠慮」という言葉も知らないように高くそびえているのが確認できた。

 まさに爆乳美腰ナイスバディ

 その人物が、剣を背中のさやに収めながら、首を曲げて俺を見た。

 この世のものとは思えないほどの美しい顔をしていた。

 イルダの美貌にも驚いたが、こいつの美貌の前では霞んでしまいそうだ。

「アルス。そこで見ているがよい」

「……リーシェか?」

 大人になったリーシェとしか考えられない。

 しかし、リーシェは男だったはずが、今、目の前にいるのは、体の線から言って、女性にしか見えない。

「そうじゃ」

 リーシェは、そう言うと、いきなり現れた美女に戸惑っている自称魔王様に向き直った。

「それにしても醜いのう。見ているだけで目が腐りそうじゃわい」

 リーシェの視線の先には自分しかおらず、自分がののしられたと気づいた自称魔王様はリーシェを睨みつけた。

「何だと! 貴様、何者だ?」

「まず自分から名乗れ! この下郎が! それとも牛だけに名前が無いのか?」

「魔王たるこの儂に逆らうとは、よほど死にたいようだな。よかろう、その希望を叶えてやるぞ!」

 頭から湯気を出しそうな勢いで怒っている自称魔王様がまた杖を一振りすると、暴風が吹き荒れた。

 俺は、地面に腹ばいに伏せて、やっと、その風をやりすごした。

 とても立っていられないほどの風だったが、俺が顔を上げて見ると、リーシェは何事も無かったように立っていた。

 自称魔王様も信じられないような顔をしていた。

「儂の風で吹き飛ばないだと?」

 リーシェは腰に手をやり挑発的な目をして、自称魔王様を睨んだ。

「もう名乗らなくともよい。おぬしのような、ただの牛の名前など訊いても仕方が無いわ」

 その言葉で更に火に油を注がれた自称魔王様は繰り返し杖を振り、絶え間なく暴風が吹き荒れたが、リーシェはびくともしなかった。

「良い微風そよかぜじゃな」

「貴様ぁあ!」

 杖を振り過ぎて、少し息が切れていた自称魔王様は、どこからか多数のナイフを出して、体の周りに浮かべた。

「ええい! もう遊びは終わりだ!」

 自称魔王様が杖を振ると、そのナイフが一斉にリーシェに襲い掛かった。

 しかし、そのナイフの群れは、時間が止まったかのように、リーシェの体の近くで浮かんだまま止まった。

 そして、リーシェが自称魔王様を指差すと、そのナイフは回れ右をして、まるでイナゴの大群のように、自称魔王様に向けて一斉に飛んで行った。

 自称魔王様も杖を振ってナイフを弾き落とそうとしたが、ナイフのほとんどは自称魔王様を通過して地面に突き刺さった。

 ナイフの群れが通り過ぎた後、自称魔王様のマントやチュニックがあちこちでズタズタに裂かれ、その切り傷からは血が滴り落ちていた。

 もっとも致命傷となる箇所には傷は無く、フラフラしながらも、自称魔王様は、まだ立っていた。

「ど、どんな魔法なんだ?」

「自分ができぬことは誰もできぬと、勝手に思い込んでおるようじゃの」

「ぐぬぬっ!」

「ふふふふふ、痛いか? いくら魔族であっても痛かろうの。苦しめ。そして、わらわに刃向かったことを後悔するがよい」

 苦痛に歪む自称魔王様の顔を見て喜んでいるリーシェは、どうやら、かなりのサディストのようだ。

「くそっ!」

 自称魔王様は、また杖を思い切り振り暴風を吹かせたが、リーシェは、退屈なように、口に手を当てて小さく欠伸あくびをした。

「もう終わりか?」

 自称魔王様は答えなかったが、新たな魔法が発動されることはなかった。

「お主のような雑魚の相手をするのも馬鹿らしくなってきたわ」

 リーシェは、腰を悩ましげに振りながら、自称魔王様に近寄り、さげすむような目で自称魔王様を見た。

「わらわの足元にひざまづくがよい! 助けてやらんでもないぞ」

「わ、分かった」

 自称魔王様は、リーシェの近くまでよろめきながら来ると、身を屈めた。

 次の瞬間、自称魔王様は懐から出したナイフを大人リーシェの腹に突き刺した。

 そして、急いで後ろに下がり、リーシェとの間に距離を取った。

 リーシェの白いチュニックは見る見ると赤く染まっていった。

「ふははははは、馬鹿め! 戦いは終わってみぬと分からぬものよ!」

「そうじゃの」

 リーシェは涼しい顔のまま、自分の腹に刺さったナイフを引っこ抜くと、そのナイフを右手でクルクルと回し始めた。

