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フェアリー・ブレード  作者: 粟吹一夢
第六章 墓守の村と死者の軍団
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第六十六話 屍の臭い

「本来であれば、宮殿にお招きしたいのですが、アルス殿の雇い主であるイリス(・・・)殿が望んでいないのに無理矢理というわけにまいりません。しかし、それでは、領内の治安維持が使命である私の気が済みません。私が個人的にお礼の夕食会を開きたいと考えておりますので、ぜひ気軽に参加していただければと思っているのです」

 宮殿に行くことは恐れ多いということで断ることはできたが、フェリスが個人的に開く夕食会にも出ないと言うには、それなりの理由が必要だろう。

 五日もこの街に滞在すると言ってしまったしな。

「とりあえず、ご主人様に相談をしてみる。しかし、うちのご主人様は金持ちなのに人見知りだからな。出席すると言うかどうか」

「こちら側は私しか出席しないつもりですので、ご遠慮なさることなく、気軽に出席していただけたらと思います」

 ここまでの好意を無視する方が難しいのではないだろうか。出席しないのなら、体調が悪いとかの言い訳しかできない気がする。

 まあ、問題なのはイルダだ。相手は有力貴族の家来のフェリスだ。イルダがアルタス帝国の皇女だと知っている上で招待しているかもしれないのだ。もっとも、フェリスの顔つきを見れば、単にご執心のイルダを自宅に招きたいようにしか思えないのだが。

 ここは、少し図々しく出てみるか。

「ご主人様は嫌って言うかもしれないが、俺は行く気満々なんだ。俺だけになっても良いか?」

 一応、馬賊を追い払ったのは俺だし、イルダはその俺の雇い主という立場にすぎない。

「どうしてもと言うのであれば仕方ありません。その時には、アルス殿お一人でも歓迎いたします」

 意外とあっさりと折れたな。

 これで出席するしないは、イルダの判断に任せたら良いことになった。

「分かったよ。返事はどうすれば良い?」

「私は、いつもは憲兵隊詰め所におりますので、恐縮ですが、どなたかそこに伝えに来ていただければ、後は万事こちらで準備いたします」

「今晩は予定があるから、行けるとすれば明日以降になる」

「分かりました。楽しみにしております」

 フェリスは「では、失礼します」と俺に敬礼をすると、部下を引き連れて去って行った。

「う、ううんっ!」

 一緒にいたことをすっかりと忘れていたバドウィルがわざとらしく咳払いをした。

「何だよ?」

「い、いえ、アルス殿。我々は明日以降、また、バラバラに旅を続けなければなりません。懇親を深めるには今日をおいて他にありませんぞ」

「だから?」

「あそこに公衆浴場テルマエがあるではありませんか! いかがですか? さっぱりとしてから夕食会に臨みましょうぞ」

「行かねえよ」

「そ、そんな! 我々は、明日をも知れぬ命。やるべきことはやっておかないと後悔しますぞ」

 何だよ、「やる」って? 本音が漏れてるじゃねえかよ。

「お前こそ、街に出て来た目的を忘れてるんじゃねえのか? 行方不明になってる人達の手掛かりを探すためだっただろうが」

「憲兵隊が捜査をしても分からないんですよ。旅人の我々が聞き込みをしたところで、たかが知れてますよ」

「お前のところとは違って、俺のご主人様はベストを尽くさないと許してくれないんでな。何なら、お前は先に宿屋に帰ってろよ」

「そういう訳にはまいりません! この私はアルス殿の近くにいるべき宿命なのですから」

「そんな宿命なんて無いし、あったとしてもギタギタに切り刻んでドブに捨ててやる」

「つれないですなあ。あっ、アルス殿! あれをご覧ください」

 バドウィルが目線を向けた先を見てみると、鎧姿の兵士が行進をしていた。その数、およそ二十人。全員が顔面も覆われた兜をかぶり全身に鎧をまとっている重装備の兵士達だ。

「良い鎧だな。軽くて堅い最新型ってやつか?」

「おそらく,そうでしょう。しかも全て新品のようですね」

「リュギル伯爵ってのは本当に裕福なんだな」

「そのようですね。宮殿の方にも行ってみませんか?」

 行方不明者の情報を収集するという当初の目的からははずれているが、近郊の貴族領に攻め込もうかという噂もあるリュギル伯爵の戦力を見ておくのも重要なことだ。

「そうだな。行くか」

 俺とバドウィルは、街の中心部にある小高い丘の上に建つ宮殿を目指して歩き出した。宮殿の正門前は大きな広場になっていて、多くの市民がたむろしていたが、宮殿の壁に沿って、蟻の入り込む隙も無いほど兵士達が立ち並び警備していた。その全員が肌の露出がまったくない兜と鎧をまとっていた。