 そして、左手を腹に当てると、あっという間に、傷はおろか血までも消えていってしまい、チュニックも元の白さに戻っていった。

「そ、そんな馬鹿な!」

治癒魔法ホスピタルも知らぬのか?」

 ナーシャも治癒魔法ホスピタルの使い手だが、あれほどの深い傷を一瞬で治すなんて芸当はできやしない。

 自称魔王様も万策尽きたようで呆然と立ち尽くすことしかできなかったようだ。

「せっかく情けを掛けてやったのに、自ら命を縮めるとは、救いようがない馬鹿じゃな。やはり牛並みの脳味噌しか詰まっておらぬようじゃの」

 リーシェは、右手のナイフをしっかりと握ると、自称魔王様に投げつけた。

 目にも止まらぬ速さで飛んで行ったナイフは、自称魔王様の腹を貫通していき、そのまま見えなくなるまで遠くに飛んで行ってしまった。

 自称魔王様の腹には、しっかりと向こう側が見通せるほどの大きさの穴が、ぽっかりと開いていた。

「おまえ……は、……いったい」

 自称魔王様は口をパクパクとさせて、何かを話そうとしていたが、穴が開いた腹から空気が漏れてしまうようで、思うように声が出せなかったようだ。

「わらわに殺されたことを地獄で自慢するがよい! わらわこそ魔王じゃ!」

 リーシェは、剣を抜き、両手で持って、頭上高く構えると、その場で袈裟懸けさがけに剣を振った。

 俺には単なる素振りとしか見えなかったが、自称魔王様は、まるで人形が壊れるように、頭、胴体、左右の腕、そして左右の脚と、体を六等分されてしまった。

 空気を切ったその衝撃が剣となって自称魔王様を切り刻んだようだ。

 リーシェは、剣を収めると、地面に転がっている自称魔王様の部品パーツに歩み寄った。

「それにしても臭いのう。牛の糞の匂いがするわい。消えてしまうがよい!」

「待て!」

 腕を伸ばして何らかの魔法を掛けようとしたリーシェに、俺は慌てて声を掛けた。

「首は残しておいてくれ!」

「アルス。そなたも物好きじゃのう」

「別に枕元に置こうだなんて考えている訳じゃねえ。そいつを退治したという証拠になるんだ」

「そうかえ」

 そう言うと、リーシェは自称魔王様のつのを持って、その首を俺の方に放り投げた。

「残りはいらぬのか?」

「ああ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「こんなに臭くては、煮ても焼いても食えぬわ」

 リーシェは、手のひらに青白い火の玉を出すと、足元に放り投げた。

 自称魔王様の首以外の身体パーツは、青白い炎に包まれると、溶けるように消えていってしまった。

 俺がリーシェに近づいて行くと、リーシェは魅惑的な笑顔を俺に向けた。

「リーシェなのか?」

「そうじゃ」

 改めて、リーシェの顔をじっくりと見ると、少し少女っぽさが残り清楚で可愛いという感じのイルダとは違い、非の打ち所が無い美しさと凜とした雰囲気が神々(こうごう)しくさえある大人の女性という感じだ。

 しかし、ちょっと待て!

 俺は見ていないが、実際に裸を見た女性陣は何と言っていた?

「お前、男じゃなかったのか?」

「男じゃの女じゃのと気になるかえ?」

「当たり前だ! 俺は、男に胸をときめかす趣味は持ち合わせていねえからな!」

「何じゃ! そなたは、わらわに胸をときめかせておるのか?」

「ああ、少なくとも、その姿にはな」

「ふふふふ。そうかえ」

 大人リーシェは悪戯っ子のような笑顔を見せて笑った。

 そして、手を後ろにやり、何かゴソゴソとしたと思ったら、チュニックがすとんと足元に落ちた。

 ――女だ! それも極上の爆乳美腰ナイスバディ

 胸からウエスト、そして腰へと続く体の線は理想的な曲線を描いており、白い肌は大理石のように輝いていた。

 サンダル以外には一糸まとわぬ格好のリーシェは腰を振りながら、俺の近くまで来た。

 リーシェは、呆然とするしかなかった俺の首に両手を回すと、体を密着させてきた。

 リーシェの頭が、ちょうど俺の目の高さにあり、上目遣いで俺を見るリーシェの瞳から、俺は視線をそらせることができなかった。

 ――これが魔王だあ? どこからどう見ても女神だ!


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