 宮殿の正門が開くと、五十人ほどの騎馬部隊が走り出てきて、街の方に走り去って行った。その騎兵も全員が重装備だった。

「こいつはマジで戦を考えてるな」

「そうとしか思えませんね」

 不本意だが,バドウィルと意見が一致した。単なる見栄で兵士達に最新の装備をさせているとは思えない。あの鎧や兜は飾り物ではないはずだ。

 今、見えている兵士だけでもこれだけいるのだ。経験的には、宮殿の中や街の周辺の駐屯地にいる兵士を併せると、その何十倍からの兵士がいるはずだ。軽く一万は超えるのではないだろうか? つまり、リュギル伯爵には、それだけの兵士を養えるほどの収益があるということだ。

「アルス殿。そろそろ宿屋に帰りませぬか? 宿屋にも広い風呂があるそうですよ」

 どんだけ俺と一緒に風呂に入りたいんだ、こいつは?

 開きたくもない扉をこじ開けようとされている気がする。ここでバドウィルと何かあったのではないかと疑われると、子供リーシェの保護者たるイルダから蔑むような目で見られることは確実だ。

「ああ、帰るか。しかし、風呂には明日以降入る」

「そんな汚い体で姫様の御前に出るおつもりですか?」

「旅をしていると、野宿とかで風呂に入りたくても入れないときだってあるだろうが。三日連続で風呂に入らない時もあったが、イルダから臭いと言われたことはねえぞ」

 ちなみに、イルダは皇女時代からの習慣からか、風呂に入れない時でも、水浴びや最低でも濡れた布で体を拭かないと眠れないそうで、その時には、リゼルとナーシャの鉄壁のブロックに守られながら裸になっているようだ。俺はブロックされている方だから詳しくは知らないが。

「きっと、イルダ様も我慢をなさっているのですよ。本当は臭くてたまらないのに苦情を言わない、優しいイルダ様に甘えてては駄目です」

 ああ言えばこう言う的に無駄口が減らない奴だ。

 もっとも、右耳から入って来たバドウィルの言葉をそのまま左耳に垂れ流しながら、俺は宿屋に戻った。



 昼食をとった所と同じ食堂で夕食もとった。

 明朝には、カルダ姫一行は先にこの街を出て行く。また、しばらくは会えないとあって、イルダはカルダ姫の隣に座って、ずっと話をしていた。リゼルもファルと並んで話をしており、俺の隣にはお約束どおり、バドウィルが座っていた。バドウィルは、馴れ馴れしく俺に話し掛けてきていたが、適当に相槌を打ちながら食事を楽しんだ。

 昼食と同じように和やかに時は過ぎて、食事が終わると、各自の部屋に戻った。

 イルダはカルダ姫の部屋に一緒に入った。どうやら夜遅くまで話をするつもりなのだろう。ちなみに、子供リーシェとコロンも同じ部屋に入っていった。子供リーシェは、フェニアの神様がくれた、イルダの可愛い弟で、カルダ姫も無口な子供リーシェはお気に入りのようで、最後の夜に愛でていたいと思ったのだろう。

 俺も自分の部屋に戻ると、バドウィルが忍び込んで来ないようにドアの鍵をしっかりと閉めているのを確認してから、服も着替えずに、そのままベッドに横になった。



 久しぶりの葡萄酒をがぶ飲みして熟睡していたが、久しぶりの感触を背中に感じて、すぐに目が覚めた。

「野宿が続いて、そなたの側に行けずに寂しかったぞ」

 大人リーシェが俺を背中から軽く抱きしめた。

 さすがに野宿だと、俺といちゃついているシーンを誰かに見られる恐れがあるから、リーシェも俺の寝床に忍び込んで来ることはなかった。

「アルスも寂しかったじゃろう? そうじゃろう?」

「ああ、寂しかったよ」

「何じゃ、その気持ちのこもっていない台詞は? わらわのことは、所詮、遊びだったのじゃな」

「気持ち良く寝てたのに、何でお前の茶番劇の相手をしなきゃいけねえんだよ」

「良いではないか。もう、眠気も吹き飛んだじゃろう?」

 リーシェがいっそう体を密着させた。

 この野郎! 本当に目が覚めたじゃねえかよ!

「分かったよ。それで何か話でもあるのか?」

 リーシェは、封印されて子供の時には、自由に話すことができないようで、こうやって、夜に俺の所に来るということは、俺に何か伝えたいことがあるのだろう。

「そうやって、すぐにピロートークを打ち切る男はモテぬぞ」

「余計なお世話だ! それにピロートークじゃねえし!」

「甘い囁きを交わしておるではないか」

「甘いのはお前の考え方だけだ!」

「上手いことを言う。誉めてつかわそう」

「うるせい! それで話は何だ?」

「せっかちじゃのう」

 そう言いながらも、リーシェは、俺の背中から少しだけ離れた。それで体を捻ることができるようになった俺は寝返りをうって、リーシェと向き合った。

 久しぶりに見る大人リーシェの美しい顔に、少しだけ胸がときめいた。

「この街のことじゃ」

 以前、マグナルという大聖堂がある街で、リーシェは街に充満している黒い霧のような住民の感情を感じ取ることができていた。この街でも何かを感じたのだろうか?

「この街がどうした?」

「臭いの」

「……確かに今日は風呂に入ってないが」

「アルスのことではない。アルスは少しばかり風呂に入らない方がその匂いが強くなって、わらわは好きじゃぞ」

「そ、そうか。じゃあ、臭いのは、この街がか?」

「そうじゃ。それも屍の臭いがぷんぷんとして、気分が悪くなりそうじゃわい」

「そんなにか? しかし、屍の臭いって……」

 リュウカ村に大規模な墓地があった。規模からいって、この辺りでは唯一の大都市である、ここリャンペイン市民のための墓地のはずだ。だから、街中には墓はないはずだ。

「ここの軍隊が戦の準備を進めているようだから、それで血の臭いがしているとかか?」

「そんな将来的なことではない。現実に屍が多くいるぞ、この街には」

 今日の昼間、バドウィルと街中を歩いたが、実際に街中で墓地は見掛けなかった。そんなに死体があるはずはない。

 それとも、リュギル伯爵が猟奇的な悪趣味を持っていて、宮殿の中に死体がごろごろしているのか?

「屍の臭いが近づいてきておる。あ~、嫌じゃ嫌じゃ」

 リーシェは、鼻をつまんで、顔をしかめた。

 屍の臭いが近づいているだと? この夜中に誰かが死体を運んでいるのか? 

 通常、夜に葬儀をすることはない。特に街の外に墓地があるのに、夜の闇の中を墓地まで遺骸を運ぶのは、馬賊や魔族にどうぞ襲ってくださいと言っているようなものだ。

 それに、リーシェの言い方からすると、ここに近づいて来ていることになる。

 俺は、ベッドから降りると、宿屋の二階にある部屋の灯りも点けずに窓際まで行き、カーテンを少しだけめくって、外を見た。

 街灯も消されていて、外は真っ暗だったが、松明と思われる明かりが小さく輝いていて、それが少しずつ近づいて来ていた。

 宿屋のすぐ近くまで来ると、それが昼間も見た重装備の兵士であることが分かった。兜と鎧で全身を覆っている兵士が十人、整然と行進してきていた。

 盗賊でも警戒しているのだろうか? しかし、それは憲兵の仕事のはずで、戦争でもしようかという装備の兵士がすべきことではないはずだ。

「臭いのは、あやつらじゃな」

 いつの間にか俺の隣に来ていたリーシェが呟いた。

「あいつらはここの領主の兵隊だ。戦争でその手は血糊にまみれているかもしれないが、少なくても屍じゃないだろ」

「しかし、匂うのじゃ! 本当じゃぞ! 嘘じゃないぞ!」

「誰も嘘だなんて言ってねえだろ」

 上目遣いで自己弁護する魔王様に萌えてしまった。

 それに、俺も、ちょうど宿屋の前を通り過ぎている兵士達に不気味さを感じていた。

 一糸乱れぬ行進の見本のような歩き方が、逆に人間ではないような雰囲気を撒き散らしていたのだ。

 しかし、リーシェが言う「屍」というのは?

 俺が首を捻っているうちにも、兵士達は何事もなく歩いて行ってしまった。

 

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